第一章 二人の楽園 7話:【境界の門、開かれる】
境界の出入り口に、女王アリシアの姿があった。その傍らには、彼女が結界の外に触れることを断固として拒む王の姿もある。アリシアに万が一の危険が及ぶことなど、たとえ一瞬の空気の淀みであっても王 シンは許容しない。彼は彼女を守る盾となるべく、自らその場へ足を運んだのだ。
「……いいのに。私はそんなに弱くはないわよ?」
アリシアは少しだけ拗ねて、その可愛らしい唇を尖らせた。その様子に、シンは呆れたような、しかし限りなく愛おしげな眼差しを向けて、彼女の唇を指先で軽くつまむ。
「お前が強いことは、この世界の誰よりも俺が知っている。だが、それとこれとは話が別だ。俺の領域を一歩でも出るなら、俺が同行する。それが俺の理だ」
シンの揺るぎない独占欲に、アリシアは観念したように小さく息を吐き、渋々うなずいた。古城から滅多に姿を現さない二人の登場に、城下町は俄かに活気づく。老人たちは慈しみの対象を見るように深々と腰を折り、子供たちは王の威圧感に目を丸くしながらも、女王の美しさに息を呑んで見つめていた。
その背後で、エルサは宰相としてわざとらしく溜息をついた。
「陛下、お二人で出歩かれるのは結構ですが……民の興奮で警備や管理の仕事が増えるので、今後は控えていただきたいですね」
エルサの苦言を、シンは「耳に入らぬ」とばかりに無視する。
二人が境界の門に到達すると、門番として控えていた元魔族の巨漢が、自身の身体を折り曲げるようにして王に頭を垂れた。王の体躯をも凌駕するその巨体は、今や王の忠実な番犬と化している。
「陛下……おいでになるなら、事前に一言いただければ門を清めさせましたものを」
「お前の仕事は変わらん。余計な口を利くな。女王を守れ」
王は門番を一瞥もせず、ただ冷たく言い放つ。彼にとって重要なのは、この先に続く「選別」という儀式へのアクセスだけだ。
王がゆっくりと境界の境界線へ手を差し出す。その指先が触れた瞬間、空間が裂けるような音とともに、重厚な結界が左右に解け始めた。
開かれた門の向こう側には、期待と飢え、そして天使族が撒き散らした「毒」を秘めた難民たちが、身を潜めるようにしてひしめいていた。王はその光景を、女王から隔てるようにして自分の背中で遮る。
いよいよ、選別の時が始まる。




