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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第47話 会わない日の話もしたい

 日曜日の昼前、読み終えた本から木のしおりを抜いた。最後のページを閉じたあとも、すぐに机の端へ重ねる気になれず、気になった箇所をもう一度開く。大学の見学へ行く前とあとで、同じ文章の読み方が少し変わっていた。

 何でも理解できるようになったわけではない。むしろ、以前は読み飛ばしていた数字や、調べ方の説明で止まることが増えた。分からない言葉はそのまま写すだけにせず、どこが分からなかったかもメモに残した。

 窓の外は明るく、昨日の写真を撮った通りも、今日は違う人が歩いているのだろうと思った。莉緒は姉と出かけると言っていた。朝に「行ってくるね」と届いていたので、俺は楽しんできてと返している。それからは新しい通知を待たずに、本と課題へ戻った。

 一区切りついたところで居間へ下りると、弟が床に置いた雑誌の束をひもで縛っていた。昨日分けたままになっていたものだ。手を貸そうかと聞くと、束を押さえてほしいと言われた。

「上から押してればいい?」

「うん。そこで手を離さないで」

 言われたとおり押さえていると、弟がひもを回す方向を途中で間違えた。俺も分からないまま見ていたので、二人で一度ほどいてやり直した。

「昨日の箱より難しいな」

「俺は箱の方、見てない」

「そうだった」

 弟は笑いながら端を引っ張り、今度はきれいに結んだ。俺が手を離しても束は崩れず、二人で玄関の端へ運ぶ。

 途中、弟が昨日の棚の写真を見たいと言ったので、スマホを出した。指で一覧を送ろうとすると、すぐ隣に莉緒の写真がある。撮ることに同意をもらったのと、弟へ新しく見せていいかは別なので、棚の一枚だけを開いて渡した。

「今も同じじゃん」

 居間の棚と画面を見比べ、弟が言った。

「一日で変わったら困るだろ」

「じゃあ、来週」

「比較にそんな期待するな」

 スマホを受け取って、俺は笑った。昨日の写真を自分で開いて、莉緒が笑っている方を一度見る。彼女が今見ている物の話は、帰ってきてから聞けばよかった。


 夕方、課題を片付けてから、父に大学の比較の紙を見せた。机の上で一人で作っていた時より、誰かに説明しようとすると言葉が止まる。面白かった展示のことは話せるのに、それと自分が何を勉強するかをつなげるのが、まだ難しかった。

「授業のこと、もう少し調べたい。見学では全部聞けなかった」

 俺が言うと、父は紙を見たまま頷いた。

「今分かってるところと、これから聞くところは分けてあるんだな」

「先生に相談してから、そうした」

「通う方は? 朝の電車は時間が違うだろう」

 父が指した欄は、まだ空いていた。見学の日に乗った電車の時間だけでは、毎日通う時のことまで分からない。

「そこ、まだ。平日の時間で調べ直す」

「学校がある日に、全部乗って確かめるのは難しいけどな。まず調べられるところからでいいんじゃないか」

 父はすぐ結論を出させようとはしなかった。俺もその言葉に甘えて紙をしまうのではなく、帰ったら調べる欄へ印をつけた。

 母が夕食の支度をしながら、十一月の予定を尋ねてきた。家族の用事を確認しているらしく、カレンダーに幾つか書き込みがある。

「誕生日の日、家でご飯食べる? 外で食べるなら早めに教えてね」

 急に聞かれて、俺は紙から顔を上げた。莉緒と会いたいとは話したが、その日の何時に、どう過ごすかまではまだ決めていない。

「莉緒と会いたいと思ってる。でも、時間とか決まってないから、確認していい?」

「もちろん。決まったら言って」

「家でも、一緒に食べたい」

 言ってから少し気恥ずかしくなった。父は何もからかわず、カレンダーを母の方へ寄せた。

「じゃあ、二回だな。日が分かれてもいいし」

「ケーキ二回?」

 弟が横から聞き、母が「ご飯の話」と返す。俺も笑ったが、どちらかだけを選ぶ必要はないと分かって、少し安心した。

 莉緒に、家から誕生日の夕食の予定を聞かれたことを送った。今すぐ返事を求めず、都合のいい時に相談したいと添える。彼女はまだ外にいるかもしれなかった。

 スマホをしまい、皿を運ぶのを手伝った。母に大きい皿からと言われ、俺は重ねかけた手を止める。弟は箸を並べ、父は比較の紙を濡れない場所へ移してくれた。


 莉緒から返事が届いたのは、俺が食後の皿を片付け、自分の部屋へ戻ってからだった。

『ただいま。今日はお姉ちゃんと歩きすぎた! 誕生日のこと、明日一緒に考えていい?』

 いいよと返し、俺は今日見つけた店の話を待った。だが、次に届いたのは、何も買わずに帰ってきたという報告だった。

『お姉ちゃんの見たい物、実物見たら思ったのと違ったらしい。私も靴見たけど、今日は買わなかった』

『歩いた分、足は疲れたな』

『そう。でも楽しかった。お姉ちゃん、途中から全然別の物見てた』

 昨日の俺たちも、最初に気にしていた道以外へ随分寄った。そう返すと、莉緒は笑っているスタンプを送ってきた。

 メッセージが続くうちに、彼女が学校の見学の相談も姉にしたことが分かった。母と比較している二つ目の学校に、実際に行ってみたいという話だ。案内の日付だけでなく、家の予定も確認してから申し込むつもりらしい。

『航平も一緒に来る?って言いかけて、今日はお姉ちゃんと話したかったんだって思った』

 俺はその文章を二度読んだ。誘われなかったことへの寂しさより、彼女が自分でそう気づいて話してくれたことの方が嬉しかった。

『お姉さんと相談できたなら、よかった。行った話は聞きたい』

『うん。まだ申込みしてないけどね。航平にも、あとで聞いてほしい』

 俺も父に比較の紙を見せたことを伝えた。互いに別の相手と話したあと、全部同じ言葉で報告し直す必要はない。それでも、今どこで迷っているかを少しずつ知れるのは嬉しかった。

 夜遅くまでやり取りを続けず、莉緒が風呂へ行くと言ったところで区切った。俺はその間に平日の電車の時刻を調べ、比較の欄へ書き足す。乗り換えの待ち時間を入れ忘れて一度直し、見学の日の所要時間とは別に残した。

 机の上に置いた木のしおりを本の表紙に挟まず、筆箱の隣へ移した。返却する時に一緒に返してしまわないよう、先に抜いておきたかった。明日はその本を持って学校へ行く。


 月曜日の昼、誕生日の話を始めたのは莉緒の方だった。食べ終えた弁当を片付けてから、俺の机のそばへ来る。拓海は少し離れた席で別の友達と話し、高瀬さんは自分のノートを開いていた。

「昨日の話なんだけど。当日、放課後に少し会うのはどう? 航平、家でもご飯食べたいって言ってたから」

「うん。俺もそうできたらと思ってた。ただ、学校の予定、もう少し近くなってから確かめたい」

「そうだね。じゃあ、今は希望。休みの日にゆっくり会うのも、別で考えていい?」

「もちろん。俺、それもしたい」

 莉緒は嬉しそうに頷いた。誕生日に何かを全部詰めるのではなく、その日に言いたいことと、休みにしたいことを分けられる。それだけで、俺も考えやすくなった。

「ケーキ選ぶのは、ゆっくりできる日の方がいいかも」

「そうしよ。家で食べる分と、全部同じ日にしなくてもいいし」

「俺、二回食べる気になってるな」

「いいんじゃない? 誕生日だし。私も一緒に食べるから」

 彼女が笑ったので、俺も笑った。高い物や大きい物を用意する話にはならなかった。本人が食べたいものを、一緒に選ぶ。その希望を残しておけば、場所は後からでも決められそうだった。

「あと、プレゼントのこと聞いていい?」

 莉緒は少し声を落とした。俺の反応を確かめるように見てから続ける。

「何か欲しい物ある? すぐ思いつかなくてもいいけど。私、ちゃんと聞きたい」

 俺は鞄の中の弁当袋を一瞬思い浮かべた。もうもらったから何もいらない、と反射的に言うのは簡単だったが、彼女は誕生日にも自分で選んで何かを渡したいのだろう。

「ありがとう。考えてみる。自分で使うもので、今ほしいのがあるか」

「うん。何でもいいは、ちょっと困るから」

「俺も言われたら困る」

 そう返すと、莉緒は笑って頷いた。予算を相談しようという話は、前にもしている。急に値段のする物を欲しがる必要はないし、相手の楽しみまで断る必要もなかった。

「色とか、俺が選んでもいい?」

「もちろん。航平に使ってほしいんだから」

 その言葉で、巾着の布を一緒に選んだ時のことを思い出した。俺が好きな色を言ったことで、彼女の贈り物は彼女のものではなくなった、などということはない。二人で相談したところも含めて嬉しかった。

「じゃあ、考えたら話す」

「待ってる」

 約束したところで、予鈴が鳴った。莉緒は席へ戻り、俺は午後の教科書を出す。何を欲しいと言えば喜ばせられるかではなく、自分が何を欲しいのかを考えるのは、思っていたより時間がかかりそうだった。


 放課後、図書室で本を返した。借りた日からずっと鞄に入っていた物がなくなると、少し軽くなる。受付で返却が済んだことを確かめてから、前に気になった棚へ向かった。

 借りたい本は同じ場所にあった。目次を見直し、最初の数ページを読んでから受付へ持っていく。今度は借りたあとに読む時間も考え、家で少しずつ進めるつもりだった。

 手続きを終えて外へ出ると、莉緒から先に帰るという連絡が来ていた。家で母と見学の日を確かめたいらしい。俺は了解と送り、借りた本の表紙を、撮影してよい場所か迷ったので撮らずに鞄へ戻した。題材だけを短く伝えればよかった。

 駅まで一人で歩き、途中の店の窓に、自分の姿が映る。服の写真を撮ってもらった土曜には、手をどこへ置くかで困ったことを思い出した。今日も鞄の持ち手を妙に握っていたので、少し力を抜く。

 寄り道せず家へ戻り、新しく借りた本を机に置いた。木のしおりを最初のページへ挟んでから、今日の課題を先に出す。読みたい方へ全部時間を使ってしまうと、あとで自分が困るのは分かっていた。

 勉強の途中、ペンのインクがかすれた。予備の芯へ替えようとして筆箱を開くと、消しゴムの粉と短い付箋が底にたまっている。俺は紙の上へ中身を全部出し、要る物だけを分けた。

 筆箱自体も、端の内側が少し擦れていた。まだ使える。だから買い替えなければいけないわけではない。ただ、毎日持ち歩く物を好きな色や形で選ぶことは、思いつきとして悪くない気がした。

 俺はスマホへ「筆箱」とだけ書き、すぐには送らなかった。少し考えてから、今使っている物の大きさを見て、何を入れたいかを確かめる。欲しいのは立派に見える物ではなく、鞄の中で場所を取りすぎず、よく使うペンが取り出しやすいものだった。

 その時、莉緒からメッセージが届いた。

『見学、今度の日曜の午後で申し込めた。お母さんと行くことにしたよ』

 俺はすぐに、よかったなと返した。まだ詳しいことは聞いていなかったので、無理に受付時刻まで尋ねず、どんなことを見たいかを聞く。彼女は、授業と作品の展示を見て、まとめた質問をしてみたいと答えた。

『お母さん、費用のことも聞きたいって。私、そっちも一緒に聞く』

『うん。あとで分かったこと、聞かせて』

『もちろん。航平に話すのも楽しみ』

 俺は返事を打ってから、机の上の筆箱を見た。彼女が話してくれた今なら、自分の希望も話せる気がする。タイミングを全部整える必要はなかった。

『誕生日のプレゼント、筆箱が気になってる。今のと違う形も、一緒に見てみたい』

 送ってから、値段もまだ見ていないことに気づき、続けて、予算は相談したいと書いた。彼女の返事は早かった。

『いいね! 一緒に見たい。色も航平に選んでほしい』

 候補を伝えただけなのに、肩の辺りが軽くなった。俺が欲しい物を言って、莉緒も嬉しそうにしている。どちらかが我慢をしなくても、そうなることがある。

 すぐに通販の画面を何枚も送り合うのではなく、まずは店で実物を見てからにしようという話になった。誕生日に近い休みの日で、二人の予定が合うところを探す。今日のうちに日付は決めなかった。


 月曜の夜、風呂から上がると、弟が居間の机で宿題をしていた。俺が通りかかると顔を上げ、昨日の本は読み終わったのかと尋ねる。

「読み終わって、返した。今日は別の借りた」

「早くない?」

「前のは、ずっと読んでたやつだから」

 弟は納得したように頷き、ノートへ目を戻した。俺も部屋へ行こうとして、机の端に置かれた定規が床へ落ちかけているのに気づく。奥へ寄せると、弟が礼を言った。

「兄ちゃん、学校で本読む時間あるの?」

「毎日じゃないけど。昼休みとか、放課後とか」

「俺、家だと先にゲーム始めちゃう」

「俺もスマホ見てると、そうなる。だから、先に少し読む日もある」

 言いながら、昨日も今日も先にやる物を選び直したことを思い出した。自分が毎日きちんとできているような説明にはしたくなかったので、続けて、失敗する日もあると付け足す。

 弟は「だよね」とあっさり言い、消しゴムを手に取った。兄の助言に感心して勉強を始めた、ということにはならない。そもそも、彼は俺が来る前から自分で宿題をしていた。

「何の本?」

 もう一度聞かれ、街の道や、人の使い方の話だと説明した。弟は俺の散歩の趣味なら知っているので、少し考えてから顔を上げる。

「信号が多くて面倒とかも?」

「そういうことを考える時もあると思う。今借りた本は、まだそこまで読んでない」

「俺、近いのに信号二個ある道より、遠いけど止まらない方行く」

 俺は足を止めた。自分も似たことはするが、弟の道の選び方を具体的に聞いたことはなかった。

「それ、歩いてる時?」

「うん。急いでる時は近い方。止まったら諦める」

「結局、時々違うのか」

「そう。ずっと待つの嫌だから」

 弟はそう言ってノートへ戻った。俺は面白いなと思ったことを伝え、勉強の邪魔にならないうちに部屋を出た。部屋へ戻ってメモを取る時は、弟の言った話として短く残す。誰にでも同じ理由があることにはしない。

 自分が知っている相手にも、聞いたことのない選び方がある。莉緒の見ていた封筒の形も、父が気にした朝の電車も、弟が避ける信号も、それぞれの生活の中では自然なことなのだろう。

 俺は新しく借りた本を数ページだけ読んでから、しおりを挟んだ。今夜中に全部分かろうとすると、またメモから大事な条件を落としそうだった。

 寝る前に莉緒へ、弟から道の選び方を聞いた話を送った。彼女は、自分は店の窓を見たいから遠回りすることもあると返してきた。

『航平も、そういうのあるでしょ』

『ある。写真撮りたい道を選ぶ』

『じゃあ、土曜は二人とも寄り道する人だった』

 俺は笑って、そうだったなと返した。どちらか一人を待たせ続けていたように考えるより、実際に二人で見て回った時間を思い出す方が、昨日の話にもよく合っていた。

 おやすみと送ってからスマホを置き、明日の鞄を確かめる。借りた本は入っている。筆箱も、まだ使っている今の物を入れた。


 火曜日の朝、莉緒は俺の机に置いた筆箱を見て、「今のも使いやすそう」と言った。俺はファスナーを閉じながら頷く。

「使いやすい。だから、何が違うと嬉しいか考えてる」

「そっか。じゃあ、今のが嫌になったわけじゃないんだね」

「うん。新しいの欲しいって言ったら、急に今のが駄目になるわけじゃないし」

 莉緒は少し考える顔をして、それから笑った。

「私も、そういうのある。好きな服あるけど、別の色も着てみたいとか」

「昨日、それ考えてた。欲しい物って、壊れてからじゃないと言えないのかなって」

「壊れたから困るのと、選ぶのが楽しみなの、別だもんね」

 彼女が俺の言いたかったことを先に言葉にしてくれて、俺は頷いた。だからといって、何でも買えばいいという話でもない。使う物と予算を考えるところは、そのまま残っている。

 拓海が前の席へ来て、二人の会話を聞きながら鞄を下ろした。

「筆箱買うの?」

「候補。誕生日に」

「そういや、来月だっけ。お前、何日だった?」

「十八日」

 拓海は覚え直すように小さく繰り返した。それから俺の筆箱を見て、妙に真剣な顔をする。

「俺の、もう少し軽くできる気がしてきた」

「何入ってるんだ」

 出してみると、同じ色のペンが何本も入っていた。全部使っているのかと聞いた俺に、拓海は一本ずつ試し書きをし始める。

「こっちは薄い。これは……出る。これは出ない」

「出ないのは、分けようよ」

 莉緒が笑い、拓海も頷いた。俺たちの筆箱の話が、結局前の席の片付けになっている。俺は紙を一枚差し出し、彼が書いた線の端を見た。

「お前の紙、何か印刷のテストみたいになった」

「提出しないから大丈夫」

 高瀬さんが来る頃には、机の上にペンが三本並び、拓海は「予備の予備はいらないな」と結論を出していた。彼女は事情を聞いてから、自分の筆箱を見下ろし、「私も帰ったら見る」と言った。

 教室のあちこちから朝の声が聞こえる。莉緒はそろそろ自分の席へ戻ろうとして、俺の方へ少しかがんだ。

「ちゃんと希望言ってくれて、ありがと」

 昨日のメッセージでも伝わっていたことなのに、本人の声で聞くとまた違った。俺はペンをしまう手を止めて、彼女を見た。

「聞いてくれたから。考えたくなった」

「じゃあ、また聞く」

「俺も、二月の前に聞く」

「うん。その時、私も考える」

 莉緒は笑って席へ戻った。俺は新しい物を買う前の、まだ何も決まっていない筆箱を閉める。中に入れるペンの数は、自分で少しだけ減らせていた。

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