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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第46話 寄りたい場所は、二人分

 土曜日の午前中、俺は居間の棚から出した箱を前に、父と二人で首をかしげていた。中には説明書と、何かの部品らしい小さい袋が幾つも入っている。肝心の本体が何だったのか、誰もすぐに答えられなかった。

「これ、今のテレビじゃないよな」

 俺が聞くと、父は袋を裏返して印刷を探した。

「前のかもしれない。でも、こっちは今使ってるやつだな」

「じゃあ、箱ごと捨てなくてよかった」

「分からない物は、まとめて捨てない方がいいな」

 予定していた片付けは、思った以上に確認する時間がかかった。それでも、要る物の置き場所が決まると棚の中はすっきりしてきた。弟は自分の古い雑誌を選り分け、母は空いた段を拭いていた。

 昼前には終わり、俺は自分の部屋へ戻った。莉緒と会うのは十三時半だ。シャツの上に薄い上着を羽織り、水筒を鞄に入れる。昨日確認した予報では雨の心配は少なく、今朝の空にも暗い雲はなかった。

 木曜と金曜は、それぞれの用事があって長くは話さなかった。金曜の夜に天気と待ち合わせを確認し、催しが変更されていないことも見た。今日は駅の向こうの通りを歩く。途中にある小さな売り場へ寄るほかは、細かい順路を決めていなかった。

 昼を家で食べていると、弟が俺の鞄を見た。

「今日も写真撮るの?」

「気になる物があったらな」

「片付いた棚も撮っておけば。来週どうなったか比べられる」

「お前が散らかす予告?」

「比較ってそういうもんでしょ」

 隣で母が笑い、父はさっき分けた説明書の束を持って席を立った。俺は出かける前に棚を一枚撮ってみた。あとで見返して面白いかは分からないが、弟の言い方が可笑しかったので残しておきたかった。


 駅前の時計の下には、莉緒が先に来ていた。淡い色のニットに深い緑のスカートを合わせ、髪は肩の辺りで揺れている。こちらを見つけると、鞄の持ち手から片手を離して振った。

「お待たせ」

「全然。片付け、終わった?」

「終わった。何に使うか分からない部品が、一個ずつ分かっていった」

「それ、ちょっと楽しそう」

「途中から謎解きみたいだった」

 スマホの棚の写真を見せると、莉緒は真剣に画面をのぞき、「空いてる」と言った。物がない部分への感想なので、俺は思わず笑った。

「今はな。来週、弟が比較するらしい」

「じゃあ、この写真大事だ。最初の状態」

「莉緒の服も、写真撮りたい。緑、いいなと思って」

 棚の話から急に移ったので、彼女は一度瞬きをした。それから、自分のスカートを少し見下ろす。

「ありがと。これ、今日着たかったんだ」

「通りでよさそうな場所あったら、撮っていい?」

「うん。私も航平撮りたい。今日はちゃんと、カメラ見てね」

「ちゃんとの基準が難しい」

「目を閉じてないところから始めよう」

 二人で笑って駅前を離れた。肩を並べると、莉緒のニットの袖が俺の手の甲に一度触れた。人の流れが落ち着いたところで手をつなぎ、横断歩道の方へ向かう。

 風は冷たすぎず、歩いていると上着の前を開けたくなるくらいだった。莉緒は道沿いの店の窓を見ながら、時々足を緩めた。どれも入りたいわけではなく、飾ってある物を眺めたい時の歩き方だ。

「前と、ちょっと飾り変わってる」

 彼女が指した窓には、茶色い紙に包まれた小箱が並んでいた。俺はその奥の時計に目をやってから、紙の折り目を見た。

「これ、全部同じ大きさじゃないんだ」

「うん。並べるとそう見えるけど」

 莉緒がしゃがみこまずに角度を変え、俺も隣からのぞいた。窓に反射した二人が近くに映り、彼女がそれに気づいて笑う。俺がスマホを出しかけると、莉緒は「反射、撮る?」と聞いた。

「撮ろうと思ったけど、店の中まで写りそうだからやめとく」

「じゃあ、あとで。今日は覚えてる方の写真だね」

 変な言い方だと思いながら、何となく分かった。何でも保存しなくても、二人で見たことは話せる。


 旗のかかっていた細い道は、明るいうちに見ると奥まで見渡せた。入口の立て看板に今日の出店が書いてあり、俺たちは通行の邪魔にならない端へ寄って読んだ。

 小さいカード、布の小物、木の道具。それぞれの売り場が間を空けて並び、奥には人がすれ違える通路が続いていた。旗はずっと先の別の角にも見える。

「思ってたより、長い」

「俺、行き止まりかと思ってた」

 莉緒は地図を見ていた俺の顔を見て、少し笑った。

「航平も分かんないことあるんだね」

「地図で道があっても、通れるかは別だし。今日は入口から見て確かめたかった」

「じゃ、行ってみよ」

 通路が狭くなるので手を離し、俺が半歩後ろへ回った。すぐに追い越したりせず、二人で見られる場所ではまた並ぶ。

 最初に莉緒が足を止めたのは紙の売り場だった。カードと封筒が低い台に並び、形や色ごとに小さな札が置かれている。彼女は手に取ってよいと書かれた見本を一つ持ち上げた。

「これ、ふたが丸いんだ」

 俺ものぞくと、確かに折り返す部分が半円になっていた。中へ入れる紙の見本は角が丸くない。莉緒は裏返してから、店の人へ顔を上げた。

「この形って、中に入れる物に合わせてるんですか?」

 店の女性は見本を指し、こちらは見た目の好みで変えていると説明した。一方で、厚い物を入れたい時は折る場所や余裕も変えるらしい。全部が一つの理由で決まっているわけではなかった。

「これ、かわいいからだけでもいいんですね」

「そうですね。手に取って好きだなと思ってもらえたら」

 莉緒は笑って礼を言い、もう一度表を見た。俺は隣にある小さいカードの色を比べていた。白でも少し黄色いものと、青みを感じるものがある。

「航平、どっち見てる?」

「こっち。白って書いてあっても違うなと思って」

「写真にすると、また違って見えそう」

「そうだな。明るいところだと、区別つかなくなるかも」

 店の人に見本を戻してから、莉緒は売っている封筒の値札を確かめた。一組だけ買うつもりらしく、丸いふたのものと普通の形を並べて迷っている。

「急がなくていいよ」

 俺が言うと、彼女は顔を上げて「うん」と答えたが、すぐにもう一つ聞いた。

「航平、奥も見たいんだよね。私、まだ迷ってるから、先見てきても大丈夫だよ」

 離れたくて言っている声ではない。俺が待つ方だけになっているのを気にしているのだろう。ただ、俺もここで紙を眺めるのは面白かった。

「今は、俺もここ見たい。あとで奥へ行く時、付き合って」

「分かった。じゃあ、もうちょっと見せて」

 そう言って、莉緒は見本を手に取り直した。俺は台の端にある、小さい文字が印刷された札を読んだ。知らない紙の名前ばかりだったが、触った見本の違いなら少し分かる。

 莉緒は結局、丸いふたの封筒を二枚組で買った。三百円を自分の財布から出し、小さな紙袋を受け取る。何を入れるかはまだ決めていないが、使いたくなる形だったから選んだのだと言う。

「使う時に困ったら、今日聞いたこと思い出す」

「厚い物なら、余裕がいる方?」

「そう。かわいいだけで無理に詰めない」

 彼女は袋を鞄へしまい、次は俺の方を見た。

「じゃ、奥へ行こ。道の方」

 覚えてくれていることが嬉しくて、俺は「うん」と返した。


 通路の先には木の小物の売り場があり、その向こうで道が緩く曲がっていた。買うつもりはなかったが、並んだ匙の持ち手が気になり、俺は足を止めた。莉緒も隣から見比べる。

「同じスプーンなのに、結構違うな」

「握ると分かるのかな。見本あるよ」

 手に取ってよいものを確かめ、二人でそれぞれ一本ずつ持った。俺が持った方は平たい柄で、莉緒のは少し厚い。

「こっち、しっかりしてる」

「俺のは軽い。でも、家で何食べるか考えると迷うな」

「今の家のスプーン、思い出してる?」

「うん。俺、買うところまであまり考えたことなかった」

 店の人は接客中だったので、邪魔にならないよう見本を戻した。二人とも買わなかったが、見ていた時間を無駄にした気分にはならなかった。

 曲がった先で、急に道幅が広くなった。細い通路が、別の商店の裏側へつながっている。少し先には普段通らない道があり、店の表と裏で建物の印象がずいぶん違った。

「ほんとに出られた」

 俺が言うと、莉緒は小さく拍手する真似をした。

「おめでとうございます」

「何の成果だよ」

「行き止まりじゃなかった記念」

 可笑しくなって笑いながら、俺は歩道の端に寄った。ここで写真を撮りたいと伝えると、莉緒も隣で止まった。

 人の顔が大きく入らない向きを探し、曲がり角と、その先に見える細い空を撮る。明るさを変えたら、建物の影が真っ黒になったので、一枚戻って見直した。

「暗かった?」

「空に合わせすぎた。もう一回」

 莉緒は急かさず、俺の画面を見ていた。撮り直してから見せると、彼女は空より先に建物の壁を指した。

「ここの色、好き。こっちは明るいのに、横がちょっと青い」

「影だな。目で見るより、写真だと分かりやすい」

「そういうの、教えてもらうと見たくなる」

 俺は画面を拡大し、指した場所をもう一度見た。自分が撮ったのに、彼女が見つけるまで気づかなかった色だった。

「俺も、さっきの封筒は自分だけなら通り過ぎてたと思う」

「丸いふた?」

「うん。何が違うか、ちゃんと見てなかった」

 莉緒が嬉しそうに笑い、鞄の中の紙袋に手を添えた。

 どちらかの好きな物に付き合うという言い方だけでは、今日の歩き方は少し足りない。同じ場所へ来て、相手の目を借りるみたいに別のところも見ていた。


 公園へ向かう前に、莉緒が通路の入口を振り返った。

「ねえ、帰りもこっち通る?」

「駅へは、こっちの道を回った方が近そう。戻りたい店ある?」

「ううん。何となく、同じところ戻るつもりだったから。違う道でもいいよ」

 俺はスマホの地図を見せ、今いる場所から駅までを指でなぞった。最初に見ていた時は細い線だった道が、今は歩いてきた角として分かる。莉緒は画面の端を見ながら、「ここがさっきの入口?」と確かめた。

「そう。この辺りで曲がった」

「近いのに、結構歩いた気がする」

「止まって見てた時間もあるからな」

 地図を閉じようとすると、莉緒が「もう一回」と言った。俺はそのまま画面を向ける。彼女は駅と通りの位置を見比べ、家族と出かけた時に通ったことのある大きな道を見つけた。

「そこなら分かる。私、反対側からしか見てなかったんだ」

「知ってる場所の裏だった?」

「うん。知らないところだと思ってた」

 俺たちは少し遠くを見るように、同じ建物の角を眺めた。表から知っていた彼女と、地図で入口を探した俺では、ここまでの道の覚え方が違う。それでも今いる場所は同じだった。

 少し先の壁際で、年配の男性が手提げから出した紙を広げていた。こちらを見てから駅への方向を尋ねてきたので、俺は今見たばかりの地図を開き直した。

「俺たちもそっちへ戻るんですけど、この道から大きい通りに出られるみたいです。まだ歩いてないので、角の先は確かめてないです」

 分からないところまで知っているふりはしなかった。莉緒が横から、自分は大きい道の方を通ったことがあると付け加える。男性は地図を見て礼を言い、ゆっくり先へ歩き始めた。

 俺たちも大きな通りの標識が見える場所まで進んで、方向を確かめた。男性がそちらへ曲がるのを見てから、手前の公園へ向かった。

「地元なのに、案内すると緊張する」

 俺が言うと、莉緒は頷いた。

「分かる。知ってる道でも、右って言おうとして自分の手見る時ある」

「それは俺もある」

「さっき、ちゃんと右って言えてた」

「よかった。今日の成果が一個増えた」

「行き止まりじゃないのと、右」

「まとめると、急に頼りなくなるな」

 彼女が笑いながら俺の腕に軽く触れた。道に詳しい人になりたいわけではなかったが、誰かに聞かれて分かるところを伝えられたのは嬉しかった。

 公園の入口に着くと、莉緒はスマホを鞄へしまう前に、今日買った紙の売り場の案内をもう一度見た。俺が送ったものを残していたらしい。

「お姉ちゃんに、こういうの見たって話したいな」

「買ったやつも見せる?」

「うん。使う時に相談するかも。でも、選んだのは私って言う」

 彼女は袋をつぶさないよう鞄の上側へ直した。俺はそれを待ってから、入口の方を指した。

 通りを抜けた先に、小さい公園があった。入り口の案内を見て、一般の人が入れる場所だと確かめてから中へ入る。遊具のある方には親子がいて、手前のベンチが二つ空いていた。

「ちょっと座る?」

 莉緒が先に言ったので、俺は頷いた。歩き始めてから思っていたより時間がたっている。鞄から水筒を出し、一口飲んでいると、彼女も自分の水を飲んだ。

「足、疲れてない?」

「大丈夫。でも座りたかった」

「俺も」

「先に言えてよかった」

 莉緒は足元を一度見てから、ベンチの背にもたれすぎない位置へ座り直した。俺も鞄を膝に置き、買い物袋が潰れないよう彼女との間を少し空ける。

「今日、封筒買うの、待っててくれてありがと」

「俺も見てたし。待っただけじゃない」

「うん。そうなんだけど、航平の行きたい方、後回しにしちゃったかなって、ちょっと思った」

 彼女の声は明るかったが、気にしていないふりではなかった。俺は水筒のふたを閉め、返事をする前に自分の気持ちを確かめた。

「後回しにはなったけど、困らなかった。今日は時間あるし、俺も見たかったから。ただ、急いでる時は言う」

「そっか」

「莉緒も、俺が写真撮ってて長かったら言って。あと何分、とか決めてもいいし」

「うん。今日は、長いとは思わなかった。壁の色見てた」

 俺が気にしていたより、彼女は自分の見たい物をちゃんと見ていた。二人とも同じことを遠慮していたのが少し可笑しくて、莉緒と目を合わせて笑う。

「でも、先に奥行ってもいいって言ったのは、本当に大丈夫だったからね」

「分かった。次、そうしたい時はそう言う」

「うん。一緒に来たら、一秒も離れちゃ駄目ってことじゃないし」

 そう言った彼女が、すぐに俺の袖を軽く引いた。

「今は隣にいてほしいけど」

「いるよ」

「よし」

 俺は膝の鞄を反対側へ動かし、莉緒の手に触れた。彼女が指を絡め直すと、さっきまで紙の形を比べていた指先が、俺の手の中へ収まる。

 前の土曜を思い出さなかったと言えば嘘になる。ただ、今日はそうしたい気持ちよりも、隣でのんびり話していたい方が大きかった。莉緒も肩を少し寄せ、そのまま木の上の鳥を見ていた。

「何の鳥かな」

「俺、分かんない」

「そっか。じゃあ、今日の鳥」

「随分広い名前だな」

 笑っている間に、鳥は反対側の木へ飛んだ。俺は撮ろうともしなかった。追いかければ見失いそうだったし、彼女の手を離したくもなかった。

 少し休んでから時間を確認し、俺たちは駅へ戻ることにした。まだ明るく、帰り道の途中なら写真を撮れる場所もありそうだった。


 公園を出たところの歩道には、通りから外れた壁が続いていた。人の通行を避けられる場所で、莉緒が「ここ、どう?」と聞いた。背景の色が落ち着いていて、さっき着てきた服を撮りたいと言ったことを、彼女も覚えていた。

「いいと思う。立ってみて」

 莉緒が鞄を持ち直し、壁から少し離れて立つ。俺は歩道の流れを見ながら位置を変えた。一枚撮って見せると、彼女は眉を上げた。

「私、何かを待ち構えてる顔してる」

「撮るぞって言いすぎたかも」

「もうちょっと普通でいい?」

「普通の莉緒を撮りたい」

 言ったあとで、少し照れた。彼女は俺の顔を見て笑い、その笑顔を一枚だけ撮った。今度は本人も画面を見て頷く。

「こっち好き。送って」

「うん」

 次は俺の番になった。莉緒が自分のスマホを構えると、俺はどこへ手を置けばいいか分からなくなる。彼女に「そのままでもいいよ」と言われても、そのままがもう分からなかった。

「航平、棚の前で謎解きしてた時の顔して」

「それ、本人は見てないだろ」

「想像で」

 無理な注文に笑ったところで、シャッターの音がした。見せてもらうと、目はちゃんと開いているが、笑い始めの変な顔だった。

「こっちの方が、航平っぽい」

「俺、普段こんな顔してる?」

「私が変なこと言った時、よくする」

 そう言われると、消したいとは思わなくなった。撮った写真を互いに送り、その場で二人とも保存した。公開する話にはならない。今は自分たちのスマホで見られれば十分だった。

 駅へ戻る道では、買った封筒をどこへしまうかの話をした。莉緒は机の引き出しの中身を思い出し、俺は朝片付けた棚の写真をもう一度見た。

「買う前に、置くところ考えるのも大事だね」

「俺、それを今朝大量にやった」

「じゃあ、先生だ」

「家で何の部品か分からなくなってた人を、先生にするなよ」

 莉緒は笑い、俺の手をつなぎ直した。ゆっくり歩いても、暗くなる前に帰れる時間だった。

 別れる前、彼女は鞄の中の小さい袋を一度確かめてから言った。封筒の角が折れていないのを見届けると、安心したようにファスナーを閉める。その手つきにつられて、俺も自分の鞄の口を確かめた。

「今日、寄りたいところ言えてよかった。航平も、また言ってね」

「うん。今日の奥の道も、行けてよかった」

「行き止まりじゃなかったしね」

「そこはずっと言うんだな」

 最後まで笑って、俺たちはいつもの場所で手を離した。今日の写真には、細い道と壁の色と、二人の別々の顔が残った。どれから見返そうかと考えながら、俺は帰りの道を歩いた。

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