第4話 ひと口ぶんだけ近くなる
月曜日の教室へ入ると、隣の席はまだ空いていた。
机に鞄を置き、窓を少し開ける。五月の朝の風がカーテンを膨らませた。前の席では、拓海が靴の入った袋を机の横へかけている。
「買ったんだ、シューズ」
「金曜に見たの、サイズがなくてさ。取り寄せてもらって、昨日やっと受け取った」
拓海は袋の口を広げて、新しい靴を見せてくれた。青い線の入った白い靴だった。底が平らで、見るからに俺の散歩用とは用途が違う。
「もう履いた?」
「店で合わせただけ。今日、動いてみる」
「靴が新しくなると、ちょっと速くなりそう」
「ちょっとでいいから、なってほしいわ」
そんな話をしている間も、廊下で誰かが笑うたびに、顔を向けそうになった。
昨日はあれだけ一緒にいたのに、学校へ来てから何と話しかければいいかを、今さら考えている。いつもと同じでいいはずだ。制服を着て、席へ座って、授業を受ける。それだけの月曜日なのだから。
拓海が別の男子へ靴を見せ始めた頃、教室の入口から見慣れた茶色い髪が見えた。
藤崎さんは友達の話を聞きながら入ってきて、途中の席で一度立ち止まった。何かを聞かれたらしく、鞄からスマホを取り出している。やがてこちらへ歩いてくると、目が合った。
「おはよ、三原」
「おはよう」
それだけ言って、彼女は隣の椅子を引いた。昨日と違って、髪は両側とも下ろしている。水色のブラウスも白いスカートも、今は制服に変わっていた。
けれど、机へ置かれたペンケースから、見覚えのあるペンギンが出てきた。
「もう使うんだ」
「うん。昨日、家でもちょっと使った。書きやすいよ」
藤崎さんは買ったばかりのボールペンを持ち上げ、俺へ見せた。側面のペンギンが、教室の明るい光の中では昨日よりはっきり見える。
「お姉さん、レモンケーキどうだった?」
「好きだって。もう一個ないのって聞かれた」
「自分のは食べた後だもんな」
「そう。そこは譲れなかった。三原の弟は?」
「俺が風呂から出たら、もう包みしかなかった」
「早い。気に入ってくれたってことかな」
「感想は、おいしかった、だった。もうちょっと何かあるだろって思ったけど」
藤崎さんが笑い、俺もつられた。昨日の帰りに二人で持ち帰ったものの話が、今、学校の机の間を行き来している。
彼女は鞄から数学のノートを出しかけ、教室の時計を見た。
「聞きたいとこ、あとでいい? 朝だと途中になりそう」
「うん。俺も見直したから、たぶん大丈夫」
「たぶんなんだ」
「絶対大丈夫って言って、間違ってたら困るだろ」
「それはそう。じゃ、あとでお願いします」
少し大げさに頭を下げるので、俺も軽く頭を下げた。藤崎さんは顔を上げて、何か思いついたように笑った。
「あの鳥のスタンプ、今の三原くらいだね」
「もうちょっと深い」
「そっか。机にぶつかる方か」
スマホの中でしかしていなかった会話まで、彼女は覚えているらしい。
俺がペンケースを取り出したところで、担任が教室へ入ってきた。藤崎さんもノートをしまい、前を向く。俺は黒板へ視線を移したが、口元に残った笑いを消すのに少し時間がかかった。
数学の話ができたのは、二時間目の後だった。
藤崎さんがノートを持って俺の机へ寄り、椅子を少しだけこちらへ向ける。いつもより近いところで、シャープペンシルの先が問題番号を示した。
「ここ。解説読んで、こうしたんだけど、答えが違う」
彼女のノートには、途中の式が一行ずつ並んでいた。何もせずに教えてと言ってきたのではないと分かり、俺も自分のノートを開く。
問題は、二次関数の式を変形して、グラフの頂点を求めるものだった。
「最初のところは合ってる。こっちの二乗にするところで、数が変わってるな」
「この、四を足すやつ?」
「うん。足した分、後ろで引く。ここの一を足したままにすると、五になっちゃうけど」
余白に式を書き、括弧を開いて元へ戻してみせる。藤崎さんは途中まで指で追い、あ、と声を出した。
「私、四を二回足してる」
「そう。こっちは引く方」
「ここがマイナス三になるのか。そっか」
彼女は間違えたところへ細い線を引き、横へ書き直した。それから、すぐ答えを書かずに、もう一度自分で式を戻している。
俺はその手元を見ていた。指先が机の端に近く、彼女が計算するたびに、腕の影が俺のノートへかかる。
昨日はずっと横を歩いていた。それでも今、教室で肩が近いと、別の緊張がある。分かったつもりで次の説明をしそうになり、慌てて彼女の式へ目を戻した。
「三原、次のやつも、これと同じ?」
「考え方は同じ。ただ、そっちは途中で係数をくくるから……」
言いながら、自分のノートを見直した。昨日、解答と違う形になって消した箇所がある。
「待って。そこ、俺も一回間違えた」
「じゃあ、ここは二人で確認するところ?」
「うん。悪いけど」
「悪くないよ。私、一個分かっただけでも助かったし」
藤崎さんは手元のシャープペンシルをくるりと回し、俺のノートをのぞいた。
「三原、間違えたの残してるんだ」
「消すと、また同じことやるから。上から線だけ引いてる」
「これ、まねしよ。私、全部消して、きれいに間違い直すことある」
「それだと証拠が残らないな」
「そう。完全に初めましての顔して間違える」
笑いそうになったところへ、予鈴が鳴った。隣の席へ戻りかけた彼女が、開いたノートを少し持ち上げる。
「ここの続き、昼に見てもらっていい?」
「いいよ。俺も、それまでに確認しとく」
「じゃ、いったんここまで。ありがと」
彼女は自分の机へ戻った。教科書を開くとき、ペンケースの横で小さなペンギンが転がる。俺はそれを見てから、次の授業のページを探した。
いつもの隣の席なのに、そこから聞こえる物音を、今日は妙に拾ってしまう。
昼休みには、先に藤崎さんの方へ友達が来た。
弁当を持った女子が二人、空いている机の場所を相談している。藤崎さんもそちらへ椅子を向けかけてから、俺のノートへ視線を落とした。
「数学、今聞いちゃって大丈夫?」
「俺はいいけど、飯食ってからでもいいよ。さっきの、そこまで時間かからないし」
「じゃあ、食べ終わってからお願いする。私、こっちにいるから」
彼女は窓から二列離れた席を示した。俺はうなずき、拓海と向かい合うように机を寄せた。
拓海は弁当の包みを解きながら、俺の机に開かれたノートを見る。
「そこ、俺も間違えたわ」
「お前も?」
「数字じゃなくて、グラフ描く方。上に開くやつと下に開くやつ、途中で逆にした」
「二択を外したんだな」
「二択だからこそ、悔しいんだよ」
数学の話はすぐに、午後の授業のことへ変わった。拓海が新しい靴を試すのを楽しみにしているのは、弁当を食べている間にも伝わってきた。
俺も、放課後に行くアイスの店を思い出す。時計を確かめてしまい、まだ昼なのだから当然だと、自分で視線を戻した。
食べ終わった頃、藤崎さんがノートを持って戻ってきた。こちらも片づけを済ませ、拓海が教室を出てから、朝の続きへ戻る。
俺たちは解答と見比べ、一つの式を二通りに戻して確認した。最後に藤崎さんが、自分だけで別の問題を解く。途中で一度止まったものの、さっき直したところは間違えなかった。
「あ、同じ答えになった」
「うん。合ってる」
「よかった。次に見たら忘れてるかもだけど」
「忘れたとき用に、今の式がある」
彼女はうなずき、余白に何か書き込んだ。『足したら引く』という短い注意書きだった。
「今日の分、助かった。ありがと」
「俺も確認できたから」
ノートを閉じようとすると、藤崎さんが声を少し小さくした。
「それで、放課後なんだけど」
俺も顔を上げた。何か用事が入ったのかもしれないと考えたところで、彼女が教室の後ろにある当番表を指す。
「今日、私の班、掃除なんだ。十分くらい待ってもらってもいい?」
「うん。図書室にいるよ。俺、返す本あるから」
「分かった。終わったら連絡するね」
鞄には、先週借りた短編集が入っている。読み終えたのは土曜だったが、返却日より前なので、今日持ってきていた。
藤崎さんは、じゃあアイスのために頑張る、と言って自分の席へ戻る。俺は笑いながら、机の横の鞄へノートをしまった。
昨日の約束は、ちゃんと今日も続いているらしい。それを確かめただけで、午後の授業が少し短く感じた。
放課後の図書室は、廊下より涼しかった。
本を返してから、棚の前で新しく入った本を眺める。気になる一冊を手に取ったところで、ポケットのスマホが震えた。
『終わった。今どのへん?』
『図書室の入口に出る』
借りる手続きを済ませ、廊下へ出る。藤崎さんは階段の方から歩いてきた。肩に鞄をかけ、空いた手で髪を整えている。
「お待たせ。結構待った?」
「一冊借りられたくらい」
「それ、長い方? 短い方?」
「ちょうどよかった方」
彼女は、ならよかった、と笑った。俺たちは階段を下り、昇降口へ向かった。
靴を履き替えながら、横目で彼女の足元を見る。昨日の白いスニーカーとは違う、学校へ履いてくるローファーだ。昨日は歩きやすい方を選んでよかったと言っていた。
「駅までで疲れたら、店で座ろう」
「うん。今日は昨日ほど歩かないし、大丈夫」
学校の門を出ると、同じ制服の生徒が何組も前を歩いていた。昨日のように、周りに知っている顔がない場所ではない。
藤崎さんは、少し先にいた友達に手を振った。相手も振り返し、そのまま別の道へ曲がっていく。俺は、隣を歩いている自分まで見られたのだと、遅れて気づいた。
「三原、こっちでいいよね。駅の向こう行く道」
「うん。あの踏切を渡っても行けるけど、駅の通路の方が早いと思う」
「じゃあ、そっちにしよ」
彼女はいつも通りの声で答えた。誰かに見られたからといって、歩く距離を離そうともしない。俺も鞄を持つ手を変え、彼女と同じ速さで歩いた。
道沿いの植え込みには、小さな白い花が咲いていた。藤崎さんが、これ昨日なかった気がする、と言うので、昨日は学校へ来ていないだろと返す。
「そうだった。もう曜日分かんなくなってる」
「まだ月曜なのに」
「昨日、日曜日っぽくなかったんだよね。予定いっぱいあったから」
俺は、そうだな、と答えた。自分にとっても、昨日はいつもの日曜日とは違っていた。
彼女は歩道の先を見たまま、少し笑った。
「今日も、もう一日始まったみたい」
「授業終わっただけで?」
「うん。学校終わったら何もない日って、帰って寝ちゃうし。でも今日はアイスがあるから」
「それは、二回目の昼休みみたいな感じじゃないか」
「ちょっと違う。……まあ、食べるのは同じだけど」
藤崎さんは考えるのをやめたように、駅の向こうを指した。通路の出口から、店の淡い緑色の看板が見えている。
俺もそちらへ顔を向ける。学校を出るまでずっと気にしていた周りの制服は、いつの間にか目に入らなくなっていた。
アイスの店は、駅の出口から三分ほど歩いたところにあった。
ガラスの向こうに、丸い容器が二列に並んでいる。いちご、抹茶、ミルク、チョコレート。手書きの札の横には、その日に使っている果物の説明がついていた。
「あ、いちご、まだある」
藤崎さんは先にケースへ寄った。俺も隣から中を見る。抹茶は写真より濃い緑色で、表面にスプーンを入れた跡が残っていた。
一種類なら四百円、二種類なら五百五十円。迷うほどではなく、俺たちは昨日決めたものを、それぞれカップで注文した。
会計を別々に済ませ、店の奥にある小さなテーブルへ向かう。取り分けることを店の人へ伝えると、小さなスプーンも付けてくれた。
藤崎さんは鞄を椅子の横へ置き、二つのカップを見比べた。
「色、全然違うね」
「同じだったら味が心配になる」
「確かに。緑のいちごとか」
「それは、まだ早かった方だろ」
彼女が笑い、カップをテーブルの真ん中へ寄せた。
「写真、一枚いい?」
「うん」
俺も抹茶を寄せる。二つ並んだカップは、彼女が前に見せてくれた店の写真に少し似ていた。ただ、こちらには教科書の入った俺の鞄の端と、制服の袖が写り込んでいる。
藤崎さんがシャッターを押して、スマホを下ろした。
「昨日の写真、友達に見せたよ」
「あ、水槽の前のやつ?」
「うん。ちゃんと二人とも写ってる方。あの自撮りも見せたら、何で自分を切ったのって笑われた」
「俺も、同じこと聞いたと思う」
「答えは変わりません。三原を入れようとしたからです」
彼女が少し澄ました顔をするので、俺は笑いながらカップを手元へ戻した。
「今日のは、どっちもちゃんと入ったな」
「今日は動かないからね」
藤崎さんが自分のいちごをひと口食べた。表面をすくうと、中にも小さな果肉が入っているのが見える。
俺も抹茶を口へ運んだ。思ったより苦味があり、その後からミルクの甘さが来る。
「どう?」
「結構、抹茶。甘いだけじゃない」
「私のも、ちゃんといちごだよ。つぶつぶ入ってる」
彼女はスプーンを持ったまま、少しだけ間を置いた。俺も、テーブルの端に置かれた取り分け用のスプーンへ目を向ける。
昨日、自分で、いいよと言った。それなのに、実物を前にすると、ただアイスを食べるより手順が増えた気がする。
「交換、する?」
先に言ったのは藤崎さんだった。俺がうなずくと、彼女は小さい方のスプーンを一つ取り、自分のカップからいちごをすくう。
「これくらいでいい? 果肉あるとこにした」
「ありがとう。俺のも、これでいいかな」
同じように抹茶を取って、スプーンを渡す。持ち手を受け取るとき、彼女の指がすぐ近くに見えた。触れてはいないのに、俺は妙に慎重に持ち直した。
手元に来たいちごは、縁の方が少し溶け始めていた。食べると冷たさの後に酸味が広がり、最後に小さな果肉が残る。
「……うまいな、これ」
顔を上げると、藤崎さんは抹茶を食べたところだった。
「そっちもおいしい。私、いつもミルクとかにしちゃうけど、これも好き」
「一個食べるなら抹茶だけど、いちごも結構いいな」
「その感想、ちょっと分かる。私はいちご一個がいいけど、抹茶ひと口、嬉しい」
彼女は食べ終えたスプーンを紙ナプキンへ置いた。俺もその隣へ置き、自分のカップを持ち直す。
ひと口分を交換しただけなので、量はほとんど変わっていない。でも、彼女が今食べているものの味が、少しだけ分かるようになった。
藤崎さんが二口目を食べた後、こちらを見て笑った。
「これ、やってみたかったんだ」
「うん。昨日、書いてあったな」
「想像だと、もっと普通に、はいどうぞってできると思ってた」
「さっきも、普通だったと思うけど」
「……私、どれくらい取ったらいいか、めっちゃ考えてた。ひと口って、どのくらいかなって」
俺は自分のカップを見た。表面には、小さいスプーンですくった跡が一つ残っている。
「俺も。少なすぎたら、試食より少なくなるなと思って」
「そう。それはちょっと寂しいもんね」
藤崎さんが笑い、俺も笑った。きれいにやろうとしていたことを話せると、それまで気にしていた手順が、どうでもよくなる。
彼女はもう一度、自分のいちごを食べてから言った。
「でも、いいね。二種類にしてよかった」
「最初からダブルにするのとは、ちょっと違うな」
「うん。自分だったら選ばなかった味が来るから」
俺は抹茶をもうひと口すくった。もし一人で来ていたら、同じものを注文して、そのまま食べ終えていたはずだ。いちごの果肉がどのくらい入っているかも、知らないまま帰っていたと思う。
窓の外を、同じ学校の制服を着た生徒が通り過ぎた。俺は反射的に目で追ったが、藤崎さんは気づかず、カップの縁から溶けたところをすくっている。
彼女とここにいることを、隠す必要はない。昨日、写真を見せてもいいと答えた自分を思い出し、俺も食べる方へ戻った。
カップが半分ほど空になった頃、藤崎さんは鞄から手帳を出した。
「ちょっと、これだけ書いていい?」
「うん」
開かれたのは、昨日見せてもらったページだった。水族館の横にあるチェックのほかに、一番下にも、小さな印が増えている。
「昨日、帰ってからつけた。次の約束のやつ」
俺の視線に気づいた彼女が、ペンの先でそこを示した。
「もう実行したし、いいかなと思って」
「そうだな」
返事をしながら、昨日のベンチを思い出した。あのとき、自分から誘わなければ、今日ここにはいなかったのだろう。
藤崎さんは新しいペンギンのペンで、アイスの項目にも印をつけた。それから少し離してページを眺める。
「二日続けて増えた」
「水族館と合わせて、三つか」
「うん。……昨日まで、一個もついてなかったのにね」
彼女は笑っていたが、最後の方だけ声が柔らかくなった。俺は手帳の見出しまで視線を上げかけて、やめた。
ここに書いてあるのは、彼女が好きな人としたかったことだ。昨日それを知ったときの落ち着かなさは、まだ少し残っている。俺が一緒にいていいのか、というより、なぜ自分がこんなに楽しみにしていたのかを、まだうまく説明できなかった。
「三原、これ、順番に全部やらなきゃとか思わなくていいからね」
急に言われて、俺は顔を上げた。
「え?」
「何か、付き合わせる予定表みたいになっちゃってるかなって。今日も、ここにあったから誘ってくれたのかなって、ちょっと思って」
俺は返事を考えた。手帳の最後の一行が、昨日の背中を押したのは本当だ。アイスを思い出したのも、その少し前に交換するという項目を読んだからかもしれない。
でも、それだけなら、今日である必要はなかった。
「手帳を見たから、思い出したのはある。でも、この店の話したとき、藤崎さん、食べたそうだったし」
「うん」
「俺も気になってたから。あと……昨日、楽しかったし」
最後の言葉は、カップの縁を見ながら言った。藤崎さんがペンを動かす音は、しばらくしなかった。
「だから、次も行けたらいいなと思って誘った。手帳の分を片づけようっていうのとは、違う」
言い終えてから顔を上げると、彼女はこちらを見ていた。俺が視線を合わせたところで、藤崎さんは一度だけ目を伏せ、それから笑った。
「……そっか。よかった」
彼女はペンの先をしまい、手帳を閉じる。
「私も、今日来たかった。だから、数学のこと聞くとき、アイスの予定変わってないかも、ちょっと確認したかったんだよね」
「変わってないよ」
「うん。分かった」
返事の後、彼女は自分のカップへスプーンを入れた。俺も残りを食べ始めたが、さっきまで気にならなかった窓際の暖かさを、今は少し強く感じた。
アイスは、もう縁が随分溶けていた。
店を出ると、学校帰りの人の流れが少なくなっていた。
藤崎さんは鞄へ手帳をしまい直し、俺の方を見る。
「付き合ってくれてありがと。今日、月曜にしては頑張れた気がする」
「数学も一個分かったしな」
「二個。ちゃんと数えて」
「じゃあ、かなり頑張った」
彼女が満足そうにうなずき、二人で駅の通路へ向かう。帰り道は、いつもの制服のままで、鞄も朝と同じ重さだった。それでも、学校を出たときより話しやすくなっていた。
駅前で別れようとしたところで、彼女がスマホを出した。
「さっきの写真、送っとくね」
俺の画面に、緑と桃色のカップが並んだ写真が届いた。水族館の写真の次に保存すると、休日の服で並んだ二人の下に、制服の袖が写った一枚が加わる。
「三原も、何か見つけたら送ってよ」
「店とか?」
「うん。レモンケーキみたいなの。ああいうの、見るのも好きだから」
俺はうなずいた。用件がないのに写真を送っていいか、土曜に迷ったことは言わなかった。
「じゃあ、また何か見つけたら」
「うん。待ってる」
藤崎さんが手を振り、いつもの曲がり角へ向かって歩き出す。俺も自分の家の方向へ進み、少ししてからスマホの画面をもう一度見た。
地図に保存した店は、まだたくさんある。今度は、見つけたときにそのまま送ってもいいらしい。
トーク画面に、猫がスプーンを持ったスタンプが届いた。俺はいつもの鳥を出しかけて、別のものを選んだ。丸い鳥が、片手を上げている。
送ると、すぐに返事が来た。
『今日の三原はそっちなんだ』
俺は歩道の端へ寄り、立ち止まって文字を打った。
『また明日っていう方が合うかなって』
送信してから、ちょっと真面目に返しすぎた気がした。何と付け足そうか考えているうちに、画面に文字が出る。
『じゃあ、明日もそっちでよろしく』
俺は返事の代わりに、もう一度、片手を上げた鳥を送った。




