第70話「未結の術師」
レイルが二つの【未完】を持つことは、まだできません。
だからレイルは、一つを魂で止め、もう一つを仲間と両手で支えます。
地下へと降りたレイル一行。
第一結着塔の地下空洞は、先ほどより明るかった。
白い環の柱へ、学院中から完成圧力が流れ込んでいる。中断された火球、解除された結界、治療の余剰、召喚されなかった獣。すべてが正しい形へなろうとして、中央柱を内側から膨らませていた。上空へ続く排圧路は、途中で三箇所崩れている。ヘルマンたち教官隊は中枢周囲へ封鎖陣を張り、流入を抑えていた。成環教会の術師たちも白い帯を柱へ巻き、学院全域への再走査を止めている。
「残り九分だ!」
ヘルマンが叫ぶ。
「生徒は排圧口までの通路を確保しろ! 中枢へ入るな!」
「了解!」
地上から届いた工具箱には、ロッテの接続札三枚、交換式の排圧板、金環商会が集めた冷却材が詰められていた。箱の蓋には、太い字で一行だけ書かれている。
【壊すなら、ここから壊せ。中枢へ逆流させるな】
「ロッテらしい説明ですね」
「技術屋は、短くて助かる」
「レイルの安全条件も、このくらい短ければいいのになぁ」
「必要な条件を削るな、リィナ」
レイルは七環導杖を長杖形態へ伸ばした。風圧環が淡緑に灯る。杖内部の七経路が、塔の過圧だけで細く震えていた。セレネが眼鏡をかけ、空中へ三層の術式図を展開する。淡い金髪は結び直す時間がなく、肩から背へ流れていた。青紫の瞳は疲労で赤みを帯びているが、計算する指は止まらない。
「【重層未結】は三層まで。第一層で排圧路を形成、第二層で流量を増加、第三層で上空へ方向固定。四層目は使いません」
「三層で足りなければ」
「誤差はあります。だから、誤差ごと運用します。三層で足りる配分にします。四層目を作る時間はありません」
リィナは真剣を抜き、排圧口まで続く通路へ向いた。赤栗色の髪が白い魔力風にあおられ、金茶色の目が綴甲人形の数を追う。
「三秒は私が作る。レイルが立ち止まれる場所まで道を開く。アルド、正面の大きい守衛をお願い」
「命令か。それとも、剣士としての役割分担か?」
「お願いって言ったでしょ。今は張り合うところじゃないし、私一人じゃ三秒を守り切れない」
「しかと受領する。正面は俺が完遂する。お前は射線を開け」
アルドは白い制服の上へ傷だらけの胸当てを締め、細身剣を構えた。
「”始めた。なら、終える。排圧口まで完遂する”」
フィアは記録板を三枚浮かせる。短い黒髪が魔力風で揺れ、淡い青の瞳が完成条件を読み上げた。
「排圧先、人員なし。魔導艇なし。上空橋、封鎖済み。第三層完成後、三秒以内の結着を推奨します」
クラリスは退路側へ【白環聖域】を張り、負傷者が運び込まれる範囲だけを安定させる。トーマとガレスは排圧路の側面へ残り、崩れた術式文字を読み上げていた。
「次の文、”圧を空へ返し”!」
「聞こえてる! ガレス、右の人形!」
「分かってる!」
ガレスが短い熱で人形の足関節を膨張させ、トーマの詠唱を守る。全員の役割が決まった。レイルは左手へ【風弾】の術式核を作る。右手から【微風】を流し、一層目を重ねた。
「開始!」
リィナとアルドが走った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
アルドの剣が結着守衛の腕を受け止める。リィナはその脇を抜け、綴甲人形の関節へ刃を入れた。斬り下ろしを終えず、踏み込みへ。突きを返さず、次の回避へ。レイルの微小な【未完】反応が一度だけ剣撃終端へ触れる。
「来た!」
「〇・一秒、即時返還!」
フィアが記録する。
「止まらない!」
リィナは重みを次の足へ送り、【無終剣・継歩】で二体目の人形を射線外へ押し出した。レイルは一層目を維持し、右手へ二層目の風を作る。胸の中央で経路がぶつかる。
「右肩、上がっています」
セレネが言う。
「まだ一条件」
「自己判断を加算しないでください。左腕の震えも始まっています」
「二条件か」
「いいえ。震えは塔の外圧によるものです。――続行可能」
セレネの判断は早かった。リィナが身体を見て止め、セレネが術式を見て進ませる。レイルは二層目を重ねた。風弾は既に通常の二倍を超え、杖の風圧経路が黄色へ変わる。
『媒体温度、警告域』
「三層目を短縮します」
セレネが形成済みの方向指定術式をレイルの右手へ接続した。
「これはセレネの魔法か?」
「形成補助です。結着権はあなたにあります」
「条件を理解しているじゃないか」
「三年分、余白で確認しましたから――」
青紫色の瞳がレイルをまっすぐ見た。
「”術式は私が組みます。最後に選ぶのは、あなたです”」
レイルは右手の術式を受け取った。その時、排圧路の天井から赤い光が落ちた。
第一結着塔が回収していた別の【火弾】。誰が中止したものか分からない外部術式が、避難路の中央で完成しようとしている。
標的地点には、負傷した学院生を運ぶ担架があった。
「レイル、風を離さないで!」
リィナが叫ぶ。左手には三層の風。右手にはセレネから受け取った方向指定。両方とも、固有律の保持枠を使わず集中だけで維持している。魂の保持枠は空いている。だが、外部火弾へ触れるには、排圧路から一歩外れる必要がある。
「私が届かせます!」
クラリスが白環聖域を伸ばし、火弾の落下を一瞬だけ遅らせる。
「正しい形へ戻すのではありません。あなたが選ぶ時間を作ります。――”救いを拒む自由まで奪うなら、それは救済ではありません!”」
アルドが結着守衛を押しのけ、レイルまでの道を作った。
「”完成させろ、レイル。お前が途中まで作った勝利を、俺が最後まで運ぶ!”」
リィナが担架の前へ飛び込み、真剣で火弾を斬ろうとはせず、炎と負傷者の間へ立つ。
「レイル! 私を焼かせたくないなら、早く!」
「そんな言い方をするな!」
レイルは三層の風を両手で維持したまま、火弾へ肩から触れた。手は使えない。接触点から術式構造を読む。初級火弾。形成済み。標的は担架の位置。最後の一工程は、落下地点での結着。
「塔が決めた完成には渡さない。――”終わらせるのは、俺が決める”」
「【未完】発動」
右目の環が開く。外部火弾の最後が、レイルの魂へ引き抜かれた。赤い球体がリィナの頭上で止まる。止まっているように見えて、内部では何度も完成を試みている。熱と圧力が蓄積し、知らない術者の焦りと痛みが胸へ流れ込む。同時に、両手の三層風が崩れようとする。
『外部魔法一件、保持』
『自作術式、通常維持中』
『複数保持デハアリマセン』
ニアが叫ぶ。
「分かってる!」
レイルの視界が二重になる。魂で一件を止め、両手で別の術式を支える。保持枠は一件のまま動いている。一つは固有律。一つは、六年間繰り返した魔力制御と、セレネが組んだ術式、リィナが作った三秒だった。
「担架、退避!」
アルドが負傷者を抱え上げる。ガレスが後ろの人形を止め、トーマが退避路を詠唱で開く。
「標的地点から全員離脱!」
フィアが確認した。
「外部火弾、完成可能。周辺人員なし!」
「返すぞ!」
レイルは火弾の最後を元へ戻した。炎が空の担架位置へ落ち、石床を砕く。保持枠が空く。
「今、三層目!」
セレネが術式を閉じる。
「射線、開いた!」
リィナが最後の綴甲人形を斬り払い、排圧口の前へ飛び込む。終端へ生じた重みを踏み込みへ変え、身体を横へ投げた。
「レイル、撃って!」
フィアが最後の条件を読み上げる。
「上空無人。排圧路接続。媒体温度、限界直前。安全に完成可能――訂正。”安全に”という語を撤回します。完成してください!」
レイルは三層の風を、七環導杖へ通した。
「準備は終わっている。あとは完成させるだけだ」
「【重層風砲】――完成!」
風が爆発した。それは、敵を撃ち抜くための攻撃ではなかった。
第一結着塔へ溜まった完成圧力を、崩れた排圧路から上空へ押し出す巨大な風道である。
七環導杖の風圧経路が悲鳴を上げた。一つ目の経路が焼ける。二つ目も赤く染まる。
『媒体損傷! 使用者ノ生存ヲ最優先ニ設定。命令デハアリマセン。停止ヲ推奨シマス!』
「まだ圧が残ってる!」
セレネが流量を読む。
「あと〇・八秒!」
「止めないで!」
リィナがレイルの背を支える。アルドが反対側から杖の軸を押さえた。
「始めた排圧を、最後まで運べ!【完遂】!!」
フィアが秒を数える。
「〇・六。〇・四。〇・二――終了!」
レイルは風を閉じた。学院の七本の塔から、白い光が夜空へ噴き上がる。上空で幾重もの環へ広がり、やがて音もなくほどけた。
第一結着塔の表示が消える。
【正形完成処理:停止】
七環導杖は長杖形態を保てず、短い杖へ縮んだ。風圧環と光環の二つが暗くなり、表面から煙が上がる。レイルは杖を落とさないよう抱えたまま、膝をついた。
「クソ......壊した」
最初に出たのは、その言葉だった。
「二経路焼損。中枢環は生存しています」
フィアが確認する。
「修理可能です」
「師匠からもらったばかりなのに!」
「道具は使うためにあるって、エルシアが言ってたでしょ」
「師匠に怒られる方が怖い」
「まぁ、それはわかるけど」
リィナがしゃがみ込み、レイルの腕を取った。右腕は力が入らず、指先が震えている。
「それより、こっち。動く?」
「少し」
「少ししか動かせないのおおおっ?!」
怒った声の奥へ、泣きそうな震えが混じる。セレネも反対側へ膝をつき、魔力経路を測った。
「炎症が強いです。休養は二日では足りません。実技禁止は最低五日」
「教官が決めることだろ?」
「私から七日を申請します」
「勝手に禁止日数を増やすな。学院の診断と教官の判断を待つべきだ」
「では、リィナへ任せますか。身体の変化を最も長く見ているのは彼女です」
「十日! 右腕の震えが完全に消えて、朝練で受け身まで確認できるまで!」
「なぜ増える! 最初の五日から倍になってるだろうが!!」
レイルの抗議へ、二人が同時に睨んだ。
「黙って」
「黙ってください」
声まで重なった。それを聞いて、レイルは口を閉じた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
治療棟へ運ばれた【七環導杖】は、その日のうちに第三工房へ預けられた。
ロッテは長い時間をかけて表面の煤を落とし、七本の内部経路へ順番に測定糸を通した。レイルは右腕を固定されたまま作業台の横へ座り、リィナとセレネは逃走防止のように左右へ立っている。
「風圧経路、焼損。光経路、熱変形。中枢環は生きてるね」
「完全修理は」
「素材があれば可能。今すぐ元の出力へ戻すのは無理だよ」
「代替杖を用意しました!」
リオンが布包みを開く。中から現れたのは、銀と青金を使った新品の高級杖だった。
「金環商会が誇る、上位品! 七属性対応、姿勢制御補助、紛失時追跡、所有者名の金文字刻印まで――」
「いらない」
「うおおおおおおおおっ、最後まで聞いてください、大師匠!」
「師匠からもらった杖を直す。代替は修理中の予備として借りるだけだ」
レイルは短くなった七環導杖を見た。黒く焼けた二本の環は痛々しい。それでも中枢の銀黒色は消えていない。
「道具は使えば壊れる。壊れたから別の物へ替える、では終わらせたくない」
「……承知しました」
リオンは新品杖を包み直し、代わりに材料目録を開いた。
「では修理資材を揃えます。希少風晶、光導銀糸、耐熱接着樹脂。期限は?」
「急がなくていい。正しい物を」
「大師匠から”急がなくていい”を聞けるとは!」
「修理に関しては、だ」
「記録しました!」
ロッテは焼けた経路を拡大鏡で見た。
「壊れ方は悪くない」
「二経路が焼けて、悪くないのか」
「中枢まで一緒に焼けるよりは。弱い場所から順番に切れた。道具が使用者より先に壊れたなら、最低限の仕事はした」
レイルは杖を抱え直した。
「次は壊さない」
「違うよ」
ロッテが即座に返す。
「次は、壊れる前に止める。どうしても壊すなら、直せる場所から壊す。壊さないって誓う人ほど、限界まで使うから嫌いよ、職人としてはね」
「……分かった」
「その返事は、リィナとセレネにも聞かせて」
リィナ「聞いてるよー」
セレネ「聞いてます」
フィア「記録しました」
左右と後ろから返事が来た。レイルは逃げ場を探し、右腕を固定されていることを思い出して諦めた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
第一結着塔事件から五日後、学院都市支所で緊急依頼の評価が行われた。
レイルとリィナの前へ、二枚の資格更新票が置かれる。
【Dランク昇格推薦:承認】
【資格更新:実地確認待ち】
「これ、正式昇格ではないんですか」
レイルが聞いた。
「事件記録は十分です。ただし、君は魔力経路を負傷し、装備も二経路損傷。リィナは負傷を隠して最後まで動いた記録があります」
「隠してないよ。言う暇がなかっただけ」
リィナの左脇腹には、綴甲人形の文字腕を受けた青い痣が残っている。
「その言い方を”隠した”と記録します」
フィアが答える。
「あと、実地確認依頼を一件、安全に完了した時点で正式Dランクです」
支所職員はレイルの記録へ視線を落とした。
「学院からは仮称として、【未結の術師】が提出されているようです」
「誰が付けたんですか?」
「記録科と魔導実技科の共同案ですね」
フィアが言う。
「二つを保持したとの誤解を避けました。一件の外部術式を【未完】保持しながら、自作術式を通常維持したため、”未結”です」
「学生の間では昨日詠みの方が広まってるけどね」
リィナが笑う。
「そっちは消せないのか」
「既に三つの食堂の学生同士の会話で確認されています」
セレネが答える。
「食堂全部へ行ったの?」
「リィナが比較調査を行うため同行しました」
「一番おいしかったのは?」
「北食堂の肉煮込みだね!へへっ」
リィナが即答した。
「依頼評価中に食事の話へ戻すな」
支所職員は笑いながら、仮認定票へ印を押した。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
支所を出た後、セレネがリィナを呼び止めた。レイルはフィアと損傷した杖の記録を確認するため、少し先にいる。夕暮れの街路で、淡い金髪と赤栗色の髪が向かい合った。
「ところで、リィナ。夜間護衛での暫定評価を訂正します」
「何の?」
「レイルへの感情です」
セレネの周囲へ光球が二つ浮かぶ。
「私は、レイルが好き......です」
今度は数値も条件も足さなかった。リィナは少しだけ目を細める。
「うん、知ってた」
「本人より先に断定したのですか」
「前にも言ったじゃん。顔見れば分かるよ」
「私には分かりませんでした」
「セレネは難しく考えすぎなんだって」
「あなたは単純化しすぎですよ」
言い合ったあと、二人は同時にレイルを見た。彼は杖の焼損箇所をフィアへ説明しながら、修理案を三つ提示している。自分が二人から見られていることには、まるで気づいていない。
「譲らないからね」
リィナが言う。
「譲渡は求めていません」
セレネも答える。
「レイル本人が選ぶまで、私は私の方法で近づきます」
「じゃあ、私も今までどおり行くよ」
「今までの距離を特権として固定することには異議があります」
「朝練は譲らないよ!」
「共同研究時間を確保します」
「負けないから」
「私もです」
二人が握手をすることはなかった。けれど、陰で相手を遠ざける約束もしなかった。そこへレイルが戻ってくる。
「二人で一体何の話だ」
「負けないって話」
「はあ? 何にだよ」
リィナが答える。
「共同時間の配分です」
セレネが答える。
「訓練計画か?」
「ある意味では」
「全然違うけどね!」
二人の声がまた重なった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そこからさらに五日後。アルドは中央訓練場で、レイルへ一枚の決闘申請書を差し出した。
「迷宮と結着塔では共闘したな。次は、四年前の続きだ」
「まだ続いてたのか」
「お前の退路を数える戦いが、俺へ通じるか確かめる」
「俺は魔導具の二経路が壊れている状態だ」
「修理済みの範囲で行えばよい。試合は一週間後。教官立ち会い、致命術式禁止だ」
「断った場合は」
「理由を聞き、受けるまで条件を詰める」
「面倒だな」
「それで――受けるのか」
レイルは申請書を読んだ。
「条件を追加する。観客を防護壁の外へ。終了合図は二系統。杖が壊れた場合は中断」
「貴様の条件は全部受ける」
「即答か」
「始める前に決める条件だ。決まれば最後までやるだけだ。【完遂】するまでな」
アルドは署名した。
「よし、一週間後だ」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
試合前日の夜。寮の外にある小さな練習場で、レイルは詠唱を続けていた。修理途中の七環導杖は短杖形態。風圧と光の二経路は出力制限を受けている。それでも、レイルは標的、距離、風向き、アルドの防御姿勢を想定し、三つの初級魔法を順番に形成していた。
そこに、リィナが夜食のパン袋を抱えて現れる。
「試合は明日だよ? もう夜なんだから、今から増やせるのは疲労と寝不足くらいでしょ。で、まだやるの?」
「だからだよ。明日の朝に迷っていたら、アルドは待ってくれないだろ?」
「今から撃つ魔法を作ってるの? 一週間前から準備して、前日の夜まで候補を増やすつもり?」
「候補は三つ必要だ。アルドが正面から来る場合、初手で距離を取る場合、杖を狙う場合。どれか一つへ決めるために、今夜すべての条件を比べている」
「一件しか持てないでしょ」
「だから、どれを残すか今夜中に決める」
リィナは隣へ座り、パンを一つ差し出した。
「セレネにも相談した?」
「術式条件は昼に見てもらった」
「ふうん――」
「怒ってるのか」
「怒ってない。ちょっとだけ悔しい、かな」
「何がだ?」
「魔法の話はセレネの方が分かるから、さ」
レイルはパンを受け取った。
「でも、アルドの剣を避ける足はリィナから習ったものだぞ?」
「……そういうの、急に言うのずるいな」
リィナは顔を横へ向けた。月明かりの下で、赤栗色の髪から出た耳が赤くなっている。
「事実を言っただけだ」
「うん。だから余計にずるい」
レイルには意味が分からなかった。けれど、リィナが帰らず隣でパンを食べ始めたので、追い返す理由もなかった。世界基準では平凡な魔力。その平凡を六年分積み上げ、他人の魔法へ初めて触れ、自分一人では作れない三秒を仲間から受け取った。
明日には、四年前から続くアルドとの問いへ答える試合が始まる――。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
外部火弾一件を【未完】保持しながら、自作の三層風術式を仲間と通常維持して排圧を成功させ、【未結の術師】の仮称を得た少年。
・リィナ・アルセイル
【無終剣・継歩】で三秒の射線を作り、事件後はセレネの告白を正面から受け、幼なじみとして譲らないと宣言した剣士。
・セレネ・グランツ
三層術式を組み、レイルへ最後の判断を渡し、事件後には暫定を撤回してリィナへ恋愛感情を明言した魔導科生。
・アルド・クロイツ
外部火弾の標的から負傷者を運び、排圧路を最後まで確保した後、四年前の続きとなる決闘をレイルへ申し込んだ騎士科生。
・フィア・レコード
複数保持ではないことを即時訂正し、外部術式一件と自作術式通常維持を分けて【未結の術師】という記録名へ整理した少女。
・トーマ・フェルン
崩れた排圧詠唱を記憶から補い、仲間が術式を通す側路を最後まで維持した魔導科生。
・ガレス・ベイロン
大火力を抑えてトーマと排圧路を守り、過去の妨害とは相殺されない救助功績を一件積み上げた少年。
・クラリス・オルビス
火弾を勝手に正しい形へ戻さず、レイルが選択するための時間だけを白環聖域で作った聖女候補。
・ヘルマン教官
生徒を中枢へ入れず担当範囲を限定し、事件後にはレイルの実技禁止期間と装備修理を命じた実技教官。
・ニア
外部術式の一件保持と自作術式の通常維持を区別し、複数保持ではないと戦闘中に訂正した案内人格。
・ロッテ・ベルクマン
排圧用接続札を地上から届け、事件後は七環導杖が中枢より先に壊れた順序を診断し、修理工程を引き受けた技師。
・リオン・ゴルディス
緊急補給と避難輸送を担い、事件後には高級新品杖よりレイルが選んだ修理素材の調達を優先した弟子志願者。
【章終了時の主な更新】
・レイル:他人が形成した単純初級魔法への意図的【未完】干渉に一度成功。接触、完全理解、完成直前、一件限定。
・レイル:複数保持には未到達。【重層未結】は通常の集中と仲間の形成補助で三層まで成功。
・リィナ:【無終剣・継歩】を命名し、実戦で安定使用。レイルの無意識な微小干渉を申告しながら利用可能。
・レイル、リィナ:Dランク仮認定。次章の実地確認依頼後に正式昇格予定。
・七環導杖:風圧、光の二経路を焼損。応急修理済みだが出力制限中。
・セレネ:レイルへの恋愛感情を自覚し、リィナへ明言。
・リィナ:脚部噴射を救助、横移動、【無終剣・継歩】の接続へ限定使用。
・ロッテ:【未完蓄魔】を表向きは却下し、裏で無人媒体零号の試作を開始。
・リオン:資金提供だけでなく、緊急補給、避難輸送、修理素材調達を担当。
【章終了・現在ステータス】
【レイル・アルヴァート】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・魔導実技科一年/エルシア・ヴァントの直弟子
冒険者資格:
Dランク仮認定/実地確認待ち
実戦総合評価:
Dランク上位相当
称号・呼称:
・学院記録上の仮称:【未結の術師】
・学生間の呼称:”昨日詠み”
魔法認定:
・熱属性:中級
・流動属性:中級
・風圧属性:中級
・地質属性:中級
・光属性:初級上位
・生命属性:初級上位
剣術・近接技術:
・短杖術:初級上位
・剣術:初級相当
・回避、受け流し、柄打ち、受け身、負傷者搬送を実戦使用可能
【固有律【未完】】
能力段階:
第三段階拡張入口
危険度評価:
戦術級への移行審査中
保持可能数:
一件
現在の保持対象:
なし
対象選択:
・自分が形成した単純魔法:可能
・他者が形成した単純初級魔法:接触時に一度成功
・リィナの剣撃終端:無意識の微小発動を確認
任意解除・完成権返還:
可能
対象範囲:
・自作の基礎魔法、単純初級魔法
・完全構造を理解した他者の単純初級魔法へ接触指定した成功例一件
・深く理解した他者の身体動作へ、〇・二秒未満の無意識反応
対象外・未成功:
・他者の中級以上の魔法
・複雑術式
・治癒
・契約
・生命現象
・意識的な身体動作干渉
・複数保持
未完負荷:
・他者の魔法を保持した際、術者の感情と魔力の一部が流入
・長期保持で魔力、熱、圧力、完成要求が蓄積
・睡眠、気絶時に【未完崩壊】の危険
主要魔法・技能:
・六基礎現象の初歩無詠唱
・六属性の初級魔法
・熱、流動、風圧、地質の中級魔法
・一件限定の【未完】式疑似無詠唱
・【双路形成】基礎安定
・【双路形成】第二段階【異式双掌】短時間運用
・【結着待機・並行形成】三秒以内
・【重層未結】三層成功例
・【重層風砲】事件時一度成功
・【未完蓄魔】理論仮説のみ。人体接続、自己試験、睡眠持越しを禁止
魔力性能:
・総魔力量:全種族実務者統合基準で標準域
・同年代人間基準:高水準
・瞬間出力:標準域上位
・制御精度:測定上限
・魔力損失:測定限界未満
・魔力経路耐久:炎症により一時低下
装備・魔導具:
・【七環導杖】風圧、光の二経路を応急修理中。出力制限あり
・【万式魔導環】正式使用者
・第一階梯安定、第二階梯一部解放
現在の制限:
・複数保持不能
・他人の魔法干渉は再現性なし。教官監督外での実験禁止
・中級魔法の無詠唱不能
・右腕の魔力経路炎症。実技制限中
・【重層未結】は移動と単独運用が不安定
章内の更新:
・世界基準の標準域が成人実務者中心の統合基準だと理解
・他者魔法への意図的完成留保を一度成功
・リィナへの無意識微小干渉が過去記録と一致
・仲間へ術式設計、射線、記録、避難を任せる戦いを経験
・Dランク仮認定
【リィナ・アルセイル】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・武技科一年
冒険者資格:
Dランク仮認定/実地確認待ち
実戦総合評価:
Dランク上位相当
剣術:
中級剣士・上位/上級剣士昇格試験推薦候補
魔法認定:
・風圧属性:基礎
戦技:
・基礎呼吸
・踏み込み強化
・衝撃分散
・刃への生命魔力通し
・短時間の体幹強化
・【脚圧噴射】入口
・【踏圧】単発使用
・【逆噴制動】減速成功/指定位置停止は未達
・横方向噴射:成功例二回
固有技能:
未鑑定
固有律:
なし
独自流派:
【無終剣】原型
主要剣技・技能:
・【無終剣・継歩】実戦使用可能
・三手から五手の連結
・狭所での短い斬撃、突き、柄打ち、受け流し
・護衛対象を背にした多数戦
・真剣での関節、武器、術式線への精密斬撃
装備:
・個人用真剣
・学院貸与の刃なし模擬剣
・【双踵噴射環】試作二号
現在の制限:
・【無終剣】は独自流派として未完成
・多数戦で体力と生命魔力の消耗が大きい
・遠距離攻撃への単独対応が少ない
・レイルの無意識干渉は本人の意思で発生、停止できない
・脚部噴射は連続二回までの試験段階。大跳躍、空中再加速、単独飛行は未習得
章内の更新:
・【無終剣・継歩】を命名
・剣撃終端の違和感がレイルの【未完】による微小反応と判明
・影響を申告し、自分の技術として利用する連携を開始
・班指揮、避難路確保、真剣による多数戦を評価
・セレネの恋愛感情を認識し、正面から競争する意思を確認
・Dランク仮認定
・【踏圧】を救助と実戦で単発使用
・【逆噴制動】と横方向噴射の成功例を記録
【セレネ・グランツ】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・魔導理論/実技課程一年
冒険者資格・公的資格:
学院実地補助員/Fランク仮登録申請中
魔法認定:
・複数属性:初級
・中級二術式
固有律:
【並列思考】
主要魔法・技能:
・二術式の並列形成
・一術式の選択結着
・術式層計算
・誤差管理
・実地経路分析
・レイルの【重層未結】形成補助
現在の制限:
・二術式の同時結着不能
・近接戦経験が少ない
・感情が乱れると光属性魔力が髪の周囲へ漏れる
章内の更新:
・模擬迷宮で負傷者を優先するレイルを見て好意が明確化
・リィナへレイルへの恋愛感情を明言
・結着塔事件で三層術式の設計と排圧計算を担当
【アルド・クロイツ】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・騎士/武技課程一年
冒険者資格:
学院実地資格/正式登録は別途審査
剣術:
中級剣士・上位
主要技能:
・正面突破
・護衛対象を背にした防御
・撤退経路の完遂
・班指揮
章内の更新:
・リィナと進路判断を分担
・模擬迷宮、結着塔事件で避難を完遂
・四年前の続きとしてレイルへ公式決闘を申請
【トーマ・フェルン】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・魔導実技科一年
冒険者資格:
Fランク仮登録申請受理
魔法認定:
地質属性:初級
主要技能:
・一度聞いた詠唱の高精度記憶
・避難放送、開閉詠唱、生活術式の再現
現在の制限:
・魔力出力と制御は初級相当
・記憶した術式を自動習得できるわけではない
・人前での詠唱へ緊張が残る
章内の更新:
・妨害と笑い声の中で詠唱成功
・学院全域への避難放送を担当
・レイルとの正式な低危険度依頼を約束
【ガレス・ベイロン】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・魔導実技科一年/処分課題継続中
冒険者資格:
未登録
魔法認定:
熱属性:初級上位
章内の更新:
・火力を使わずトーマを守る経験
・薬を守るため火魔法を自制
・放送塔、排圧路の防衛功績を記録
・過去十四件の妨害とは相殺されず、処分と分析課題は継続
【ロッテ・ベルクマン】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・魔導工学科一年/第三工房試作担当
専門技術:
・【人工導出端】基礎設計
・【双踵噴射環】試作二号
・【分圧緩衝架】
・排圧板、切離機構、経路診断
・【未完蓄魔】無人媒体試験・零号
現在の制限:
・人体接続試験は禁止
・高位魔導具の単独製造は未習得
・七環導杖の完全修理には外部素材が必要
章内の更新:
・リィナの加速、制動、横方向噴射を計測
・薬瓶輸送用の分圧緩衝架を製作
・第一結着塔事件で地上排圧と接続札を担当
・レイルへ秘密で【未完蓄魔】の安全な無人試作を開始
【リオン・ゴルディス】
年齢:
十二歳
所属・立場:
王立結着学院・商務術式科一年/金環商会総帥家次男/弟子見習い志願者
主要技能:
・資金調達
・契約確認
・物資輸送
・緊急時の担架、冷却材、交換媒体手配
現在の制限:
・レイルから弟子として認められていない
・実戦体力が不足
・出資によって設計権、使用判断、人体試験権は得られない
章内の更新:
・噴射環、薬瓶保護具、未完蓄魔零号へ限定出資
・第一結着塔事件で地上補給と避難輸送を担当
・七環導杖の代替新品ではなく、修理素材の調達を選択
【フィア・レコード】
年齢:
十二歳前後
所属・立場:
王立結着学院・結着記録科/事故記録補助
主要技能:
・現象の条件、時刻、残存負荷、危険性の高精度記録
・複数記録の照合
・完成順と安全条件の整理
章内の更新:
・リィナへの過去六件の微小反応を【未完】と確定
・他者初級魔法への意図的完成留保を条件付き成功として記録
・複数保持ではないと公式記録を訂正
・【未結の術師】の仮称を共同提案
【ニア】
種別:
【万式魔導環】疑似人格ナビゲータ
現在形態:
黒銀猫型/犬型追跡補助/少女型対話案内
使用者認証:
レイルを正式使用者として認証済み
解放階梯:
第一階梯安定/第二階梯一部解放
使用可能機能:
術式表示、危険照合、魔力経路測定、記録、追跡補助、複数術式の説明表示
独自魔法:
なし
判断代行:
不可
現在の制限:
使用者が理解していない術式は発動不能。完成、攻撃、恋愛、処分の判断を代行しない
章内の更新:
・リィナへの微小【未完】反応を過去記録と照合
・他者魔法の接触指定、感情流入を表示
・少女型対話案内形態を長時間投影
【次回】
四年前に”臆病な戦い”と言ったアルドと、学院の決闘場で再び向かい合います




