幕間Ⅲ「失敗を食べるもの」
学院が回収しきれなかった失敗は、地下へ残りました。
それを失敗ではなく、食事だと思うものもいます。
事件後の第一結着塔地下。
人間が封鎖した水路の隙間を、小さな粘体が這っていた。
透明だった身体は、食べた術式によって絶えず色を変える。火炎残滓を飲み込めば赤くなり、身体の表面へ小さな穴が幾つも開く。穴から熱い蒸気を吐き、中心まで焼ける前に熱を外へ逃がした。治癒の余剰を食べれば薄緑へ光り、焦げた表皮が内側から新しく張り替わる。召喚術式の欠片を取り込むと、短い角、薄い翼膜、尾のような突起が一時的に生え、使い終えると粘体へ溶け戻った。
腕も、足も、眼もない。
だから、この個体にとっては”全身が出口”だった。
古い記録板が、辛うじて反応を拾う。
【異常個体反応】
【生体導出端:全身表皮型】
【捕食術式に応じた一時器官形成】
【損傷表皮:自動修復】
【修復速度:捕食魔力残量に依存】
粘体は表示を読まない。
壊れた魔法を、失敗とも成功とも区別しない。食べられるなら食べる。食べられなければ、身体の形を変える。形を変えても駄目なら、次を探す。
水路の底に、黒い光の欠片が落ちていた。
レイルが外部火弾を留保した時、第一結着塔へ残った【未完】の反応である。
粘体は迷わず飲み込んだ。
身体の中で、黒い環が閉じかける。
閉じない。
粘体の表皮へ無数の放出口が開き、取り込んだ黒い魔力を外へ吐き出そうとした。右から漏らせば左へ戻り、上へ逃がせば底へ沈む。火なら熱へ変えられる。治癒なら身体へ使える。召喚なら角や翼へ作り替えられる。
だが、【未完】の欠片には、外へ出た後の終わりがなかった。
粘体は膨らみ、縮み、黒い泡と一緒に欠片を吐き出した。表皮の一部が裂けたが、薄緑の残存魔力が傷口を覆い、すぐ新しい膜を作る。
もう一度、飲む。
また吐く。
三度目も失敗した。
【術式捕食:失敗】
【消化器官損傷:軽微】
【自動修復:完了】
【王核形成率:一%未満】
粘体は黒い欠片の周囲を一周し、考えるように身体を傾けた。
近くの記録板へ飛びつく。
文字は食べられなかった。
身体を平たく潰し、少しだけ不満そうに揺れる。
やがて、黒い欠片を身体の上へ載せた。飲み込まず、皮膜を薄く伸ばして包み込む。食べられないなら、持っていけばいい。
その判断が知性だったのか。
食べられない物を、後で食べるために取っておいただけなのか。
記録する者は、まだいなかった。
粘体は全身の小さな放出口から弱い風を吐き、水路を滑るように進んだ。途中で一枚の翼膜を作り、崩れた段差を越える。着地に失敗して身体の半分を潰したが、薄緑の光が損傷を埋め、何事もなかったように形を戻した。
黒い欠片だけは、閉じないまま背へ残っていた。
【今回の登場人物】
・小さな粘体
学院地下の失敗術式を食べ、全身を導出端と一時器官へ変えながら、【未完】の欠片だけは消化できず持ち去った異常個体の入口。
【今回の能力・設定メモ】
・粘体は【全身表皮型】の生体導出端を持ちます。捕食した属性に応じ、放出口、角、翼膜、尾などの一時器官を形成します。
・自動修復は無限ではありません。捕食した魔力が尽きれば、損傷を修復できなくなります。
・粘体はまだ魔王種でも王核個体でもありません。形成率一%未満の兆候だけが記録されています。
・レイルの【未完】を取り込んだことで、即座に同じ能力を得るわけではありません。
【次回】
第6章。レイルとアルドは、未完と完遂の戦い方を学院の決闘場でぶつけます。




