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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第5章「世界基準の平凡」

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第67話「重ねる前の二つ」

世界基準の平凡。

それは、十二歳の人間が普通に持ってよい量という意味ではありませんでした。

 模擬迷宮事故後の再測定で、ヘルマン教官は最初の一行から頭を抱えた。


【総魔力量:標準域】

【残存魔力量:標準域下位】

【前回測定からの回復時間:想定より短い】

制御損失(せいぎょそんしつ):測定限界未満】


「レイル。お前は、この”標準域”を何の標準だと思っていた?」

「学院一年生を含む全種族統合基準ぜんしゅぞくとうごうきじゅんです」

「含みはする。中心ではない」


 測定室にはレイル、セレネ、フィア、リィナがいた。リィナは武技科の授業後で、赤栗色(あかぐりいろ)(かみ)をまだ高く結び、首筋(くびすじ)へ汗を残している。セレネは淡い金髪(きんぱつ)を整え、測定用眼鏡をかけて記録をのぞき込んでいた。ヘルマンは測定器の説明板を指で叩く。


「学院の統合基準は、長命種(ちょうめいしゅ)獣人(じゅうじん)魔族(まぞく)精霊適合者(せいれいてきごうしゃ)を含む。さらに、実務登録を受けた成長後の術者を中心に調整されている。年齢別の平均ではない」

「んん-? 一体どういう意味?」


 リィナが聞く。


「十二歳の人間が標準域へ入るのは、学院でも多くない。こいつは世界全体の実務者へ混ぜて平凡だ」


 レイルは表示を見た。


「でも、標準は標準でしょう。世界全体に俺より多い術者が大勢いるなら、特別扱いする数値ではない」

「まだ言うか。お前は”誰と比べても一番でなければ普通”という、都合のいい基準へ逃げているだけだ」

「世界には俺より魔力の多い種族がいる」

「当然いる。竜種や長命魔族と比べれば上はいくらでもいる。だが、人間の十二歳としては成長が数年早い」


 セレネが別の数値を示した。


「さらに、レイルは術式形成(けいせい)時の魔力損失がほとんどありません。一般的な一年生は、始動(しどう)と形成の間に魔力が散ります。出力を上げればさらに増えます」

「俺も散っているぞ」

「測定器が拾えない程度、ごくごくわずかです」

「ゼロではない」

「そこを主張する必要がありますかね?」


 ヘルマンが机へ(ひたい)をつけた。


「総量が標準でも、使える量が標準とは限らん。普通は疲労、混線、出力調整で一部を失うもんだ。お前は標準量を、ほとんど全部仕事へ回す、うらやましいくらいだ」

「師匠には、魔力をこぼしたら床掃除を追加されてましたから」

「何年だ」

「六年近く」

「十二歳で六年――?」

「六歳からですね」


 教官は顔を上げ、レイルの細い身体を見た。


「お前の”平凡”は、六年かけて世界の標準まで押し上げた平凡だ。生まれつきの怪物ではないが、普通に育った結果でもない」


 レイルはすぐに答えなかった。村で異常と呼ばれた力とは別の場所で、自分が続けてきた基礎が評価されている。魔力量が平凡だから安心したかった。何も特別でなければ、失敗しても目立たず、期待もされないと思った。けれど、その標準は逃げ場所ではなかった。


「じゃあ、今までやった訓練は無駄じゃなかったんですね」


 リィナが笑った。


「当たり前でしょ。毎朝一緒に走って、何回レイルの魔力切れ待ったと思ってるの」

「数えてたのか」

「最初の頃は十回くらい。最近は私の方がお腹空いて先に止める」

「それは魔力と関係ないだろ」

「私の限界は空腹なの!」


 セレネが記録へ一行加える。


「リィナの中止条件、空腹」

「もう! 書かないで!」


 フィアは既に別の記録板へ書いていた。


「過去記録と一致します」

「フィアまで!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 測定室を出たあと、レイルはそのまま第三工房へ向かった。


 理由は、回復時間の記録だった。


 同年代より早く戻る魔力。形成時にほとんど失われない魔力。それでも、眠る前に残っている分は使わず、翌朝には自然回復の上限へ押し戻される。


 使わなかった魔力を、別の日へ移せないか。そう尋ねた瞬間。


「無理」


 ロッテは最後まで聞く前に答えた。


 作業台の上では、リィナの【双踵噴射環ツイン・ヒール・ノズル】が左右へ分解されている。左の制動板には橋で受けた傷、右の導管には横方向噴射の偏流記録が残っていた。


「まだ説明の途中だ」

「”魔力そのものを【未完】にして溜める”なら無理。魔力には完成形がない。どこまで入れたら完成か、何を返したら終了か決められない」

「俺もそこは考えた。対象は魔力じゃない」


 レイルは空の蓄魔石を一つ置いた。


「蓄魔具への【充填と封緘】を一件の工程にする。規定量へ達し、封緘される直前を【未完】にするんだ。休憩中や就寝前に余った魔力を少量ずつ入れて、必要な時に封緘を完成させる」

「必要な時に自分へ戻すってこと?」

「自分、飛行具、治療装置、術式媒体。受取先は選べる」

「選べると思ってる、の間違い」


 セレネは作業台へ記録板を置き、すぐ不足条件を書き始めた。


「保持枠を一件占有します。睡眠または気絶で一括完成。媒体容量を超えれば破裂。レイルへ戻せば瞬間受入量を超える可能性があります。最悪、体が魔力量に耐え切れず破裂してしまうかも――」

「属性残留もある」


 ロッテが続ける。


「今日の風を明日の風として使える保証はない。媒体の中で熱になる。戻す時にも減る。いっぱい溜めたからって、一度に全部身体へ入れたら内側から焼ける」

「回収効率は最初から半分以下でち密に計算する」

「計算したから安全になるわけじゃない、想定外のことはいくらでもあるはずよ」

「危険条件を減らせば――」

「その顔、言うと思った」


 ロッテは測定用の細棒でレイルの額を押し返した。


「人体実験は禁止。あなたが寝る前に一件抱えるのも禁止ね。自分の身体を蓄魔槽にするのは、もっと禁止!」

「俺は身体へ直接保存するとは言ってないだろ?」

「言ってなくても、媒体が割れた時に自分へ戻す案を三つ目くらいで出すでしょ、どーせ」

「予備の受取先としては合理的だろうな」

「ほら!」


 リィナが腕を組んだ。


「私も反対。レイル、”暇な時に少しずつ”って言ったけど、暇を全部準備に使ったら休んでないでしょ」

「魔力を流すだけなら身体負荷は低い」

「低い負荷を何時間も何時間も続けるのが、レイルの悪いところなの!」


 レイルは反論を探したが、ロッテが空の蓄魔石を手に取った。


「でも――面白いこと考えるね」


「否定した直後に?」

「人間へ使うのは否定よ。考え方は別」


 ロッテは石を光へ透かし、内部の小さな気泡を見た。


「普通の蓄魔具は、満たしてから封緘する。封緘前を長く維持する設計なんて、誰もしない。未完成のまま圧を逃がせるなら、充填途中の損失と破裂位置を測れる」

「じゃあ、実験するのか」

()()()


 即答だった。


「少なくとも、あなたの前では」

「最後が不自然だ」

「気のせい。さ、速く今日の訓練へ行って」


 シッシッと追い払われるようにされ、レイルが疑いながら工房を出る。リィナとセレネも続いた。扉が閉じるまで待ち、ロッテは作業台の下から小さな箱を引き出した。


 中には、蓄魔石を六つの小区画へ分ける金属枠、交換式の破断板、圧力を外へ逃がす細管が入っている。


「聞いていましたぞ、ロッテ殿!」


 材料棚の後ろから、リオンが顔を出した。


「お前――、いつからいた」

「”面白いこと考えるね”の少し前からであります!」

「一番聞かれたくないところ」

「試作費なら――」

「しっ。一号機だけ。人間へ接続しない。無属性の練習石を使う。レイルには言わないことが条件」

「大師匠へ秘密を持つのですか!?」

「言ったら殴るから」

「……わかりもうした」


 リオンは一瞬で納得した。


「研究名は?」

「まだない」

「では私が――」

「はいはい、実はもうある」


 ロッテは設計紙の上へ、太い字で書いた。


未完蓄魔アンフィニッシュド・チャージ

【無人媒体試験・零号】

【人体接続絶対禁止】


「金環商会の紋章は大きく入れられますかな?」

「入れたら排圧穴にして、見えなくするけど」

「でしたら、小さくでいいのでお願いします!」


 ロッテは笑わず、最初の破断板を枠へ差し込んだ。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 再測定後の訓練では、ニアが【対話案内形態(ガイド・モード)】へ変化した。黒銀色の猫型輪郭(りんかく)が光へほどけ、レイルたちと同じほどの背丈を持つ幼い少女型へ組み替わる。黒銀の猫耳と環状の尾、短い髪の間に七色の術式環が浮かんでいた。


『複数術式ノ説明効率ヲ優先。ガイド・モードヘ移行シマス』

「ニア、服が前より派手になってない?」


 リィナが周囲を回る。投影された衣装は黒を基調に、七本の光線が裾を走っている。


『使用者ノ記録内ニ、学院制服ノ参照情報ガ増加シマシタ』

「私の髪型も少し入ってる」

『形態設計ノ一部ハ、過去ノ落書キヲ継続採用シテイマスにゃ』

「にゃ、戻ってるよ」

『発話誤差デス』


 セレネはニアの投影より、空中へ広げられた術式図を見た。


「今日の課題は【双路形成デュアル・フォーミング】第三段階、【結着待機・並行形成ホールド・フォーミング】です。第一段階の【同式双掌(ミラー・フォーミング)】、第二段階の【異式双掌(クロス・フォーミング)】と違い、一方を結着直前で待機させ、その完成圧力を自分で支えながら次を形成します」

「【未完】は使わないのか」

「使いません」


 ヘルマンが即答した。


「自分の集中で一つを維持し、もう一つを作れ。固有律の枠を空けたまま戦う方法を覚えろ」

「維持中の完成圧力は」

「三秒以内に閉じろ」

「四秒なら」

「三秒だ」

「個人差が――」

「うるさい! 三秒だ!」


 レイルは左手へ【風弾】を形成した。結着句の直前で止める。魔法は世界へ出ようと圧力を増し、腕の内側が震えた。【未完】で最後の一工程を奪う時と違い、すべての術式を自分の集中だけで支えている。右手へ【灯光(ライト)】を作る。一秒。二秒。右の光が灯る直前、左の風弾が崩れた。


 圧縮風(あっしゅくふう)が手の中で弾け、前髪(まえがみ)を逆立てる。


『失敗。左術式ノ形成崩壊』

「前髪、また変になった」


 リィナが笑う。


「笑ってる場合じゃない。次は移動しながらだ」

「私が追うよ」

「なぜ剣を持つ」

「動きながら維持する練習でしょ」


 リィナは学院貸与の刃なし模擬剣(もぎけん)を抜いた。


「今日は柄で殴らないでくれ。二つの術式を維持している時に額を打たれると、どちらが崩れた原因か検証できなくなる」

「限界を超える前に止まれば殴らないよ。止まれって言っても続けるから、最後に柄が必要になるの」

「なら、限界を先に定義してくれ。リィナの感覚だけだと、俺がまだ続けられる場合でも止められる」

「そこまで言うならセレネが決めて。私は身体を見て、セレネは数字を見る。二人とも止めたら、レイルは絶対に止まること」


 セレネは記録板を見た。


「左腕の震え、視線の固定、右肩の上昇、返答速度低下。このうち二つで中止します」

「本人の申告は?」

「信用度が低いので却下です」

「異議がある!」

「事実、過去四十八回の記録があります」


 リィナが構えた。


「始めるよ」


 模擬剣が斜めに来る。レイルは左手の風弾を保ったまま半歩下がり、右手へ光を集める。二撃目を腰を落として避ける。三撃目は模擬剣の腹へ短杖を当てて外へ流す。右手の灯光が点いた。


「二つ!」


 リィナが笑う。


「まだ完成じゃない。維持して一歩――」


 レイルが動いた瞬間、左腕が震えた。


「一つ目」


 セレネが数える。右肩が上がる。


「二つ目。中止です」

「あと一歩だけ」

「中止」

「条件は崩れてない」

「二条件成立です」


 レイルは聞かずに歩こうとした。リィナの模擬剣が鞘袋へ収まり、柄頭が額へ落ちる。同時に、セレネの記録板が後頭部へ当たった。


「いっ痛い!」

「二人で止めました」

「止まれって言ったでしょ!」

「武器と記録板を同時に使うな!」

「右と左を別々に使う訓練です」


 セレネが真顔で言った。


「リィナの影響を受けてないか?」

「効率的だったため採用しました」


 レイルは額と後頭部を同時に押さえた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 訓練の後半、レイルは左手へ風弾の核を維持し、右手から弱い【微風(ブリーズ)】を一層ずつ重ねた。一層。二層。三層。風弾の輪郭が太くなり、七環導杖の風圧経路へ警告光が走る。


『媒体温度上昇』

『四層目ノ追加ヲ非推奨』

「三層で終了です」


 セレネが宣言した。


「威力増加率を確認してから」

「現在の形成だけで標準風弾の二・一倍です。四層目は媒体負荷が急増します」

「二・一倍なら、三層の配分を――」

「終了!」


 リィナも声を重ねる。レイルは渋々、風を訓練標的へ放った。圧縮風が土標的を深くえぐり、後方の防護壁(ぼうごへき)へ衝撃を散らす。ヘルマンが記録を見た。


「仮称を付けるなら【重層未結(レイヤード・チャージ)】。ただし技としてまだ認定はしない。立ち止まり、両手を塞ぎ、三秒以上かかる。今のまま実戦で使えば先に殴られるからな」

「移動形成を覚えれば?」

「おい、話を聞け」


 セレネがレイルの横へ立った。


「術式層は私が計算できます。あなたが全部の配分を一人で持つ必要はありません」


 リィナも反対側へ来る。


「撃つ場所までは私が連れてく。止まっていい三秒を作る」


 レイルは左右を見た。淡い金髪と青紫の(ひとみ)。赤栗色(くりいろ)の髪と金茶色(きんちゃいろ)の瞳。セレネは自分の魔法を理解しようとし、リィナは自分の身体を守ろうとする。二人とも別のところを見ているのに、言っていることは同じだった。


「二人で勝手に役割を決めないでくれ」

「では、レイルが決めてください」


 セレネが言う。


「私とリィナ、どちらへ何を任せますか」


 質問の奥に、訓練以上の意味があることを、レイルだけが分かっていなかった。


「術式計算はセレネ。射線と近接防御はリィナ」

「それだけ? 術式と射線の役割だけ決めて、それで全部終わり?」


 リィナが聞く。


「ほかに何がある。訓練中に必要な分担なら、今ので不足はないはずだ」

「……もういい。足りないのは分担表じゃなくて、レイルの方だから」


 リィナは(ほお)を膨らませる。セレネは少し考え、眼鏡を外した。


「合理的な役割分担です。現時点では受領します」

「現時点って何だ」

「将来の再評価を含みます」


 彼女の髪の横へ、小さな光球が浮かぶ。レイルが理由を尋ねる前に、フィアが新しい記録板を持ってきた。


「治療棟、旧水路、模擬迷宮の接続記録を照合しました。地下施設の名称が判明しています」


 記録板の中央へ、古い文字が表示されていた。


【王立結着学院・第一結着塔だいいちけっちゃくとう

【不完全術式回収・完成処理施設(かんせいしょりしせつ)


「完成処理だって?」


 レイルは文字を指でなぞった。学院は失敗した魔法を地下へ送り、そこで別の処理を施していた。そして地下で、何かへと完成させていたのだ。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 十二歳で実務者基準の標準魔力量を持ち、そのほぼ全量を無駄なく使えると知らされた後も、四層目を試そうとして二人に止められた少年。


・リィナ・アルセイル

 空腹を中止条件として記録され、訓練では模擬剣と柄頭を使ってレイルの移動形成と限界判断を鍛えた剣士。


・セレネ・グランツ

 レイルの魔力損失の少なさを数値で示し、術式計算を自分へ任せる役割分担を受け取った魔導科生。


・フィア・レコード

 世界基準の意味と三施設の記録を照合し、学院地下に第一結着塔が存在すると突き止めた記録科生。


・ヘルマン教官

 レイルの”平凡”が十二歳の平均ではないと訂正し、【重層未結】を未認定の危険な入口として止めた実技教官。


・ニア

 少女型の対話案内形態を長時間投影し、三層目以降の媒体温度とレイルの中止条件を表示した案内人格。


・ロッテ・ベルクマン

 レイルの【未完蓄魔アンフィニッシュド・チャージ】案を人体使用としては即座に却下しながら、発想そのものを面白いと認め、無人媒体の零号試作を始めた技師。


・リオン・ゴルディス

 秘密の零号試作へ一号機分だけ出資し、大師匠へ黙る理由を聞いた瞬間に納得した弟子志願者。


【今回の能力・設定メモ】


・学院の全種族統合基準は、成長後の実務術者(じつむじゅつしゃ)を中心に調整されています。レイルの【標準域】は、十二歳の人間として平凡な値ではありません。

・【重層未結】は仮称です。三層までの成功例があるだけで、移動不能、両手拘束、媒体負荷という大きな欠点があります。

・【双路形成デュアル・フォーミング】は、第一段階【同式双掌(ミラー・フォーミング)】、第二段階【異式双掌(クロス・フォーミング)】、第三段階【結着待機・並行形成ホールド・フォーミング】へ進みます。

・【未完蓄魔アンフィニッシュド・チャージ】は、魔力そのものではなく蓄魔具への【充填と封緘】を未完化する仮説です。人体接続とレイル本人による試験は禁止されています。


【次回】


教会監査役クラリスと再会し、地下で”正しい完成”を行う塔へ向かいます。

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