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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第59話 隣で、別の問題を解く

 二月の半ばを過ぎると、放課後の教室で参考書を開く人が少し増えた。学年末の試験が近いこともあるが、黒板の端に貼られた次年度の案内を見るたび、二年生の残りが短くなっていると感じる。

 莉緒が見学した学校をもう一度訪ねたのは、その頃の日曜だった。家で予定を相談し、自分で申し込んで、一人で説明を聞きに行くことにしたと教えてくれた。俺も一緒に行こうかとは言わず、帰ったら話を聞きたいと返した。

 その日は俺も家で勉強をした。机の上の問題に赤い印が二つ続くと、窓の外ばかり見たくなる。少し休んでから解説を読み、どこで条件を取り違えたか書き足した。順調ではない日にも、彼女の予定が終わるのを待つだけにはしたくなかった。

 夜に届いた連絡には、ちゃんと聞けた、とあった。続いて少し時間をもらい、電話で話す。

「最初に見たところ、私、ここで勉強したいって思った」

 莉緒はゆっくり言った。前に見た作品の作り方だけでなく、使う人を考えて課題を直す時間について、自分から質問できたらしい。

「ほかも見てから戻ってきたら、最初にいいなって思ったところが、ちょっと違って見えた。かわいいだけじゃなくて、こうやって考えて作るんだって」

「聞きたかったこと、聞けた?」

「うん。全部すぐ分かったわけじゃないけど、分からないところも言えた」

 その声が明るくて、俺も笑った。彼女は母と費用や通い方をもう一度確かめたいので、今日決めたと言い切るのはまだ早いと続ける。

「でも、今は一番行きたい。帰ってから、それはお母さんに言った」

「そっか。よかったな」

 俺が返すと、莉緒は、うん、と少し大きく答えた。誰かに勧められてよさそうだと選ぶのと、自分で行きたいと思うのは違う。その言葉を聞けたことが嬉しかった。


 俺も、二つ比べてきた大学のうち、一方を第一志望として考え始めていた。授業の内容を読み直し、街で暮らす人や、地域の変化について調べる演習があることを確かめた。社会学系の学びの中でも、学校によって扱う内容が違うので、名前だけで選ばないようにする。

 父には夕食のあと、候補の紙を一枚ずつ並べて話した。一緒に見に行った大学だけを選ぶつもりではなく、別の日に自分で行ったところとも比べて、今はこちらを目指したいと伝える。

「前に見た方が駄目だったというより、知りたいことが増えて、こっちを調べたくなった」

 言いながら、自分の中でも理由を確かめた。父は頷き、通う時間や必要な費用も、母と一緒にもう一度見ようと言った。

 机に戻り、学校へ出す相談用の紙を記入する。第一志望の欄は、空欄を埋めるためだけに何かを書く場所ではなくなった。あとで考えが変わる可能性があっても、今の希望を出してよかった。

 翌日、担任へ紙を渡した。先生は俺の書いた理由を読み、今後の学習も含めて確認する時間を取ろうと言う。必要な受験の条件は出願する年度の情報で確かめ、今ある資料と混同しないようにと言われた。

 行きたいと書けたら急に全部の教科が得意になるわけではない。教室へ戻る時、俺は鞄の中の問題集の重さを、いつもと同じだけ感じていた。

 昼休みに莉緒へ報告すると、彼女は、自分も家で相談を進めると話した。拓海は横で弁当のふたを開けながら、それぞれ考えた理由を聞いている。

「俺も、人の話聞くと、また見たいところ増えるな」

 彼は自分の候補について話し、春休みに調べたいことを挙げた。高瀬さんも、家の人と予定を合わせたい日があると続ける。俺たちは同じ紙へ答えを書き写すのではなく、それぞれの紙を持っていた。


 試験前の土曜、俺と莉緒は学校の帰りではなく、昼食を済ませてから待ち合わせた。近所の図書館に使える学習席があり、一緒に勉強してから帰ろうと彼女が誘ってくれたのだ。

 空いている場所や利用の案内は前もって確かめた。飲食や会話の場所も分かれているので、話したくなったら休憩の時にしようと、入る前に二人で話す。

 席は隣同士を使えた。鞄を足もとへ置き、莉緒は英語の教材を、俺は数学の問題集を開く。紺の筆箱からペンを出すと、彼女がこちらを見て、声を出さずに笑った。

 最初の三十分はよく進んだ。隣で紙をめくる音がしても、邪魔にはならない。顔を上げれば彼女がいるというだけで、家とは違う落ち着きがあった。

 ところが、少し難しい問題へ入った頃から、俺は彼女の動きに反応し始めた。莉緒がペンを置くと、分からないところがあるのかと思って顔を向ける。彼女は首を横に振り、また書き始めた。

 それが二度続いたあと、今度は莉緒が俺の問題集へ目を向けた。見られている気がして途中の式を説明しかけ、ここは会話の場所ではないと思い出す。俺は口を閉じ、解答欄へ視線を戻したが、考えていた手順を見失っていた。

 休憩を取ろうと、彼女が時計を示した。俺も頷き、教材をまとめて席の利用を終え、建物の休憩スペースへ移動する。周りの静かに読みたい人のそばで話さずに済み、椅子へ座ると少し息が抜けた。

「航平、さっき、ごめん。のぞいたら気になるよね」

 莉緒が自分の水筒を出しながら言った。俺は慌てて首を振り、俺も何度もそちらを見ていたと答える。

「ペン止まると、聞きたいのかなって思って」

「私、止まって考えるの長いから。あれ、困ってる時とは限らない」

「そうなんだ。俺が勝手に気にしてた」

 俺は水を飲み、少し考えた。彼女といる時間なのに、自分の問題へ集中したいと言ったら、誘ってもらった意味がなくなるだろうか。そう思いかけ、そこで黙る方が、また彼女に分からない答えを作らせると気づいた。

「一緒に勉強するの、嫌なわけじゃない。隣にいるのは、嬉しい」

「うん」

「でも、今は俺、自分の分を考えたい。分からない問題もあるけど、すぐ莉緒と一緒に解こうとすると、途中で止めちゃう」

 莉緒は頷き、自分の教材の端を撫でた。

「私も、今日は英語を進めたい。分からないところ全部、航平に聞こうと思ってきたんじゃないよ」

「分かった。俺、聞かれたら答えなきゃって、先に思ってた」

「私、何にも聞いてないのに?」

 彼女に言われて、俺は笑った。莉緒も笑い、さっき俺の教材を見たのは、もうそこまで進んだのかと思っただけだと教えてくれた。

「進んで見えただけだな。あのページで止まってる」

「じゃあ、私が見てから、さらに止まったんだ」

「そこは、俺が自分で戻る」

 彼女は分かったと答えた。話してみると、互いに頼まれてもいない役目を、少しずつ用意していたようだった。

 残りの時間は、それぞれの教材を進めることにする。聞きたいところができたら印をつけ、話せる場所へ出てから聞く。二人とも分からなければ、学校で先生に尋ねる。そのくらいのことを、入る前より具体的に確かめた。

 再び席が使えることを確認してから戻ると、今度は俺も自分の問題へ目を向けられた。隣でペンが止まっても、すぐには顔を上げない。莉緒が考えている時間を、俺が勝手に終わらせなくてよかった。


 帰る前、建物の外で今日の進み具合を話した。俺は最初に迷った問題の一つは解けたが、別の一問はまだ分からない。莉緒は覚えるつもりだった範囲の途中までで、何度か同じ単語を書き間違えたと笑う。

「一緒にいたのに、ほとんど話さなかったね」

 彼女に言われ、俺は少し不安になった。もっと二人で楽しめる日にすればよかったかと尋ねる前に、莉緒が続ける。

「でも、帰りに今日やったこと話せるの、いい。うち帰ってから、また最初から聞かなくていいし」

「俺も、一緒にやれてよかった。途中、ちょっと気にしすぎたけど」

「また、こういう日もあっていい?」

「うん。毎回じゃなくても、俺はしたい」

 答えると、彼女は笑い、次に遊びで出かける時は、問題集を開かない日にしようと言った。俺もそれがいいと頷く。何をする時間か自分たちで決めれば、一緒にいる形を一つに揃えなくて済んだ。

 駅へ向かう道で、莉緒が手袋を外して俺の指に触れた。俺も片方を外してつなぎ、冷たくなる前に帰ろうと話す。

「今日は、これが休憩」

 彼女は握った手を少し持ち上げた。俺は笑い、それならもう少し歩いていたくなると答えた。帰る時刻は決めてあるので遠回りはしなかったが、駅までの数分が短いと思えた。

 家へ着いてから、俺は分からなかった問題のページに付箋を貼った。以前から使っているペンを、莉緒にもらった筆箱へ戻す。一緒に勉強したからといって彼女が答えをくれる必要はなく、俺が彼女の先生にならなくてもよかった。

 夜、短いやり取りの最後に、彼女から、隣で頑張ってるの見て私もやろうと思った、と届いた。俺はありがとうと返し、今日はここまでにして寝ることにした。相手がまだ続けているかどうかを確かめてから、自分の終わりを決めなくてもよいと思えた。


 月曜、俺は先生に印をつけた問題を聞きに行った。途中の式を書き直し、条件を順番に確かめる。正しく考えていた部分と、飛ばしてしまった部分を分けてみると、全部が分からないのではなかった。

 教室へ戻ると、莉緒も自分の用事を済ませてきたところだった。どうだったと聞かれ、俺は分かったところを短く話す。彼女の方も、質問したいことを聞けたらしい。

「じゃあ、今日はそれぞれ一個進んだね」

「うん。まだ別のは残ってるけど」

「私もある。今なくなったって言うと、嘘になる」

 二人で笑い、授業の準備へ戻った。全部が片付いた報告しかしてはいけないなら、俺は連絡する日を何度も逃していたと思う。

 それからの日々は、目の前の試験と次年度の準備が交互に来た。廊下の掲示が少しずつ変わり、三年生のいる階がいつもより静かになっていく。卒業していく人たちと、まだここに残る俺たちとで、同じ三月の予定が違っていた。

 試験の前夜、莉緒からの連絡にすぐ返さず、勉強を終えてから返した日があった。遅れた理由を短く添えると、彼女も今まで自分の分をしていたと答える。そこから長い電話にはせず、おやすみだけ言い合った。

 会いたくないから連絡が少ないわけではないと分かっている。それでも少し会いたくなったので、翌朝教室で彼女を見つけた時、俺は自分からおはようと声をかけた。莉緒が振り向いて笑い、昨日の続きの話をする前に、ただ会えて嬉しいと思った。


 三月に入り、試験が終わると、俺たちは最後の科目の答案用紙を提出して廊下へ出た。拓海は一問だけ最後まで迷ったらしく、答えを見比べるかと俺へ聞く。

「今すぐだと、間違ってたら昼まで引っ張りそう」

 俺が言うと、彼はそれもそうだと笑った。高瀬さんは昼を食べてから考えたいと答え、莉緒も賛成する。四人で教室へ戻り、俺は鞄から弁当を出した。

 紺の巾着を開くと、隣で見ていた拓海が、ちゃんと毎日使ってるなと言った。俺は使いやすいからと返し、莉緒の方を見る。彼女は自分の弁当を開ける途中だったが、目が合うと嬉しそうにした。

「洗ったあと、ひもが片方引っ込んだりしない?」

「今のところ平気。袋の方は、俺より朝に働いてる」

「作ったのは袋だからね。航平にも働いてもらわないと」

 高瀬さんに言われて、俺は弁当を食べるのはちゃんと自分でやると答えた。拓海がそれは働いたうちに入るのかと笑い、莉緒までつられて箸を止める。試験中に抑えていた分なのか、何でもない話を長くしていたかった。

 その後に返された答案は、満足できるところも、考えていたより取れなかったところもあった。俺はやり直したい問題を選び、春休みに全部を一日で済ませようとはせず、何日かに分けて見直すことにした。

 莉緒は学ぶ学校の候補について、家で必要な話を進めていた。最初に見に行った学校を第一候補にすることには、両親も頷いてくれたという。申込みや試験を終えたわけではなく、これから確かめることも残っている。それでも、自分が進みたい場所の名前を、前より迷わず言っていた。

 俺も第一志望へ向けて何をするか、先生と家の人へ話していく。同じ日に決め終える必要はないが、相手が先へ進んだことを聞くと、自分も今の場所で立ち止まり続けたくはなかった。


 二年生最後の登校日、教室の机を動かし、棚の奥まで掃除をした。前の席にいる拓海へいつもの調子で声をかけてから、この配置で机を戻すのは今日が最後かもしれないと思う。

「これ、もう後ろに寄せていいのか?」

 彼が机を持ちながら尋ね、俺は黒板の指示を見た。次の準備のため、普段とは少し違う並べ方にするらしい。二人で位置を合わせると、そこへ莉緒と高瀬さんが椅子を運んでくる。

「ここ、空いてる?」

「うん。そこに置いて大丈夫」

 俺が答えると、莉緒は椅子を下ろし、机の側面に残った細いテープを見つけた。爪で無理に引っかくより道具を借りようと言って、必要な物を取りに行く。

 戻るまでに俺は床の紙くずを集め、拓海は重ねた物が通路へ出ないよう寄せ直した。高瀬さんが向こうから掃除用具を運んでくる。一年の終わりにも、誰か一人だけで全部は片付かなかった。

 莉緒が戻り、二人でテープを剥がした。端を持つ係を俺がやり、彼女がゆっくり引く。途中で切れたので残りへ取りかかると、意外に長く机の横へ屈むことになった。

「もうちょっと。頑張れ、航平」

「俺じゃなくて、テープに言ってくれ」

「じゃあ、切れないで、テープ」

 すぐ横で笑うので、俺も手を止めかけた。最後の端が取れ、借りた物を返してから立ち上がる。きれいになった机に、莉緒が指を滑らせた。

「ここに座ってたんだね、ずっと」

「うん。莉緒、あっち」

 俺が以前の席の方を指すと、彼女は頷いた。少し離れた場所なのに、今は机が動いていて、普通に見ていた時とは距離が違って感じる。

 窓から見える校庭も、黒板の端の傷も同じだった。そこに莉緒がいて、俺の名前を呼ぶ。最初から今のように呼んでいたわけではないことを、俺はこの教室でよく覚えていた。


 帰りは四人で校門まで歩いた。拓海が春休みに昼を食べないかと言い、俺も行きたいと答える。高瀬さんは家で確かめたい用事があるので、日程をいくつか出してほしいと頼んだ。

 その場で全員の予定を無理に決めず、候補を送ることにする。拓海が自分も店を考えると言い、莉緒は食べられる量だけは確認してから選んでねと笑った。

「大盛りにするかは、俺の注文の話だろ」

 彼が返し、高瀬さんも笑う。俺たちは駅の手前でそれぞれの方向へ分かれ、俺と莉緒だけが改札の方へ歩いた。

「三年、同じクラスかな」

 彼女が言うので、俺は分からないと答えた。そうだったら嬉しいが、自分たちで選べることではない。それでも、さっき掃除をしながら寂しくなったことは伝えた。

「隣の席になってほしい、とかじゃないんだけど」

「隣になったら、航平、私がペン止めるたび気になるもんね」

 莉緒が笑い、俺も確かにと答えた。

「でも、見えないとこでも、会いに来てね」

「行く。莉緒も来て」

「うん」

 返事をもらうと、まだ分からない席順を何度も考えるより、今日の帰り道をゆっくり歩きたくなった。駅の広場の端で足を止め、人の通りを邪魔しない場所へ寄る。

「俺、春休み、また誘いたい」

「待ってる。私も誘う」

 彼女は俺を見てから、少しだけ肩を寄せた。俺も近づき、上着越しに背中へ腕を回す。もう少しくっついていたい気持ちはあったが、彼女が見上げるまでの短い間だけで、十分温かかった。

「今日、帰ったら何する?」

 莉緒に聞かれ、俺は机の整理と、試験の見直しを少しすると答えた。彼女は学校の案内をもう一度読みたいが、その前に昼を食べたいと言う。

「じゃあ、帰ったらご飯だね」

「うん。航平も、ちゃんと食べて」

 俺たちは笑って腕をほどいた。二人で同じ問題を解かない時間にも、相手がそばにいると思える。改札へ歩き出す前に、俺は今日も一緒に帰れて嬉しかったと伝えた。

 莉緒は顔を上げ、私も、と返してくれた。次は席の近さに頼れなくても、その返事を聞きに行きたかった。


 家へ帰って昼を食べ、机の整理を始めると、弟が部屋の入口から声をかけた。年明けに貸した文庫を読み終わったので、返しに来たらしい。紙のしおりは後ろの方のページに残っていて、俺は抜き取ってから表紙を確かめた。

「面白かった?」

「うん。でも、途中で兄ちゃんが好きそうだなって思った」

「どこ?」

 弟が挙げたのは、俺も覚えている場面だった。だからといって好きな登場人物まで一緒ではなく、そこはこっちだと言われて、少し意外な気がする。理由を聞くと、それは確かにと笑ってしまった。

「次、何読めばいい?」

「今、すぐ出てこないな。今度本屋に行く時、一緒に見てもいいけど」

「行ける時なら行く。俺も見たい物あるし」

 弟が自分の部屋へ戻り、俺は返ってきた文庫を棚へしまった。木のしおりは、自分が今読んでいる別の本の中にある。貸した本を返してもらう時にも、自分がまだ知らなかった感想を聞けた。

 整理を終える頃、四人の予定の連絡が届いた。高瀬さんの用事が分かり、三日後の昼なら全員会える。場所は駅の時計の下、十二時集合に決まった。店は拓海が出した候補をみんなで見てから選ぶことにする。

 俺は行くと返事をして、莉緒へは別に、さっき話したとおり少しだけ見直しをすると送った。彼女は自分も今から資料を開くと返す。次の連絡を待つ間に手を止めず、俺は問題集を出した。三日後に会える楽しみも、目の前にある一問も、そのまま机へ持ってこられた。

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