幕間Ⅰ「帰れない少女は学院へ入れない」
レイルたちに学院の中で新しい友人ができた頃。
門の外には、入学したいわけでもないのに入れない少女がいました。
学院都市ヴァルグラードの中央門で、藍色の髪の少女が三度目のため息をついた。
「はぁ、だる……勇者候補って、もっとこう、どこでも顔パスできる職業じゃないの?」
受付の学院職員は、同じ説明を三度繰り返した顔をしていた。
「勇者候補証は、国家または教会が発行した正式書類ですか」
「違う。勝手に選ばれた」
「選定機関は」
「知らない。気づいたらこっちにいた」
「出生証明は」
「日本」
「ニホン地方の領主印はありますか?」
「地方じゃないんだけど、てか国ですけど」
「推薦状は」
「ない」
「学院生または教職員の紹介は」
「いない」
「でしたら、一般資料塔の閲覧許可を申請してください。審査には十日ほどかかります」
「十日!? こっちは帰る方法を探してんの! 十日あったら、普通に次の街へ行くわ!」
少女の後ろで、長身の剣士が無言のまま立っていた。
カインは灰色の外套をまとい、背へ大剣を負っている。門衛から武器を預けるよう求められても、拒絶も抗議もせず、ただ少女を見た。
「カイン、どう思う?」
彼は学院の高い塔を見上げ、次に受付横の掲示板へ目を向けた。
「何。あれ見ろって?」
掲示板には、学生向けの注意書きや依頼案内が貼られている。その一角だけ、異様に細かい避難経路図があった。
【魔導実技棟から中央門までの避難案】
【主経路一/副経路二/階段封鎖時の代替路】
【食堂混雑時は北側回廊を避ける】
【魔導艇墜落時、上空を見ず壁際へ移動】
【作成者:レイル・アルヴァート】
「なにこれ。学校の避難図にしては細かすぎない?」
カインは紙と炭筆を取り出し、図を写し始めた。
「気に入ったの?」
剣士は答えない。
「まあ、あんたこういうの好きだもんね。宿でも出口近い席しか座らないし」
近くを通った学生二人が、掲示板の別の紙を見て話していた。
「聞いたか。”昨日詠み”が今度は両手で魔法を出したらしい」
「”昨日詠み”?」
「入学前日に作った魔法を、実技試験で撃った辺境の新入生。測定器を三台止めたって」
「三台壊したのか?」
「壊れてなかったらしい。本人の方が要再検査」
ユノの耳が動いた。
「何それ。”主人公っぽい”」
学生たちは笑いながら校内へ入っていく。
「昨日作った魔法を今日撃つ、ね。異世界転生ものなら、だいたい何か隠してるタイプだけど……学院の変人まで追ってたらキリないか」
カインが写し終えた避難図を折り、外套へしまった。
「資料塔は無理。次、組合で昔の勇者記録を聞く。それでも駄目なら北の旧街道」
ユノは門へ背を向けた。
その時、腰の小さな羅針具が震えた。
針は学院内部を向かず、都市の北西へ傾いている。
「白環反応……こっちじゃない」
カインも北西を見る。
「学院に用があると思ったのに、また外れ。まじウザ……」
口では文句を言いながら、ユノの足はもう動いていた。
「行くよ、カイン。帰れる手掛かりかもしれない」
無言の剣士が続く。
二人が学院都市を出た翌日、旧水路の異常報告が施設課へ回った。
さらに数日後、学院地下の古い装置が、生徒たちの模擬迷宮へ接続する。
ユノは”昨日詠み”の名を覚えなかった。
カインの外套には、レイルが描いた避難図だけが残った。
【今回の登場人物】
・ユノ
身元証明も推薦状も持たず学院資料塔への入場を拒まれ、”昨日詠み”を学院の変人として調査対象から外した勇者候補。
・カイン
学院へ入れなくても抗議せず、門外の掲示板からレイル作成の避難経路図だけを無言で写し取った剣士。
【今回の能力・設定メモ】
・ユノとカインは、レイルたちと同じ学院都市まで来ていますが、ここでも直接対面しません。
・二人は異世界勇者の記録と白環反応を追い、学院事件の直前に北西へ移動します。
【次回】
後半、学院の安全な模擬迷宮が、自分で試験を完成させ始めます。




