第二章 宰相と門番の仕事 13話:【学習する毒】
石畳に残る血の跡を横目に、エルサはハンカチで指先を拭うと、再び群がる難民たちを見渡した。その瞳には、先ほどまでの冷徹な選別とは異なる、鋭い洞察の光が宿っていた。
「……どうやら天使どもは、我々こちらの『基準』を学習し始めているようです」
エルサの言葉に、レヴォルテが静かに頷く。彼の巨大な拳には、先ほど排除した男の返り血がついていたが、それを気にする素振りも見せない。
「あの詩か」
「ええ。単なる洗脳ではなく、こちらの選別網を潜り抜けるための『偽装』を組み込んでいる。厄介なことに、女王様の慈悲の心までもを計算に入れて、道徳的な揺さぶりをかけてきている」
エルサ宰は薄く苦笑を浮かべた。事態は確実に悪化している。女王の優しさが、皮肉にも彼女を害する毒を運ぶ運び屋を助けているのだ。
「王に進言しておく必要がありますね。とはいえ……」
「……『女王の目に止まらぬように排除しろ』と返されるのがオチだろうな」
レヴォルテの言葉に、エルサは深く頷いた。
王にとって、世界を統べる魔王たちであろうと、神の使いである天使であろうと、女王の平穏を脅かす存在はすべて等しく「消し去るべきゴミ」でしかない。
王は女王以外には何一つ興味がない。彼女が愛するこの国を守るためであれば、例え世界そのものを焼き払うことになろうとも、王は躊躇わないだろう。その傲慢で純粋な「愛」の矛先が、今はまだ自分たちという防波堤を通じて、外の敵に向けられているだけなのだ。
(陛下が望むのは平和ではない。ただ、女王様が笑顔でいられる箱庭だけだ)
エルサは溜息を呑み込み、背を向けた。
女王に仇なす者は、天使であろうと何であろうと必ず排除する。たとえそれが、女王の慈悲を深く傷つけることになろうとも。これが、王に仕える者たちの逃れられぬ宿命であった。




