第33話「条件付き探索許可」
禁止するだけでは、また隠れて行くかもしれません。
一か月の手伝いと謝罪を終えた二人は、家族と師匠の管理下で、もう一度入口へ立つ方法を話し合います。
一か月の立入禁止は、レイルが予想していたより長かった。旧坑道へ行けないことより、毎朝の行動を家族へ申告し、終わった後にも報告する生活の方が苦しかった。
薪割り場へ行く。畑の柵を直す。エルシアの小屋で【種火】を十回使う。リィナと草地で木剣を振る。どれも行き先、終了予定、同行者を紙へ書き、帰宅後に結果を伝える。
初日は面倒だと感じたものの、三日目には、誰かが自分の居場所を知っている状態が監視ではなく退路なのだと少しだけ分かった。
捜索へ出ようとしていた自警団員へは、二人で直接謝った。一人は何も言わず、壊れた柵の杭を渡した。もう一人は「次は先に言え」とだけ答えた。謝罪したから許されたのか、まだ怒っているのか、レイルには分からない。分からないまま働くことも、責任の一部だった。
禁止期間の最終日、アルヴァート家の食卓には再び地図が広げられた。前回と違い、地図の上にはエルシアが作った白い札が八枚置かれている。バルド、エナ、リィナの両親も同席し、リィナはいつになく背筋を伸ばしていた。
「旧坑道の表層を、訓練場所として使う」
エルシアがそう告げると、レイルより先にリィナが目を輝かせた。
「本当に?」
「条件を守れるならね。今度破ったら、私はお前たちを坑道へ入れる前に縄で縛っちまうよ」
「縄の材質は?」
「バカ弟子は黙って聞きな」
エルシアは一枚目から順番に札を指で叩き、八つの条件を読み上げた。
【一,一人で入らない】
【二,行き先と帰還予定時刻を残す】
【三,地図にない階層へ進まない】
【四,負傷した時点で中止する】
【五,退路を二本確認する】
【六,自作小説を安全装置として携帯する】
【七,戦利品と報酬を隠さない】
【八,帰還後に報告書を書く】
レイルは八枚を読み終え、自分の鞄から別の紙束を出した。
「不足があります」
「何枚ある」
「三十七項目です」
「......しまいな」
「まだ内容を見ていません」
「枚数を見ればお前の病状は分かるってもんさ」
リィナが横から一枚目を読む。
「【出発前の体温測定】、【同行者の歩幅差確認】、【予備灯の予備を用意】……また増えてる」
「前回の失敗を反映した」
「【同行者が予定外に空腹となった場合】って何?」
「リィナの食料消費が予測を超えた場合の――」
「私の分は自分で持つもん!ばかっ」
「前回はほとんど減っていなかった」
「帰るまで我慢したんだよ!」
重い空気を避けるように、エナが小さく笑った。一か月前の叱責を忘れたわけではない。それでも、同じ失敗を繰り返さないための話し合いまで暗くする必要はなかった。エルシアはレイルの紙束を取り上げ、最初の三枚だけを読む。
「使えるのは二つだね。【出発前の体調確認】と【天候悪化時は予定より早く撤退】。あとは八条件へ含まれているか、細かすぎて現場で使えない」
「細分化した方が判断の揺れを防げませんか?」
「三十七個思い出してる間に、角兎の角が、アンタの腹へ刺さるよ」
「一覧を携帯すれば――」
「三頁までだ」
報告書の話だと思ったレイルは首を傾げた。
「条件表ですか?」
「条件表も、帰還報告書も三頁まで。四頁目からは読まない」
「重要情報が欠落する可能性があります」
「重要なものを選ぶのも訓練だよ」
バルドが八枚の札を見ながら口を開いた。
「これは許可じゃない。”預ける約束”だ」
「預ける?」
「お前たちは、自分の判断だけで行かない。その代わり、父さんたちは危険だからという理由だけで全部止めない。行き先と時間と、戻る条件を互いに預ける」
「相手へ判断材料を渡す、ということですか」
「そうだ」
エナは六枚目の札へ触れ、条件だけでなく中身も確認するよう念を押した。
「原稿が安全装置として機能しているか、出発前に必ず確認しましょう。書くことから逃げて、形だけ持ち歩いてはいけません」
「毎日、一文以上進めています」
「同じ場面の説明を増やすだけでは、進んだことにならないわよ」
レイルは視線を逸らした。最近の原稿には、勇者が持つ縄の太さ、荷物の重さ、野営時の火の位置が詳しく書かれている。しかし勇者本人は、三日間同じ森から出ていない。エルシアが外套の内側から、銀黒色の腕輪を取り出した。
「もう一つ。オムニアは返す。ただし貸与のままだ」
「使用者登録は?」
「しない。私の監督権限下で、観測と警告だけ。勝手に魔法を増やそうとしたら取り上げる」
レイルの左手首へ【万式魔導環】が戻る。七つの環が淡く明滅し、黒銀の猫型ホログラムが食卓の中央へ現れた。
『貸与状態ヲ再開シマスにゃ』
「一か月の停止中に機能変更は?」
『記録領域ノ整理ヲ実施シマシタにゃ』
「新機能は?」
『存在シマセンにゃ』
「改善されていないのか」
『使用者候補ノ規則遵守率ハ改善傾向デスにゃ』
「僕の方を更新したという意味か」
『概ネ正解デスにゃ』
リィナがニアの頭へ手を伸ばしかけ、エルシアの視線を受けて止めた。
「まだ話の途中だった」
『接触ハ機能向上ニ寄与シマセンにゃ』
「分かってるもん べーだ」
最後に、リィナの役割が決められた。正式な前衛ではない。冒険者でも、自警団員でもない。エルシアの言葉では【実技助手】だった。
「リィナは前を見る。狭い場所で剣を振り回さない。敵を倒すより、バカ弟子の退路と詠唱の位置を作る」
「うん」
「レイルは?」
「後ろと横、地図、灯り、罠確認、退路の確保です」
「考え込んで足が止まったら?」
「私が引っ張る」
「僕の撤退判断が正当なら従ってくれ」
「正当ならね」
「判定者は?」
「その場の私」
「条件として不公平だ」
「止まってる本人には決められないでしょ」
エルシアが杖の石突きで床を鳴らした。
「二人とも、自分だけで完成させようとするんじゃない。判断が足りないなら、相手にバトンを渡しな」
翌朝、今度のレイルは玄関を静かに閉めず、バルドとエナの前で地図を開いた。
「目的地はエルデ旧坑道表層。入口から地図上の第一分岐まで。同行者はリィナ。帰還予定は正午の鐘より前。主灯か予備灯を失った場合、どちらかが負傷した場合、未知の分岐を発見した場合は撤退します」
「聞いた」
「行ってらっしゃい。戻ったら報告を」
「はい」
外では、リィナが木剣と大きな食料袋を持って待っていた。
「今日は言ってきた?」
「行き先、時間、撤退条件まで伝えた」
「じゃあ行こっか」
「リィナ、食料の量が前回より増えているけど」
「正式な探索だから、正式な量なの!」
『荷重ハ許容範囲内デスにゃ』
「ニアがそう言うなら問題ないね」
「僕の荷物を持たせる余裕は?」
「それは別かな」
二人は笑いながら歩き出した。見送る家族の視線は背中へ残っていたが、以前のように止めるための鎖とは感じない。今はそれが、””帰る方向を示す線””に思えた。
八つの条件は、二人を縛るためではなく、家族と判断を共有するために作られました。
レイルの三十七項目は三頁へ削られ、リィナは正式な実技助手になります。
次回、条件付き探索は村の見習い仕事へ広がり、初めて自分たちの働きで報酬を得ます。




