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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第27話 その名前で、もう一度

 小物を売る店の前で、藤崎は丸い留め具のついた布袋を見つけた。食べ物を売る屋台より静かな店先に、色の違う袋が三つ並んでいる。彼女はすぐに手を伸ばさず、店の人に開いて見てもいいかと聞いた。

 どうぞと言われてから、薄い緑の袋を手に取る。口を開き、中の仕切りを見るときだけ少し顔を近づけた。

「中、分かれてるんだ」

「うん。外からじゃ分かんなかった」

 俺が隣から言うと、彼女は袋の向きを変えて見せてくれた。大きい物を一つ入れるより、細かい物を分ける方に向いていそうだった。

「水筒は、入らなそうだな」

「これは、それ用じゃないもん。ちょっと出かけるときとか」

 笑いながら言われ、俺も笑った。今日使うことしか考えていなかったが、使う場面が変われば、ちょうどいい大きさも変わる。

 藤崎は手触りも確かめてから、元の位置へ戻した。店の人に礼を言い、隣の浅い箱へ目を移す。そこには布でくるんだ丸い飾りのついたヘアゴムが並んでいた。

「この柄、さっきの袋と一緒だ」

 彼女が指したのは、細かい白い線の入った青い物だった。よく見ると、さっき手に取っていた袋と同じ形の柄がある。布を使って作っていると店の人が教えてくれた。

 藤崎は値札を見て、一つ三百円だと確かめる。それから二つの色で迷い、青い方を選んだ。袋を見ていたから袋を買わなければならない、とは思っていないらしい。

「そっちにするの?」

「うん。今日すぐ使わなくてもいいし。明日、髪まとめるとき使いたい」

 彼女は財布を出し、自分で代金を払った。小さい紙袋を受け取って鞄へ入れた後、俺にも見たい物があったかと聞く。俺はもう少し近くで布袋を見せてもらい、持ってきた財布の幅を思い浮かべてから、今日は見るだけにした。

 店先を離れるとき、藤崎が礼を言った。俺も会釈をして並ぶ。

「三原、私が見てるの、待っててくれてありがと」

「俺も見てたから、待ってただけじゃないよ」

「うん。でも、嬉しかった」

 彼女はそう言ってから、通りの端に空いているところを探した。さっき、話したいことがあると聞いていたので、俺も歩く速さを緩める。建物の前の、人が立ち止まっても通りをふさがない場所へ寄った。


「ここでいい?」

 俺が聞くと、藤崎はうなずいた。浴衣の袖をそろえ、鞄の持ち手を一度直してから俺を見る。

「変な話じゃないんだけど、ちょっと緊張してて」

「うん。待つよ」

 急いで答えを当てようとせずにいると、彼女は小さく息を吐いた。

「私さ。三原のこと、航平って呼んでもいい?」

 何を言われたのかは、すぐ分かった。それでも、分かった後の返事が、思っていたより遅れた。

 教室では一度も聞いたことのない声ではない。名前だって、俺のものだ。それなのに、彼女の口から出た三文字を、もう一度聞きたくなる。

「いいよ」

 ようやく答えると、彼女の肩が少し下がった。

「よかった。急にだった?」

「びっくりはした。でも、嫌じゃない」

「うん。……呼んでみたくなったんだ。今までより、ちょっと近い感じするから」

 そう言った藤崎は、俺の反応を待つように目を向けていた。理由を冗談へ変えずに教えてくれたのが、嬉しかった。

 俺も、もう一つ聞きたいことがあった。彼女が下の名前で呼ぶなら、俺もそうするという決まりではない。けれど、言ってもらって初めて、自分もそう呼びたいのだと分かった。

「じゃあ、俺も莉緒って呼んでいい?」

 彼女が一度まばたきをした。すぐに笑うかと思ったのに、先に唇を結ぶ。

「……うん。呼んで」

 答えてから笑った顔は、さっきまでより少しだけ照れていた。俺はその顔を見て、同じくらい自分も妙な顔をしているだろうと思う。

「莉緒」

 試すつもりで言ったのに、彼女が、はい、と答えたので困った。

「返事、そこまでちゃんとしなくても」

「だって、初めて呼ばれたから。聞こえましたって」

 俺が笑うと、彼女も笑った。店の人が客へ掛ける声や、向こうで流れている音楽は、その間も普通に聞こえていた。

「じゃあ、私も。航平」

「うん」

「それでいいの? 私には、ちゃんと返事するなって言ったのに」

「するなとは、言ってないだろ」

 そう返してから、俺もやっと息を吐いた。名前を呼び合っただけなのに、二人とも何かをやり切ったようになっている。

 莉緒は鞄を掛け直し、俺の顔を見たまま少し首をかしげた。

「学校でも、そう呼んでいい?」

「うん。急に戻る方が、気になるかも」

「分かった。私、たぶん最初ちょっと間違える」

「俺も。でも、戻したいわけじゃないから」

 そこは先に伝えておきたかった。慣れなくて名字が出たことまで、彼女に後悔させたくはなかった。

「うん。そこは大丈夫」

 莉緒はそう答えてから、通りへ顔を向けた。

「じゃあ、次、何見る?」

 いつもの質問なのに、さっきまでと少し違って聞こえた。俺は彼女の顔を見ていたことに気づき、並んで道の方を見る。


 夕食の後に冷たい物を食べたいと莉緒は言っていた。近くにかき氷の店があったので、先にそこを見る。まだ空が明るい時間で、店の前に吊られた氷の旗がゆっくり動いていた。

 シロップは数種類あり、どれも三百円だった。莉緒はレモンを選んでから、俺も食べるかと聞いた。

「俺は、向こうの焼きとうもろこし、見てみたい」

「じゃあ、私、待ってると溶けるから、近くで食べてていい?」

「うん。買ったら戻る」

 彼女が受け取った器を持って脇へ移動したのを見て、俺は少し先の店へ行った。四百円のとうもろこしを一つ買い、戻ってくると、莉緒は小さくすくった氷を口へ入れたところだった。

 見つけた俺へ、空いている方の手を上げる。持っているかき氷を落とさないよう、手首だけで小さく振っていた。

「航平、こっち」

 呼ばれる方を向く理由なんて、他にいらなかった。俺は近づいて隣へ立ち、とうもろこしの包みを開く。

「やっと、普通に呼べた」

 莉緒が少し得意そうに言った。

「普通に呼ぶため、だったの?」

「うん。さっきは、呼ぶために呼んだでしょ」

 説明されて、確かにそうだったと笑った。用事があって、見つけて、声を掛ける。その中に自分の名前が入ったのが、俺も嬉しかった。

 とうもろこしは思ったより熱く、俺はすぐにかじらず少し待った。莉緒がレモンの氷を食べながら、そっち熱そうと言う。

「こっちは、冷たい」

「知ってる。俺も、そっちにすればよかったかな」

「でも、今それ食べたいんでしょ」

「うん」

「じゃあ、そっちでいいと思う」

 そう言った彼女は、最後の方の氷を急いですくった。俺のとうもろこしが冷めるのと、彼女の氷が溶けるのは、同じようには待ってくれなかった。

 ひと口食べると、焼けた醬油の匂いが強かった。うまいと伝えた俺へ、莉緒も、レモンにしてよかったと答える。口の中が冷たそうな声を聞き、俺は笑ってしまった。

 食べ終わって片づけ、二人とも自分の水を飲む。彼女がスマホを出して時刻を確かめた。まだ、帰ると決めた時間までは余裕がある。

「写真のとこ、もう行く?」

 莉緒が聞くので、俺は空を見上げた。街灯はついていたが、旗の色がはっきり見えるくらい、明るさが残っていた。

「もう少し暗くなってからでもいい?」

「うん。その方が撮りたいんだよね」

「そう。あっちの端だから、後で行こう」

 彼女がうなずき、先へ歩き始める。俺は途中で、小さな輪投げの看板を見つけた。店先の机に、いくつか低い棒が立っていて、子どもだけでなく大人も輪を投げている。

「あれ、やってみたい」

 言うと、莉緒はすぐ足を止めた。

「輪投げ?」

「うん。見てると、入りそうで入らないんだよな」

「それ、絶対難しいやつじゃない?」

 俺たちが見ている間にも、投げた輪は棒に当たって横へ落ちた。投げた人が残念そうに笑い、店の人も、惜しかったね、と声を掛ける。

 莉緒は料金と説明を見てから、私もやる、と言った。一回二百円で輪は五つ、入った数にかかわらず、最後に紙のしおりを一枚選べる。点数で何かを取り合う遊びではないので、一緒にやりやすそうだった。


 先に俺が代金を払って、輪を受け取った。どの棒でもよいと言われたが、近いところに狙いを決める。

 最初の一つは棒へ届く前に落ちた。二つ目は届いたものの、机の上で一度跳ねて、向こうへ転がってしまう。

「航平、それ、投げてからずっと前に行ってる」

 隣で見ていた莉緒が言った。

「止めるつもりで投げるって、どうやるんだろ」

「もうちょっと、上から落ちる感じ?」

 言われた形を頭で考え、三つ目を投げる。輪はさっきより高く上がり、棒の少し横へ落ちた。

「今の、近くない?」

「うん。横だったけど」

「横だけど、近い」

 妙にきっぱりした言い方に笑ったせいで、四つ目は力が抜けた。それが一本の棒へ引っかかり、少し揺れてから下まで落ちる。

「入った」

 俺が言うより少し早く、莉緒が手をたたいた。店の人も、入りましたね、と笑う。残りの一つは外したが、全部だめではなかったので満足だった。

「次、私ね」

 自分で代金を払った莉緒が、同じ線の後ろへ立つ。袖が腕についてこないよう、投げない方の手で軽く押さえた。

 俺と同じところを狙うのかと思ったが、彼女は一つ奥の棒を見ている。最初の輪は近い棒の手前に落ち、二つ目は奥まで届いたものの、横へ跳ねた。

「思ってたとこと、全然違う」

「もうちょっと手前から離せば?」

「手前って、どの手前?」

「……投げるときの、手の位置」

 説明しながら、自分でも分かりにくかったと思った。莉緒は笑って、ちょっとだけ早く離すね、と言う。

 三つ目も外れた。四つ目は棒の先へ当たり、輪が縦に立ってから向こうへ落ちる。俺まで息をのんだので、彼女が振り返って笑った。

「今の、入ると思った?」

「思った」

「私も」

 最後の輪を持った莉緒は、もう一度狙う先を見た。今度は一つ手前の棒へ投げる。輪はちょうど棒の周りに落ち、今度こそ下まで入った。

 俺は小さく手をたたき、彼女も振り向いて笑った。勝ち負けをつけなくても、自分が入れたときと同じくらい楽しかった。

 最後に箱の中から、しおりを一枚ずつ選ぶ。紙は細長く、花や木、動物などの小さな絵が印刷されていた。俺は木の絵のものにして、莉緒は黄色い花を選ぶ。

「航平、また木だ」

「見てたら、それがよくなった」

「私も、花これがいい。今日、黄色よく見てるね」

 彼女は自分の帯を見て笑った。しおりを折らないよう、店でもらった薄い紙の封筒へそれぞれ入れる。俺は鞄の内ポケットに収め、莉緒も自分の鞄へしまった。

 何か大きな景品を取れたわけではない。輪が棒の先で揺れて落ちたところも、最後に入ったときの声も、帰ってしおりを出したら一緒に思い出せそうだった。


 通りをゆっくり戻る頃には、旗の下の明かりがさっきより目立っていた。家の窓や、店の入口の明かりが道の両側に増えている。

 俺たちは、最初に見ておいた通りの端へ向かった。ここまで来ると人は少なくなり、旗が続いている先に、まだ青い空が見えた。

「この辺、撮りたかったんだ」

「うん。ちょっと立ち止まっていい?」

 莉緒がうなずいたので、俺は通行する人の妨げにならない位置へ寄る。スマホを構えてみると、思っていたより手前の街灯が大きく入り、旗の並びが少し隠れた。

 横へ移動し、もう一度画面を見る。莉緒は俺の後ろで待つだけでなく、少し離れたところから同じ方角を見ていた。

「そこからだと、奥の明かりまで並ぶ?」

「うん。でも、手前のが明るすぎるかも」

「私、ここからだと、旗の裏しか見えない」

 言われて彼女の方へ行くと、確かに違って見えた。同じ旗なのに、色のある面が向こうへ向いている。俺は最初の位置へ戻り、一枚撮った。

 きれいに全部は写らなかったけれど、まだ空が明るい感じは残せた。画面を莉緒へ見せると、彼女は、ここ好き、と奥の空を指した。

「真っ暗になる前の色、入ってる」

「それ、残したかった」

「うん。今、そういう色だもんね」

 見せるために画面を向けたのに、彼女は本物の空も見上げてくれた。俺もつられて顔を上げる。スマホへ残せない分まで、その場で見ていられるのがよかった。

 莉緒が俺を見て、写真、一緒にも撮れるかな、と聞いた。通りの端なら人の顔が入りにくいので、少し位置を探す。

 彼女のスマホを受け取り、二人の肩が近くなるくらいに並んだ。浴衣の袖が俺の腕の横で揺れる。画面を見て、彼女が一歩だけ内側へ寄った。

「顔、暗くない?」

「大丈夫。旗は、少しだけになるけど」

「今日は私たち、入ればいい」

 彼女が言うので、俺は構えたまま顔を画面へ向ける。さっき輪投げで笑ったせいか、普段より口元が楽だった。

 一枚撮って、二人で確かめる。明かりの色が頬に少し乗っていたが、浴衣の黄色と白いシャツは分かった。彼女もこれがいいと言い、撮り直さずに保存する。

 スマホを返すと、その場で俺へ送ってくれた。

「これ、紗季にも見せたいんだけど、いい?」

「うん。俺の顔、それなら大丈夫」

「それなら、って。今日、変な顔撮ってないよ」

「輪投げのとき、たぶん変だった」

「あれは、私も投げてたから、撮れませんでした」

 莉緒の言い方がおかしくて、また笑った。写真がなくても、彼女は俺の顔を見ていた。そのことをわざわざ言葉へ直すと照れそうで、俺は送られてきた二人の写真をもう一度見た。


 時刻を確認すると、まだ十九時半には少し間があった。今から通りを戻れば、慌てずに会場を出られる。

「そろそろ、駅の方へ戻る?」

 俺が聞くと、莉緒はうなずいた。

「うん。途中、見ながらでいい?」

「もちろん。寄りたいとこ、残ってる?」

「買いたいのは、もう大丈夫。でも、最初のとこ、明かりついてから見てないから」

 俺も同じだったので、来た道を二人でゆっくり引き返す。さっきは布の色を見ていた店にも灯りがつき、昼間とは違う陰ができていた。

 通りの途中で小さな演奏が始まり、椅子に座った人たちが手をたたいている。俺たちは少し離れて立ち、一曲の終わりまで聞いた。知っている曲ではなかったが、終わったところは分かったので、一緒に拍手をする。

 その後は店の前を離れ、駅へ向かう道へ曲がった。人の声が少し遠くなり、莉緒が、今日いくら使ったっけ、と財布を確かめる。

「焼きそばと、氷と、髪のと、輪投げ」

「千三百円?」

「うん、それだ。全部、ちゃんと覚えてるんだね」

「俺のは、もうちょっと少ない。千円」

 カレーととうもろこしと輪投げで、そうなった。最初から同じ金額を使う必要もなく、彼女もそろえようとはしない。

「私、今日の髪のやつ、明日使う。買って終わりにしたくないから」

「うん。見たい」

 答えたところで、明日は会う予定がないことに気づいた。莉緒も一度俺を見てから、笑った。

「写真、送るね」

「ありがとう。後ろだと、撮りにくくない?」

「横からでも分かると思う。無理だったら、次会ったとき」

 次、と聞いて、俺は彼女の顔を見る。莉緒もこちらを見ていた。

「次、いつがいいかな」

 俺から聞くと、彼女は鞄を持ち直した。

「来週は家の用事、先に聞かないと分かんない日がある。航平も、見学あるよね」

「見学は、その次の日曜。父さんと行く方」

「そっか。じゃあ、明日、空いてる日送る。それから、一緒に決めよ」

 すぐに日付が決まらなくても、次を一緒に決める話ができた。全部空いていると言ってもらうより、彼女自身の予定を先に確かめてくれる方が、俺も自分の希望を言いやすかった。

「俺、昼に出るなら、涼しいとこがいい」

「私も。それは、すぐ決まるね」

「外、歩くの好きだけど、毎回暑いのは困る」

 莉緒が笑い、私も浴衣で毎回は来ない、と答えた。


 いつもの駅前へ戻ったのは、二十時より十分以上前だった。まだ帰る方向が同じところまでは、一緒に歩ける。彼女は歩きにくそうにはしていなかったが、足は平気かと一度聞いた。

「うん。ゆっくり歩けたから、大丈夫」

「それならよかった」

「今日は、これ着てきてよかった。航平が、ちゃんと見てくれたし」

 彼女は帯の前を軽く押さえた。外へ出る前に考えたことも、俺に見せたいと思ってくれたことも、その指の先に少し残っているように見えた。

 もっと上手に褒められたらよかったのかもしれない。けれど、そこで言い方を探して黙るのは嫌だった。

「似合ってた。今も、そう思ってる」

 答えると、彼女がこちらを見た。

「まだ、着てるからね」

「うん。だから、今も」

 自分で言ったくせに、俺の方が照れた。莉緒は少し下を向いて笑い、それから、ありがとう、と言った。

 別れる道の角で、互いに今日の礼を言う。俺は彼女が一歩離れてから、もう一度名前を呼んだ。

「莉緒」

「うん?」

 振り向いた顔を見たら、帰りたくないと言いそうになった。けれど、まだ今日も終わりではないし、彼女にも帰る家がある。

「帰ったら、連絡して。俺もする」

「うん。じゃあ、また後で。航平」

 彼女が笑って手を振る。俺も手を上げて、彼女が道を曲がるのを見送ってから、自分の家へ向かった。

 楽しいだけなら、拓海と出かける日も楽しい。写真を見てもらうだけなら、他の誰かにだってできる。それでも、今日の服をもう一度褒めたかったのも、帰ったという短い連絡を待ちたいのも、彼女だった。

 好きなんだと思った。今度は、その言葉の後ろに疑問をつけなかった。

 すぐに答えを求める言葉を送るより、明日は自分の予定を見て、会いたい日を伝えようと思った。名前を呼びたいと話してくれた彼女へ、俺も、会いたいから誘うのだと分かるようにしたかった。


 帰宅して時計を確かめ、母にただいまと言う。二十時半より前だった。弟に焼きそばはあったと報告すると、やっぱりね、とだけ返ってきて、予想した通りだったので笑った。

 部屋で鞄を下ろし、木のしおりが入った封筒を机へ置く。スマホに帰ったと送ると、少しして莉緒からも、今着いた、と返事が来た。

『今日はありがとう。浴衣、これから着替える』

『こっちこそ。髪のやつ、明日楽しみにしてる』

 俺が送ると、彼女は、撮れなかったら次ね、と答えた。それから、紗季へ二人の写真を送ったと教えてくれる。俺もその写真を開いた。

 小さな画面の中で、二人ともこちらを向いて笑っている。旗は少ししか写っていなかったが、彼女がそれでいいと言った理由は、俺にも分かった。

 着替えて水を飲み、返事を待たなくていいように最後のメッセージを送る。打った名前を一度見て、そのまま指を動かした。

『おやすみ、莉緒』

 今夜初めてではないのに、送った後でまた少し照れた。スマホを置きかけたところで、返事が届く。

『おやすみ、航平。また明日ね』

 明日は、学校で会う朝ではない。けれど、話す約束はもうあった。俺は二人の写真を保存してからスマホを置き、机の上の封筒を開いた。

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