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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第5章「世界基準の平凡」

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幕間Ⅲ「失敗を食べるもの」

学院が回収しきれなかった失敗は、地下へ残りました。

それを失敗ではなく、食事だと思うものもいます。


 事件後の第一結着(けっちゃく)塔地下。


 人間が封鎖した水路の隙間を、小さな粘体が這っていた。


 透明だった身体は、食べた術式によって絶えず色を変える。火炎残滓を飲み込めば赤くなり、身体の表面へ小さな穴が幾つも開く。穴から熱い蒸気を吐き、中心まで焼ける前に熱を外へ逃がした。治癒の余剰(よじょう)を食べれば薄緑へ光り、焦げた表皮が内側から新しく張り替わる。召喚術式の欠片を取り込むと、短い角、薄い翼膜、尾のような突起が一時的に生え、使い終えると粘体へ溶け戻った。


 腕も、足も、眼もない。


 だから、この個体にとっては”全身が出口”だった。


 古い記録板が、辛うじて反応を拾う。


【異常個体反応】

生体導出端(マナ・ポート):全身表皮型】

【捕食術式に応じた一時器官形成】

【損傷表皮:自動修復】

【修復速度:捕食魔力残量に依存】


 粘体は表示を読まない。


 壊れた魔法を、失敗とも成功とも区別しない。食べられるなら食べる。食べられなければ、身体の形を変える。形を変えても駄目なら、次を探す。


 水路の底に、黒い光の欠片が落ちていた。


 レイルが外部火弾を留保した時、第一結着塔へ残った【未完】の反応である。


 粘体は迷わず飲み込んだ。


 身体の中で、黒い環が閉じかける。


 閉じない。


 粘体の表皮へ無数の放出口が開き、取り込んだ黒い魔力を外へ吐き出そうとした。右から漏らせば左へ戻り、上へ逃がせば底へ沈む。火なら熱へ変えられる。治癒なら身体へ使える。召喚なら角や翼へ作り替えられる。


 だが、【未完】の欠片には、外へ出た後の終わりがなかった。


 粘体は膨らみ、縮み、黒い泡と一緒に欠片を吐き出した。表皮の一部が裂けたが、薄緑の残存魔力が傷口を覆い、すぐ新しい膜を作る。


 もう一度、飲む。


 また吐く。


 三度目も失敗した。


【術式捕食:失敗】

【消化器官損傷:軽微】

【自動修復:完了】

王核(おうかく)形成率(けいせいりつ):一%未満】


 粘体は黒い欠片の周囲を一周し、考えるように身体を傾けた。


 近くの記録板へ飛びつく。


 文字は食べられなかった。


 身体を平たく潰し、少しだけ不満そうに揺れる。


 やがて、黒い欠片を身体の上へ載せた。飲み込まず、皮膜を薄く伸ばして包み込む。食べられないなら、持っていけばいい。


 その判断が知性だったのか。


 食べられない物を、後で食べるために取っておいただけなのか。


 記録する者は、まだいなかった。


 粘体は全身の小さな放出口から弱い風を吐き、水路を滑るように進んだ。途中で一枚の翼膜を作り、崩れた段差を越える。着地に失敗して身体の半分を潰したが、薄緑の光が損傷を埋め、何事もなかったように形を戻した。


 黒い欠片だけは、閉じないまま背へ残っていた。


【今回の登場人物】


・小さな粘体

 学院地下の失敗術式を食べ、全身を導出端と一時器官へ変えながら、【未完】の欠片だけは消化できず持ち去った異常個体の入口。


【今回の能力・設定メモ】


・粘体は【全身表皮型】の生体導出端を持ちます。捕食した属性に応じ、放出口、角、翼膜、尾などの一時器官を形成します。

・自動修復は無限ではありません。捕食した魔力が尽きれば、損傷を修復できなくなります。

・粘体はまだ魔王種でも王核個体でもありません。形成率一%未満の兆候だけが記録されています。

・レイルの【未完】を取り込んだことで、即座に同じ能力を得るわけではありません。


【次回】


第6章。レイルとアルドは、未完と完遂の戦い方を学院の決闘場でぶつけます。

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