表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第1章 最後の一文

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/181

第4話 最後まで読めない鑑定 ――魂に刻まれた、途中の名前――

レイルは、自分の魂へ刻まれたものを調べるため神殿を訪れます。

固有律の鑑定は、本来なら子どもの将来を祝うための儀式です。

けれど鑑定盤へ現れた文字は、名前すら最後まで書き終えませんでした。

 エルデ村の神殿は、ラウゼン王国の王都セルティアに建つ大聖堂のような、高い塔も巨大な鐘楼(しょうろう)も持ちあわせていない。灰白色の石を積んだ平屋の建物で、正面の屋根だけが少し高く、朝露に濡れた青銅の環(せいどうのわ)軒下(のきした)へ吊られている。


 成環教会(せいかんきょうかい)は、ラウゼン王国の町や村で、人の誕生、契約、死を記録する宗教組織だった。王国では多くの子どもが六歳前後になると、魂へ刻まれた固有律を神殿で鑑定してもらう。


 だが、エルデ村の神殿が担う仕事は儀式だけではない。村人が生まれれば名を記し、夫婦になれば誓いを預かり、死者が出れば見送る。読み書きのできない者の手紙を書き、冬には薬草を配る生活の場でもあった。


 村人が生まれれば名を記し、夫婦になれば誓いを預かり、死者が出れば見送る。成環教会(せいかんきょうかい)の教義を伝える場所であると同時に、読み書きのできない者の手紙を書き、冬には薬草を配る生活の場でもあった。


 開け放たれた扉から、乾いた香草(こうそう)蜜蝋(みつろう)の匂いが流れている。レイルは敷居(しきい)の手前で足を止め、革鞄を両腕で抱え直した。灰褐色の髪は母に水で撫でつけられていたが、後頭部の一房だけが頑固に跳ねている。そして、その淡い青灰色の瞳は建物ではなく、祭壇へ続く床の継ぎ目ばかりを追っていた。


「床板が十二枚。左右の窓が四つ。裏口は――」

「鑑定を受けるだけなのに、逃げ道を数えないでよ!」

「逃げるためじゃない。何か完成しそうな物から離れる経路を確認してる」

「それを逃げ道って言うんだけど?」


 隣に立つリィナは、赤栗色の髪を耳の上で結び、金茶色の瞳を呆れたように細めていた。淡い生成り(きなり)の上着は母親に着せられた外出用らしく、いつもの泥汚れがない。けれど腰には短い木剣を差し、磨かれた靴の爪先には、来る途中で蹴った小石の白い跡が残っている。


「どうしてリィナまで来たの?」

「見届けるためだし。レイルが『鑑定結果は秘密です』とか言って逃げないように」

「僕の魂に関する個人情報なんですが?」

「昨日、私の手を将来の結婚相手向きって鑑定した人が何か言ってる」

「まだ結論は出してない」

「出さなくていいし!」


 木剣の柄へ伸びかけた手を、エナが柔らかく押さえた。母は淡い若草色のワンピースへ、薄い肩掛けを重ねている。柔らかな栗色の髪はいつもどおり丁寧に編まれていたが、目の下には昨夜の作業が残した影があった。


 包帯を巻いた右手には、完成しない祭礼布の包みが提げられている。原因を確かめるため、神官へ見せることになっていた。


「神殿の中では静かにね」

「僕は静かだったよ」

「変なことを言わなければ、私も静かだった」

「二人とも、今からでも外で待つか?」


 目を細めながら低い声で言った父・バルドは、普段の革前掛けではなく、濃茶の上着を着ていた。焦げ茶色の短髪は簡単に撫でつけられ、広い肩が神殿の扉を狭く見せている。左手親指の古い切り傷をさする癖が出ているのは、息子以上に緊張している証拠だった。


「入る」

「私も」

「なら黙って歩け」


 家族と幼なじみが中へ入ると、祭壇(さいだん)前にいた男が振り返った。


 神官アウレリオは四十歳を少し越えたほどに見えた。日に焼けた細長い顔へ、麦色の短髪と灰緑色の瞳。白い神官衣(しんかんい)の襟と袖には、閉じた円ではなく、わずかな切れ目を残した緑の環が刺繍されている。村の畑仕事を手伝うことも多いため、祈りを捧げる手には薄い土汚れと小さな傷があった。


「来たか。昨日のうちに祭礼係から話は聞いている」


 アウレリオはレイルへ微笑みかけなかった。子どもを安心させるための軽い言葉も使わず、まずエナから布包みを受け取る。


 祭礼布を広げ、最後の銀糸を指先で確かめた。締まりきらない結び目は、夜を越しても輪のまま残っている。


「糸は切れていない。布も針穴も傷んでいない。結ぼうとした形も残っているのに、結果だけが出ていないのか」

「何度試しても同じでした」

「痛むだろう。今日はもう針を持たない方がいい」


 アウレリオはエナの包帯へ目を落とし、それからレイルへ向き直った。


「怖いか?」

「結果が分からないことは怖いです。でも、分からないまま母さんの仕事へ近づく方が怖い」

「よく考えた答えだな」

「昨日の夜に、想定される結果を二十七個書きました」

「......六歳の子へ聞いたつもりだったが、役所の調査官が来たら任せてもよさそうだ」

「二十七個のうち、悪魔に憑かれている可能性は四番目です」

「そんなに上なのぉ!?」


 リィナがレイルの肩をつかんだ。アウレリオは目を丸くした後、祭壇脇の棚から分厚い聖典(せいてん)を取り出す。


「先に言っておこう。教会は、見慣れない現象を何でも悪魔の仕業にするほど暇ではない」

「悪魔じゃない可能性の方が高い?」

「今のところはな。悪魔なら、母親の刺繍より先に神殿の献金箱でも狙うだろう」

神官(アウレリオ)様、それは教義にあるの?」

「長年の経験からだよ、リィナ」


 祭壇中央には、子どもの頭ほどの透明な石板が置かれていた。内部へ細い金線が幾重にも走り、見る角度によって円環(えんかん)の模様が浮かぶ。鑑定盤(かんていばん)と呼ばれる教会の魔導具だ。


 アウレリオは祭壇の周囲へ白い粉で円を描き、四方へ小さな蜜蝋燭(みつろうそく)を置いた。火を灯すたび、石床へ淡い光の線が伸びる。


固有律(こゆうりつ)は、神が気まぐれに与える褒美ではない。魂の癖や願い、恐れが、この世界の法則へ触れた時に形となる」

「性格診断みたいなもの?」

「性格だけで火が出たり、鉄が曲がったりしてはたまらんだろう? だが、まったく無関係でもない」


 アウレリオは祭壇の前へ膝をつき、レイルにも円の中央へ立つよう促した。


「手を鑑定盤(スキルチェック)へ置け。痛みはない。見えたものを無理に理解しようとしなくていい」

「失敗した場合は?」

「普通は、適性なしと表示される」

「普通ではない失敗の場合は?」

「始める前から神官を不安にさせるな」


 リィナが祭壇の外から身を乗り出す。


「レイル、手が震えてる」

「気のせいだ」

「じゃあ、つないであげようか?」

「儀式の円へ入ったら危険かもしれない」

「昨日は将来の契約まで考えたくせに」

「将来と現在の安全基準は別だ」

「やっぱり震えてるじゃん」


 レイルは返事の代わりに、右手を透明な石板へ載せた。ひやりとした感触が掌から腕へ上り、胸の奥へ沈んでいく。母の刺繍から流れ込んでいた、細い糸に引かれるような圧力が強くなった。


 蝋燭の炎が同時に傾く。

 鑑定盤の内部で金線が回転し、最初の文字を形作り始めた。


【固有スキル:未


 文字はそこで途切れた。


「......『未』?」


 レイルが呟いた瞬間、二行目が浮かぶ。


【評価:判定不

【分類:終了不

【鑑定儀式:未完


 どの行にも、文字を閉じる最後の記号がなかった。鑑定盤の金線は止まっていない。何度も続きを描こうと震え、光を集めては、最後の一画へ届く直前で形を崩している。


 アウレリオの灰緑色の瞳から、先ほどまでの余裕が消えた。


「手を離すな。バルド、扉を閉めろ。エナ、その布を――」


 神官の言葉を遮るように、布包みの中で小さな音がした。

 きゅっ、と糸が締まる音だった。


 エナが包みを開く。祭礼布の最後の銀糸は、三週間の仕事を閉じる小さな結び目となっていた。昨夜までどうしても届かなかった最後の一針が、誰も触れていないのに完成している。


 エナは緑の瞳を見開き、包帯を巻いた指で結び目の周囲をなぞった。


「結べているわ......」


 レイルの掌の下では、鑑定盤がまだ続きを書こうと軋んでいる。

 母の刺繍が終わった代わりに、今度は鑑定が終わらない。

 胸を引いていた見えない糸が、祭礼布から鑑定盤へつなぎ替えられたように感じた。


()()()


 レイルは冷えた石板から手を離せないまま、唇を噛んだ。


「僕は、母さんからこれを取って――今度は、この儀式を止めたんですか?」


 アウレリオはすぐに答えなかった。祭礼布の完成と、文字を閉じられない鑑定盤を交互に確かめる。

 やがて彼は聖典を閉じ、祭壇へ置いた。


「......今の段階で断定はしない。だが、偶然として片づけるには、順番が正しすぎるようだ」

「じゃあ、僕の固有スキルは――」


 鑑定盤の光が強く明滅した。


【固有スキル:未


 最後の一文字は、何度試しても現れなかった。


母エナの祭礼刺繍が完成し、代わりに固有律鑑定が未完となりました。

この段階では、レイルもアウレリオも「一件だけ」という正式な結論には至っていません。

次回、鑑定を終えるための閉式が、三時間にわたって終わり続けます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ