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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第6章「未完と完遂」

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第72話「四年前の続き」

 最後まで進む力は、障害を消してくれる力ではありません。

 倒れても進もうとする身体を前に、レイルは止めるより先に、踏み込み軸(ふみこみじく)をずらします。

 石床を蹴ったアルドの第一歩は、四年前より速かった。


 踏み込んだ右足が石床を砕き、細身剣が正面から伸びる。刺突(しとつ)の軌道はレイルの胸。致命部位を狙うことは禁止されているため、剣先は寸前で横へ流れるはずだった。


 だが、寸前まで届くことに変わりはない。


 レイルは左へ半歩ずれ、短杖(ショートスタッフ)で剣の腹を押した。金属音。押し切れない。アルドの腕は軌道を変えられても、振り始めた刺突を最後まで伸ばそうとする。


「っ――!!」


 肩を引き、杖へかかる力を逃がす。剣先が制服の胸元を裂き、薄い布片が飛んだ。


「開始した攻撃は終える。受け流すだけでは止まらないぞ」

「止めるつもりなど、ない!」


 レイルは後ろへ跳んだ。


「届かない場所へ終わらせる」


 アルドは剣を引くより先に、次の前進を始めた。右足。左足。身体が崩れても、踏み込みだけは前へつながる。固有律(こゆうりつ)完遂(コンプ)】は、痛みを消さない。疲労も、重さも、障害も残る。それでも本人が明確に開始した単純な行為を、途中で諦めさせず、最後まで行う固有スキルだ。


 突撃を始めれば、転んでも地面をかいて前へ進もうとする。

 剣撃を始めれば、武器を弾かれても肩と腰が軌道を完遂(コンプ)しようとする。

 命中も勝利も保証しない。ただ、始めた者へ最後まで実行する責任と圧力を返し続ける。


固有律(こゆうりつ)完遂(コンプ)】ノ継続ヲ確認』

『対象行為:正面突撃』

『使用者、退避推奨デス、ニャ』

「分かってる」


 レイルの返事へ、観客席からリィナの声が飛んだ。


「それ、分かってる人の下がり方じゃない! 右が狭いよ!」


 背後の境界線まで、あと七歩。左は十分に空いている。右側には、前の試合で割れた石床の修復箇所があり、わずかな段差があった。


 アルドは真ん中を来る。レイルは杖先を下げた。


「昨夜の一件を返す」


 胸の奥へ残していた完成圧力(かんせいあつりょく)を解放する。


「【硬土(ハード・ソイル)】――完成」


 アルドの足元、幅三歩分だけ石床の下が硬化した。


 固めたのはアルドの足ではなく、進行線の左側だけだった。右側は元の柔らかさのまま残す。アルドの左足が硬い地面を強く返し、右足はわずかに沈む。


 左右で反発がずれた。


「何っ、足止めか!」


 アルドが剣を振る。


「違う。お前の進む方向を半歩変えただけだ」


 突撃は止まらない。だが、軸がレイルの左肩から外れた。


 レイルは剣の内側へ入り、短杖でアルドの手首を押す。通常なら、ここで剣筋が切れる。アルドの腕は押されながらも最後まで振り抜こうとし、肘、肩、腰が遅れて追いついてきた。


「まだ来るのか」

「始めた剣だ!終わらせるまで!!」


 短杖が弾かれる。レイルは腰を落とし、リィナとの朝練で何百回も繰り返した受け身(うけみ)へ移った。肩から転がり、剣の下を抜ける。制服の背が石床をこすり、熱が走った。


 立ち上がるより先に、アルドの踵が迫る。

 アルドは蹴ろうとしているのではなく、崩れた突撃を次の一歩で終えようとしていた。


 レイルは杖を横へ置き、足裏を滑らせた。杖が石床へ引っかかり、身体だけが一歩外へ逃げる。アルドの靴底が、さっきまでレイルの頭があった場所を踏み抜いた。


「逃げ道を道具にするか。杖まで地面へ置いて、転がる距離を稼いだな」

「使えるものを使っただけだ。杖を持ったまま頭を踏まれるよりいいだろ?」

「そうやって、正面から受ける前に別の答えを作る。やっぱり四年前と変わらない」

「四年前は杖を持ってなかったがな」

「そういう装備の話ではない! お前はいつも、俺が進む線の外へ答えを置く!」


「正面に残って倒れることだけが答えじゃない。立ち直れる場所を作って、次に返す方がいい」

「なら、次は返す前に追いつく。お前が作った安全な場所まで、俺の一歩で潰す!」

「それなら、また別の場所を作るだけだ」


 アルドが振り向いた。


 観客席から笑いが起こる。本人は怒っている。レイルは本当に杖の有無を答えたつもりだったため、何がおかしいのか分からなかった。


「これ、笑うところだったか」

「今はそんなの考えなくていいから前見て!前!!」


 リィナに怒鳴られ、レイルは顔を戻した。


 アルドの次の剣が迫ってくる。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 防護壁(ぼうごへき)の内側で、セレネは二つの観測環(かんそくかん)を回していた。


 一つはアルドの踏み込み角。もう一つは【硬土(ハード・ソイル)】解除後の地盤差(じばんさ)。淡い青紫色(あおむらさきいろ)の瞳が、数値と二人の動きを交互に追う。


「硬化範囲は左へ二・一度偏っています。次の踏み込みで、アルドの右膝へ負荷が集まります」

「それ、レイルに言って」

「言えばアルドにも聞こえます」

「じゃあ私が叫ぶ」

「いや、同じですって」

「見えてるのに黙ってるの?」

「観測者が答えを渡し続ければ、本人の査定にならないでしょう? 危険域へ入った時は止めます」

「……分かってる。でも、見てるだけって嫌いだなぁ」

「私も好きではありませんが......」


 セレネは一度だけ、拳を握った。


「だから、止める時刻だけは、間違えません」


 フィアの記録板(きろくばん)へ数字が並ぶ。


「レイル、境界線まで五歩。アルド、右脚負荷一二パーセント増加。両者、続行可能です」

「数字だけ聞くと、まだ余裕があるみたいに感じるね」

「訂正します。余裕があるとは記録していません。続行不能条件へ達していないだけです」

「その言い方、レイルが好きそう」

「本人の好みは評価項目にありません」

「そこは入れなくていいからね」


 リィナがむっとして前を向いた。


 演武場では、レイルが三度目の刺突を杖で外していた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 【硬土(ハード・ソイル)】を完成させた時点で、レイルの保持枠(ほじわく)は空いている。


 保持枠(ほじわく)が空いても、次に選べる対象は限られる。


 アルドの剣を対象にしても、腕が振り続ければ柄ごと押し込まれる。

 鎧の留め具を未完化しても、突撃そのものは止まらない。

 靴底を対象にしても、裸足で踏み込むだけだ。


 レイルは下がりながら、アルドの動きを分けて考えた。


 開始。

 右足の荷重。

 腰の前進。

 左足の追従。

 剣を上げる。

 振る。

 命中地点へ届く。

 次の一歩へ移る。


 連続した突撃に見えても、それぞれの型には一つ一つの終わりがある。


「......考えているな」


 アルドが言った。


「戦いながら考えるのは普通だ。アルドだって、俺の杖と足の位置を見て構えを変えた」

「俺は進むために見る。お前は止まる理由を増やすために見る。まったく別物だ」

「止まる理由だけじゃない。倒れた時に戻れる場所、魔法が外れた時の次手、誰かを巻き込まない射線も見てる」

「全部条件がそろうまで待つつもりか」

「そろわなくても行く。その代わり、足りない条件は忘れない」

「それを考えすぎると言っている! お前は踏み出す前に退路を作るのだ」

「ああ。退路があるから踏み出せる。戻れる場所があるなら、失敗しても次へ行けるだろ?」

「なら、その退路まで進む! 戻る暇ごと奪えば、お前は今ここで答えるしかない!」


 アルドが剣を低く構えた。


 それまでの連続攻撃をやめ、白い境界線からレイルまでを一息で抜く直線へ身体を合わせる。右足が後ろへ引かれ、腰が沈む。


 レイルの背後には、残り三歩の空間しかない。


 ここで【風弾(エア・ショット)】を作っても間に合わない。通常形成には詠唱と二工程が必要だ。杖の風圧経路(ふうあつけいろ)は制限中。直撃させればアルドを傷つけ、軸をずらす程度では【完遂(コンプ)】が残りの身体を前へ運ぶ。


 止めるべきものは、剣でも鎧でもなかった。


 アルドの右足が地面を押す。

 突撃を作る全部へ触れようとすれば、理解が足りない。筋肉も、呼吸も、視線も、剣も入る。複雑すぎる。


 だから、最後の一つだけを選ぶ。

 勝敗線を踏み越えるため、地面を蹴り終え、足裏が離れる瞬間。


「来い、レイル!」


 アルドが走る。

 レイルは逃げなかった。短杖を下げ、迫る靴へ右手を向ける。


(ここで止めるのは、突撃じゃない)


 あと一歩。


「最後の踏み込みだけだ」


 アルドの靴が地面を離れる直前、レイルの右目に、閉じない輪が浮かんだ。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 前夜から保持した【硬土(ハード・ソイル)】でアルドを固定せず、地面の左右差によって突撃軸(とつげきじく)だけを半歩ずらした術師。


・アルド・クロイツ

 痛みや姿勢の崩れを消さず、それでも開始した突撃と剣撃を最後まで実行し続けた【完遂(コンプ)】の保持者。


・リィナ・アルセイル

 観客席からレイルの逃げ幅と身体を見続け、危険を感じながらも査定へ答えを渡しすぎないよう耐えた剣士。


・セレネ・グランツ

 地盤差(じばんさ)と膝の負荷を計算し、好きではない「見守る役割」を引き受けながら停止時刻を測った術式担当。


・フィア・レコード

 余裕と続行可能を混同せず、境界線までの距離と両者の負荷を記録した結着記録科(けっちゃくきろくか)生。


・ニア

 アルドの【完遂(コンプ)】が突撃という単純行為へ作用していることを表示し、退避を推奨した猫型案内人格。


【今回の能力・設定メモ】


・【完遂(コンプ)】は痛み、疲労、障害を消しません。本人が明確に始めた単純行為を、最後まで実行させようとする固有律(こゆうりつ)です。

・【硬土(ハード・ソイル)】はアルドの足を拘束せず、踏み込みの左右差を作るために使用しました。

・【硬土(ハード・ソイル)】を完成させたため、レイルの保持枠(ほじわく)は空いています。


【次回】


 レイルは初めて、【完遂(コンプ)】によって固定された他人の単純行為、その終端へ意識的に【未完(ノット・コンプ)】を伸ばします。


 硬い地面と柔らかい地面の差が一歩を変えたように、レビュー、ブックマーク、フォローの一つ一つが次話への力になります。

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