第34話「見習いの報酬」
正式な冒険者でなくても、村には子どもが手伝える仕事があります。
小さな依頼、小さな報酬、小さな信用を、二人は一つずつ積み重ねます。
条件付き探索が始まってから数か月、レイルとリィナの仕事は旧坑道の中だけでは収まらなくなった。
最初は村の手伝いだった。薬草畑の周囲で指定された葉を摘み、街道脇に残った魔物の足跡を写し、古くなった罠へ赤い布を結ぶ。危険度が低く、失敗しても大人がすぐ補える仕事から始めた。
レイルは依頼を受けるたび、必要道具の一覧(過剰な)を作った。また性懲りもなく薬草三本を採るだけの仕事へ鍋を二つ持っていこうとして、エルシアに一つずつ没収された。
「片方が壊れた場合の予備です。本来は予備の予備の予備まで持っていきたい」
「鍋が壊れる薬草採取なら帰りな。てか予備の予備のってなんだいまったく」
「煎じる必要が生じる可能性もありますし、防具としても使えますが――」
「現地で病人を拾う予定まで足すんじゃない」
「拾わない保証はありません」
「はぁ、あんたやっぱり病気だね」
『慎重性ノ過剰発現ヲ記録シマスにゃ』
「診断名にしないでください」
リィナは笑いながら、自分の食料袋だけはしっかり持った。そうした見習い仕事の一つとして、村外れで姿を消した山羊を探す依頼が入った。
飼い主から受け取った布へ山羊の匂いが残っている。ニアはまだ犬型の追跡補助形態を正式に使えないため、レイルが泥の蹄跡と食べられた草を調べ、リィナが高い場所から周囲を見る。
「こっち。枝が折れてる」
「山羊が折ったとは限らないぞ」
「毛もあるよ」
「白い。対象の毛色と一致する」
「じゃあ、こっちでいいね」
「他の白い動物である可能性が――」
「で、行くの?」
「行くさ」
二人は斜面を下り、浅い谷へ入った。山羊は倒木の向こうで、後ろ脚を古い縄へ絡めていた。暴れるたび縄が締まり、皮膚へ食い込んでいる。
「私が押さえる」
「正面へ立つな。角がある」
「横から首を支える。レイルは縄を準備して」
「切る前に結び目の位置を確認する。急に緩めると脚へ血が戻って――」
「説明は後だってば!」
リィナが山羊の身体へ外套をかけ、視界を狭めた。木剣は使わない。肩と腰で暴れる方向を受け止め、角をレイルから遠ざける。レイルは小刀で縄を切った。
一本目では完全に外れない。足首へ巻きついた部分を傷つけないよう、刃を寝かせて二本目を切る。縄が落ちると、山羊はすぐ立とうとして脚を崩した。
「動かさないで。腫れを確認する」
「分かった。ほら、大丈夫だから」
リィナの声が山羊へ届くかは分からない。それでも、先ほどより暴れ方は弱くなった。レイルは水で泥を流し、薬草を当て、添え木までは不要だと判断した。歩かせるより担架へ乗せる方が安全だが、二人だけで山羊を村まで運べるかは別問題だった。
「運ぶなら簡易担架を持ってきている」
「前は重いって置いていったやつ?」
「今回は依頼内容に家畜捜索が含まれていたから」
「そっか、役に立ったね」
「ただし、二人で持ち上げた場合の重量は――」
「私が前を持つ。レイルは後ろで」
「歩幅を合わせてくれ」
「分かってるよ」
山羊を載せた布は予想以上に重かった。何度か休みながら、それでも二人は村へ戻った。飼い主は山羊の脚を確かめ、深く頭を下げた。
「助かったよ。見つけるだけだと思っていたのに、怪我まで見てくれた」
「僕は治療師ではないため、後で専門家に確認してください」
「それでもだ」
差し出された報酬は、小さな銅貨が四枚だった。レイルは受け取る前に、依頼書の金額と一致するか確認した。リィナは横で、飼い主から追加でもらった焼き菓子を見つめている。
「これは報酬へ含まれますか?」
「山羊を運んだ分だ。二人で食べなさい」
「二人で?」
「半分ずつだよ」
「リィナの必要摂取量を考えると、均等分割は――」
「半分でいいって!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
帰宅後、銅貨四枚のうち二枚を道具の補充へ回し、一枚をリィナと分けた。残る一枚を、レイルは父の作業机にある【被害記録帳】へ挟んだ。
祭礼布の材料費、納期遅延、父の椅子、村人の手伝い。金額へ置き換えられないものも多い。それでも”返せる項目から返す”。
「一枚だけか」
バルドは帳面を開き、記録された一枚の銅貨を確認した。
「少ないです」
「最初から大きく返せると思うな。仕事は板を一枚ずつ削って進んでゆくものだ」
「完済までの予測年数を計算すると――」
「今日の一枚を貫け。明日の分は明日やりなさい」
レイルは日付と依頼名を書いた。
【迷子山羊捜索補助――銅貨一枚】
完了線を引くには足りない。けれど、記録の数字は初めて減った。仕事は少しずつ増え、薬草採取では、リィナが木剣で枝を払う力を調整し、必要な葉を傷つけない動きを覚えた。害獣調査では、レイルが足跡と糞から巣の位置を推測し、リィナが畑へ入ろうとする小動物の進路だけを変えた。
朝の剣術稽古も変わり、レイルが籠を盾代わりに突進すると、リィナは正面から叩き潰さず、横払いと足運びで進路をずらす。最初の数回はレイルが草地へ転がされたが、最後には籠だけが横へ向き、本人は立ったまま止まれるようになった。
「今のは成功」
「レイルが遅かっただけじゃない?」
「僕の速度条件は前回と同一だ」
「次はもっと速く来て」
「訓練目的を勝手に増やすな」
「それ、私が言われる方なんだ?」
小さな仕事が積み重なるにつれ、村人の呼び方も少し変わった。以前は、レイルが近づくだけで作業を止める者がいた。今は「そこへ立つな」と位置を指定し、道具を渡す者がいる。警戒が消えたわけではない。だが、危険だから遠ざけるだけではなく、危険を管理したうえで仕事を任せようとする人が増えた。
それを信用と呼んでよいのか、レイルにはまだ分からない。それでも夜になると、今度は自分の仕事である自作小説へ向かった。
勇者は森へ入り、縄を張り、火の位置を決め、荷物を防水布で包んでいる。道具の説明は増えた。事故への対策も増えた。しかし勇者は、何日経っても森を出なかった。
「今日は十二行書きました」
原稿を覗いたエナが、静かに頁を戻す。
「勇者は昨日から、どこへ進んだの?」
「縄の結び方を改善しました」
「物語の中で?」
「安全性が上がっています」
「続けることと、同じ場所を回り続けることは違うのだけれどね......」
レイルは返事をしなかった。書いているし、捨ててもいない。毎日机へ向かっている。それでも、””終わらせるつもりで進めている””のかと問われれば、答えられなかった。
原稿は【未完】の保持枠を占め、他人の仕事を守る安全装置である。終わらせてはいけない。だが、終わらせないために物語そのものを進めなければ、前世の放棄と何が違うのか。答えを出せないまま、彼は次の朝を迎えた。
その日の依頼は、ハルツの鍛冶工房へ炭と工具を運ぶ仕事だった。依頼書の隅には、注意書きがある。
【納品前の剣あり。作業台へ近づかないこと】
レイルは同じ注意を、自分の報告書へ三度書き写した。
見習い仕事の報酬は小さくても、被害記録帳の数字を初めて減らしました。
リィナの剣は倒すためだけでなく、傷つけずに進路を変える技術へ育ち始めます。
次回、終わらせないために進めなくなった原稿と、最後の研ぎを待つ剣が同じ工房に置かれます。




