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第一章 二人の楽園 9話:【浄化の光と、残る火種】

「貴方、名前は?」


アリシアは冷たい石畳に跪き、恐怖と憎悪に震える少女の目線を合わせて、優しく問いかけた。


「……お前などに、教える名前などない!」


少女が吐き捨てるように叫ぶ。だが、アリシアはその敵意をすべて受け止めるように、そっと少女の頭に自身の細い手を置いた。


「自由にしてあげる」


その言葉とともに、彼女の指先から眩い光が溢れ出す。それは古城の結界のような暴力的な魔力ではなく、人々の心にこびりついた汚れを洗い流す、柔らかな浄化の光だった。


「あ……れ? わたし、どうして……あ、貴方様は!!」


光が収まると同時に、少女の瞳から濁りが消えた。我に返った少女は、自分が何をしでかしたのかを悟り、ガタガタと震えながら手に持っていたナイフを落とした。彼女はそのまま地に額を擦り付け、必死に頭を垂れる。


「レヴォルテ、離してあげて」


アリシアが穏やかに告げると、門番の巨漢レヴォルテは巨石のような腕をすっと離した。


「貴方は選別を終えていないから、この門を入れることはできないわ。けれど……二度と、あの詩に心を惑わされないで」


アリシアはそれだけを告げると、少女の弁解を聞くこともなく、シンの元へと歩み寄った。少女は王の纏う圧倒的な重圧に息を呑みながら、境界の向こう側へと力なく押し戻されていく。


その後も、選別の儀は淡々と続けられた。しかし、アリシアのあの一振りの光を見た民たちの心には、今までとは違う色が宿っていた。


古城に戻る回廊にて、王は不機嫌さを隠そうともせず、低く溜息をついた。


「気は済んだか?」


彼女がわざわざ危険を冒し、外の者に干渉したことへの苛立ち。それを聞いた女王は、王の大きな腕に自身の身体をすっぽりと収め、悪戯っぽく微笑んだ。


「どうかな。……まだ、知りたいことがたくさんあるの」


シンの鋭い眼差しを、彼女は柔らかな微笑みでかわす。

シンは彼女の余裕に苦笑しながら、再びその肩を抱き寄せた。外の世界で起きている異変――天使族の陰謀という火種は、今、アリシアの手によって少しだけその形を変え、二人の平穏を揺るがし始めていた。

 

 

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