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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第41話 別々の場所から、話したい

 日曜の朝、鞄へ弁当袋を入れかけてから、俺は手を止めた。今日は学校へ行く日ではないし、弁当も作っていない。昨日、鞄のそばへ置いておいた紺の巾着を机へ戻すと、今度は忘れそうな気がして、月曜に持っていく教科書の上へ置き直した。

 見学用の案内と質問の紙、水筒を確かめる。父が玄関のところへ来て、受付は十時だったねと聞いた。俺はうなずき、帰りは昼を過ぎるともう一度伝える。

「何かあったら連絡して」

「うん。行ってくる」

 靴を履いて外へ出ると、まだ駅へ向かう人は多くなかった。一人で知らないところへ出かけるのは好きなのに、今日は少し緊張していた。写真を撮りに行くのと、自分の進路を考えるために大学へ行くのでは、同じ電車でも乗る前の気分が違う。

 駅で乗り換えの画面を確かめ、ホームへ上がった。莉緒へ今から行くと送ると、返事はすぐには来ない。午前は家の用事があると言っていたから、スマホをしまって乗る位置を見た。

 電車が来て席へ座ると、窓の向こうの建物が少しずつ流れ始める。前に父と見学へ行ったときは、隣で同じ案内を見ていた。今日は見たい順番を途中で変えても、自分で決めなければいけない。

 俺は鞄から紙を出し、書いてきた質問を読んだ。地域を調べる課題はどのくらいあるか。調べたことをまとめるとき、どんな勉強が必要になるか。二つとも、前の大学と同じ答えが返ってくるとは限らない。

 乗り換えの駅で降りると、反対側の案内を見て一度立ち止まった。目的のホームは、階段を上った先だと思っていたが、表示には下へ向かう矢印がある。慌てて人についていかず、行き先の文字を確かめて歩き直す。

 後ろから来た人の邪魔にならないところへ寄り、スマホの画面を見た。一本逃しても間に合う時間に出たはずだが、間違えたらまず確かめる方がいい。俺は次のホームへ着いてから、ようやく息をついた。

 莉緒から、気をつけてね、と返事が来ていた。その下に、自分は今から手伝い、とある。俺は着いたら連絡すると返し、紙を鞄へ戻した。別の場所で自分の用事をしている彼女を思い浮かべると、今日一人で来たことが、急に寂しいことではなくなった。


 最後の駅から大学までは、案内に載っていた道を歩いた。曲がるところの建物は写真と同じだったが、横に工事の囲いがあり、思っていたより道が狭い。人とすれ違うときは端へ寄り、門までの時間を確かめた。

 受付では予約の画面と名前を伝え、案内を受け取った。俺と同じくらいの生徒も、保護者と一緒に来ている人もいる。どちらでも構わないと分かっていたのに、一人だと周りの組み合わせが目に入った。

 説明の部屋へ向かう途中、案内の生徒が、展示を見るなら後でこっちの階へ、と教えてくれた。俺は紙へ印をつけ、ありがとうございますと答える。全部の場所を覚えようとするより、見たいところへ一つずつ行けばよかった。

 十時の説明では、同じ分野を紹介していても、夏に聞いた大学とは話の順番が違った。先に学生の作った物が示され、その後で、それを作るためにどんな授業があるかを聞く。俺は写真のある画面だけでなく、文字や数の並んだページも見た。

 気になったところへ丸をつけると、紙の端がすぐに狭くなる。全部書けないと思ったとき、聞き逃した言葉を追っている間に次へ進んでしまった。俺はペンを一度止め、今映っている画面へ顔を戻した。

 分からないまま残すところがあっても、来た意味がなくなるわけではない。後で質問できる時間があると最初に聞いていたので、そのために、何が分からなかったかだけ短く書いた。

 説明が終わると、人が動き始めた。俺も立ち上がり、展示へ行く前に水を飲む。父がいないので、今の話はどうだったとすぐに言う相手はいない。その分、誰かの感想へ寄せる前に、自分が何を面白いと思ったかを紙へ足した。

 写真から調べる対象が見えること。見えた物だけでは理由まで分からないこと。きれいな写真を撮れたから終わりではないのは前にも聞いたが、今日は説明の中の数値と並んでいたので、少し違って聞こえた。

 自分が好きなのは歩くところだけなのか、その後に考えることもやってみたいのか。すぐには答えが出ない。それでも、途中で眠くなったところがあったから向いていない、と簡単に決める気にはならなかった。


 課題の展示には、街の中の場所を調べた紙が並んでいた。一枚に写真と短い説明があり、その隣には、使われている時間を比べた表がある。俺は最初、写真の方から見たが、同じ場所でも時間によって人の数が違うと分かり、表へ戻った。

 近くにいた学生が、気になるところありますかと声を掛けてくれた。俺は紙を握り直し、質問してもいいですかと聞く。相手がうなずいたので、最初の一つをそのまま読まず、自分の言葉で尋ねた。

「こういう場所へ行って調べる課題って、入ってすぐからあるんですか」

 学生は自分の受けた授業の話として、最初は調べ方の基本を練習することや、後で自分たちで対象を選ぶ課題があったことを教えてくれた。全部の授業を代表しているわけではないので、詳しいことは授業の案内や教員へも聞くとよいと言う。

 俺は礼を言い、メモしてよいか確かめてから書いた。次の質問へ進もうとして、その前に展示の表が気になる。

「これ、数えるのって、同じ人が戻ってきたらどうしたんですか」

 用意していなかった質問だった。相手は表の横にある短い注意書きを示し、この課題では同じ条件で数えるために、先に決めた方法に合わせたと説明してくれた。人によって数え方が違うと比較しにくいので、始める前に相談したらしい。

 俺はうなずき、さっきは読まなかった小さい文字を見た。何人いたかという結果だけでなく、どうやって数えたかも一緒に書く。普段、街を歩いて撮る写真には、そこまで説明をつけたことがない。

「道を歩くのが好きで来たんですけど、こういうのは、まだよく分からなくて」

 俺が言うと、学生は、自分も最初から分かっていたわけではないと答えた。最初は調べたいことを広くしすぎ、先生から絞った方がいいと言われたという。

 何でも楽しそうと言って終わらない話が聞けて、俺は少し安心した。面白いことと、何も苦労しないことは別なのだと思えたからだ。

 用意してきた二つ目の質問もすると、集めた資料を読むことや、数字を扱う授業も使ったと教えてくれた。俺が苦手なところもありそうだったが、今その場で全部得意になる必要はない。高校での勉強も手を抜かず、どんな内容か確かめるところから始めようと思った。

 質問を終えて離れるとき、俺は長く話してもらった礼を言った。相手は笑って、ほかの展示も見ていってくださいと答える。俺はもう一度だけ、写真と表の両方を見た。

 撮りたいと思った景色と、人へ伝えるために撮る写真が、同じになることも違うこともありそうだった。その違いが面倒だと思うより、今はもう少し見てみたかった。


 昼を少し過ぎて大学を出た。ほかにも見られる場所はあったが、今日は説明と展示に時間を使えたので、全部を回るのはやめた。門の外へ出てから、父へ終わったと連絡し、莉緒へも短く送る。

 すぐに返事を待たず、駅へ戻る道の途中で昼を食べる場所を探した。大きな看板の定食屋があり、入口のメニューを見てから入る。鶏肉の定食を八百円で頼み、水を飲んで一息ついた。

 料理が来る前、もらった案内を広げかけて、隣の席へはみ出しそうになり、すぐに畳む。今日は自分一人の席なのに、紙を置きたい場所だけは父と来たときと同じくらい欲しかった。

 スマホへ、帰ってから整理、と一行入れる。ここで全部を書き直さなくても、家で机を使えばいい。料理が来たので紙をしまい、箸を取った。

 食べ終えた頃、莉緒から連絡が来ていた。用事が終わり、午後は姉と家で案内を見ているらしい。俺の見学がどうだったかを聞きたいという文の後に、夕飯の後なら二十分くらい話せる、とある。

 俺も家の予定を確かめてから返そうと思い、帰って時間を連絡すると返した。今すぐ電話しなければ気持ちが薄れるわけではない。今日聞いた話を、自分で一度考えてから彼女へ伝える時間があるのは、むしろ助かった。

 帰りの電車では、案内の写真を見ずに窓の外を見た。行きに気になった乗り換えは、一度通った分だけ分かりやすい。通学で毎日使うならどうかは、まだ今日だけでは決められなかったが、遠いというだけで最初から外さなくてよかった。

 駅から家へ歩く間、空が朝より明るかった。俺は途中でスーパーの入口を見て、莉緒が昨日話していた、使うところを想像できる展示のことを思い出す。自分が知らないうちに見ている物を、言葉にできる人がいる。俺もそのやり方を、少し覚えたいと思った。


 帰宅して父と母へ見学の話をした後、俺は二つの大学の案内を机へ並べた。新しい方だけを見ていると、今日聞いたことが全部よかったような気がする。夏のメモを開くと、そのときも聞けてよかったことがいくつも書いてあった。

 通う道、授業の内容、質問したときに分かったこと。どちらにも気になるところがあり、まだ分からないところもある。俺は紙へ縦に線を引き、思いつく順に短く書いた。

 途中で、これをきれいな表にしなければいけない気がして、ペンが止まる。誰かへ提出する物ではないのに、字が斜めになったのが気になった。俺は書き直す代わりに、今まだ不明、と最後へ足し、ペンを置いた。

 父が部屋の入口から、何か比べられたかと聞く。俺は紙を見せ、今日の大学は現地へ行く課題の前に、調べ方を練習する話を具体的に聞けたと答えた。

「前のところにもあるかもしれないけど、そこまで聞いてなかった。だから、まだ同じ条件じゃない」

「それが分かったなら、次に聞くことも決まるね」

 父はそう言っただけで、どちらにするかは尋ねなかった。俺もすぐに結論を出さず、受験に向けて何を勉強するかを学校でも相談してみたいと伝える。

 父が出ていった後、机の端の巾着が目に入った。昨日は色を選んだことをよく覚えていたが、今日は、使う人に合わせるために何を確かめるかを考えたくなる。莉緒が寸法を聞いてくれたのも、何となく大きそうで作らないためだった。

 俺はスマホを取り、今夜の時間を相談した。夕飯と片づけの後、二十時半から二十分ほど。莉緒も大丈夫と返してくれたので、俺は話したいことを三つだけ、紙の端へ書いておいた。


 二十時半になって電話を掛けると、莉緒は明るい声で出た。

「おかえり。さっきも言ったけど、もう一回」

「ただいま。今日は一人でちゃんと帰ってきた」

「帰るのは心配してなかった。朝、乗り換え見てるって言ってたから、そっち」

 俺は一度だけ案内の方向を間違えたと話した。彼女は笑いながら聞き、でも早めに出てよかったねと返す。その通りだったので、俺もうなずく代わりに言葉で同意した。

 見学の感想は、最初から全部説明しようとすると長くなりそうだった。俺は用意した紙を見て、展示で予定になかった質問をしたことから話した。人を数える方法を先に決めるという話をすると、莉緒が、同じ人が戻ってきたらどうするの、と聞く。

「俺もそれ聞いた」

「え、ほんと?」

「うん。ちょうど気になって。先に決めたルールで数えて、その方法も一緒に書くんだって」

 彼女はなるほどと答え、文化祭の写真の人数を数えるなら、撮り直したときにどうするか決めるみたいな感じかと言った。俺は完全に同じかは分からないが、先に決めるというところは似ていると思うと答える。

 自分が理解したつもりのことを誰かへ話すと、まだ曖昧なところも出てくる。それでも、全部分かってからでないと莉緒へ話せないわけではなかった。彼女は分からないところで普通に質問し、俺が分からないと答えても、じゃあ次に分かったら教えて、と言ってくれた。

「今日のところ、行きたいって思った?」

 聞かれ、俺はすぐにどちらかの答えを選ばなかった。

「気になる。でも、前のところもまだ気になる。今日の話が新しいから、今はこっちのことばっかり考えてるかもしれない」

「そっか。じゃあ、もうちょっと考えるんだね」

「うん。学校でも相談したい」

 そう答えると、莉緒はいいと思うと言った。迷っていると伝えたのに、残念そうにはならない。俺は彼女へ、そちらの案内はどうだったか聞いた。

 莉緒は姉と別の学校の案内を見比べたらしい。写真はどちらも楽しそうだったが、授業の説明を読むと違う言葉があり、気になったところをメモしたと言っていた。まだ次の見学の申し込みはしていない。

「私、今日、質問の文だけ作った。何聞けばいいか分かんなくなって、姉に長いって言われた」

「俺も二つだけ書いて行った。増やすと、聞くとき迷いそうで」

「じゃあ、二つくらいにしようかな。作るのと、使う人のこと聞く授業があるか。あと、全然できないとこから行ってもいいか」

 俺はもう三つあると言いかけ、それは最後が一番気になるのだろうと思って飲み込んだ。代わりに、順番をつけておけば全部一度に聞かなくてもいいと伝える。

「そうする。今日電話してよかった。私のことも、少しまとまった」

 彼女がそう言ったところで、俺は机の時計を見た。まだ約束の二十分にはなっていなかったが、残りは少ない。もっと話せる気はしたけれど、彼女が決めた時間を、自分の都合で何となく延ばしたくはなかった。

「そろそろ、時間だな。続きは明日でもいい?」

「うん。私、明日の支度まだちょっと残ってる。話したいけど、今日はここまでにする」

 彼女がはっきり言ってくれたので、俺も了解と答えた。短いと思うのと、終わる約束を守るのは両方できる。最後に、明日は巾着を使うと伝えると、彼女の声が一段明るくなった。

「見る。お弁当のとき、ちゃんと見せて」

「うん。じゃあ、また明日」

 電話を切った後、静かになった部屋で資料を閉じた。今日自分で行って見た物を、誰かへ話して一日を終えられた。俺は翌日の教科書を鞄へ入れ、巾着は弁当を入れるために台所へ持っていった。


 月曜の朝、弁当箱を新しい袋へ入れると、昨日試したときより少しだけ手間取った。中身があると思うと、箱を傾けないよう気になる。箸箱を横へ差し、口を閉じる。ひもはちゃんと動き、袋の底も安定した。

 母が見て、入ったねと言った。俺はうなずき、今までの袋と同じ場所へ鞄を置く。特別な物だからと別に持ち歩くのではなく、いつもの荷物の中へ入れられるのがよかった。

 教室で莉緒へ挨拶すると、彼女はすぐに鞄を見た。俺は、ちゃんと入ってる、と小声で言う。莉緒は昼まで我慢する、と答えたが、俺が笑うと、もう見たいけど、と付け足した。

 午前の授業が終わり、弁当を出すと、近くの高瀬さんが、できたんだ、と声を掛けた。莉緒はうなずき、俺の手元を見る。俺が袋の口を開けると、彼女の顔がほっとしたように緩んだ。

「使いづらくない?」

「うん。朝、一回入れたから、今もう二回目」

「二回で慣れた感じ出してる」

 彼女が笑い、拓海も、完成したところ見られた、と弁当を置いた。俺は空になった巾着を小さく畳み、机の端へ置く。箸を取るとき、ひもが邪魔にならないところへ寄せた。

 高瀬さんが紐の色を褒めると、莉緒は航平が選んだと言った。俺は二人で見たと答え、彼女も、そう、二人で、と言い直す。誰か一人の手柄にするほど大げさなことではないが、その選んだ時間を、俺も言っておきたかった。

 弁当を食べながら、拓海に昨日の大学はどうだったか聞かれた。俺は展示の話を短くし、まだ決めていないと付け加える。拓海は自分も今度学校で進路のことを聞こうと思っていると言い、話は次の授業の課題へ移った。

 莉緒は途中で俺の袋を一度見ただけで、その後は自分の弁当を食べていた。ずっと使い心地を聞かれるのではなく、普通に隣で話せる。そのことに、俺はもう彼女の作った物が、いつもの昼休みに入ってきたのだと感じた。

 食べ終えて弁当箱を戻すときは、彼女の方を見ずに口を閉じてみた。ひもを引くと、紺の布が箱を包む。顔を上げると、莉緒は見ていたことを隠さずに笑った。

「うん。使ってる」

「使うって言っただろ」

「知ってる。でも、見たら嬉しい」

 俺も笑い、袋を鞄へ戻した。今日の授業が終わって、家へ帰ったら箱を出して洗う。袋は汚れを見て、必要なら洗い方を確かめる。そういう普通のことを、これから何度もするのだろう。

 片づけた後、俺は進路の相談をするときに使う紙を、教科書の間から出した。まだ空いている欄へ、今日中に担任へ相談できる時間を聞く、と書く。大学の名前を二つ並べる前に、何が気になっているかを話した方がよさそうだった。

 莉緒がそれを見て、昨日の紙、と尋ねる。俺は別の紙だと答え、家に置いた比較のメモを今度持ってくるつもりだと伝えた。彼女はうなずき、自分も質問を短くしてみると言った。

 どちらが先に進路を決めるか、競争する話にはならなかった。俺は紙をしまい、机に残った消しゴムのかすを手で集めた。次に話すときは、また一つくらい、自分で確かめたことが増えているといい。

 机の中から次の教科書を出すと、莉緒が午後も頑張ろうと言った。俺はうなずき、彼女が席へ戻る前に小さく、ありがとう、と伝える。

 彼女は一瞬だけ照れた顔をし、それから、どういたしまして、と答えた。空になった机の端には何もないが、さっきそこへ置いた紺の形を、俺はまだはっきり覚えていた。

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