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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第8章「帰還ゲートは完成しない」

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第112話「魔物より先に屋根を直す」

 目の前に魔物がいれば、倒すことが答えに見えます。

 けれど、なぜそこへ来たのかを調べれば、剣より先に直すべき場所が見つかることもあります。

 灰橋宿(はいばしやど)の北にある鈍鐘村(どんしょうむら)から、討伐依頼が届いた。


【夜ごと穀物倉を壊す魔物の排除】


 被害は六夜連続。

 屋根板が割られ、灰麦袋が裂かれ、倉庫番が一人負傷している。

 目撃証言では、丸い甲羅と長い鼻を持つ魔物が親子で現れ、屋根へ体当たりしていた。


「これは【針殻鼻獣ニードル・シェル・タピル】だな」


 ラガンが依頼札を見る。


「こいつらは、地中の魔力苔を食う。普通は穀物へ寄らん」

「なら、倉庫に魔力苔があるってこと?」


 リィナが聞く。


「灰麦袋の中に混じった可能性はありますね」


 セレネが被害記録をめくる。


「ただし、六夜連続で別の袋へ向かったなら、倉庫そのものに誘引源があると考えるべきです」

「これは、討伐じゃなく”調査から”だな」


 レイルが言うと、依頼受付役は肩をすくめた。


「村としては早く倒してほしい。次に屋根が落ちたら、雨期用の灰麦が全部濡れる」

「倒す必要があるなら倒す。でも、原因が残れば別の魔物が来るぞ」

「報酬は討伐確認で全額。追い払うだけなら半額」


 リィナがレイルを見る。


「ね、どうする?」

「原因を調べる。間に合わなければ迎撃する」

「ご飯代、半分になるかも」

「そこを最初に確認するのかよ」

「大事でしょ?」

「大事だが、順番がある」

「倒さず済んだら、魔物も村も助かる。私はそれでいいよ」


 最後は迷わず答えた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 目的の鈍鐘村までは荷車で半日ほどの行程だった。


 村の中央には、風が吹くたび低い音を鳴らす黒い鐘が立っている。地面の空洞を音で知らせるための設備で、村名の由来にもなっていた。


 穀物倉は村の北端にあり、屋根の三分の一が内側へ落ちていた。

 板には鋭い針の跡。壁際には丸い足跡。血はない。


 レイルは倉庫へ入る前に、掌へ【灯光(ライト)】を無詠唱形成(むえいしょうけいせい)した。


 薄い光が指の上へ浮かぶ。

 前回より輪郭が安定し、暗い床を六歩ほど照らした。


『持続七・一秒! 目標の六秒、ちゃんと超えましたね~』

「歩きながら本は読まないけどな」

『おっ、ちゃんと学習してるじゃないですかぁ』


 リィナが後ろから覗き込む。


「少し明るくなったね」

「毎朝やってることだからな」

「私も脚が治ったら朝練増やそっと」

「今の量へさらに追加するのか?」

「レイルに負けたくないから」

「分野が違うだろ?」

「頑張ってる量の話」


 そう言われると、レイルは否定できなかった。

 倉庫の梁へ登ったアルドが、屋根板の裏を調べる。


「外から割られた跡はある。だが、中央の板は内側から膨れている」

「魔力圧です」


 ノアが杖先を近づけた。


「倉庫の保存術式(じゅつしき)が過熱しています。穀物の湿気を外へ逃がすはずの排圧路(はいあつろ)が閉じている」

「閉じた魔力が屋根へ溜まって、苔に似た反応になった?」

「正確には、地中苔が出す熟成魔力と近似しています。針殻鼻獣から見れば、屋根全体が巨大な餌です」


 セレネは術式線を追う。


「排圧路は、三年前の補修で塞がれています」

「補修したのに?」


 村長が困惑する。


「雨漏りを止めるため、隙間を全部埋めた。前の職人は、穴を残せと言ったが……雨が入る穴だと思った」

「穴ではなく出口だったんだ」


 レイルは(はり)を見上げる。


 白環と灰環の違いを、水路修理で学んだばかりだ。

 完全に閉じれば、入ってほしくない雨だけでなく、出るべき魔力まで閉じ込める。


「屋根を直して排圧路を作れば、魔物は来なくなる可能性が高い」

「今夜までに?」


 村長の声は切迫している。


「応急処置ならできる。ただ、針殻鼻獣がすでに匂いを覚えていれば、今夜も来る」

「なら倒してくれ」

「親子です。森へ戻せる可能性があります」


 セレネが言う。


「失敗した場合は倉庫へ到達します。防衛班と修理班を分けましょう」

「分けるなら、互いに見える範囲だ」


 リィナが白環を意識して付け加える。


 配置はすぐに決まった。


 ノアとセレネが排圧路を設計し、レイルとアルドが屋根を開ける。フィアは作業手順と中止条件を管理。ミュラは地面から魔物の接近を読む。リィナとラガンが外周を守る。


 レイルは梁へ登り、古い封止材を削った。

 屋根の内側には、濃い魔力が熱のように溜まっている。


「一気に開けると噴き出す」

「それなら、二段階で抜きます」


 セレネが指示する。


「第一口を指二本分。圧力が半分まで下がってから、第二口を開けます」

「レイル、第一口の板を押さえろ」


 アルドが梁の反対側へ回る。


「俺が釘を抜く」

「方向を間違えるなよ」

「釘に方向音痴は関係ない」

「昨日、逆側から叩いて深くした」

「あれは釘の向きが特殊だった」

「一般的な釘でした」


 フィアが記録を見ながら訂正する。

 アルドは無言で釘抜きを持ち直した。

 一本目を抜いた瞬間、板の隙間から青白い魔力が噴き出す。


「レイル、風で上へ!」


 セレネの声に、レイルは無詠唱(むえいしょう)微風(ブリーズ)】を形成した。


 小さな風では足りない。

 だが、強くしすぎれば灰麦の粉が舞い、粉塵爆発(ふんじんばくはつ)の危険がある。


 掌を上へ向け、出口の形だけを細く保つ。

 風は魔力煙を屋根の外へ運んだ。


『無詠唱【微風】、出力三割、持続八秒。経路の混線もナシです!』

「第一口、圧力低下」


 フィアが読み上げる。


「第二口へ移行可能」


 作業は日暮れまでに終わった。


 新しい排圧路は、雨が直接入らないよう屋根の棟へ沿って曲げられている。完全に閉じず、魔力だけを上へ逃がす灰環式の構造だった。


 夜になると、村の鐘が一度鳴った。

 ミュラが地面へ耳を当てる。


「来る。大きい二つ、小さい三つ」

「親子五匹か」


 リィナは剣を抜いて構える。すると、森の暗がりから、丸い甲羅が現れた。


 大きな個体は牛ほどの体格で、背中の針が月光を弾いている。長い鼻を地面へ擦り、倉庫の方向へ進む。その後ろに、子供の個体が三匹続いた。


 排圧路を直しても、昨日までの匂いが残っている。


「誘導餌、配置済みです」


 ノアが森側へ魔力苔を置く。


「理論上、そちらへ向かいます」

「理論上?」


 リィナが聞く。


「九十九%です」

「一%の確率で倉庫に来るってこと?」

「そこを貴方が止めるのです」

「最初から私を一%に入れてたでしょ!」

「実戦的な設計です」


 親獣は一度、誘導餌へ鼻を向けた。

 だが、子獣の一匹が屋根に残る古い魔力へ反応し、倉庫へ走り出す。

 親獣も追う。


「一%なのに来たよおおおおおっ!」

「予測範囲です!」


 リィナが前へ出る。


 親獣の甲羅へ剣を当てれば、針に刃を取られる。正面から斬らず、長い鼻の横へ剣の腹を滑らせ、進路だけを外へ向ける。


 子獣は小さいが速い。

 レイルは無詠唱【硬土(ハード・ソイル)】を試みた。


 地面が僅かに盛り上がる。

 しかし、形成が浅く、子獣の前脚で崩れた。


「ダメだ、失敗!」

「分かってる!」


 声に出し、今度は通常詠唱へ切り替える。


「【土壁(アース・ウォール)】!」


 倉庫の手前へ低い壁が立つ。

 子獣は壁へぶつからず、横へ避けた。その先にはアルドがいる。


「森は右だ!」


 アルドが盾で進路を押し、ラガンが鉤縄を地面へ打ち込んで仮の柵を作る。


 親獣が鼻を振り上げた。


 甲羅の針が一斉に立ち、魔力を帯びる。


「針が飛ぶ!」


 セレネが二重形成へ入る。


「第一、倉庫前防壁。第二、森側の誘導光。レイル、どちらか一件だけ預かれますか」

「誘導光を保持する。防壁は完成させて」


 セレネの第一術式が土の膜となって倉庫を覆う。

 第二の光は結着直前でレイルへ渡された。

 胸の奥に、淡い光の完成圧力(かんせいあつりょく)が一件増える。


 今は二件持たない。

 無詠唱に失敗した直後で、魔力経路(まりょくけいろ)が少し痺れている。欲張れば、保持した光まで混ざる。


「第一番、誘導光。森側へ返す」


 フィアが番号を固定する。親獣の針が飛んだ。

 リィナは避けず、剣を横へ振って軌道を散らす。一本が肩を掠めたが、足を止めない。


「レイル、今!」

「第一番――完成!」


 森の奥へ柔らかな緑の光が灯る。

 ノアの魔力苔と同じ匂い、同じ色。


 親獣は子供たちを鼻で押し、倉庫ではなく光の方へ向きを変えた。

 最後の一匹が戻ろうとするのを、リィナが剣の峰で軽く尻へ触れる。


「そっち。ご飯は森!」


 子獣は驚いて跳び、親の後を追った。五匹の甲羅が森へ消える。


 誰も斬らなかった。

 戦闘後、村長は壊れなかった倉庫を見上げた。


「依頼は討伐だった」

「排除はした。今夜は戻らない」


 レイルが答える。


「だが、討伐確認はない。契約どおりなら報酬は半分でいい」

「半分でいいの?」


 村長の方が戸惑った。


「依頼条件がそうなってる」

「屋根も直した」

「それは別の作業だ。材料費と労働分だけ相談したい」


 セレネが修理明細を差し出す。

 村長は長く考え、討伐報酬の半分と、屋根修理の材料費、食料を支払った。


 リィナは袋へ入った灰麦団子を見て、すぐに機嫌を直した。


「倒してないけど、ご飯はもらえたね」

「材料費と修理の分だ。討伐報酬は減った」

「”村も魔物も無事”で、私たちも帰れる。それなら十分でしょ。あと、ご飯」

「最後の一つがなければ、かなり格好よかった」

「格好よりお腹の方が大事。……でも、レイルがそう思ったなら、半分は格好よかったんだよね?」

「半分は――」

「じゃあ残り半分は、大盛りで返して」


 レイルは言い返せなかった。

 十二日後、鈍鐘村から追加の報告が届いた。


 針殻鼻獣は一度も戻らず、穀物被害はゼロ。屋根の魔力圧も安定している。

 組合は討伐依頼を【原因除去・再発なし】へ訂正し、差額の報酬と信用印を追加した。


 レイルはその報告を読み、訓練帳へ別の一行を書いた。

【無詠唱【硬土】、実戦失敗。即時に通常詠唱へ切替。救助継続】


 成功した【微風】より、失敗後に切り替えられたことの方が、少しだけ嬉しかった。


 (失敗した一回を隠すより、切り替えられた一回を次へ残したい)


 強くなることは、無詠唱で何でも出せるようになることだけではない。できないと分かった瞬間、次の手へ進めることも技術だった。

【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 無詠唱【硬土】の失敗へ固執せず通常詠唱へ切り替え、魔物より先に倉庫の出口を直した少年。


・リィナ・アルセイル

 親子魔物を斬らずに森へ返し、村と魔物と食事の三つを無事に回収した前衛剣士。


・セレネ・グランツ

 防壁と誘導光を二重形成し、修理費と討伐報酬を契約どおり分けて請求した設計役。


・ノア・エルグラム

 九十九%の誘導策へ当然のようにリィナを残り一%の対処役として組み込んだ研究者。


・アルド・クロイツ

 屋根の封止材を外し、魔物接近後は盾で子獣を森側へ押し戻した騎士。


・フィア・レコード

 排圧作業の段階と訓練失敗を記録し、依頼結果を再発確認まで追跡した目録官。


・ミュラ・ノクテ

 地面から親子五匹の接近を聞き取り、迎撃開始の時刻を知らせた案内人。


・ラガン・ティグリス

 鉤縄で仮の柵を作り、親子魔物を倉庫ではなく森へ戻す外周を整えた剣士。


【今回の能力・設定メモ】


・【針殻鼻獣ニードル・シェル・タピル】は地中の魔力苔を食べ、似た魔力反応へ引き寄せられる親子性の強い魔物。

・レイルの無詠唱【灯光】【微風】は低出力ながら実用入口へ到達。【硬土】は実戦失敗し、通常詠唱へ切り替えた。

・灰環継路組合では即時の討伐結果だけでなく、後日の再発状況によって依頼評価が訂正される。


 魔物を倒す代わりに屋根の出口を直したように、物語も原因を一つずつ探して進みます。ブックマークとフォローで十二日後の報告まで見守り、レビューで【再発なし】の信用印をいただけると嬉しいです。


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