第112話「魔物より先に屋根を直す」
目の前に魔物がいれば、倒すことが答えに見えます。
けれど、なぜそこへ来たのかを調べれば、剣より先に直すべき場所が見つかることもあります。
灰橋宿の北にある鈍鐘村から、討伐依頼が届いた。
【夜ごと穀物倉を壊す魔物の排除】
被害は六夜連続。
屋根板が割られ、灰麦袋が裂かれ、倉庫番が一人負傷している。
目撃証言では、丸い甲羅と長い鼻を持つ魔物が親子で現れ、屋根へ体当たりしていた。
「これは【針殻鼻獣】だな」
ラガンが依頼札を見る。
「こいつらは、地中の魔力苔を食う。普通は穀物へ寄らん」
「なら、倉庫に魔力苔があるってこと?」
リィナが聞く。
「灰麦袋の中に混じった可能性はありますね」
セレネが被害記録をめくる。
「ただし、六夜連続で別の袋へ向かったなら、倉庫そのものに誘引源があると考えるべきです」
「これは、討伐じゃなく”調査から”だな」
レイルが言うと、依頼受付役は肩をすくめた。
「村としては早く倒してほしい。次に屋根が落ちたら、雨期用の灰麦が全部濡れる」
「倒す必要があるなら倒す。でも、原因が残れば別の魔物が来るぞ」
「報酬は討伐確認で全額。追い払うだけなら半額」
リィナがレイルを見る。
「ね、どうする?」
「原因を調べる。間に合わなければ迎撃する」
「ご飯代、半分になるかも」
「そこを最初に確認するのかよ」
「大事でしょ?」
「大事だが、順番がある」
「倒さず済んだら、魔物も村も助かる。私はそれでいいよ」
最後は迷わず答えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
目的の鈍鐘村までは荷車で半日ほどの行程だった。
村の中央には、風が吹くたび低い音を鳴らす黒い鐘が立っている。地面の空洞を音で知らせるための設備で、村名の由来にもなっていた。
穀物倉は村の北端にあり、屋根の三分の一が内側へ落ちていた。
板には鋭い針の跡。壁際には丸い足跡。血はない。
レイルは倉庫へ入る前に、掌へ【灯光】を無詠唱形成した。
薄い光が指の上へ浮かぶ。
前回より輪郭が安定し、暗い床を六歩ほど照らした。
『持続七・一秒! 目標の六秒、ちゃんと超えましたね~』
「歩きながら本は読まないけどな」
『おっ、ちゃんと学習してるじゃないですかぁ』
リィナが後ろから覗き込む。
「少し明るくなったね」
「毎朝やってることだからな」
「私も脚が治ったら朝練増やそっと」
「今の量へさらに追加するのか?」
「レイルに負けたくないから」
「分野が違うだろ?」
「頑張ってる量の話」
そう言われると、レイルは否定できなかった。
倉庫の梁へ登ったアルドが、屋根板の裏を調べる。
「外から割られた跡はある。だが、中央の板は内側から膨れている」
「魔力圧です」
ノアが杖先を近づけた。
「倉庫の保存術式が過熱しています。穀物の湿気を外へ逃がすはずの排圧路が閉じている」
「閉じた魔力が屋根へ溜まって、苔に似た反応になった?」
「正確には、地中苔が出す熟成魔力と近似しています。針殻鼻獣から見れば、屋根全体が巨大な餌です」
セレネは術式線を追う。
「排圧路は、三年前の補修で塞がれています」
「補修したのに?」
村長が困惑する。
「雨漏りを止めるため、隙間を全部埋めた。前の職人は、穴を残せと言ったが……雨が入る穴だと思った」
「穴ではなく出口だったんだ」
レイルは梁を見上げる。
白環と灰環の違いを、水路修理で学んだばかりだ。
完全に閉じれば、入ってほしくない雨だけでなく、出るべき魔力まで閉じ込める。
「屋根を直して排圧路を作れば、魔物は来なくなる可能性が高い」
「今夜までに?」
村長の声は切迫している。
「応急処置ならできる。ただ、針殻鼻獣がすでに匂いを覚えていれば、今夜も来る」
「なら倒してくれ」
「親子です。森へ戻せる可能性があります」
セレネが言う。
「失敗した場合は倉庫へ到達します。防衛班と修理班を分けましょう」
「分けるなら、互いに見える範囲だ」
リィナが白環を意識して付け加える。
配置はすぐに決まった。
ノアとセレネが排圧路を設計し、レイルとアルドが屋根を開ける。フィアは作業手順と中止条件を管理。ミュラは地面から魔物の接近を読む。リィナとラガンが外周を守る。
レイルは梁へ登り、古い封止材を削った。
屋根の内側には、濃い魔力が熱のように溜まっている。
「一気に開けると噴き出す」
「それなら、二段階で抜きます」
セレネが指示する。
「第一口を指二本分。圧力が半分まで下がってから、第二口を開けます」
「レイル、第一口の板を押さえろ」
アルドが梁の反対側へ回る。
「俺が釘を抜く」
「方向を間違えるなよ」
「釘に方向音痴は関係ない」
「昨日、逆側から叩いて深くした」
「あれは釘の向きが特殊だった」
「一般的な釘でした」
フィアが記録を見ながら訂正する。
アルドは無言で釘抜きを持ち直した。
一本目を抜いた瞬間、板の隙間から青白い魔力が噴き出す。
「レイル、風で上へ!」
セレネの声に、レイルは無詠唱【微風】を形成した。
小さな風では足りない。
だが、強くしすぎれば灰麦の粉が舞い、粉塵爆発の危険がある。
掌を上へ向け、出口の形だけを細く保つ。
風は魔力煙を屋根の外へ運んだ。
『無詠唱【微風】、出力三割、持続八秒。経路の混線もナシです!』
「第一口、圧力低下」
フィアが読み上げる。
「第二口へ移行可能」
作業は日暮れまでに終わった。
新しい排圧路は、雨が直接入らないよう屋根の棟へ沿って曲げられている。完全に閉じず、魔力だけを上へ逃がす灰環式の構造だった。
夜になると、村の鐘が一度鳴った。
ミュラが地面へ耳を当てる。
「来る。大きい二つ、小さい三つ」
「親子五匹か」
リィナは剣を抜いて構える。すると、森の暗がりから、丸い甲羅が現れた。
大きな個体は牛ほどの体格で、背中の針が月光を弾いている。長い鼻を地面へ擦り、倉庫の方向へ進む。その後ろに、子供の個体が三匹続いた。
排圧路を直しても、昨日までの匂いが残っている。
「誘導餌、配置済みです」
ノアが森側へ魔力苔を置く。
「理論上、そちらへ向かいます」
「理論上?」
リィナが聞く。
「九十九%です」
「一%の確率で倉庫に来るってこと?」
「そこを貴方が止めるのです」
「最初から私を一%に入れてたでしょ!」
「実戦的な設計です」
親獣は一度、誘導餌へ鼻を向けた。
だが、子獣の一匹が屋根に残る古い魔力へ反応し、倉庫へ走り出す。
親獣も追う。
「一%なのに来たよおおおおおっ!」
「予測範囲です!」
リィナが前へ出る。
親獣の甲羅へ剣を当てれば、針に刃を取られる。正面から斬らず、長い鼻の横へ剣の腹を滑らせ、進路だけを外へ向ける。
子獣は小さいが速い。
レイルは無詠唱【硬土】を試みた。
地面が僅かに盛り上がる。
しかし、形成が浅く、子獣の前脚で崩れた。
「ダメだ、失敗!」
「分かってる!」
声に出し、今度は通常詠唱へ切り替える。
「【土壁】!」
倉庫の手前へ低い壁が立つ。
子獣は壁へぶつからず、横へ避けた。その先にはアルドがいる。
「森は右だ!」
アルドが盾で進路を押し、ラガンが鉤縄を地面へ打ち込んで仮の柵を作る。
親獣が鼻を振り上げた。
甲羅の針が一斉に立ち、魔力を帯びる。
「針が飛ぶ!」
セレネが二重形成へ入る。
「第一、倉庫前防壁。第二、森側の誘導光。レイル、どちらか一件だけ預かれますか」
「誘導光を保持する。防壁は完成させて」
セレネの第一術式が土の膜となって倉庫を覆う。
第二の光は結着直前でレイルへ渡された。
胸の奥に、淡い光の完成圧力が一件増える。
今は二件持たない。
無詠唱に失敗した直後で、魔力経路が少し痺れている。欲張れば、保持した光まで混ざる。
「第一番、誘導光。森側へ返す」
フィアが番号を固定する。親獣の針が飛んだ。
リィナは避けず、剣を横へ振って軌道を散らす。一本が肩を掠めたが、足を止めない。
「レイル、今!」
「第一番――完成!」
森の奥へ柔らかな緑の光が灯る。
ノアの魔力苔と同じ匂い、同じ色。
親獣は子供たちを鼻で押し、倉庫ではなく光の方へ向きを変えた。
最後の一匹が戻ろうとするのを、リィナが剣の峰で軽く尻へ触れる。
「そっち。ご飯は森!」
子獣は驚いて跳び、親の後を追った。五匹の甲羅が森へ消える。
誰も斬らなかった。
戦闘後、村長は壊れなかった倉庫を見上げた。
「依頼は討伐だった」
「排除はした。今夜は戻らない」
レイルが答える。
「だが、討伐確認はない。契約どおりなら報酬は半分でいい」
「半分でいいの?」
村長の方が戸惑った。
「依頼条件がそうなってる」
「屋根も直した」
「それは別の作業だ。材料費と労働分だけ相談したい」
セレネが修理明細を差し出す。
村長は長く考え、討伐報酬の半分と、屋根修理の材料費、食料を支払った。
リィナは袋へ入った灰麦団子を見て、すぐに機嫌を直した。
「倒してないけど、ご飯はもらえたね」
「材料費と修理の分だ。討伐報酬は減った」
「”村も魔物も無事”で、私たちも帰れる。それなら十分でしょ。あと、ご飯」
「最後の一つがなければ、かなり格好よかった」
「格好よりお腹の方が大事。……でも、レイルがそう思ったなら、半分は格好よかったんだよね?」
「半分は――」
「じゃあ残り半分は、大盛りで返して」
レイルは言い返せなかった。
十二日後、鈍鐘村から追加の報告が届いた。
針殻鼻獣は一度も戻らず、穀物被害はゼロ。屋根の魔力圧も安定している。
組合は討伐依頼を【原因除去・再発なし】へ訂正し、差額の報酬と信用印を追加した。
レイルはその報告を読み、訓練帳へ別の一行を書いた。
【無詠唱【硬土】、実戦失敗。即時に通常詠唱へ切替。救助継続】
成功した【微風】より、失敗後に切り替えられたことの方が、少しだけ嬉しかった。
(失敗した一回を隠すより、切り替えられた一回を次へ残したい)
強くなることは、無詠唱で何でも出せるようになることだけではない。できないと分かった瞬間、次の手へ進めることも技術だった。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
無詠唱【硬土】の失敗へ固執せず通常詠唱へ切り替え、魔物より先に倉庫の出口を直した少年。
・リィナ・アルセイル
親子魔物を斬らずに森へ返し、村と魔物と食事の三つを無事に回収した前衛剣士。
・セレネ・グランツ
防壁と誘導光を二重形成し、修理費と討伐報酬を契約どおり分けて請求した設計役。
・ノア・エルグラム
九十九%の誘導策へ当然のようにリィナを残り一%の対処役として組み込んだ研究者。
・アルド・クロイツ
屋根の封止材を外し、魔物接近後は盾で子獣を森側へ押し戻した騎士。
・フィア・レコード
排圧作業の段階と訓練失敗を記録し、依頼結果を再発確認まで追跡した目録官。
・ミュラ・ノクテ
地面から親子五匹の接近を聞き取り、迎撃開始の時刻を知らせた案内人。
・ラガン・ティグリス
鉤縄で仮の柵を作り、親子魔物を倉庫ではなく森へ戻す外周を整えた剣士。
【今回の能力・設定メモ】
・【針殻鼻獣】は地中の魔力苔を食べ、似た魔力反応へ引き寄せられる親子性の強い魔物。
・レイルの無詠唱【灯光】【微風】は低出力ながら実用入口へ到達。【硬土】は実戦失敗し、通常詠唱へ切り替えた。
・灰環継路組合では即時の討伐結果だけでなく、後日の再発状況によって依頼評価が訂正される。
魔物を倒す代わりに屋根の出口を直したように、物語も原因を一つずつ探して進みます。ブックマークとフォローで十二日後の報告まで見守り、レビューで【再発なし】の信用印をいただけると嬉しいです。




