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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第48話 聞いてほしかったのは

 日曜日の夕方、莉緒から届いたのは、学校の案内の写真ではなく、駅のベンチに座っている母親の膝に、小さい紙袋が載っている写真だった。顔は入っていない。紙袋の横に彼女の鞄が置かれていて、二人とも帰り道でひと息ついているらしいと分かった。

『終わった。お母さんがお腹空いたって』

 俺は机に広げていた問題集の上でスマホを持ち直した。見学へ行くと聞いてから一週間、学校では何度か持っていく物の話をしたが、今日の中身はまだ何も知らない。

『お疲れさま。先に食べて』

『うん。航平、今日の夜ちょっと話せる?』

 夕食の時間を母に確かめてから、二十時半ならと返した。莉緒も家に戻ってから確かめると言い、そこで連絡はいったん途切れる。俺は解きかけの問題へ戻ったが、同じ行を二度読んだ。

 会える日を増やす代わりに、それぞれの用事を全部減らすわけにはいかない。今日は分かっていて別々に過ごした。それでも、何を見てきたか俺に話したいと思ってくれたことは、ただ嬉しかった。

 昼間は拓海と短く会っていた。駅前の本屋で彼が探していた本を見て、買う物が決まったあと、俺も参考書の棚に寄った。新しい一冊を増やすより、今使っているものを終わらせたいと思って何も買わずに戻ったら、拓海に「見ただけで満足した顔だな」と言われた。

 俺はその時のことを莉緒へ話そうと思い、問題の横とは別のメモに短く書いた。彼女の報告を聞く夜だからといって、こちらの一日を消しておく必要もない。


 約束の時間の少し前に、莉緒から準備できたと連絡が来た。俺も飲み物を机の端へ置き、今夜は三十分くらいならと先に伝える。彼女も明日の支度があると言って、それで話すことになった。

「もしもし。お疲れさま」

「ありがと。何かね、いっぱい見たのに、今すぐ全部しゃべろうとしたら分かんなくなった」

 電話の向こうで紙を動かす音がした。俺は急がなくていいと言い、メモを取るためのペンを持ちかけてから置いた。今日は彼女の説明を採点するわけではない。

「最初に話したいのからでいいよ」

「じゃあ、展示。前の学校と、結構違った」

 莉緒が話し始めたのは、作品そのものより、その横に置かれていた小さい紙のことだった。最初に考えた形と、作り直したあとが並んでいたのだという。

「私、完成した方だけ見て、きれいって思ってたんだけど。最初の写真見たら、持つところが全然違ったの」

「作り直した理由も書いてあった?」

「うん。使ってもらって、ここが持ちにくいって分かって変えたって。それ、聞きたかったやつだから、ちゃんと聞けた」

 少し弾んだ声に、俺も笑った。使う人の話を聞く機会と、作ったあとに直す授業。何度も文章を分けて考えていた質問が、今日、目の前の物とつながったのだ。

「何て言ってた?」

「その課題では、途中で使ってもらってから直す時間を取ったんだって。ただ、全部の授業で同じことするわけじゃないって言われた」

 莉緒は言葉を選びながら話した。学校全体が自分の希望にぴったりだと、一つの展示だけで決めたわけではないらしい。その言い方に、今日ちゃんと確かめてきた時間が感じられた。

「他の課題も見てみたくなった」

「そうなんだ」

「うん。お母さんは費用の説明聞いて、別の紙にも書いてた。私、案内にある数字だけ見てたけど、それ以外も考えるんだなって」

 話しながら彼女の声が少し落ち着いた。俺は勝手に難しい話へ結びつけず、聞いていた。

「その場で全部分かった?」

「全部じゃない。家でまた見ようって。私も一緒に聞いたんだけど、帰りにもう一回確認したところあった」

 彼女はそこで笑った。母親に丸投げしてきたわけではないし、かといって一度で大人と同じように全部整理できたわけでもない。俺も父と大学の紙を見た時、似たように止まったことを思い出した。

「二つ目、行ってよかった?」

「うん。行ってよかった。前の学校も好きなところあるから、すぐ決めるって感じじゃないけど」

「そっか。よかったな」

 そう返すと、莉緒はしばらく黙った。何かを探している音もせず、俺は自分の返事が軽すぎたかと考えた。

「航平」

「うん」

「私、今日こういうの見て、作ってみたいって思ったの。前より、ちゃんと」

 その言葉に、俺は背中を起こした。どの学校がよかったかを比べる前に、彼女は今、一番伝えたいことを言っている。

「作ってみたいんだな」

「うん。きれいにできるかとか、私に向いてるかとかは、まだ全然分かんないけど。やってるところ見て、いいなって思った」

「俺、そう思えた話を聞けて嬉しい」

 今度は考えてから返した。彼女の代わりに進路を決めたり、大丈夫だと言い切ったりはできない。でも、言ってくれた希望を、そのまま聞くことはできる。

 莉緒は小さく息を吐いてから、「うん」と答えた。

「何か、今のが言いたかった」

「俺、学校の比較ばっか聞きそうになった」

「それも話したい。でも、まずはこれ」

「分かった」

 声だけなので、彼女がどんな顔をしているかは分からなかった。けれど、その返事のあとに聞こえた笑い声は、会っている時の莉緒と同じだった。


 俺が拓海と本屋へ行った話をすると、莉緒は「参考書買わなかったの、分かる」と笑った。新しい一冊を見るとできそうな気がするが、家にある問題集もまだ途中だという。

「増やす前に、今のやつに頑張ってもらう」

「頑張るの、俺たちだけどな」

「それは言わない約束で」

 彼女が可笑しそうに言うので、俺も笑った。見学の報告だけで三十分を埋める必要はなかったし、残り時間を無理に埋める必要もない。時計を見ると二十五分ほどたっていた。

「そろそろ、明日の支度する?」

「うん。話、聞いてくれてありがと」

「こちらこそ。俺に話したいって言ってくれたの、嬉しかった」

「また言っていい?」

「言ってほしい」

 莉緒は「じゃあ、また明日」と答えた。電話を切ってから、俺は机の上のメモを見た。彼女の話を書き取っていない紙には、本屋、参考書、という二つの言葉だけが残っている。

 俺はその下へ、作ってみたい、と書き足すのをやめた。彼女が言った声の感じまで、短いメモで分かった気になりたくなかった。明日会ったら、もう一度、今日の話を聞ける。


 月曜の朝、教室へ着くと、拓海が机の上でノートを広げていた。昨日会った時には聞かなかったので、学校の見学の日はどうなったか尋ねる。

「来月、家の用事がない日で申し込んだ。昨日、帰ってから」

「そうなんだ。どこ見る予定?」

 拓海は案内の画面を見せ、説明を聞いてから見られる場所があると話した。俺は全部を読もうとせず、彼が指したところを見る。名前だけで中身を分かったことにするのは、拓海も俺もやめようとしているところだった。

「一人で行くの?」

「うん。駅までの行き方だけ、父親と見た。俺、途中の乗り換え勘違いしてた」

「俺も見学の時、案内見直した。早めに出て助かった」

「そこは真似する。走って着いたら、説明聞く前に疲れそうだし」

 二人で笑ったあと、拓海はノートを閉じた。申し込んだことを特別な決断として大げさに言うわけではなく、でも昨日より少し楽しみにしている顔だった。

 莉緒が来ると、先に拓海へおはようと挨拶してから俺の方を見た。昨日の電話の続きは、俺たちだけに分かる笑顔で十分だった。

「昨日、ちゃんと寝れた?」

「うん。莉緒は?」

「寝た。しゃべったら、頭の中が少し片付いた」

「俺、聞いてただけだけど」

「それがよかったの。途中で説明難しくなっても、待ってくれたし」

 彼女はそう言って、自分の鞄を机の横へ掛けた。俺は何かもっと役に立つことを言わなければと考えかけ、やめる。待っていたことがよかったのなら、今はそれを受け取っておきたかった。

 朝の短い時間が終わり、授業が始まった。黒板の文字を写していると、紙の端に一つ書き間違えた。消しゴムを使おうとして、いつもの場所から少しずれていることに気づく。筆箱を片付けた時に入れ方を変えたせいだった。

 中身を減らすだけで使いやすくなるわけではないらしい。休み時間に配置を直していると、拓海が振り返った。

「まだ買ってないのに、ずっと筆箱触ってるな」

「買う前の方が、今の使い方に気づく」

「俺、ペン減らしてから、逆に落としたかと思った」

「軽くなったから?」

「そう。あるはずの重さがない」

 試しに彼の筆箱を持たせてもらうと、前の重さを知らない俺には普通に思えた。本人が慣れていた感覚は、持っただけでは分からない。そう返すと、拓海は「俺だけ慌ててるやつか」と笑って受け取った。

 莉緒が授業のプリントを持って通りかかり、何の話か聞いてきた。俺が説明する前に拓海が自分で話すと、彼女は「予備の予備がなくなった重さ」と言った。

「それ、ちょっと寂しい言い方だな」

「でも、本当に困るなら一本戻してもいいじゃん。全部減らすのが正解ってわけじゃないし」

 莉緒がそう答え、拓海は一度筆箱を見た。

「そうか。一本だけ、帰ったら入れるかも」

 昨日の片付けを失敗にしないで変えられる、その軽さがよかった。俺も消しゴムの位置を直したばかりだとは言わず、筆箱のファスナーを閉めた。

 莉緒は俺の机の上を見て、少し笑った。

「色、もう考えた?」

「まだ。実物見たら違うかもしれないし」

「うん。私も見たい。画面だと紺と黒、よく分かんなくなる」

「俺も。家で見た写真、明るくしたら別の色みたいになった」

 高瀬さんが席から顔を上げ、照明でも変わるよねと話に加わった。誰かの贈り物を選ぶ話が、教室ではそれぞれの筆箱や写真の色の話になる。俺はその普通さが、少し照れくさくて好きだった。


 月曜の昼、莉緒は高瀬さんにも見学のことを話していた。俺が知っている話もあったが、同じ言葉で順番どおりに説明しているわけではない。高瀬さんが展示の色を聞き、彼女が手で大きさを示すと、電話では分からなかった形が少し見えた。

「それ、写真は?」

 拓海が尋ねると、莉緒は撮ってよい場所で撮ったものはあると答えた。スマホを出し、案内の表示を確かめてから見せる。

「この部分は見せていいって言われた。こっちは、私のメモだけ」

 学校での展示なので、全部を当たり前に人へ送ってよいとは考えていないらしい。俺たちは彼女の手元の画面を見て、持ち手の角度を比べた。

「これ、俺が持ったらどっちが楽なんだろ」

 拓海が言うと、莉緒は笑って首をかしげた。

「大野くんの手の大きさ、分かんないし。実物持ってみないと」

「だよな。写真だと何となく、こっちって言いそうになった」

「私も最初そうだった」

 莉緒は画面を閉じて、弁当の方へ手を戻した。進路の話のあとには、高瀬さんの妹が家で作ったおやつの話になり、拓海が材料を一つ聞き間違えて笑われた。昼休みは、誰か一人の報告会だけでは終わらなかった。

 食べ終わったあと、莉緒が俺にだけ聞こえる声で尋ねた。

「昨日、ちゃんと言えてた?」

「作ってみたいって話?」

「うん」

「言えてた。今も覚えてる」

 彼女は安心したように笑った。俺が褒めるのを待っているのではなく、伝えたいところが伝わったか確かめたかったのだと思う。

「私、結構いろいろしゃべったから」

「聞いてて面白かった。知らないこともあったし」

「じゃあ、また話す」

 彼女は弁当を片付け、席へ戻った。俺も鞄から次の授業の物を出した。進路を好きな人に報告するというのは、毎回励ます言葉を完成させて返すことではないのかもしれなかった。


 放課後は、少し遠回りをして帰った。特別な店へ行くのではなく、駅へ出る前に川沿いの道を少し歩く。莉緒の方から、今日は歩きながら話したいと言われていた。

 川の水面には建物の影が伸び、風が吹くと形がほどけた。俺たちは横に並んで歩き、広い場所で自然に手をつないだ。

「お母さん、私が質問したあと、帰りに『自分で聞けたね』って言ったの」

「うん」

「子どもみたいって思ったけど、ちょっと嬉しかった」

 莉緒はそう言って笑った。俺も父に見学の話をした時、聞かれたことに自分の言葉で答えられると嬉しかったと伝えた。

「俺、まだ分かってないところ多いけど。そこも、自分で言える方がいいんだなって」

「分かんないって言うと、全部やめた方がいいみたいに思われないかなって、少し心配になる」

「俺も。でも、分かってることにすると、後から聞けなくなる」

 彼女が頷き、つないだ手を軽く握り直した。俺たちは同じ学校を目指しているわけではない。これから必要な手続きも、勉強も、全部が同じにはならない。それでも、分からないところがあるまま話してよい相手ではいたかった。

 川沿いのベンチが空いていたので、少しだけ座った。莉緒は鞄から水筒を出し、俺も持ってきた水を飲む。買った飲み物がなくても、ここで休む時間は作れた。

「航平、今日は聞く方ばっかりになってない?」

 莉緒が気にしていたのは、昨日俺が尋ねたのと似たことだった。俺は笑い、今日はまだ学校の話くらいしかないと答える。

「それでも聞きたいんだけど」

「今日、拓海が授業のプリント逆さまにしまってて、探す時ずっと裏を見てた」

「何でそれ、昼に言ってくれなかったの」

「本人がいたから、俺が言うより本人が言うかなと思って」

 莉緒は笑ったあと、それは明日大野くんに聞こうと言った。俺も本人がどう説明するか聞いてみたくなった。

 笑い声が落ち着くと、彼女が少し肩を寄せた。俺は鞄を膝の反対側へ動かす。彼女の髪が上着の肩に触れ、顔を向けると近すぎるくらいだった。

「ねえ」

「うん」

「今日は、もうちょっと近くにいていい?」

「いいよ。俺も、そうしたい」

 俺が答えると、莉緒は肩の力を抜いた。手をつないだまま、二人で川の方を見る。話が途切れても、彼女の今日の元気が下がったとは思わなかった。隣で休んでいるだけの時間もある。

 やがて莉緒が俺の方を見た。目が合って、今度はどちらもすぐには逸らさなかった。

「キスしてもいい?」

 彼女の声は小さかったが、はっきり聞こえた。俺は頷いてから、言葉でも返した。

「うん。したい」

 周りの通路を人が来ていないのを見て、彼女が少しだけ顔を寄せた。俺も向きを変え、短く唇が触れる。前より上手くできたかは分からない。離れたあと、莉緒が照れた顔で笑ったので、俺まで笑ってしまった。

「私から言うの、緊張した」

「俺、聞かれるのも緊張した」

「じゃあ、二人ともだ」

 彼女は嬉しそうに俺の手を持ち上げ、自分の膝へ戻した。俺は好きだと伝え、莉緒も同じ言葉を返してくれた。川を眺めていた時より、ずっと顔が熱かった。


 帰る時間を確かめて立ち上がると、莉緒は上着の裾を軽く払った。駅へ向かう途中で、誕生日の休みの日のことを少し話した。まだ先だと思っていた十一月が、学校の掲示にも出るようになっていた。

「誕生日より前の土曜、午後空けられそうなんだけど。航平はどう?」

「家で確認する。俺も、その辺りならと思ってた」

「うん。筆箱、一緒に見て、ケーキ食べたい」

 莉緒は二つ並べたあと、何だか自分の楽しみみたいだと笑った。俺は一緒に選びたいと言ったのは自分でもあると返す。

「俺が欲しい物、俺が選ぶのに。莉緒も楽しみにしてるの、嬉しい」

「じゃあ、堂々と楽しみにする」

「してほしい」

 日付を決める前に、互いに家の予定と学校の用事を確かめることになった。帰って確認したら、今日の夜でなくても連絡する。そう話せば、返事を急ぐために帰宅後の用事を飛ばさなくて済む。

 駅前で手を離す前、莉緒が不意に俺の顔をのぞいた。

「今日、一緒に歩きたいって言ってよかった」

「俺も聞けてよかった。昨日の続き、顔見て話せたから」

「電話も好きだけど、こっちも好き」

 俺は頷いた。電話で伝わったことと、今日隣で初めて分かったことがある。どちらかだけにしなくてもよかった。

 家へ戻ると、俺は母に十一月の土曜の予定を聞いた。誕生日前の週末なら午後は大丈夫そうだが、家族の用事をもう一度確かめることになった。俺はそのまま莉緒へ、今のところ空いていると送った。

 返信を待つ間、借りた本を机へ出した。木のしおりの位置を開くと、まだ読みかけの文章が続いている。彼女の進路の話を聞いたあとだからといって、自分の迷いが急になくなるわけではない。それでも、分からないところを誰かに話すのは、前ほど怖くなかった。

 夕食のあと、母に日曜の見学の話を少しした。莉緒が自分で質問できたことを伝えると、母はよかったねと答えた。費用などの細かい話は俺から説明できることではないので、そこまで話題を広げなかった。俺も、彼女が何を見て嬉しかったかを聞かせてもらっただけだ。

 母は台所へ戻り、俺は机へ向かった。帰ってから話したい相手が一人増えると、誰かの話を勝手に全部持ち歩かないことも考えるようになった。

 夜、莉緒から候補の土曜は大丈夫だと届いた。俺の家の確認も済んだので、十一月十八日より前の土曜日、十四時にいつもの時計の下で会うことにした。具体的な月日は二人のカレンダーで確かめ、俺は待ち合わせの時刻と一緒に登録した。

 筆箱を見る店は駅の近くにあり、ケーキを食べる店はこれから二人で探す。終わりの時間も、次に話す時に決めることになった。予定が一つ増えた画面を見ながら、俺はおやすみと送った。

 莉緒からは、今日のありがとうと、短いおやすみが返ってきた。俺もありがとうと返してからスマホを伏せ、明日の教科書を鞄へ入れた。

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