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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第57話 近い席、遠い行き先

 始業の日、教室の扉を開けた途端に、休み前と同じ椅子の音が聞こえた。前の席には拓海が座り、鞄から出したプリントを一枚ずつ机に並べている。

「おはよう。今年もよろしく」

「よろしく。三原、これ提出って今日だよな」

「たぶん。俺も出すつもりで持ってきた」

「たぶんじゃ心細いな」

 自分も分からないのにと言うと、彼は笑い、教卓へ向かうほかの生徒に声をかけた。提出する場所が分かると、二人でまとめて出す。年が変わっても、朝に一つずつ用事を済ませるところからだった。

 莉緒は高瀬さんと一緒に入ってきた。俺に気づくと笑って手を上げ、そのまま鞄を置きに行く。すぐ近くへ来なくても、目が合っただけで嬉しかった。

 始業式を終えて教室へ戻り、配られた予定を鞄へしまっていると、彼女が俺の机の横へ来た。

「今年も、学校でよろしく」

「こちらこそ。四日に言ったばっかりだけど」

「学校の分は別」

 真面目な顔で言うので、俺も頷いてしまった。莉緒は満足そうに笑い、拓海にも挨拶してから、提出物が一枚足りない気がすると自分の鞄をのぞく。

 俺が慌てる前に、高瀬さんがさっき出した分ではと確かめた。莉緒は手を止め、それだ、と笑う。俺たちの新学期は、似たような確認ばかりだった。


 図書室が開いている時間に、年末までに読み終えた本を返しに行った。木のしおりは自分の本へ移してある。受付で返却を済ませると、鞄が一冊分だけ軽くなった。

 棚でまた借りたい本を見つけたが、今日は題材だけ覚えておくことにした。授業の始まりと、先生へ相談したいことが先にある。読める時間を考えず増やすと、自分が気になるまま返すことになりそうだった。

 返却台の向こうで、係の生徒が表紙と端末を見比べている間、俺は本の背を最後に眺めた。読んだ道を実際に歩いたわけではないが、今度自分の知らない駅へ降りた時に、前とは違うところを見そうだった。返す本から何かが一つ残るのは、ちょっと得をした気がする。

 窓際の閲覧席には、参考書を開く三年生がいた。足音を小さくして出口へ向かう。自分がこの席に座る頃、何を受けるか決めているのだろうかと考えたが、ここで立ち止まっても答えは出ない。廊下へ出て、鞄の持ち手を握り直した。

 教室へ戻る途中で莉緒と会い、駅まで一緒に帰ることになった。彼女は高瀬さんと話していたが、用事が済んだところらしい。

「本、返せた?」

「うん。今日は新しいの借りなかった」

「私も、休み中に見た資料、まだ全部読み直せてない」

 彼女は肩の鞄を持ち直した。二つ見た学校の案内を比べているが、見た時の印象だけでは埋まらないところがあると話す。

「もう一回、前に行った方にも聞きたいことできた。行ける日があるか調べてみようかなって」

「聞きたいこと、増えた?」

「うん。最初、作品見てかわいいって思ったところの。どうやってそこまで作るのか、もっと知りたい」

 俺も先生へ再び相談したいと思っていたので、そのことを伝えた。莉緒は頷き、前に作った比較の紙を持っていくのか尋ねる。

「そうするつもり。調べたのと、分からないのが混ざってるから」

「私もそう。空いてるところ、なくしたくて焦るけど」

「分かったことにするより、空いてる方がいいんだろうな」

 二人で笑い、校門を出た。進路の話をしている時は、同じ紙を見ていても、そこに書かれる行き先が違う。俺は今日、今までよりはっきりそれを考えていた。


 校門の外で、彼女が手袋を片方落とした。俺が拾うより早く屈み、付いた砂を払ってから右手にはめる。もう片方も出てきたが、左右が逆だったらしく、指の途中で止まった。

「何で入らないんだろって思った」

「親指の場所、だいぶ違うな」

「分かってる。今、分かった」

 莉緒は笑いながらはめ直し、両手を俺へ見せた。似合うかと聞かれた気がして、いいと思うと答えると、彼女の眉が上がった。

「手袋、ちゃんとはめられたよって見せたんだけど」

「そこだったか。ちゃんとはめられてる」

「褒めるとこ、小学生みたいになっちゃった」

 それでも彼女は嬉しそうで、駅までの道の途中で俺の手を取った。俺は手袋をしていなかったので、指に当たる毛糸が温かい。彼女は握った手を一度見て、寒かったら手袋してきなよと言った。

「これはこれで温かいけど」

「片手だけでしょ。もう片方はどうするの」

「それは、ポケットに入れる」

「私、交代制?」

 二人で笑ったあと、莉緒はつないだ手を離さなかった。駅までずっと学校の話をしていたかったのかもしれないし、単に俺が離したくなかっただけかもしれない。来年のことを考えた足もとにも、今日は一緒に歩ける道があった。


 数日後、放課後に担任へ相談する時間をもらった。以前の二つの大学の案内に、自分で調べ直した紙を添える。通学の時間は朝の乗り換えも含めて書き、学びたい内容は自分で説明できるところだけまとめた。

 先生は俺の書いた言葉を見て、何を知るためにその分野へ行きたいと思っているのか尋ねた。俺は一度止まり、街を歩いて気になったことを話す。

 同じ道でも時間によって人が変わる。地図で近く見えても、歩くと違う理由で道を選ぶ人がいる。そういう話を聞いたり、実際に確かめたりするのが面白かった。

「それを調べる勉強に、興味があると思います」

 言い終えると、先生は頷いた。学部名だけでぴったり決まるとは限らないので、授業の内容や、どんな方法を使うかも続けて確かめようと言われた。

 入試で必要な教科も、学校ごとに違う。今見ている資料はどの年度向けか、最新の条件が出たらどこで確かめるか。先生は一緒に印をつけ、今の勉強を何となく後回しにしないよう話した。

 その場で志望校を一つに絞ったわけではない。それでも、候補を見比べる時に自分が見たいところは、以前より分かってきた。

 教室へ戻って紙をしまい、莉緒へ終わったと連絡した。彼女は先に帰る予定だったので、今日は合流しない。俺も一人で駅へ向かった。

 帰り道、スマホへ長く説明を打ちかけ、歩いているのでしまった。家で落ち着いてから送ればよい。今すぐ報告しなければ消える興味ではなかった。


 夕食のあとに資料を広げ直すと、父が通りがかって、相談はどうだったかと聞いた。一緒に大学へ行った時とは違い、俺の口から学ぶ内容が少し出てきたので、椅子に腰を下ろして聞いてくれる。

「そんなことも調べるんだな。俺、道って近い方を選んでるつもりだったけど」

「歩きやすい方を選ぶこと、ない?」

「あるな。夜は明るい道とか」

 父は自分の帰り道を思い浮かべたようで、そういうのもかと言った。俺もどこまで何を扱うかは勉強しなければ分からないと答える。面白そうだと言うのと、すぐ何でも説明できるのは違った。

 横から弟が、近道だと思った方に坂があるのは嫌だと口を挟んだ。俺は笑い、坂が好きな日もあると返す。

「兄ちゃんの好きな道、荷物多い時は行きたくない」

「それは俺もそう。重い物持ってたら、駅から近い方がいい」

「じゃあ、毎回同じじゃないんだ」

 弟はそれだけ言うと、自分の用事へ戻っていった。残された俺は、案内の端に小さく言葉を書いた。地図を見るだけで分かった気になっていたところを、実際に聞くと答えが違う。その違いをもっと確かめたい。

 父には、二つともまだ候補だが、次に授業の説明を見る時はここを比べたいと伝えた。分かった、と返事があり、机へ持ち帰る紙は前より散らからずに済んだ。


 夜、莉緒へ相談の話を送ると、彼女から、声で少し聞きたいと返ってきた。互いの家の予定を確かめて、十五分ほど話すことにする。

「自分で言ってみたら、ちょっと分かった?」

 彼女に聞かれ、俺は頷いてから、声では見えないと気づいて返事をした。

「うん。街が好きってだけだと、何を勉強したいかまでは説明にならないんだけど。その先が気になってるのは分かった」

「そっか。聞いてて、航平っぽいと思った」

「どのへん?」

「道があるだけじゃなくて、何でその道選ぶか、聞きたくなるところ」

 彼女は弟の信号の話も覚えていた。俺は笑い、自分でも気になっているのはそこかもしれないと答えた。

「私も、学校に質問できる日、調べた。前に行ったところ、来月に説明あるみたい」

 莉緒は家で予定を相談してから申し込むつもりだと話した。俺が同行するかという話にはならない。本人が知りたいことを聞きに行く時間だった。

「お母さんと行く?」

「まだ相談中。今回は自分で聞きたいこと、ちゃんとまとめたい」

「うん。話、聞きたい」

 返事をすると、彼女は少し笑った。そこで通話を終えようとしたのだが、俺は一つだけ言っておきたいことが残った。

「莉緒」

「うん?」

「俺、二人が別の学校へ行くの、分かってるつもりなんだけど。今考えると、少し寂しい」

 言ったあと、耳が熱くなった。まだ来年の話で、どちらも決まっていない。彼女の希望を変えてほしいわけではないのに、余計なことを言ったかと思う。

 莉緒はすぐに返事をせず、少し考えてから話した。

「私も。毎日、同じ教室で会えるのが終わるのは、寂しいと思う」

「うん」

「でも、航平に私の学校へ来てほしいってことじゃないんだよね」

「そう。そこは、全然違う」

 慌てて答えると、彼女が小さく笑った。俺も力を抜いた。

「私も。行きたいところは、ちゃんと自分で考えたい。航平もそうしてほしい」

「分かった。寂しいのは、寂しいって言ってもいい?」

「いいよ。私も言う。まだ決まってないことを、先に我慢しない」

 俺はありがとうと返した。別の行き先を考えることと、相手に会いたいことは、両方あってよかった。


 翌日の昼休み、拓海が俺の紙を見て、また相談したのかと尋ねた。俺は内容を少し話し、まだ比べていると答える。

「俺も、学校の名前より中身見なきゃって思ってる。見学、行ってよかったけど」

 彼は自分の案内を机へ置き、前に面白かったところをもう一度調べるつもりだと話した。高瀬さんも、自分が家で話したことを少しだけ共有した。

 同じクラスにいても、進学の先は一つではない。俺たちは誰かの候補へ全員で揃える相談をしているのではなく、それぞれ途中で気になったことを話していた。

「三年も同じクラスだったらいいね」

 莉緒が言うと、拓海はそれは自分たちで決められないなと笑った。

「でも、違うクラスでも昼に会うくらいできるだろ」

「そうだね。会いたかったら声かければいいし」

 高瀬さんが答え、莉緒も頷いた。俺はその言葉を聞き、今の席の近さに甘えているところがあると思った。名前を呼ばなくても、前の席に拓海がいる。少し顔を上げれば、莉緒のところも見える。

 それはありがたいことだが、その配置だけで友達や恋人になったわけではない。違う席になった時も、自分から会いに行けばよいのだろう。

 弁当を片付けてから、俺は拓海へ休みの外出の話をした。正月に、また歩こうと送ったまま日を決めていなかった。

「来週の土曜、昼からどう?」

「空いてる。飯、俺の候補見てからでいい?」

「うん。俺も歩きたいところ送る」

 莉緒は横で聞いて、楽しんできてと笑った。彼女はその土曜、高瀬さんと見たい店があるらしい。どちらかの予定をやめさせなくても、会いたい人へそれぞれ声をかけられた。


 その日の掃除では、俺と拓海は廊下側の机を寄せた。足を引く音が大きくなり、彼が持ち上げる方を指で示す。二人で端を持つと、思ったよりあっさり動いた。

 莉緒は向こうで椅子を重ねていたが、そこに挟まっていた紙を見つけて持ち主を呼んだ。高瀬さんは雑巾を洗いに出ている。何となく全員が同じことをしているように見えて、それぞれ別の場所を片付けていた。

「こっち、まだ通れる?」

 莉緒が俺へ聞いたので、バケツを持った生徒の通り道を空けた。彼女はありがとうと通り、俺の横で足を止める。

「あとで黒板の上、届く?」

「届くと思うけど。どうした?」

「あの紙の端、浮いちゃってるから。終わったら一緒に直したい」

 俺は頷き、掃除が済んでからテープを借りた。莉緒が下から紙を押さえ、俺が上の端を留める。日常の小さな用事で名前を呼ばれるのも、俺は好きだった。

 拓海は戸口からそれを見て、俺にも頼んでよかったのにと笑った。莉緒は、じゃあ机戻す方お願いとすぐ返す。彼は了解と椅子を持ち、俺もテープを返してから手伝った。


 週末は拓海と、駅を一つ移動して歩いた。彼が選んだ定食屋で昼を食べてから、俺が気になっていた通りへ向かう。食事は魚の定食で八百五十円、二人とも自分の分を払った。

 定食屋では、最初に出てきた小鉢を見て、拓海が俺の方へ身を乗り出した。

「それ、俺のと一緒?」

「たぶん。見比べるほど違う?」

「いや、苦手なやつかと思った。大丈夫だった」

 彼は一口食べて頷き、俺はどういう確認だと笑った。誰かと食事をしていると、味の話をする前に、こういう小さなことが起こる。黙っても平気な相手なのに、つい話したくなった。

 食べ終えた時、拓海が次は揚げ物の方もいいなとメニューを見た。俺は先の通りへ向かう時間を確かめ、急いで出なくていいと伝えた。彼は水を飲み、弟と出かけた時に注文を迷われた話をする。俺の家も似たようなことがあると言うと、結局お前が決めるのかと聞かれた。

「決めない。おすすめは言うけど」

「それで同じのにされると、先に頼まれた方がちょっと迷うよな」

「さっき、俺が魚にした時は?」

「俺は最初から魚。合わせてない」

 妙に力を込めて言うので、笑いながら会計へ向かった。店を出ると、室内で緩んだ頬に冷たい空気が当たった。俺は鞄から手袋を出して、莉緒に言われたとおり持ってきてよかったと思った。

 以前なら、選んだ道で彼が黙ると、退屈かもしれないと考え続けただろう。今日はそう思いかけた時に、何を見ているのか聞いた。

「あの窓の、何だろうって思ってた」

 拓海が指したのは、店先に並ぶ道具だった。俺も分からず、入口の説明を二人で読む。思っていた用途と違ったので、彼が笑った。

「俺、全然違うものだと思った」

「俺も。聞いてよかったな」

 店へは入らず、外から分かるところだけ見て先へ進んだ。全部の沈黙に理由をつけて、一人で答えを作らなくてよかった。

 途中で少し写真を撮りたいと伝えると、拓海はいいよと返した。俺が角度を変えている間、彼は先の店のメニューを見ている。終わったと声をかけると、次に来たらここも食べたいと教えてくれた。

「今日食べたばっかりだろ」

「次の話だよ。今食べようとは思ってない」

 俺は笑い、場所を見た。自分が選んだ道にも、彼が選ぶ次の候補ができる。それが嬉しかった。

 通りの先には小さな公園があり、端のベンチで少し休んだ。拓海は今日歩いた距離をスマホで確かめ、思ったより歩いたなと言う。俺が疲れたかと聞くと、足は大丈夫だが、風を避けたいと返ってきた。

「じゃあ、こっちの背もたれの方に座る?」

「こっちなら、木でちょっとましだな」

 場所を変えると確かに風が弱まり、俺たちはしばらく、遊具で遊ぶ子供たちを眺めた。遠回りしているように見えた子が、決まった場所に戻ると同じ順番で走り始めた。拓海が何かの競争なのかと首を傾げ、俺も分からないと答える。

「写真、撮らないんだ」

「知らない子が主役になるからな。今日は見てるだけ」

「お前、見てる時間も結構長いよな」

「撮るの失敗する時間も長いけど」

 拓海は笑い、自分のスマホをしまった。次に会う時の店を一つだけ地図へ残したらしい。俺も同じ場所を確かめたが、ほかに見つけた物を全部送ってもらおうとは思わなかった。彼の休日には、彼が自分で覚えておきたいものがある。

 電車の時間を見て立ち上がると、二人とも同時に膝を伸ばした。お互い寒いと言って笑い、駅までなら歩けば温まるかと、少しだけ足を速める。帰り道を変える提案は拓海から出て、俺はそれに乗った。初めて歩く角に着くたび、俺だけが案内する必要はなくなっていった。

 帰りの電車で、拓海が、自分も春になったら別のところを見たいと言った。俺は行けそうなら行こうと答え、忙しい時は先に言ってくれと付け加える。

「お前もな。何でも空いてるって言わなくていいから」

「うん。言う」

 彼がそう返してくれるので、苦手なことが一度に消えなくても、次は作れそうだった。


 帰宅後、莉緒から高瀬さんとの外出の話が届いた。雑貨を見たあと、二人で少し長く話したらしい。俺も定食と通りの写真を一枚送った。人の顔が入らない道の写真なので、説明も短く添える。

『拓海が、次ここで食べたいって言ってた』

『次の候補、二人分になったね』

 返事を読んで、俺は笑った。彼女にも、俺にも、二人でない時間がある。そのあとで、今日は何を見たか聞けるのが嬉しかった。

 その夜、莉緒が誕生日の話を少し出した。二月六日はまだ先だが、近くなったら希望を聞くと言っていたことを俺も覚えている。

『今年、何したいか、ちょっと考えてる』

『聞きたい。プレゼントも、欲しい物あったら教えて』

『うん。今度、会った時話していい?』

 俺はもちろんと返した。驚かせることを全部自分で用意するのではなく、本人から聞く楽しみがある。彼女が何を選びたいと思うのか、知りたかった。

 スマホを置き、大学の比較の紙へ一度目を落とした。空欄はまだ残っている。その隣に、次に聞きたいことを書いた。好きな人と近くにいたいという気持ちは、行き先の欄へ書かなくても、俺の中にあった。

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