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第一章 二人の楽園 4話:【隔絶された慈悲】

その時だった。

結界の遥か彼方、塵にまみれた荒野の彼方から、天使族の魔王が放つ「偽りの聖歌」が風に乗って微かに届いた。耳障りなほどに清廉ぶったその音色は、この聖域の空気を汚すように響く。


「最近、この詩をよく聞くわね」


彼女は境界の外への関心が強く、いつも窓からその様子を眺めていた。一方でシンは、彼女以外の存在には一切の興味がない。だが、愛しい彼女が目を向けるのならばと、シンもまた渋々といった様子で外の動向を視界に収めていた。


「……天使族が、何かやらかし始めているな」


シンの言葉に、彼女は心配げに眉をひそめる。


「そうなの? ……大丈夫かしら」


窓の外へ戻ろうとした彼女の顎を、シンが優しく、しかし有無を言わせぬ力で掴み、自分へと向かせた。


「境界内は問題ない。外のことなど、俺の管轄ではない」


冷淡な切り捨てだった。この古城を囲む広大な結界は、王が自らの魔力で敷き詰めたものだ。それは世界を守るためではなく、ただ一人の愛しい女を、外の汚らわしい塵から隔絶するためだけに張られている。


「でも……境界の外にいる人たちの中には、貴方の庇護を求めている人たちもいるのよ?」


彼女が優しくシンをたしなめる。その慈悲深さこそが彼女の美点であり、同時に王が何よりも愛してやまない欠点でもあった。王はふっと鼻で笑い、彼女の鼻先を軽く指で弾いた。


「毎月、定数分は境界内に入れている。順番待ちは仕方ないな」


この「聖域」への移住審査は、この世界で最も厳しい。王への絶対の服従、彼女に害を成す可能性の排除、そして何より――この楽園の平和を、決して邪魔しないこと。


シンにとって、結界の外の者など、彼女の慈愛を満たすための「数」でしかなかった。彼は彼女の瞳の中に、自分以外の余計な感情が映るのを極端に嫌う。


「……お前が望むなら、少しだけ門戸を広げてやることもやぶさかではない。だが、期待はするなよ」


シンはあくまで不機嫌そうに、しかし彼女の願いを無碍にもできず、その唇に自身のそれを重ねた。外で天使たちがどのような陰謀を企てようと、この結界の中で王が支配する「理」が覆ることはない。彼女が望む程度の慈悲ならば、王はいくらでも与えるのだ。

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