第二章 宰相と門番の仕事 11話:【千里眼の代償】
検問所の前で、エルサは難民たちの一人一人に鋭い視線を向けた。
彼の「千里眼」は、ただ遠くを見通すだけのものではない。対象の表面的な服の色や、必死に取り繕った表情の裏側――その人物の記憶の奥底に沈んでいる「本音」を、剥き出しのまま脳裏に映し出すのだ。
それは凄まじい精神的負荷を伴う行為だった。魔力を莫大に消費するため、長時間連続して使用することは不可能に近い。しかし、エルサは自分の眼を、そしてこの過酷な重責を誇りに思っていた。
(この力がなければ、陛下と女王様を守ることはできない)
王の傍らに侍る資格。そして、あの慈悲深い女王に直接お仕えできるという名誉。エルサにとって、この宰相としての立場、そしてこの冷徹な選別を行う場所こそが、世界で唯一、己の存在意義を見出せる場所であった。
エルサは、列に並ぶ難民の瞳を一つずつ射抜いていく。
「貴方は先月、魔王国のスパイと密談しましたね」
「貴方は子供を盾にして結界を抜けようとしている」
エルサが淡々と、しかし冷淡に言い放つと、該当する難民たちは瞬時に顔色を失い、その場に崩れ落ちる。エルサはその様子を一挙一動も見逃さず、冷徹に断罪した。
その隣で、巨漢の元魔族である門番が、重苦しい威圧感を放ちながら難民たちを見下ろしている。彼は、元来この選別というシステムそのものに否定的だった。
「……本当に、救う価値があるのか」
巨漢が低く、地響きのような声で呟く。
彼は常々、難民を境界内に入れることに反対していた。王の慈悲を逆手に取り、平和な結界を汚そうとする者たちが後を絶たない現状を、彼は軍人として、かつての魔族としての経験から「危険な火種」と断じているのだ。
しかし、女王の慈悲がある限り、彼はその意志に従うしかない。だが、その瞳には「隙があればいつでも排除する」という揺るぎない殺意が宿っている。
エルサはレヴォルテを察しつつも、手元のリストを淡々と処理していく。今日もまた、楽園を守るための汚れ仕事が続いていく。その静寂の中、エルサの千里眼がふと、列の奥に潜む何かに触れた。それは今まで見てきたどんな悪意よりも冷たく、そして鋭い、異質な「残滓」だった。




