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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第69話 十八歳の、お願いひとつ

 十一月の初めの日曜、俺と莉緒は昼前に待ち合わせた。十月に、今度はもう少し長く会いたいと話してから、それぞれの予定を確かめて決めた日だ。

 電車で遠くへ行くのではなく、近くの公園へ昼を持っていくことにした。俺は家で自分の分のおにぎりを作り、莉緒も自分が食べたい分を持ってくる。二人で同じ物を用意する約束ではなかった。

 家を出る前に、俺は弁当の入った紺の巾着を鞄へしまった。普段の学校と同じ物を休日に持つと、少しだけ特別に見える。木のしおりの挟まった本は今日は置いていき、飲み物を確かめてから玄関へ向かった。

 時計の下には莉緒が先に着いていた。俺を見つけると手を上げ、今日はちょっと荷物あるねと笑う。

「昼の分。普段より、軽いけど」

「教科書ないもんね。私も」

 彼女は鞄を持ち直した。薄い上着の前から赤い花が見え、俺が気づくと、今日はつけたかった、と指を添える。

「俺は今日はなし。でも、そっち見れて嬉しい」

「うん。私も、自分でつけてきてよかった」

 莉緒が笑い、俺たちは公園へ向かった。日陰では少し冷えるが、歩いていると体が温まる。風の強い場所を避け、昼を食べられるところを先に見ておくことにした。


 公園の端には、机のある休憩場所があった。空いている一つへ座り、周りに食べ物を広げてよいか案内を確かめる。俺は鞄を足もとへ置き、莉緒は落ち葉が乗っていた椅子を先に払った。

「ここ、日が当たるね」

「うん。食べる間は、あったかそう」

 俺が答えると、彼女は頷き、持ってきた袋を出した。俺はおにぎりと、家で用意した小さなおかずを並べる。莉緒の方はサンドイッチで、容器の中に違う具が二つ見えた。

「作ってきたんだ」

「うん。形、ちょっと揃ってないけど」

 彼女は笑い、片方の端を指す。俺も自分のおにぎりを見せ、こっちも同じ大きさにならなかったと返した。

 交換するために作ったわけではないので、それぞれ自分の物を食べ始める。莉緒が一口食べ、外で食べるとちょっと違うねと言った。俺は頷き、作った時より腹が減っていたと答えた。

 風で小さな葉が机へ落ち、俺は空いた方へ寄せた。食べ物の上には乗らなかったが、彼女がそれを見て、今、ここにも座りたかったのかな、と笑う。

「葉っぱまで席いらないだろ」

「でも、ここだけ日が当たってるし」

 俺もつられて笑い、周りの木を見上げた。写真にしたい色がいくつかあったが、今は食べてからにする。隣で彼女が自分の容器を開け直しているのを見ていたかった。

 学校でも一緒に弁当を食べる日はある。それでも、昼休みの終わりを気にせず座っていると、食べながら話す速さまで違った。彼女は家で最近作っている小さな物の話をし、俺は弟と本を返した時の話をした。

 食べ終えて容器を閉じたところで、莉緒が、十一月十八日のこと、聞いていい、と尋ねた。俺は頷いた。

「今年、何したい? 何が欲しいかも、聞きたい」

 彼女は俺を見て、すぐに決めなくてもいいけど、と付け足す。俺は鞄の中を少し見た。去年もらった筆箱は、今も毎日学校へ持っている。新しく同じような物をもらわなければ、足りないという気持ちはなかった。

「今年、物より、ちょっとお願いがある」

 言うと、莉緒は興味を持った顔になった。

「何?」

「当日の夜、少し電話したい。家の夕食が終わってから。普通の話でいいから、声、聞きたい」

 口にすると、思っていたより恥ずかしくなった。いつも電話をしているのに、誕生日にしてほしいこととして頼むと、同じではない。

 莉緒はすぐに笑わず、俺の顔を見てから頷いた。

「したい。時間、家で確かめて決めよ」

「うん。あと、手紙とか、新しい物とか、無理に用意しなくていい」

 俺は言いかけて、そこで少し考え直した。彼女が何かを選びたい気持ちまで、先に止めたいわけではなかった。

「いや、いらないって全部決めるのも違うな。俺が今いちばん欲しいのは、電話の時間。それを言いたかった」

 莉緒は分かったと頷いた。俺の言い直しを急かさず聞いてくれて、今の言い方の方が嬉しいと答える。

「私も、何かしたいと思ったら言っていい?」

「もちろん。聞きたい」

 返すと、彼女は笑った。贈り物を欲しがることも、別の希望を伝えることも、受け取る相手の気持ちを一度に全部決める話ではなかった。


 昼の容器を片付けてから、公園の中を少し歩いた。莉緒が足を止めたところで、俺も同じ木を見上げる。葉の色が枝ごとに違っていて、彼女はこっちの色が好きと言った。

 俺は別の枝も気になったので、その方を指す。彼女は俺の見ている場所へ顔を向け、写真にしたらどこまで入るのか聞く。

「全部入れようとすると、遠くなる。俺は、ここだけでもいいかなって」

 画面を見せると、彼女は頷いた。俺は通りの邪魔にならない場所へ寄り、一枚撮る。見直すと風で少し葉が動いていて、思った形からずれていた。

 もう一枚撮ろうか迷っていると、莉緒が、今の、揺れてるの分かる気がする、と言った。俺は画面をもう一度見て、それも確かにと思う。

「でも、俺、もう一枚だけ撮りたい」

「うん。どうぞ」

 彼女はそう答え、少し離れて待った。俺はもう一度だけ角度を変え、二枚目を撮る。今度は止まった形が残り、二人で見比べた。

 莉緒は最初の方が好きで、俺は二枚目が気になった。どちらかを消さなければいけない理由はなく、今日は両方残すことにする。二枚とも送っていいか聞くと、彼女は欲しいと答えた。

 手をつないで歩き始めると、指先が少し冷えていた。莉緒は俺の方へ寄り、今度は手袋が要るねと言う。俺は頷き、天気だけ見ていたら、風の方をあまり考えていなかったと答えた。

「でも、今日はここにしてよかった」

「私も。お昼、ゆっくり食べられた」

 彼女は返し、俺も嬉しくなった。遠くへ行かなかったから小さい一日ではなく、今日欲しかった時間を二人で選べていた。

 午後二時半までには駅へ戻り、家へ帰ることにした。昼を一緒に食べたあとも、夕食や勉強はそれぞれの時間へ戻る。莉緒は帰ったら電話できる時刻を確認して送ると言い、俺も自分の家で話すと返した。


 公園の帰りに決めた電話の時間を伝える前に、俺は受験の予定も家で一度広げた。第一志望だけでなく、併せて受けるつもりの学校について、先生と確かめた内容を父と母へ話す。

 見たい授業があること、通う時間が自分にとって無理のない範囲であること、試験の日が重ならないこと。名前を並べた時より、一つずつ理由を説明する方が時間はかかった。

 父が、最初に話していた二つからは変わったのかと尋ねる。俺は第一志望は変わらないが、ほかの候補は調べ直して増やしたと答えた。興味の近い内容を学べるか、自分で確かめたかったからだ。

 全部を同じ学校のように扱わず、それぞれの条件を見る。家で必要な費用も確認し、俺は冬に向けて受ける組み合わせを決めた。今すぐ書類を出せるわけではないが、次に確かめる日を一緒に残しておく。

 母は自分たちが用意する物があれば早めに言ってほしいと話した。俺は頷き、学校で聞く分と家で相談する分を分けて紙へ書いた。自分の受験だから全部一人で抱えるのではなく、自分から伝えなければ分からないことがあった。

 話を終えて部屋へ戻ると、莉緒から家の予定が分かったと連絡が来ていた。俺も八時なら大丈夫だと返す。そのあとで、受ける学校の組み合わせを家で話して決めたと短く伝えた。

 彼女は聞いてくれて、第一志望は今までのところなのかと尋ねた。俺がそうだと答えると、自分が知っている大学の話を覚えていると返ってくる。学校の名前だけでなく、俺が何を学びたいと言っていたかも聞いてくれるのが嬉しかった。


 十一月十八日の朝、スマホを見た時には莉緒からおめでとうが届いていた。俺はありがとうと返し、今日も学校でと付け加える。

 十八歳になったからといって、朝食の支度や鞄の重さは昨日までと変わらない。父が席へ着いた俺へおめでとうと言い、母も笑って同じ言葉をくれた。弟は、夕食何になるんだっけ、と聞いてから、あ、誕生日おめでとう、と続ける。

「順番、今、ちょっと逆だったな」

 俺が笑うと、彼は知ってたけどと言い張った。俺は夕食の話も含めて嬉しかったので、ありがとなと返す。

 学校では、高瀬さんが朝の教室で声をかけてくれた。俺が礼を言うと、同じクラスの生徒も、今日だったの、と会話へ加わる。大きく祝われて立たされるようなことはなく、朝の用事の間に言葉をもらえた。

 四組の前で拓海に会うと、彼は俺の顔を見て、十八歳って顔でもないな、と笑う。

「どんな顔ならいいんだよ」

「分かんない。昨日と一緒」

 彼はそう返して、おめでとうと言った。俺は礼を言い、そのあとに出てきた莉緒へ目を向ける。

「誕生日、おめでとう」

「ありがとう。朝も、嬉しかった」

 俺が答えると、彼女は夜も楽しみにしてると笑った。二人で決めた電話は、八時から二十分ほど。家で夕食を済ませ、互いに無理のない時間を選んだ。

 その場で長く立ち止まらず、俺たちはそれぞれの教室へ戻った。特別な日でも、授業の始まる時刻は同じだった。


 昼休みには、予定が合った四人で弁当を食べた。拓海は自分の分を開きながら、今日の俺の夕食の方が豪華そうだと話す。俺はまだ見ていないから分からないと答え、莉緒が横で笑った。

「航平、楽しみにはしてるでしょ」

「うん。家で食べるの、楽しみ」

 俺が頷くと、高瀬さんが、それ言ってもらえたら作る方も嬉しいよね、と言った。俺は家でも伝えようと思い、弁当の端のおかずを一口食べる。

 そのあと、拓海が自分のスマホで今度の用事の日を確かめ始めた。彼にも進路のことで家と話す予定があり、俺たちは自分が知っている場所かどうかだけを少し話した。

 誰か一人の誕生日だから、その人だけがずっと話し続けるわけではない。それでも、途中でまたおめでとうと言われると、俺はそのたびに嬉しくなった。

 片付ける時、莉緒が俺の使っている筆箱を一度見た。去年もらった物を今日も持ってきたと改めて言うと、彼女は知ってると笑う。

「でも、見えると嬉しいのは、変わんない」

 彼女が言うので、俺は頷いた。新しく何かをもらう日にも、前から使っている物はそのままある。俺は筆箱を鞄へ戻し、午後の教室へ向かった。


 放課後、俺は自分の用事を済ませてから昇降口へ向かった。今日は講習を受ける日ではなく、家へ帰って少し見直しをしてから夕食にする予定だ。

 莉緒はそこで待っていて、駅まで一緒に帰ろうと言った。俺も頷き、靴を履き替える。外へ出ると、日の傾くのが前より早くなったと感じた。

「今日、ちょっと渡したい物ある」

 歩きながら彼女が言ったので、俺は顔を向けた。莉緒は小さな袋を鞄から出し、好きだった味の飴を少しだけ持ってきたと話す。

「大きいプレゼントじゃないけど。電話まで、ちょっと待ち遠しくなったから」

 彼女が照れたように笑うので、俺も笑った。俺が欲しいものを聞いてくれたあと、自分も何か渡したいと考えてくれたのが嬉しかった。

「ありがとう。家で食べる。電話の時に、味の感想、言う」

「うん。苦手だったら、それも言って」

 彼女はそう答えた。俺は袋を鞄の別のポケットへ入れ、潰れないように確かめる。去年の筆箱のような大きな用事がなくても、渡される時の嬉しさはあった。

 駅の近くの広場で、少しだけ手をつないだ。彼女は、今日は早めに帰って夜会う感じだね、と言う。電話は会うのと同じではないが、俺にはそれを楽しみに帰れることが嬉しかった。

「うん。声、聞きたいって言ってよかった」

「私も。何が欲しいか、考えて言ってくれてありがとう」

 返事を聞き、俺は彼女を見た。お願いをした俺の方がお礼を言いたい気分なのに、彼女もそう言ってくれる。それが少しおかしくて、二人で笑った。

 帰る前に好きだよと伝えると、莉緒も同じ言葉を返した。俺は手を離し、今夜ね、と言って見送った。


 家へ帰り、予定していた分の見直しをした。分からなかったところを全部今日片付けるつもりにはせず、次に聞く場所を分けておく。六時台に机を離れると、台所から夕食の匂いがしていた。

 家族で食卓へ座り、俺の好きな物を食べた。弟がいつもの調子で箸を伸ばし、母がまだあるからと笑う。父は最近どうだと短く聞き、俺は受ける学校を考えているところと、まだ見直したい教科があると答えた。

 誕生日の夕食だから立派な目標を言わなければならないわけではなかった。父は頷き、必要なことがあればまた話そうと返す。俺も分かったと答え、食事の続きをした。

 夕食のあとには家のケーキを切った。

 切り分けたケーキを前に、弟が自分の皿と俺の皿を見比べた。俺が何だと聞くと、同じ大きさかと思っただけ、と答える。

「誕生日の人が少し大きくてもいいだろ」

 父が笑って言うと、弟は、それはいい、確認したかっただけ、と言い直した。俺はもう一度皿を見て、そんなに違わないと思うと返す。母まで笑い、結局、みんな自分の分を食べ始めた。

 食べている間に、俺は今日家で夕食を食べるのを楽しみにしていたと伝えた。母はよかったと答え、来年も先に食べたい物を言ってね、と続ける。

 俺は頷き、父と弟にも改めてありがとうと言った。いつも一緒に食べている相手へ言うのは少し照れたが、誰も大げさに受け取らず、普通に返事をしてくれた。

 来年の今頃は、自分の大学の帰りに家へ戻るのかもしれない。まだ分からないことは多いが、誕生日に何を食べたいかを家族へ言うことは、その先もできそうだった。

 片付けまで済ませた。俺は八時から少し電話すると伝え、部屋へ戻る。鞄から飴の袋を出すと、小さな個包装がいくつか入っていた。

 一つ開け、口に入れる。思っていたより甘さがゆっくり広がり、あとに少し酸味が残った。俺は袋を机の端へ置き、時計を見る。まだ五分ほどある。

 通話の前に何を話すか準備しようとして、やめた。今日声を聞きたいと頼んだのは、上手い話をするためではない。今日あったことを彼女へ話したかった。


 八時になり、俺から電話をかけた。莉緒が出ると、いつもの声で、こんばんは、と言う。それだけで俺は少し笑ってしまった。

「何?」

「いや。ちゃんと、今日の声だなと思って」

「昨日と違う?」

「違わないけど。今、聞けて嬉しい」

 答えると、彼女も嬉しいと返した。それから改めて、十八歳おめでとう、と言ってくれる。俺はありがとうと答え、飴を一つ食べたと話した。

 甘いけど後に少し酸っぱい味がしたと伝えると、莉緒はそれが好きで選んだと言う。俺も気に入ったと答え、残りは急いで食べずに置いておくことにした。

 そのあとは、学校で拓海に昨日と同じ顔だと言われた話をした。彼女は聞いていたらしく、私もちょっと同じこと思ったと笑う。

「でも、今日の航平は、今日しかいないから」

 そう言われると、俺は返事を探して少し黙った。大きなことを言われた感じではないのに、自分の今日を彼女も覚えてくれるのが嬉しかった。

「俺も、十八歳の最初の日、莉緒の声聞いたの覚えてると思う」

 言うと、彼女が少し照れたように笑った。俺は顔が見えなくても、その笑い方が分かるようになっていた。

 去年より、今の方が欲しいことを言いやすいと思うと話す。莉緒は、自分もそうだと答えた。全部を相手に決めてもらいたいのではなく、自分で考えたお願いを言える方が嬉しい。

「航平、今日、欲しいのは電話って言ってくれたから。私も、声だけでちゃんと嬉しくしていいんだって思った」

 彼女が言った。俺は声だけではなかったと返す。時間を考え、家で確かめて、こうして出てくれたことも嬉しい。

「じゃあ、今日は受け取ってもらえてる?」

「うん。すごく」

 俺が答えると、彼女はよかったと笑った。その声を聞けて、俺もよかったと返す。


 時計を見ると、約束の二十分が近づいていた。まだ話せそうだったが、今日はここまでと二人で決めた時間がある。俺がそろそろだねと言うと、莉緒はうんと答えた。

「最後に一個だけ、いい?」

「うん。何?」

「来年も、おめでとうって言いたい。今みたいに」

 俺は頷いてから、電話では見えないと気づき、言ってほしいと声で返した。彼女が笑い、俺も笑う。

 来年、今と同じ時間に同じ場所へ帰っているかは、まだ分からない。それでも、言ってほしい相手であることは分かる。俺も莉緒の誕生日におめでとうと言いたいと伝えた。

「うん。朝の分、楽しみにしてる」

 彼女は前にした約束を覚えていた。俺は覚えてると返し、今日は会ってくれて、電話もしてくれてありがとうと言った。

「こちらこそ。好きだよ、航平」

「俺も、好きだよ」

 最後におやすみと言い合い、通話を終えた。部屋は急に静かになったが、声を聞く前の静けさとは少し違う。

 俺は飴の袋の口を閉じ、机の端へ戻した。紺の筆箱も、その横にある。昨日まで使ってきた物と、今日受け取った小さな物が、同じ机に並んでいた。

 明日の用意をしてから、スマホへ届いた彼女の最後の連絡を見る。今日、楽しかった、とある。俺も同じ言葉を返し、画面を閉じた。

 明日の朝も同じ鞄を持って学校へ行く。その中に今日もらった言葉が少し増えたようで、俺は最後にもう一度笑った。

 十八歳になった最初の日に欲しかったものは、ちゃんと自分でお願いできた。俺はそれが嬉しいまま、寝る支度を始めた。

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