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第四章  拉致計画の完遂 20話:【踏み越えた境界線】

空を裂き、殺意の嵐を撒き散らして帰還したシンは、まず玉座の間へと向かった。

広い空間。しかし、そこにはいつも窓辺で街を見下ろしていた愛しい彼女の面影はない。シンはそのまま寝室へと向かい、彼女の匂いが残る寝台へと腰を下ろした。


彼女が脱ぎ捨てていった衣服。それを大きな手で包み込むように抱きしめる。布地に残るかすかな温もりと、彼女の髪の匂いが、シンの内なる獣をさらに苛立たせる。男の瞳には、かつてないほど濃密な怒りが黒い渦となって溢れ出していた。


再び玉座の間へと戻ったシンを待っていたのは、応急処置を施されたエルサと、その傍らに控えるレヴォルテの姿だった。胸元を包帯で巻いたエルサは、青ざめた顔で跪く。


「……王。すべて私の不手際です。女王をお守りできなかった罪、万死に値します。どうか、挽回のチャンスを」


エルサの言葉に対し、シンは何も返さない。ただ、冷たく静まり返った空気だけが、死刑宣告のような重圧となって広間を支配する。

沈黙に耐えかねたレヴォルテが、一歩前に出た。


「王、エルサなら……その千里眼で、彼女がどこへ連れて行かれたか感知できるはずです。指示を」


レヴォルテの言葉に、シンはゆっくりと顔を上げた。

二人は覚悟していた。この無能な側近たちに向けられるはずの、世界を焦がすような怒号。あるいは、処刑を宣告する雷鳴のような声を。


しかし、シンは何も叫ばなかった。取り乱すことも、玉座を叩き割ることもない。

シンのダークルビーの瞳。そこに宿っていた、女王への愛を支えていたはずの「理知」の光が、まるで蝋燭の火が消えるように、完全に失われていた。


そこにあるのは、思考を停止した殺戮機械のような、虚無の瞳。

シンは静かに立ち上がり、二人の横を通り過ぎた。その足音さえも、この世のものではないような異様な静寂をまとっている。


「エルサ。見ろ」


それは、怒りなどという生易しい感情の欠落した、ただの『命令』だった。

シンはただ、彼女を奪った者たちを、この世から消し去ることだけを考えていた。

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