第四章 拉致計画の完遂 22話:【蹂躙する王】
シンは、レヴォルテたちの軍備が整うのを待つことなどしなかった。
彼の怒りはもはや頂点を超え、冷徹なまでの静寂へと昇華されていた。境界線の前に立つその姿に、もはや王としての威厳を超えた「厄災」の兆しが宿る。
王が最初の一歩を踏み出した。
その瞬間、大地が断末魔を上げた。踏みしめた足元を起点に、数キロ圏内の地面が噴火したかのように隆起し、物理法則を無視した衝撃波が周囲を塗りつぶす。
王は走らない。ただ一歩、また一歩と歩くだけで、空間そのものが衝撃で弾け飛び、天使族が張り巡らせた強固な魔導障壁が、紙屑よりも薄く引き裂かれていく。
通りすがりの難民たちは、その光景に魂を凍りつかせた。
彼らは理解したのだ。自分たちが触れてはならない、絶対に怒らせてはいけない「理」を、自分たちが犯してしまったのだと。
女王アリシアは、天使族の聖なる国へと連れ去られていた。
そこまでの道のりは地続きであったことが、天使族にとっては最大の汚点となった。シンの進路上にあるスラムの監視拠点、そして偶然その場に居合わせた魔王軍の先遣隊さえも――王が通り過ぎる際に生じる「風圧」だけで、跡形もなく消滅した。
シンは敵を認識すらしていない。
ただ、遥か彼方の空に漂う、愛しい妻の微かな気配だけを追い続けている。
道中に存在する障害物など、彼にとっては塵と同義だった。シンは一直線に、天使族の威信をかけた「神の要塞」を目指す。
彼が歩く先には、ただ大地が裂け、空が割れ、すべてが静寂という名の死に包まれる道が続いていた。
王の歩みに呼応するように、空の雲が渦を巻き、世界そのものが震え出す。
アリシアを奪った罪の代償を払わせるまで、この行軍が止まることはない。




