第62話 似合うより先に、好きと言う
四月の半ば、莉緒から雑貨の催しの案内が届いた。春休みに話していた物で、今度の土曜まで駅の近くの会館で開かれるという。俺は家の予定と勉強の分を確かめ、午後なら行けると返した。
翌日の放課後、廊下で会った彼女は、スマホの画面より明るい顔をしていた。見たい物の場所を少し調べてきたらしく、案内を指しながら話す。
「作ってる人に聞けるところもあるんだって。私、そこ行きたい」
「うん。俺も見たい」
「あと、できたら、体験あるのやってみたい」
彼女は案内の隅へ指を移した。布で小さな花の飾りを作るという。使う布を選び、形を作って、裏へ留め具をつけるところまで教えてもらえるらしい。
俺は写真を見て、思っていたより小さいなと言った。莉緒は、自分の服につけてみたい、と答える。前に作った袋のように誰かへ渡すためではなく、今度は自分が使いたい物だった。
「予約、いる?」
「当日、空いてる枠があれば。時間は一時間くらいって」
費用は一人九百円で、催し自体の入場料は要らない。俺は自分の予算の中でも大丈夫だと考え、一緒に作っていいかと聞いた。彼女は一度目を丸くしてから頷く。
「もちろん。航平もやってみたい?」
「ちょっと。形ができるところ、気になる」
「じゃあ、空いてたら二人で。無理だったら見るだけでもいい?」
「うん。そのつもりで行こう」
返すと、莉緒は嬉しそうに笑った。やりたいと言ったことが、必ず全部できる日でなくてもよかった。行ってみて決められることを残すのも、二人の外出らしかった。
土曜は昼を済ませ、午後一時に時計の下で待ち合わせた。四時半までには自宅側の駅へ戻る予定で、家にも伝えてある。莉緒は春らしい軽い上着を着ていて、鞄もいつもより少し小さかった。
「今日は、これにつけたいの」
彼女は上着の胸のあたりを指した。俺は飾りがまだない場所を見て、どんな色にするつもりか尋ねる。
「まだ決めてない。布、実物見てから」
「俺も、見ないと分からないな」
「航平は、どこにつける?」
聞かれて、自分の上着を見た。そこまで考えずに一緒にやりたいと言ったので、彼女に笑われる。鞄でもよさそうだと答えると、莉緒は、持ってる物に合わせなくても、好きな色から選んでいいと思う、と言った。
俺は頷き、会館へ向かった。通りには買い物へ行く人が多く、二人で並べないところでは前後になる。入口へ着くまでの間も、彼女は中で見たい物の話をしていた。
催しの会場は会館の一階で、布小物や木の道具、紙の飾りなどが机ごとに並んでいた。香りのする物もあり、入口で思っていたよりいろいろだと俺が言うと、莉緒もそうだねと辺りを見回す。
最初に体験の受付を確かめた。二時からの枠に二人分の空きがあると教えられ、それぞれ申し込んで九百円を払う。まだ時間があるので、始まる少し前に戻ると伝え、会場を見て回ることにした。
俺はスマホで写真を撮る前に、会場の案内を読んだ。撮影の可否は店ごとに聞くことになっている。今日は何でも記録するより、物を近くで見たかったので、スマホは鞄へ戻した。
莉緒が長く立ち止まったのは、布の小物が並んだ机だった。形は似ているが、口の開き方や、裏の布が少しずつ違う。彼女は触ってもよい見本を持ち、内側まで確かめた。
「こっちの形、使ってて中身出しやすそう」
俺が言うと、莉緒は頷いた。作り手に、開く幅を変える時は最初から違う形を考えるのかと聞く。相手は見本を手に取り、自分が使いにくかった所を変えていった話をしてくれた。
全部の物が同じようにできるわけではないが、使ったあとにまた手を入れることもあるという。莉緒はその話を聞き、ここを変えたらほかも変わるのかと、もう一つ質問した。
俺は隣で見ていて、彼女が聞きたいことを自分で言葉にしているのが嬉しかった。学校の見学へ行った話を聞いた時もそう思ったが、今日はその場にいる。答えを聞きながら、彼女の目が別の縫い目へ移るのが見えた。
礼を言って机から離れると、莉緒は少し息を吐いた。
「聞けた。ずっと話しちゃったかな」
「ほかの人が来たら場所も空けてたし、大丈夫じゃない?」
「うん。説明、面白かった」
彼女は笑い、今のやり方を全部覚えたわけではないが、もっと作ってみたいと思ったと続けた。俺は、見てて楽しそうだった、と返す。
「そんな顔してた?」
「してた。俺も聞いてて面白かった」
莉緒は少し照れたように笑った。彼女が楽しんでいるところを見るのが好きだと言いたくなったが、入口を通る人が増えたので、先に少し移動した。
次の机では木の小さな台を眺めた。置く物によって向きが変わり、ただの飾りだと思っていた俺は、説明を聞いて笑ってしまう。
「また、使い方違うと思ってた」
「何だと思ったの?」
「小さい置物を乗せるだけかと」
莉緒は見本を見て、それもできそうだね、と答えた。俺が分からなかったことを笑うのではなく、そういう使い方もあるかと一緒に考えてくれる。その返し方を、俺は何度聞いても好きだった。
体験へ戻るまでに、紙の飾りが並ぶ机も見た。窓際の光に透ける物があり、莉緒はそちらへ少し顔を寄せる。俺は年明けに見せてもらった星を思い出し、あれはどうなったのか聞いた。
「まだ窓には貼ってない。大きさ、もうちょっと変えてみたくて」
「今度、違う大きさにする?」
「うん。でも、今日やりたいのは布の方。紙も見ると、またやりたくなるね」
彼女は笑って、自分の両手を見た。いくつも同時には作れないと分かっていても、見たい物まで一つに減らす必要はない。俺も、本を読みながら気になる店を調べることがあると話した。
「で、休みが終わる頃に、まだ読んでない方が残る」
「私、布見ながら紙の色考えそう」
小声で笑い合い、邪魔にならない位置へ一歩退いた。作り手が見本を窓の近くから机の上へ戻すと、同じ紙でもさっきと違う色に見える。
莉緒がそれに気づいて俺の袖を引き、二人でもう一度眺めた。自分の部屋ならどの時間に光が入るか、彼女は考えているらしい。俺はそこまでは分からないので、家で見てみたら教えてと返す。
今日は紙の飾りは買わなかった。それでも、さっきより少し見たいところが増え、莉緒は自分で折った星も捨てずに並べてみたいと話した。俺は年明けにもらった写真を思い浮かべ、最初のも一緒に見られたら嬉しいと思った。
二時が近くなり、体験の机へ戻った。係の人に名前を伝え、それぞれ道具が置かれた席へ案内される。俺と莉緒は隣で、向かいには別の参加者が二人座っていた。
最初に布を選ぶ。小さく切られた見本がいくつもあり、同じ色でも模様や厚みで印象が違った。莉緒は明るい黄色を手に取ったあと、少しくすんだ赤も並べてみた。
「どっちもいいね」
俺が言うと、彼女はうんと答えたが、そのまま決めずにもう少し眺めた。俺は自分の分を探し、青と灰色の間くらいの布へ手を伸ばす。
「それ、航平っぽい」
「そう?」
「うん。でも、ほかの色でも見てみたい」
彼女はそう言って、緑の見本もそっと指した。俺は一緒に見比べ、今度の色もいいが、今日は自分が最初に取った方にしたいと答えた。
「分かった。できたの、楽しみ」
莉緒は笑い、自分の二つへ目を戻した。俺が彼女の上着に合うか確かめようとすると、彼女はまだ好きな方を選んでるところ、と言う。
「似合うかは、あとでつけてみる」
「そっか。どっちが好き?」
「今は、こっち」
彼女が選んだのは、くすんだ赤だった。俺はそれを見て、少し意外だと思った。今日の上着だけで考えたら、黄色を選ぶかもしれないと思っていたからだ。
「普段の服にもつけたい。今日だけの色じゃなくて」
莉緒に言われ、俺は頷いた。自分でつけたい物なら、今日の俺の見え方より、彼女がこの先使っている姿の方が大事だった。
係の人が説明を始め、俺たちは手を止めて聞いた。初めての人でも作れるよう下準備された布を使い、教えられた順番で形をまとめていく。細かいやり方を一度で全部覚えられず、俺は途中で止まった。
「すみません。ここ、もう一度見せてもらってもいいですか」
尋ねると、係の人は見本をこちらへ向け、ゆっくりやり直してくれた。俺も同じ所を確かめ、ようやく次へ進める。
莉緒はその間、自分の布を少し回していた。形が揃わない所があるらしく、やり直せるかを聞いている。俺より早く進んでいても、全部迷わずできるわけではなかった。
隣から見ていると手伝いたくなるが、どうすればよいか俺も分からない。彼女は係の人へ具体的に質問し、教わった所を一度ほどいて整えた。俺は自分の花へ視線を戻し、まず指の下でずれている布を押さえ直す。
向かいの参加者が、これも味かなと笑い、係の人もできた形を見て声をかけていた。俺はそれを聞いて少し楽になったが、何でもそのままでいいと思ったわけではない。直したい場所を一つだけ選び、そこをもう一度確かめた。
途中で俺の花の中心がずれた。手を離すと端が広がってしまい、思っていたより歪んで見える。係の人へ尋ねると、まだ直せると教えられたので、一度手順を戻した。
「航平、そこ、さっきより丸くなった」
莉緒が隣から小さく言う。俺は見てくれていたのが嬉しくなり、でもこっちが出っ張ってると返す。
「全部同じじゃなくても、花に見えるよ」
「うん。でも、ここだけは直したい」
「じゃあ、私、待ってる。急がなくていいから」
彼女は自分の分を先へ進め、俺は係の人に見てもらいながら直した。褒められたからすぐ完成にしなければいけないわけではなく、自分が気になる所をそのまま言ってよかった。
少し経つと、俺の方も形がまとまってきた。莉緒の花は赤い布がふわりと重なり、見本より少し片側が大きい。それでも彼女は、ここが好き、と指で示した。
「最初、同じにしなきゃって思ったけど。こっちに少し広がってるの、結構いい」
「うん。つけたら、そっちが上になる?」
「どうしよ。今、こっちでも見てる」
彼女は花の向きを変えて眺め、俺にも見せてくれた。俺は片方の向きが好きだと答えたが、莉緒はもう片方を自分の方へ向けて、私はこっちかな、と笑う。
意見が違っても困らなかった。俺の見え方を聞いたあとで、自分の好きな方を選んでくれる。その会話自体が嬉しかった。
最後に裏の留め具をつけ、係の人へ確認してもらった。外れそうな所がないか見てもらってから、二人とも完成になる。予定の一時間が終わる頃には、俺の肩は少し固くなっていた。
「思ってたより、指、使った」
俺が言うと、莉緒も肩を回して笑った。二人で使った道具を返し、机の上を片付ける。俺は自分の花を小さな袋へ入れてもらい、鞄の潰れない場所へしまった。
莉緒はすぐにつけてみたいと言い、鏡のある場所を教えてもらった。人の通りを避けて立ち、上着のどこに置くか試す。俺も少し離れて見た。
「もうちょっと下?」
聞かれて頷きかけたが、彼女が自分で少し動かすと、それもよく見えた。俺は今のところが好きだと伝え、莉緒もそこがいいと決めた。
赤い花がつくと、いつもの上着が少し違って見える。彼女は鏡の中の自分を見てから、俺の方を向いた。
「どう?」
「似合ってる。さっき、俺が思ってたより、ずっといい」
「さっき、何思ってたの」
「今日の服なら黄色かなって。でも、そっちもちゃんと好きだなって」
俺が答えると、莉緒は嬉しそうに笑った。自分が選んだ色をつけた彼女を見て、俺の方の好きな色まで少し増えた気がした。
会場を出る前に、もう一度だけ見たいところがあるか確かめた。莉緒はさっき質問した机へ戻りたいと言い、俺もついていく。今度は長く聞くのではなく、お礼と、体験で一つ作れた話を伝えたいらしかった。
相手は彼女の花を見て、いい色だねと言った。莉緒が笑って頷く。俺はその少し後ろで、彼女が作ることに興味を持っているのが、進路の紙の中だけではなく、今こうして楽しんでいることなのだと感じた。
見終わって会館を出ると、外の明るさに目を細めた。まだ駅へ戻るまで余裕があるので、建物の脇にある休める場所で、持ってきた飲み物を飲む。
莉緒は花を一度外し、袋へ入れた。歩いていて鞄の持ち手に引っかけそうだったからだという。俺はその様子を見て、自分もつける場所を先に決めず袋へしまっておいてよかったと思った。
「自分で作ったのって、触りたくなるね」
彼女が言い、袋の上からそっと形を確かめた。
「俺、家へ帰ってから、もう一回見そう」
「見せて。写真でもいい?」
「うん。莉緒のも、家でつけてみたら見たい」
彼女は頷いたが、そのあと、全部できた時だけじゃなくても見てほしいかも、と付け足した。俺はその言葉を聞き返す。
「前に言ってた、作ってみたい物のこと。まだ、形考えてるだけなんだけど」
「うん」
「上手にまとまったらって思ってたけど、その前に見てもらってもいいかなって。どう見えるか、聞きたい」
俺はもちろんと答え、何をしてほしいかをもう一つ尋ねた。
「感想を言う方? 一緒に考える方?」
「最初は、見た時の感想。直し方は、自分でも考えたい」
「分かった。俺に分からないところは、分からないって言う」
そう答えると、莉緒はそれでいいと笑った。何でもできる人に見てもらいたいのではなく、俺が見て思ったことを聞きたい。その頼まれ方が嬉しかった。
帰りの道では、俺の方から自分の花をどこへつけるか相談した。鞄なら使う日が多いが、荷物を下ろす時に当たるかもしれない。上着なら、服を変えるたびにつけ替えることになる。
「どっちも、毎日じゃなくていいんじゃない?」
莉緒が言うので、俺は頷いた。作ったらずっと使わなければいけないと、勝手に考えていたのかもしれない。気分の合う日に出してくる方が、自分で選べそうだった。
「じゃあ、最初は休みの上着。家で見てみる」
「うん。似合うと思う。今日のと合わせても」
俺が自分の胸もとを見下ろすと、彼女はつけたつもりで一度見て、いいね、と笑った。まだ何もない場所なのに、そう言われると少し照れくさい。
駅の手前で、莉緒が体験中の俺の顔の話をした。集中すると口が少し開いていたらしい。俺はそれを知らず、そうだったかと聞く。
「言ってくれればよかったのに」
「真剣だったから。写真は撮ってないよ」
「それは助かった」
二人で笑うと、彼女は、でも好きだった、と続けた。
「何が?」
「航平が、自分の分、直したいって言ったとこ。似合いそうとか、私が褒めたとかじゃなくて」
俺は言葉を探し、自分で持ち帰る物だから気になったと答えた。莉緒は頷き、それもそうだねと笑う。
「私も、赤にしてよかった。自分で選んで、それを見てもらえたから」
彼女が言い、俺は、俺も見られて嬉しかった、と返した。頼まれたことを上手に褒めるより、彼女が好きだと言った物を一緒に眺められる方が、ずっと楽しかった。
四時半より前に駅へ戻り、予定どおり帰ることにした。名残惜しくなったが、今日は作った物を家で広げる楽しみも残っている。改札の前で短く手をつなぐと、莉緒が俺へ身体を寄せた。
「今日、誘ってよかった」
「うん。俺も一緒にできてよかった。また見に行きたい」
答えてから、今度は俺が何か見つけたら誘うと伝える。彼女は楽しみにしていると返し、手を離した。好きだよ、と小さく言われ、俺も同じ言葉を返して見送る。
家へ戻ると、俺は花を上着へ当ててみた。鞄の中では小さく見えたのに、布の色が変わると印象も違う。鏡の前で位置を二度変え、最後に自分が落ち着くところへ留めた。
弟が部屋の入口からそれを見て、何それ、と尋ねた。俺は今日作った物だと答え、見たいなら触る前に聞いてくれと伝える。
「見てるだけ。兄ちゃん、作ったんだ」
「教えてもらってな」
「へえ。そこ、ちょっと大きいんだね」
弟が指したのは、俺も途中で気にしていた片側だった。俺は笑い、そこは最後そのままにしたと答える。見本と同じにはならなかったが、もう一度見ても、今日の自分が作った形だと分かった。
上着の胸もとだけ写真を撮り、莉緒へ送った。自分の顔は入れていない。彼女から届いたのも、上着につけた赤い花の写真だった。
『やっぱり、こっちの色が好き』
その文を読み、俺は笑った。俺も自分の色が気に入ったと返す。交換しようという話にはならず、それぞれの手もとに、それぞれの選んだ花が残った。
夕食を終えてから、彼女が形を考えている物の絵を送ってきた。布でできた、小さな壁掛けの入れ物だった。自分の机の横に置きたい物があり、幅をどうするか考えているらしい。
俺は、最初に見た時は思っていたより細長く見えた、と感想を返した。何を入れるつもりか聞くと、彼女はまだ全部は決めていないが、自分が手を伸ばしやすい場所に少しだけ入れたいと答える。
それなら入れる物を並べてから考えてみる、と彼女が自分で続けた。俺は分かったと返し、次に見せたい形になったらまた見たいと伝える。今日の絵を、完成した作品の写真のように保存していいかは、別に聞いた。
『それは、まだ自分のとこだけにしときたい。話聞いてくれてありがとう』
俺は了解と返し、画像は自分の写真の中へ移さなかった。見せてもらった時間が消えるわけではなく、彼女がこれから考える場所を、彼女の手もとに残しておけた。
机に戻ると、俺にも明日進めたい勉強があった。花は上着から外し、小さな袋へ戻して引き出しの空いたところへ入れる。次に出かける時、自分からつけていこうと思った。




