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第一章 二人の楽園 6話:【選別の日と、王の不機嫌】

今日は、結界の門が開かれる「選別」の日だった。

境界の外で生きる難民にとって、この日は死の淵から楽園へと這い上がる唯一のチャンスであり、選ばれし者だけがその門をくぐることができる。


選別の責任者は、ハイエルフである宰相、彼の名はエルサ。彼は精霊の加護による「千里眼」を持ち、シンに害を成す可能性のあるあらゆる因子を排除する。叛意の有無、過去の殺生、そしてアリシアに対する敬意。その眼は個人の罪業だけでなく、魂の深層に刻まれた殺意までをも見抜く。


執務室にて、エルサは淡々と報告書を広げた。


「陛下。今期の選別は、例年以上に困難を極めました」

「報告だけをしろ。余計な言葉は要らん」


シンは玉座に深く座り、露骨に不機嫌を隠そうともせずに冷たく言い放った。

理由は明白だった。隣でアリシアが、いつもとは違う真剣な面持ちでこの様子を見つめているからだ。


「貴方、今日は私も一緒に選別の様子を見ようと思っているの。少し、気になることがあって」


アリシアはシンの腕に身を寄せながらも、その視線は遥か結界の彼方へと向けられている。シンにとっては「自分以外の些事に関心を持つな」という案件であり、何より彼女が結界の向こう側の「雑音」に耳を傾けていること自体が、シンの逆鱗を刺激していた。


「……気になることだと? 奴らの動向など、お前が追う価値もない」

「いいえ、大切なことよ。最近、結界の外から届く歌が……少しだけ、悲しげに聞こえるの。真実を確かめたいだけよ」


アリシアの清らかな、しかし譲らぬ意志に、シンは不快そうに舌打ちをした。彼女が自分たちの庇護下にいる民の「心」を案じているのは理解できる。だが、シンにとっては結界の外の者など、彼女の慈愛を満たすための「数」でしかなかった。


エルサは、二人の微妙な緊張感を無視し、淡々と手続きを進める。


「陛下、門を開く許可を」

「……勝手にしろ。ただし、選別された者の中に一人でもアリスを不快にさせる者がいたら、その場で魂ごと消し飛ばす。アリスの心に余計な波風を立てるような真似は許さん」


シンの言葉は、選別に対する警告というよりは、門の外で蠢く者たちへの殺意そのものだった。

彼の機嫌は底にまで沈んでいる。しかし彼女は、そんな夫の執着を慈しむように、そっと彼の手に自分の手を重ねた。


扉の向こうでは、天使族が撒いた毒が、すでに選別を待つ人々の心に浸透し始めている。

王の愛という名の結界が、その微かな「毒」に気づくのは、まだ少し先の話だった。


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