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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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36/68

第36話 十三時に、彼氏と

 文化祭の朝、私は髪を少し高めにまとめた。鏡の中で横を向き、顔の近くへ落ちてくるところをピンで留める。青い飾りのついたゴムをつけると、制服の後ろに小さく色が見えた。

 今日はずっと看板の前にいるわけではないが、動く度に髪を直すより、まとめておいた方がよさそうだった。鞄へ弁当と水筒、ハンカチを入れ、十三時の予定をもう一度見る。

 校舎の中庭側の出入口で、航平と待ち合わせ。

 朝から同じ教室へ行くのに、別に会う約束があるのが嬉しかった。私はスマホをしまい、玄関で靴を履く。

 家を出る前、母に今日は一日目だと伝えた。明日も公開があるので、まだ全部を片づけて帰る日ではない。夕飯は家で食べるつもりで、遅くなるなら連絡すると話す。

「楽しんできてね。あんまり張り切って、何も食べないままにならないで」

「大丈夫。お昼、持った」

 私は弁当の入った鞄を軽く上げ、いってきますと手を振った。


 教室へ入ると、いつもの席は、もういつもの場所にはなかった。前日に寄せて置いた机の間に店先が並び、大きい紙の看板が立っている。

 窓際の一番奥へ歩こうとして、途中で曲がり直した。そこには撮影用の背景があって、通り抜ける場所ではない。

「莉緒、朝から迷ってる」

 航平に言われ、私は笑った。

「自分たちで作ったのに。いつもの道、行きそうになった」

「俺も、一回そっち行った。今日は、こっち」

 彼が通路の方を示す。私はうなずいて、近くの机へ鞄を置いた。生徒の荷物は、来た人が歩くところへ出ないよう、決めた場所へまとめておく。

 私の担当は十時から十一時まで。入口の案内と、写真を撮るところで、同じ時間の人たちと動くことになっていた。

 紗季は入口の紙を見直し、書いた文字が外から読めるか確かめている。大野くんは箱の中の球を出して、三つあることを数えた。

 私も看板を見に行き、昨日留めた端が浮いていないか触れずに目で確かめた。近くで一つずつ見ていた物が、離れると、一つの店先に見える。

「髪、上げてきたんだ」

 航平が隣へ来た。

「うん。今日は、こっち。変じゃない?」

「似合ってる。青いのも、見える」

 私は顔を戻しかけて、一度だけ横を向いた。ちゃんと見てもらった気がして、ありがとうと答える。

 彼は十一時から仕事なので、公開が始まる前の確認を終えると、別の男子と廊下の方を見に行った。ずっと隣にいなくても、彼が教室のどこにいるかは、声がすると分かった。


 十時になってすぐは、入口に誰もいない時間が少しあった。私は看板の裏を見そうになり、来る人の方へ顔を戻す。

 最初に入ってきたのは、別のクラスの女子二人だった。案内を読み、写真、ここで撮れるのと聞いてくれる。

「うん。奥に背景あるから、好きなところで。撮ってほしかったら、声かけて」

 私が答えると、二人はありがとうと言い、通路へ入った。昨日よりゆっくり歩いているのは、初めて見るからだろう。途中で足を止め、小さい看板の字を見て笑っていた。

 私たちだけで読んでいた文字を、別の人が見ている。面白いと思って作ったところで笑ってもらえると、予想より嬉しかった。

 少しして、子どもと一緒の人が来た。私は入口から奥まで全部説明しかけたが、子どもは先に遊びの箱を見つける。

「あれ、やっていい?」

「うん。投げる線、近いのと遠いの、選べるよ」

 案内すると、同じ時間の担当の人が三つの球を渡した。子どもは近い線を選び、一つ目を投げる。

 箱の手前へ落ち、二つ目は縁に当たった。最後の一つが箱へ入ると、本人が振り返って、一緒に来た人へ笑った。

 私はつられて手をたたいた。自分が試したときと同じ、一つ入っただけの嬉しさを、目の前で見られる。

 人が増えると、入口へ立ったまま迷う人もいた。写真を見に行くのか、先に遊ぶのか、決めていないようだった。

「順番、どっちからでも大丈夫です」

 そう言うと、あ、それなら、と奥へ進んでくれた。紙へ書いた言葉だけでは足りないところを、今、顔を見て伝えられる。

 写真を頼まれたときは、相手のスマホを受け取り、画面に入っているか一度見せてから撮った。自分の写真を上手に撮ってもらった経験はあっても、他の人へ同じことをするのは少し緊張する。

 撮れた画面を見せると、いいね、と笑ってくれた。私はほっとして、端末を返す。

 その合間、教室の入口の向こうに航平が見えた。私と目が合い、彼が小さく手を上げる。私も片方の手だけで返してから、次に入ってきた人へ向き直った。

 見ていてほしいとは思った。でも、自分の仕事を途中で投げて、彼の方へ走りたくはならなかった。


 十一時になる前に、次の担当の人が来てくれた。入口で聞かれたことや、写真を撮るときに人が少し重なることを伝える。

 航平も教室へ戻り、通路の方を見た。仕事を代わる前に、私の近くへ来る。

「おつかれさま。結構、人来たな」

「うん。さっき、箱に入って、すごい喜んでくれた子がいた」

「見た。最後の一つだったね」

 彼も見ていたと分かり、私は笑った。球を投げた子だけではなく、私が嬉しかったことまで、少し分かってくれる気がした。

「じゃあ、私、紗季と行ってくる」

「うん。楽しんできて」

 彼が返してくれたので、私は鞄から必要な物だけを取り、紗季と教室を出た。荷物を全部持って歩くより、貴重品をまとめて持つ方が動きやすかった。

 美術部の展示は、廊下を進んだ先の別の部屋だった。案内で見た小さい写真より、実物はずいぶん大きい。

 紗季が見たかったのは、紙を重ねて作った街の絵だった。正面からは一枚の景色のように見えたが、横へ動くと窓のところに薄い影ができる。

「写真だと、ここまで分からなかった」

 紗季が小さく言う。私もうなずき、少し横から見た。

「切ったところが、奥になってるんだ。すごい」

「私、これ、来て見たかったから、見られてよかった」

 紗季はそこで少し長く立ち止まった。私は隣の、小さな動物を描いた作品を見る。まっすぐこちらを向かずに、少しだけ横を見ている顔が気になった。

 航平と来ていたら、どちらへ先に立っただろうと一度思う。でも、今、隣で違うところを見ているのは紗季だ。

「私、こっちの顔も好き」

 そう伝えると、紗季も顔を寄せた。見ていた物を教え合い、次の展示へ少し進む。

 帰り道で、二人とも一度だけ案内を振り返った。紗季が、後で妹にどんなだったか話そう、と言うので、私も、帰ったら姉に話す、と答えた。

 十一時半になる頃、廊下で別れ、私は教室へ戻った。航平は入ってきた人へ、こっちからでも見られます、と案内していた。

 私に気づいて顔が上がりかけたが、相手が質問したので、すぐそちらへ戻る。私は口を動かさず、小さく手だけ上げた。


 昼は空いている場所で弁当を食べた。紗季も一度戻ってきていて、近くにいた女子たちと、見てきた教室の話をする。

 航平は仕事を終えた後、大野くんたちと別の席で食べていた。目が合うと、二人とも少し笑う。声を掛けて同じところへ行くこともできたが、十三時に会う約束があった。

 私は弁当を食べ終え、容器を鞄へ戻した。時計はまだ十二時半にもなっていない。手を洗い、髪の横を確かめても、待ち合わせまで時間があった。

 紗季がその様子を見て笑った。

「まだ、早いよ」

「分かってる。でも、何か、先に行きたくなる」

「教室、出ればすぐなのにね」

 私も笑った。駅で待っているときとは違って、すぐそこに彼がいる。それでも、二人で回るために離れた場所で会うのが、楽しみだった。

 十二時五十分を過ぎてから、私は中庭側へ向かった。廊下には別の教室を探す人がいて、通る方向を譲りながら進む。

 出入口へ近づくと、航平はもう来ていた。私を見つけ、スマホをしまう。

「早かったね」

「莉緒も。十三時前だけど、行く?」

 私はうなずき、彼の隣へ並んだ。腕時計を見る彼を待ってから、左手を少し前へ出す。

 彼の右手が重なって、二人で歩き始める。さっきまで同じ教室の別の場所にいたのに、今は二人で行き先を選べる時間だった。


 隣のクラスの迷路には、入口で二組だけ待っていた。長く掛かる物ではなさそうで、案内の人へ聞くと、普通は数分で出られると言う。

 航平が時刻を見てから私へうなずき、一緒に列へ並んだ。前の人の姿が見えなくなったところで、私たちの番になる。

 中は暗くなく、箱や紙の壁で道が分かれていた。入口の近くには、笑った猫の顔が描いてある。

「右、行けそう」

 航平が言ったので、私もそちらへ行く。少し曲がった先は壁で、そこに「こっちじゃない」と書かれていた。

 私は彼の顔を見る。彼も壁を見てから、早いな、と言った。

「まだ、全然、進んでないよ」

「うん。戻る道は、もう分かる」

 真面目に返され、私は笑ってしまった。二人で来たところを戻り、別の角を曲がる。

 先へ進めたと思ったのに、今度はまた見覚えのある猫がいた。顔の下に、小さく「おかえり」とある。

「これ、入口?」

 私が聞くと、航平は周りを見る。

「たぶん。じゃあ、二回目は、もう少し違う方行こう」

「もう、見学するみたいに落ち着いてる」

 私が言うと、彼も笑った。自分たちの教室の通路を考えたからといって、他の人の作った道が全部分かるわけではなかった。

 次の角では、私が先に狭い通路を見つけた。壁の絵を追っていたせいで、さっきは見逃していたところだ。

「航平、ここ、通れる」

 振り返ると、彼がすぐ後ろにいた。手をつないだままでは横に広がれないので、彼が少し手を緩め、私の後ろを一歩ずつ進む。

 狭いところを抜けた後で、彼がもう一度手を握った。私はそれを確かめてから、次の曲がり角へ向かう。

 出口が見えたときは、思っていたより嬉しかった。二人で最後の紙の壁を抜けると、入口の担当の人が、お帰りなさい、と笑う。

「戻ってきちゃったの、分かってました?」

 私が聞くと、猫のところへ来る人は結構いるんです、と教えてくれた。航平も笑い、二回目で出られたからよかったと答える。

 廊下へ出てから時刻を見ると、まだ十三時十分を少し過ぎたところだった。三十分全部を迷路の中で使わなくて済んだので、二人ともほっとする。

「ちょっと、悔しいけど、面白かった」

 私が言うと、航平がうなずいた。

「うん。俺たちの教室、ああやって戻らなくていいのは、大事だな」

「それ、今、考えるんだ」

 私は笑ってしまい、彼もつられて笑った。付き合っても、気になると道のことを考えるところは変わらなかった。


 ほかの教室の入口を少し見てから、自分たちの教室へ戻ることにした。もう遠い場所へ行くより、戻るまでの時間をゆっくり使いたかった。

 教室の前には、朝より人が並んでいた。私たちは列の人に道を譲り、邪魔にならない方へ寄る。

 撮影用の背景が見えたところで、私は航平の方を見た。

「ねえ。一緒に、写真撮りたい。今日の」

 言うと、彼はすぐうなずいた。

「うん。俺も。ここ、空いてからにしよう」

 先に撮っている人が終わるのを待ち、同じクラスの写真補助の担当へ頼んだ。私のスマホを渡すと、二人でどこへ立つかを先に聞いてくれる。

 私は自分が色を選んだ看板の下を指した。布を掛けたところと、紙の文字が一緒に入る。航平もそちらがいいと言い、隣へ立った。

「もうちょっと、寄ってもいいよ」

 撮る人に言われ、私は彼の方へ半歩寄った。袖が触れる。航平もこちらへ少し寄り、顔をカメラへ向けた。

 手はつないだままで、二人とも前を見た。撮影の声を聞く前に、隣の彼が小さく、莉緒、ここ見て、と言う。

「見てるよ」

 答えたところで笑ってしまい、そのまま音が鳴った。

 返してもらった画面には、二人が並んで笑っていた。制服の袖の下で、手をつないでいるのも少し見える。

 私はすぐに撮り直したいとは思わなかった。航平へ画面を向けると、彼も、これ、欲しい、と言う。

「送る。私も、これがいい」

 答えて、その場で送った。背景を作るために持っていた紙も、通路の幅を確かめた時間も、一枚の向こう側にある。

 仕事を代わる時刻が近づき、航平が鞄から担当の紙を出した。私はスマホをしまい、彼の手を離す。

「じゃあ、私は、十四時に戻るね」

「うん。俺、先にやってる。楽しかった」

「私も。ちゃんと待ち合わせして、よかった」

 彼が笑って、教室の奥へ入っていく。私はその背中を少し見てから、廊下へ戻った。

 短かった、とは思った。でも、待たせたり、誰かに代わってもらったりせず、約束した時間を二人で過ごせたのが嬉しかった。


 十四時には私も担当へ戻った。今度は写真を撮る方を多く引き受け、航平は人の流れを見ながら案内をしている。

 同じ場所へ入りたい人が重なったとき、彼は先に出る人を通してから、空いたところへ次の人を案内した。大きな声で全部を動かすのではなく、近くの人へ必要なことを伝えている。

 私が手元のスマホを返したところで、彼が次の人をこちらへ案内してくれた。

「二人で撮りたいそうだから、お願いしていい?」

「うん。こちらへどうぞ」

 私は答え、来た人の顔を見る。仕事の言葉を交わすだけなのに、彼と一緒に動けたのが少し嬉しかった。

 十四時半になると、航平の番が終わった。交代の人へ話をしてから、私へ軽く手を上げる。

 私は十五時まで残るので、まだ外へは出られない。彼は、あとで、と口だけ動かし、私もうなずいた。

 最後の方は、朝より疲れが出た。笑って案内をしていても、立ち続けると足が重くなる。それでも、写真を受け取った人が画面を見て笑うと、私ももう一度顔を上げられた。

 十五時になり、入口の案内が閉まる。私は最後に教室を出る人へ礼を言い、机の横へ一度座った。

 航平が戻ってきて、水、飲んだ、と聞く。私はうなずいてから、水筒を取った。

「今、飲む。ちょっと、座りたかった」

「うん。俺も、さっき、座ってた」

 同じように疲れていたと分かり、私は笑った。誰かの前で元気な顔をした後に、彼へはそのまま言えた。

 片づけでは、明日も使う看板や通路は残し、球や小さい道具だけを箱へまとめた。机を全部元へ戻すのは、二日目が終わってからだった。

 皆で置いた物を確かめ、教室へ忘れ物をしていないか見た。外へ出る頃には、公開の間ずっと聞こえていた声が少なくなっている。


 帰り道、私は航平と今日見た物を話した。紗季と見た紙の街のことや、朝、遊びで一つ入って喜んだ子の顔。彼も、案内の文字を読んでちゃんと曲がってくれた人がいたと教えてくれる。

 笑いながら歩いていたが、いつもの分かれ目より少し前で、私は足を緩めた。彼も気づいて隣で止まる。

「どうした?」

 聞かれ、私は鞄の持ち手を掛け直した。歩道の端から外れた休憩場所で、少しだけ顔を上げる。

「今日、すごく楽しかった。待ち合わせも、写真も」

「うん。俺も」

「だから、もう一個、お願いしてもいい?」

 彼がうなずいたので、私はその顔を見たまま言った。

「ちょっとだけ、ぎゅって、してほしい」

 言い終えると、自分で思っていたより恥ずかしかった。彼は一度瞬きをして、それから、うん、と答える。

 鞄を片方の肩へ寄せ、彼が少し腕を開いた。私はその近くへ一歩進み、制服の前へ額を寄せる。

 彼の手が背中へ回った。強く抱えられるのではなく、こちらが寄った分だけ受け止めてもらう。私も彼の背中へ手を添えた。

 校内でずっと声を出していたのに、今は何かを言うより、このまま少しいたい。制服の布越しに温かさが伝わり、私は一度だけ目を閉じる。

 すぐに離れたつもりでも、顔を見上げると、彼は少し照れていた。

「これで、よかった?」

「うん。すごく」

 私は答えて笑った。彼も笑い、それから、自分もしたかった、と小さく言う。

「じゃあ、今度は、航平からも言って」

「うん。言う」

 返事を聞いて、私はもう一度うなずいた。誰かが決めた恋人の形を真似したかったのではなく、今日、彼へ近づきたかった。

 帰る道を歩き始める前に、明日の登校を相談した。二日目も準備があるので、八時半に学校の門の前で会い、一緒に教室へ入ることにする。

「明日は、待ち合わせ、二つじゃなくて、まず朝ね」

 私が言うと、彼が笑った。

「うん。朝は、迷路ない方から行こう」

「学校の門から教室で迷ったら、私、ちょっと困る」

 私も笑い、彼と手をつないで分かれ目まで歩いた。


 家へ帰って連絡をすると、航平からも着いたと返ってきた。私は写真をもう一度開いてから、制服を着替える。

 今日の一枚では、二人とも少しだけ照れた顔をしていた。自分の指が、彼の手を握っているところも見える。前から何枚も写真を持っていたのに、この一枚も増えてよかった。

 母へ今日の教室の話をし、夕飯の後で手帳を開いた。日付の欄に、紗季と見た展示と、十三時に会ったことを書く。

 それから、したいことを書いてあるページへ戻った。ボウリングまでのチェックが並び、その下にはまだ空いているところがある。

 私は新しく小さな四角を描き、「航平に、私が作ったものを渡す」と書いた。

 自分の巾着は今も机の上にある。次に何か作っても、きれいにできたら彼へあげればいい、というだけにはしたくなかった。何を使いたいかを、今度、自分から聞いてみたい。

 まだ何も決めていないので、四角へ印はつけない。手帳を閉じてから、私は航平へ、今日の写真、好き、と送った。

『俺も。明日、また会おう』

 返事を見て笑い、八時半ね、と返す。寝る前にもう一度写真を見ても、明日の朝は、ちゃんと本人に会えるのが楽しみだった。

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