第53話 会える日を、増やすより
十二月の予定が配られた日の昼休み、俺はカレンダーへ目を落としたまま、弁当のおかずを口へ運んでいた。箸を動かす手より、予定を見る方へ意識が行っていると、莉緒に何の味だったか聞かれそうだ。
そう思って顔を上げると、彼女も同じ紙を見ていた。向かいの高瀬さんはもう食べ終わり、拓海は紙を一度折って鞄へ入れかけている。
「それ、俺も帰ってから見る」
拓海が言い、俺は今全部決める必要はないと頷いた。試験と授業の予定、終業式。その間に家でやることもあり、冬休みへ入ったら全部空いているというわけではない。
「私、二十四日、会えたらいいなって思ってる」
莉緒が言ったのは、紙を畳んだあとだった。俺を見る目が、少しだけ照れている。
「俺も。学校のあと?」
「うん。夜遅くまではいられないけど、少し一緒にいたい」
「家で確認してからでもいい?」
「もちろん。私も、ちゃんと聞く」
そう答える彼女が嬉しそうだったので、俺も笑った。どこへ行くかも、何時に会うかも決まっていない。けれど、会いたいという最初のところは、もう共有できた。
高瀬さんは妹と家で何か作りたいと話し、拓海は家族の買い物に付き合う日がありそうだと言う。誰も、自分以外の予定を寂しいものにしなかった。
「俺、冬休み初日に寝すぎないようにしたい」
拓海が言うと、高瀬さんが、それは予定じゃなくて目標ではと返した。莉緒も笑い、俺は紙を鞄へしまった。
その時は、相談すれば少しずつ予定は収まると思っていた。家で確かめたら、思っていたより自分の時間の使い方を考え直すことになった。
夕食のあと、母に二十四日の希望を話した。夕食は家で食べたいと思っているが、その前に莉緒と少し会いたい。母は家族の予定を確認し、帰る時間が分かれば大丈夫と答えた。
その一方で、俺は冬休み前に、自分で進めたい勉強を増やすつもりでいた。学校の課題だけでなく、苦手なところをもう一度見直したかった。大学の案内を比べていても、今の勉強を置いておけないことは分かる。
部屋へ戻り、紙に一週間分の予定を書いた。帰宅してから夕食まで、食後、風呂のあと。使えそうな時間へ課題を入れてみると、空欄が次々埋まっていく。
莉緒と連絡する時間も必要だと思い、毎日夜に二十分、と一度書いた。そこまで書いて、俺はペンを止めた。
彼女は毎日同じ時間に話したいと言ったわけではない。俺も、話したい日があるから誘うのであって、空欄を埋めるために電話をするわけではなかった。
線を引いて消し、連絡したいことがあれば送る、と書き直した。だが、その下へ今度の土曜は会わない方がいいかもしれないと思い始めた。まだ彼女の希望は聞いていない。
俺はスマホを開いた。莉緒から届いていたのは、家で二十四日のことを話せた、という短いメッセージだった。
『五時半までには家に帰ることにしたい。航平はどう?』
俺もそのくらいに帰りたいと返した。そこまでは簡単だった。そのあと、今週末は勉強したいので会わない方がいいかと打ち、読み直す。
会わない方がいい、では、誰にとっての話なのか分からない。自分がそうしたいなら、そのまま言った方がよかった。
『今度の土曜、午後は家で勉強を進めたい。日曜なら、少し会えそう』
書き直して送ると、莉緒からは、分かった、と返ってきた。
『私、土曜に少し会いたいと思ってた。でも日曜はお姉ちゃんと用事あるから、帰り道の日で話そうかな』
俺は画面を見た。彼女は土曜がよかった。俺は土曜の午後に勉強を進めたい。どちらも今まで間違っているわけではないのに、すぐ同じ答えにはならなかった。
俺が返事を考えている間に、もう一通届いた。
『会いたいの我慢しろって意味じゃないからね。日曜無理なの、私の予定もあるだけ』
その言葉に少し笑って、ありがとうと返した。今度は俺が、彼女の予定を勝手に寂しいものにしない番だった。
翌日の放課後、二人で歩きながら続きを話した。校門から駅まで、寄り道しなければ短い時間だ。莉緒は上着の前を留め、手袋を片方だけ外して俺の手を取った。
「昨日、返事ちょっと遅かったから、気にしてるかなって思った」
「少し。莉緒が土曜会いたいと思ってたなら、俺がやめた方がよかったかって」
「勉強を?」
「うん。でも、やりたいのも本当だから。すぐ予定変えるのも、何か違う気がした」
莉緒は頷き、足元へ一度目を落とした。しばらく歩いてから、俺の方を見る。
「私、寂しくないって言ったら嘘。でも、土曜全部こっちにしてほしいわけじゃないよ」
「うん」
「ただ、会いたいって言った時、すぐ『じゃあ無理だね』で終わると、ちょっと寂しいかも」
彼女の声は、責めるものではなかった。俺は自分の返事を思い出した。土曜午後は自分の予定、日曜は彼女の予定。そこで二日とも空いていないと思って、その先を考えるのをやめかけていた。
「土曜の午前なら、少し会える。でも、莉緒の予定聞いてなかった」
「午前、家の用事は十時半くらいに終わる予定。十一時ごろなら会えると思う」
「俺も、十一時なら。昼までに分かれたら、午後は家で進められる」
話してから、俺たちは一度立ち止まった。急いで空いた一時間へ無理に外出を詰めようとしていないか、確かめたかった。
「短くても、いい?」
俺が尋ねると、莉緒が頷いた。
「私はいい。今週、ちょっと顔見て話したかったから」
「学校では会ってるけどな」
「それも嬉しいよ。でも、休日の航平と話したいのもある」
そう言われると、俺も会いたくなった。勉強をやめて一日全部空けたいのではない。短い時間を一緒に過ごしたい、その希望なら俺にもあった。
「俺も。じゃあ、十一時に駅の時計の下。十二時までに分かれる」
「うん。家の用事が延びたら連絡する。その時は無理して急がない」
俺も同意した。最初から全部会わない方へ倒すのではなく、短く会う候補も探せる。見つからなければ今回は難しいと言えばよいが、聞く前から決めなくてよかった。
莉緒は手を握り直し、今ちょっと安心したと笑った。俺も同じだった。
金曜の昼、四人で話していると、拓海が今週末は家にいると言った。見学へ行ったあと、家で案内を見直したいこともあるし、学校の課題も進めたいらしい。
「俺、一日家にいるって決めると、いつでも始められる気になるんだよな」
「分かる。昼のあとから、って思ってたら夕方になる」
俺が答えると、高瀬さんが二人を見比べて頷いた。
「私は妹に声かけられると、ちょっとだけって手止めちゃう。自分も話したいから」
「それもあるね」
莉緒は自分のノートを閉じ、机の端へ置いた。勉強の時間の話をしていても、誰も毎日完璧にできているわけではない。俺が予定の紙を埋めたところで、全部が自動で終わるわけでもなかった。
「三原、お前は何時からやるとか決めた?」
「土曜の午後。帰ったらすぐ始められるように、出かける前に置いとく」
「出かけるんだ」
「午前に少し。十二時まで」
俺が答えると、莉緒は一度俺を見て笑った。拓海は短いなと言ったが、駄目だという顔ではない。俺は、今週はその方が二人の予定が合ったのだと説明した。
「そっか。俺も、昼前に本屋だけ行こうかな。一日家にいるつもりだと、逆にだらだらするし」
「俺たちに合わせなくていいぞ」
「合わせてない。本受け取りに行かなきゃいけなかったの、今思い出した」
拓海がスマホへメモを残し、高瀬さんが、それは忘れない方がいいと笑った。人の予定を聞いて、自分の用事を思い出すこともある。四人で同じ時間割を作る必要はなかった。
昼の片付けを終えたあと、莉緒は高瀬さんのところへ戻り、俺は少しだけ残った問題を見た。隣にいないからといって、彼女が別の場所で寂しくしているわけではない。今は友達との話があり、俺にはこの式がある。
ただ、式を見ていても、さっき莉緒が笑った顔を思い出した。会う回数を数えて安心するのではなく、一緒にいる時の声をちゃんと聞ける方がいい。そう思って、次の授業の支度へ切り替えた。
土曜の朝、九時を過ぎたところで莉緒から、家の用事は予定どおり終わりそうと届いた。俺は先に課題を少し進めていたので、一区切りつけてから返した。
出かける前、机の上に午後やる物を置いておく。帰ってから何をしようか迷い、スマホだけ見て時間が過ぎるのを避けたかった。
母には昼前に戻ると伝えた。短い外出なら家の人への説明はいらない、ということにはしたくない。母は分かったと答え、昼食を用意する時に俺の分もある方がいいか確かめた。
「食べる。十二時すぎには帰る」
そう返してから、俺は上着を着た。
時計の下では、莉緒が先に着いていた。今日は家にあった薄い灰色の手袋を両方つけ、俺に向かって振っている。挨拶を返すと、彼女が笑った。
「今日は、一時間の人」
「その言い方だと、時間で帰る人みたいだな」
「帰る人ではある」
俺も笑い、駅前の通りを二人で歩き始めた。遠い店へは行かず、広場の周りを少し歩き、寒ければ温かい飲み物を買うくらいにする。
莉緒は姉との日曜の用事について話した。姉が家で使う物を見たいので、本人も一緒に見てくるのだという。俺がそこへ加わる予定はない。
「お姉ちゃん、前に買わなかったやつ、まだ気になってたみたい」
「じゃあ、今度は決まるかな」
「分かんない。また全然違う物見始めるかも」
彼女は笑い、途中の店の窓へ目を向けた。俺も何があるかのぞき、飾りが冬の色に変わったことに気づく。
小さな電飾が昼の光の中で灯っていた。夜ならもっと目立つのだろうが、今は細い線の方がよく見える。莉緒は、暗い時にまた見たいと話した。
「二十四日に、帰る前ちょっと見られるかな」
「その頃なら、早い時間でも暗くなるし。駅の近くで見よう」
「うん。遠く行かなくても、いい感じになってるかも」
俺は頷いた。大きいイルミネーションへ行く話をしていたわけではない。彼女が何をしたいかを聞くと、遠い場所へ無理して行くより、一緒に歩いて温かい物を飲めれば嬉しいという答えだった。
「俺もそれがいい。帰る時間、守れる場所で」
「じゃあ、駅の周りで少し。学校の予定は、前にももう一回確かめよ」
二十四日の希望が、少しだけ形になった。終わる時刻から考えると、できないことばかりに見える時がある。でも、ここでできることを探すと、二人のしたいこともちゃんと残った。
歩き始めて二十分ほどで、指先が冷たくなってきた。莉緒と相談し、駅近くの小さい店で温かいお茶を買った。二人とも同じ物にしたので、どちらのカップか迷わないよう置く位置を決める。
立って飲むより少し座りたくなり、屋根のある休憩場所へ寄った。人の通行を避けた端の席に並び、俺たちはカップを両手で持った。
「時間、気にしてる?」
莉緒が聞いた。俺は正直に少しと答える。
「楽しくないからじゃなくて、帰る時刻を忘れたくない」
「分かってる。でも、何回もスマホ見るなら、先に決めてもいいかも」
俺はカップを膝から離して置き、スマホの通知を設定した。十二時の少し前に知らせるようにすれば、途中で何度も見なくて済む。莉緒に見せると、彼女はそれならいいねと頷いた。
画面をしまったあと、彼女はまた姉の話へ戻った。俺も弟が新しい筆箱を見て、自分の中身を片付けたらしいと話す。どう使いやすくなったかまでは聞いていないが、机の上にペンが何本か分けてあった。
「みんな、筆箱の話になるね」
「俺が新しいのもらったから、目につくのかも」
「それは嬉しい。航平、使ってるところ見るの、まだちょっと嬉しいもん」
彼女はカップへ目を落としながら言った。毎日褒めてほしいと頼まれているわけではない。俺は、ちゃんと使いやすいよと返し、彼女の顔を見た。
「今日、来てよかった」
続けて言うと、莉緒が少し驚いてから笑った。
「私も。一時間なのに、結構話してる」
「会うために、午後全部なくさなくてよかった」
「うん。私も、日曜の予定変えなくてよかった」
彼女はそう言って、温かいお茶を一口飲んだ。どちらかの希望が勝ったわけではない。最初の案とは変わったが、二人とも欲しかった時間を少しずつ残せた。
少し話題が途切れた時、俺は月初めに莉緒の家を訪ねた日のことを思い出した。父親に教えてもらった古い道は、まだ一緒に歩いていない。駅から遠くない場所なので、試験が済んだら一度見てみたいと思っていた。
「前に聞いた道、覚えてる?」
「うちのお父さんが話してたやつ?」
「うん。行くなら、もう少し暖かい時間にしたい。冬の午後遅いと、影ばっかりになりそうだから」
「私も行きたい。家の近くだし、昼ならちょっと歩けるね」
彼女は頷き、まだ開いていない予定を無理に今埋めようとはしなかった。俺も、試験が終わってから相談しようと言う。今は土曜の午前中で、このあと自分がやりたい勉強がある。
「お父さん、航平が興味持ってくれて嬉しかったみたいだよ」
「それ、聞けて嬉しい。俺、本当に面白かったから」
「うん。私も知らなかったって言ったら、まだあるよって」
「じゃあ、また聞きたいな」
莉緒が笑った。彼女の家へ行くことを、自分が試される行事にしていた頃より、今は次に聞きたい話がある。同じ家へ二度目に行く時には、最初と違う緊張になるのかもしれない。
俺の家にも来たいと言ってくれたことを話すと、莉緒は忘れていないと答えた。ただ、試験が済んでからでよいと思っていたらしい。
「今すぐじゃないからって、行きたくないわけじゃないからね」
「分かってる。俺も、家で聞いてるところ」
「私、弟くんの話ちょっと気になる。筆箱見て片付けたの、かわいい」
「本人に言ったら、たぶん否定する」
想像して俺が笑うと、莉緒も笑った。家族の話をしているだけなのに、会ったことのない彼女と弟が同じ席にいるところを、少しだけ思い浮かべられた。
そのあと、莉緒は昨日の帰りに見た冬の空の色を話した。俺は写真を撮ったのか尋ね、彼女が撮っていないと答えても残念がらなかった。見た時にきれいだと思い、今それを俺に話してくれている。その順番も、ちゃんと嬉しい。
カップの中身が少なくなり、温かいお茶が飲みやすい温度になっていた。俺たちは黙って一口ずつ飲み、外を通る人を眺めた。何か面白い話を途切れず続けなくても、一時間は一緒に過ごせた。
通知が鳴る少し前、莉緒が自分からそろそろ戻ろうかと言った。俺も頷き、飲み終えたカップを片付ける。広場へ戻る途中で、彼女は手袋を片方だけ外した。
「ここから、ちょっとだけ」
差し出された手を取ると、手袋の中にあった指は暖かかった。俺も握り返し、歩く速さを揃える。遠くへ行かなかった分、別れる場所はもうすぐだった。
「午後、頑張ってね。返事、すぐじゃなくていいから」
「ありがとう。終わったら、終わったって送る」
「うん。それ聞くの楽しみにしてる」
成績のよい報告だけを待っているわけではない声だった。予定どおり進まなくても、その時はそう伝えればいい。
十二時前に手を離し、俺たちはそれぞれ家へ向かった。帰りながら、会う時間を短くしたら薄くなると思っていたのは、自分の気持ちの方だったかもしれないと考えた。実際には、彼女の声や手の暖かさが、いつもと同じように残っていた。
家へ着いて昼を食べ、机へ戻った。先に置いてあった問題集を開くと、出かける前より何をするかはっきりしている。最初の範囲を終え、答え合わせまで進めたところで、一度休憩した。
スマホには莉緒から、帰宅したよという連絡だけが来ていた。俺も帰って始めたと返し、そのあとは手を止めずに続ける。
午後が終わる頃には、予定していた範囲の大部分を進められた。ただ、一問だけ納得できず、解説を読んでも同じところで止まった。印をつけて先生に聞くことにし、終わったとだけ送るのをやめた。
『予定のところは大体できた。一問は、月曜に聞く。今日、会えてよかった』
返事は少しあとだった。莉緒も自分の用事をしていたのだろう。
『お疲れさま。私も会えてよかった。分からないの残ったら、また聞けばいいよね』
俺は頷き、ありがとうと返した。会ったせいで勉強できなかったことにも、会わなかった方がよかったことにもならなかった。ただ、今日できたことと残ったことがある。
夜、家で二十四日の帰宅時刻をもう一度伝えた。十七時半までに家へ戻る予定なら、夕食はいつもどおりでよいと母が答える。莉緒の家でも同じように確認できたらしい。
二人でメッセージを送り合い、二十四日は学校のあと昇降口で合流し、駅前を歩いて温かい飲み物を飲むことにした。学校の予定が変わったら連絡し、遅くとも十七時には別れる。今度は一緒に、時刻を決められた。
そのあと俺は、年末の家の予定も確認し始めた。莉緒が俺の家へ来る話は、試験が済んで落ち着いてから、両親のいる日に短くお茶を飲めたらと考えている。今日すぐに候補日を増やすより、家族にも彼女にも一度聞いてからでよかった。
新しい筆箱を閉じると、明日の分のペンは全部揃っていた。予定をきれいに埋めることより、変わった時に話せる方が大事なのかもしれない。
寝る前に莉緒へおやすみと送り、俺は机の明かりを消した。今週末に一日分の外出はなかった。それでも、次に会いたいと思える時間は、ちゃんとあった。




