第68話「学院は失敗を捨てている」
失敗した術式を回収する場所。
そこが失敗を許すための施設なのか、失敗を正解へ直す施設なのかで、意味は変わります。
第一結着塔への立入許可は、翌日になって下りた。
レイルたちだけで地下へ入ることは認められず、同行者にはヘルマン教官、施設課の術師二名、フィア、セレネ、リィナ、教会監査役が指定された。監査役の少女は、白い聖衣を規則どおり身につけていた。淡い金髪を胸元でまとめ、静かな灰青色の瞳で一行を見渡す。数か月前、送環式事故の記録へ署名し、レイルを学院管理下へ推薦した完成聖女候補。
「お久しぶりです、レイル・アルヴァート。リィナ・アルセイル」
「おー久しぶり、クラリス」
リィナが返す。レイルは頭を下げた。
「学院へ来られたのは、クラリスの推薦もあったからです。ありがとうございます」
「感謝を受け取ります。ただし、今回の異常が学院への推薦によって生じたと判明した場合、責任の一部も記録します」
「そこまで含めるんですね」
「正しい判断だったと、結果だけで決めたくありません」
クラリス・オルビスは以前と同じだった。レイルを危険だから排除せず、善良だから安全とも決めない。白い聖衣の清潔さとは裏腹に、目の前の事実を都合よく白く塗ろうとしない。地下入口の前で、リィナが真剣の安全留めを確認する。セレネは演算石へ二つの補助環をつなぎ、フィアは小柄な身体より大きい記録鞄を背負っていた。
「フィア、持つよ」
レイルが手を伸ばす。
「重量は規定内です」
「階段は長いぞ」
「あなたは七環導杖と予備媒体を携行しています」
「俺の方が体力はある」
「それは事実ですね。では三分の一を渡します」
フィアは記録板を三枚だけレイルへ渡した。
「全部渡すわけじゃないんだ。レイルなら、本当に全部持つって言うと思ったのに」
リィナが笑う。
「記録者が手元の記録を失う方が危険です。好意で役割まで渡すと、必要な時に照合できません」
「フィアもレイルの扱いが分かってきたね」
「以前の事故記録から学習しました」
一行は地下へ降りた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
第一結着塔は、塔という名前に反して地中へ伸びていた。
円筒状の巨大な空洞。その中央へ、白い環が何百層も重なった柱が立つ。周囲には細い水路、廃棄瓶の搬送路、模擬迷宮の制御線、各実技棟から来る術式管が集まっていた。空気には、消え切らない魔法の匂いがある。焦げた熱。湿った流動魔力。治癒術の甘い薬草臭。
そして――中断された召喚術式の金属音。
「学院中の失敗が来てるようだ」
リィナが周囲を見回した。
「正確には、終了処理で生じた術式残滓ですね」
施設課の術師が答える。
「実技で崩れた火弾、解除した結界、余剰治癒魔力、使われなかった召喚核。ここで分解し、無属性魔力へと戻します」
「記録には”完成処理”とあります」
フィアが古い銘板を示す。
「翻訳の差でしょう」
「原文は【未結着対象・正形完成】です。分解を示す文字はありません」
セレネが眼鏡越しに銘板を読む。
「これは、不完全な術式を記録された完成形へ戻す機能です」
クラリスが中央柱へ近づいた。
「成環教会にも似た思想があります。傷ついた物を正しい形へ戻す。崩れた術式を、本来あるべき終わりへ導く」
レイルは白い環を見上げた。
「本来あるべき形は、誰が決めるんですか」
「記録された標準形です」
「術者が途中で止めた魔法も?」
「危険を避けるため止めたものなら、完成させるべきではありません」
「でも、この塔は理由を読まない」
白い柱の内部を、赤い火の残滓が流れた。小さな火弾の輪郭へ整い、直後に分解される。
「完成させてから壊してる」
レイルの声が低くなる。施設課の術師が制御板を確認した。
「現行設備は、完成段階を経ずに分解する改修を受けています」
「模擬迷宮では、その改修が外れた」
セレネが配線を追う。
「旧水路から流入した古式魔力が、原型機能を呼び戻した可能性があります」
ヘルマンが指示を出した。
「停止作業へ入る。生徒は後方。レイル、勝手に触るなよ」
「触りません。術式の完成条件を見ます」
「見るだけだ。触れる前に声へ出せ。理解したから安全だ、という顔をした時が一番危ない」
「理解しただけでは触りません」
「その返事を記録しておけ、フィア」
「記録済みです」
短いやり取りの間にも、施設課は制御環を一つずつ閉じていった。フィアが時刻を記録し、セレネが残滓の流量を計算する。クラリスは教会式の封止術を中央柱へ重ね、完成処理を止めるための白い帯を巻いた。停止は順調に進んだ。七つ目の環へ手をかけるまでは。レイルの右目が熱を持った。
『固有律反応ノ照合ヲ確認』
ニアが少女型から猫型へ戻り、毛を逆立てる。
『第一結着塔ヨリ、使用者ヘ走査』
中央柱の白い環が、すべてレイルへ向いた。
【最大級未結着個体を確認】
【完成権欠損:継続】
【矯正対象として登録】
「ッ――下がれ!」
ヘルマンが叫ぶ。レイルは後退したが、白い光は右目の閉じない輪を追う。
【学院全域・未結着対象を走査】
【正形完成処理を開始】
「停止術式が逆流しています!」
セレネの周囲へ光球が一斉に浮いた。
「クラリス、封止を外してください。塔がそれを”完成命令”として読んでいます!」
「解除します!」
クラリスが白帯を解く。遅かった。学院の七本の塔が、地下から同時に鳴った。遠くで爆発音が響く。次に、何十人もの詠唱が重なったような声が、石壁の向こうから聞こえた。中断された魔法が、学院全域で完成し始めている。
「地上へ戻る!」
ヘルマンが先頭へ立つ。リィナは真剣を抜き、レイルの前へ出た。セレネは二つの停止術式を形成しながら、レイルの袖をつかむ。
「走ってください。今は塔を理解する時間ではありません」
「でも原因は俺の【未完】を――」
「原因があなたでも、ここで残れば被害が増えます」
リィナが振り返った。
「レイル、行くよ。責任を取るなら、まず上にいる人を助けよう」
二人の言葉に押され、レイルは階段へ向かった。背後で、白い柱が新しい表示を浮かべる。
【完成処理対象:学院全域】
【優先対象:未完の固有律保持者】
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
第一結着塔が失敗術式を一度完成させてから分解していると見抜き、自身を最大級の未結着個体として登録された学院生。
・リィナ・アルセイル
塔の原因へ残ろうとするレイルへ、責任を取るなら地上の人命を先に守るよう告げた前衛剣士。
・セレネ・グランツ
停止術式が塔へ完成命令として読み替えられたと判断し、レイルを調査から避難へ切り替えさせた術式解析役。
・フィア・レコード
古い銘板の原文を照合し、第一結着塔が残滓を一度”正形完成”させる施設だと記録した結着記録科生。
・クラリス・オルビス
送環式事故以来レイルたちと再会し、正しい形へ戻す思想を持ちながら、本人の選択を無視する塔の危険を認めた完成聖女候補。
・ヘルマン教官
生徒に操作権限を与えず停止作業を指揮し、暴走後は原因調査より地上への避難を優先した実技教官。
・ニア
第一結着塔がレイルの【未完】を最大級未結着対象として走査した瞬間を警告した案内人格。
【今回の能力・設定メモ】
・第一結着塔の古代機能は、不完全な術式を記録された”正しい形”へ完成させるものです。
・レイルは結着塔そのものへ【未完】を使用していません。
【次回】
止められた火球も、中断された召喚も、学院中で一斉に続きを始めます。




