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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第25話 明日も、は言えるけれど

 ボウリングから帰った日曜の夜、俺は夕涼み会のポスターをスマホで開いた。夏休み最初の土曜、十七時から二十時まで。今日、藤崎と一緒に見たときより、家の中で読む方が少し先の予定に感じられた。

 夕食の後で母に話すと、その日は家の用事は入っていないと言われた。帰る時間を聞かれ、終わるまでいたとしても、近くの商店街から歩いて戻るので二十時半には着くと答える。

「じゃあ、夕飯は?」

「向こうで食べると思う。決めたら言う」

「分かった。食べてから行くなら、そっちも教えてね」

 母は台所の片づけへ戻った。特別な許可をもらうための話というより、一緒に暮らす家の夕飯をどうするか決める話だった。俺も、外出する時間だけ分かっていれば全部済むわけではないと気づく。

 部屋へ戻り、藤崎へ連絡すると、向こうも予定を確かめられたところだった。彼女も二十時半には帰ることにして、現地は二十時より少し前に出ようと話した。

『集合、十六時四十分くらいはどう?』

 俺が送ると、すぐに『いつもの時計の下?』と返ってきた。

『うん。そこから一緒に歩く』

『それがいい。お昼のときと、ちょっと違うね』

 毎回同じ広場でも、今日までの集合は明るい時間ばかりだった。これから涼しくなる方へ二人で向かうと思うと、まだ先の日付の横に、待っている彼女の顔が浮かぶ。

 夕飯は会場で軽く食べたいと藤崎が言った。俺もそのつもりだったので、屋台を見てから決めようと返す。全部の店を回る義務も、同じ物を買う必要もない。

『食べたいやつ、売り切れてたら言ってね』

『何を言うの』

『残念だったって。私、一緒に残念がるから』

 不思議な約束に笑ってしまった。代わりの店を探すだけでなく、残念だったと言ってもいい相手が一緒にいる。それなら、完璧に調べてから出かけなくてもよかった。

 最後に待ち合わせをカレンダーへ入れ、母に向こうで食べると伝えた。廊下で弟にどこへ行くのか聞かれ、商店街の夕涼み会だと答える。

「焼きそばある?」

「まだ分かんない。ポスターには屋台って書いてある」

「じゃあ、だいたいあるでしょ」

 自信があるので笑った。弟は友達と別の日に遊ぶつもりらしく、夕涼み会へついていくとは言わなかった。俺も土産を勝手に約束せず、何があったかは帰ってから話せると思った。


 月曜の教室は、窓を開けても風がぬるかった。自分の席へ鞄を下ろすと、中央寄りの藤崎がこちらへ来る。手には教科書も、質問する紙もなかった。

「おはよう。腕、平気?」

「うん。昨日のより、体育の方がきた」

「私も。ボウリング、歩いて戻るだけだもんね」

 彼女は窓の外へ目を向け、一度だけ手で顔をあおいだ。今日は髪を後ろで緩くまとめていて、耳の横に短い毛が少し残っている。

「昨日の写真、紗季に見せていい?」

「いいよ。変な顔じゃない方なら」

「じゃあ、両方」

 言い切られ、俺も笑った。俺が少し彼女を向いた方も、藤崎にとっては変な写真ではなかったらしい。

 少しして高瀬さんも来て、彼女の画面を見た。服のことより先に、二人とも楽しそうだね、と言う。藤崎はこれから行くところだからと答え、俺は、行った後も笑ってた、と付け加えた。

「どっちが勝ったの?」

「一回ずつ。でも、合計は私」

 藤崎が小さく胸を張ると、高瀬さんは、そこまで数えたんだ、と笑った。席へ戻る前に、彼女自身の学校見学の話も少しする。夏休みの平日に一校見に行くつもりで、妹がついていきたいと言うのをどうしようか考えているらしい。

「自分の学校見に行くのに、妹の休憩ばっかり考えそうで」

「今回は一人の方がいいって言っても、いいんじゃない?」

 藤崎が答えると、高瀬さんはうなずいた。妹と出かける日を別に作れたら、そちらでは気にせず遊べる。俺も父と資料を見る日と、藤崎と会う日を、同じ予定にしないでいいのだと思った。

 予鈴が鳴って皆が自分の場所へ戻る。離れた席でも朝の話はできるようになったけれど、もうすぐ教室自体がしばらく使わなくなる。手元の時間割へ、夏休みまでの残りをつい数えてしまった。


 授業は最後の単元のまとめに入り、返却する物や持ち帰る物も少しずつ増えた。課題の説明を聞いてから、俺は配られた冊子を教科ごとにファイルへ入れる。前の日までの問題集と混ぜると、後で何をするのか分からなくなりそうだった。

 拓海は、自分の席から課題の紙を持ってきて、これ全部一冊じゃないんだな、と言った。

「一冊なら、どこまでやったか分かりやすいけど」

「紙なくしたら終わるやつ、嫌なんだよ」

「先に挟んどけ。お前、漫画と混ざりそう」

 俺が答えると、拓海は否定せず笑った。店で見たゲームは、結局新品を買ったらしい。弟と遊ぶ時間は分けることにしたが、自分の番の前に弟が先へ進むのをどう止めるかが問題だと言う。

「止めるっていうか、二つ記録作れば?」

「作った。だから、それぞれ先行くんだよ」

「そっちは、止められないな」

 二人で笑っていると、藤崎が近くを通り、何の記録か聞いてきた。拓海がゲームだと答えると、宿題の進んだところかと思ったと驚いた顔をする。

「そっちの記録も、ちょっとは進めないとね」

「まだ夏休みになってないのに、もう言われた」

 拓海が笑う。俺も同じ気分だったが、気になることだけ先に片づければ、遊ぶ予定を決めやすくなるのは分かっていた。

 昼食の後、四人で夏休みの最初の予定を話した。高瀬さんは妹との外出と見学の日を別にするつもりで、拓海は家での用事がいくつかある。俺も大学へ実際に行く日を探していると伝えた。

「もう申し込んだ?」

 藤崎に聞かれ、まだと答える。資料の中にある見学日の候補を父にも見せたが、俺がどの説明を聞きたいかまで決めきれていなかった。

「私も、行く前、それで止まった。全部よさそうに見えるんだよね」

「でも、全部は回れないんだな」

「うん。私、今回は並べる方って決めたから、そっちから聞けた」

 彼女は誰かの答えを代わりに用意してくれるのではなく、自分はどう選んだかを話してくれた。俺はその日の夜、冊子に付箋をつけたところをもう一度見ようと思った。


 水曜の帰り、俺は拓海と駅まで歩いた。藤崎と高瀬さんは別の用事があるので、昇降口で先に別れている。二人で何でも同じ日にする必要はないという話をした後では、別の道へ行くのを寂しいだけとは思わなくなった。

 拓海は夏休みにまた古本屋へ行こうと言った。抜けていた巻はもうそろったが、前に買った別の作品の続きも探したいらしい。

「お前、本の方も見るなら、ついでじゃなくて先に行こうぜ。後だと持つの面倒になるし」

「買ってからゲームの店に持ってく方が、荷物増えない?」

「そうか。じゃあ、逆か」

 店の順番だけで話が一往復し、二人とも笑った。俺も行きたい店を自分から一つ足す。前に食べた定食屋へまた行くなら、今度は違う方を頼んでみたかった。

「暑いのに、しょうが焼き食いたくなった」

 拓海が言ったので、俺はそれにしろよと答えた。いつかの公園で何を考えていたか分かっても、誘う前に一度迷う癖は残っている。ただ、その迷いを相手の退屈へ勝手に置き換える前に、聞けることが増えていた。

 日付は家の用事が分かってから決めることにして、駅前で別れた。会う予定を一つ置くだけでも、夏休みの全部を空けておく必要はなかった。


 帰宅後、大学の案内を居間へ持っていった。父が見られる時間を聞き、食事の片づけの後で二人並んで読む。

 俺が気になっているのは、街を調べてまとめる授業だった。写真に写った場所を歩くのは好きだが、調べたことを人へ伝えるところは、まだほとんどやったことがない。

「それを聞ける説明、こっちにあるみたい」

 父が案内の小さい欄を示した。学校全体の話と、その学びの話は別の時間にあり、朝から全部聞こうとすると移動にも余裕がなさそうだった。

「俺、こっちから聞きたい」

 自分で指すと、父はうなずいた。じゃあ、その前に着けるように行こうと答える。俺一人で行きたいのかも聞かれたが、今回は通う道も一緒に見てほしいと伝えた。

「乗り換え、朝どんな感じかは分かんないけど」

「それは、平日の朝とはまた違うからね。でも、一度行けば道は分かるよ」

 父の返事を聞き、夏休みの二週目の日曜に行く回を申し込んだ。本人の名前で説明を聞く分を予約し、保護者も一緒に来られることを確かめる。画面に受け付けた表示が出たところで、時刻と持ち物を自分のメモへ残した。

 まだ受ける学校を決めたわけではない。けれど、誰かに連れていってもらうだけでなく、自分が何を聞きたいかを先に言えたのはよかった。

 案内を閉じる前に、父が机に残った付箋を指した。俺が最初に印をつけたところには、講義の紹介ではなく、学生が商店街を歩いている写真があった。

「こういうことをするのが気になる?」

「うん。でも、歩くだけじゃないんだろうなって」

「何を調べてるか、聞いてみればいいんじゃないかな」

 当たり前のことなのに、案内に答えが載っていないと候補から外しそうになっていた。俺はスマホへ、写真に写っている活動について、と書きかけてから消した。それでは当日、自分でも何を聞くつもりだったか分からなくなる。

『行く場所はどうやって決めるのか。歩いて見たことを、何にまとめるのか』

 そこまで入れると、普段の散歩と違うところを知りたいのだと、自分でも分かった。

「それ、答えてくれる人、いるの?」

 水を取りに来た弟がのぞき込もうとしたので、大学を見に行くときに聞くと説明した。弟はへえ、と言い、自分なら食堂が何時まで開いているか聞くと言う。

「毎日通うなら、大事じゃない?」

「それはそうだけど、まず授業だろ」

「昼、食べられないと、午後眠くなるし」

「食べても眠くなるじゃん、お前」

 父が笑い、弟は俺だって同じだと言い返した。見学へ行く前から、将来の仕事を全部決めていなければならない気がしていたのに、通う場所で昼をどう過ごすかも、確かめていいことらしい。

 弟が台所へ行った後、俺は当日の案内を見て、見学できる場所も確認した。食堂を利用できるかまではまだ調べきれなかったので、そこには疑問符を残す。分からないことを無理に埋めずにおけると、次に見るところがはっきりした。

 父は、帰りに気づいたことを忘れないうちに書いておくといいと言って、案内を俺へ返した。渡された冊子を自分の部屋へ持っていく途中、これは父の予定を借りたのではなく、俺の用事に一緒に来てもらうのだと思った。

 藤崎へ決まったと送ると、しばらくして返事が来た。

『街の話、聞ける方?』

『うん。そっちから。父さんと行く』

『いいね。帰ったら、どんなだったか聞かせて』

 俺も分からないことが多かったらそのまま話すと送った。彼女は、私もそうだったから大丈夫と答える。二人が将来同じ学校へ行くかどうかは、今のところ考えていなかった。それぞれが調べたことを、帰ってから聞き合えるだけでも嬉しかった。


 それから授業のまとめや持ち物の整理をする日が続き、一学期最後の金曜になった。明日から夏休みなのに、鞄を持った身体は、いつもの時刻に玄関へ向かっていた。

 教室で鞄を置くと、窓の外から風が入った。前の席の生徒が配られた紙を押さえている。俺も手を貸して端を直し、黒板へ書かれた連絡を見た。

 藤崎は高瀬さんと話していた。今日はそれを待ってから行くのではなく、彼女がこちらを見るまで教科書を片づける。やがて目が合い、彼女の方から手を上げた。

「今日、持って帰る物、多い?」

 俺の机へ来て聞くので、昨日までに大きいのは持って帰ったと答えた。彼女はファイルの中の紙を確かめ、私も同じつもりだったのにまだある、と笑う。

「紙、一枚だと薄いのに、集まるとずるいよね」

「集めたの、自分だろ」

「学校のも入ってます」

 いつもの冗談を話すと、夏休みの前だから何か特別なことを言わなければという気持ちは少し薄れた。終業の話を聞き、教室へ戻って課題や休み明けの連絡を確かめる。机の中を最後に見たとき、前にも席替えで同じようにのぞいたことを思い出した。

 あのときは、遠くなったら話せなくなると思っていた。実際には、来ていいか聞いて、話しに行くようになった。今度も同じ教室に毎日いないというだけで、声を掛ける先までなくなるわけではなかった。

 最後の掃除では、机を後ろへ運んで床を掃いた。窓の近くの担当だった俺は、落ちていた消しゴムのかけらを集めてから、窓枠の砂を雑巾で拭く。水を替えてきた藤崎が、俺の前の机に洗った雑巾を置いた。

「こっち、まだ使ってない方。そっち、もう真っ黒でしょ」

「ありがとう。よく見えたな」

「窓、そんなに汚れてると思わなかった。毎日見てるのに」

 彼女も一枚を持ち、隣の窓枠を拭いた。教室の後ろでは拓海が机の脚に引っかかった糸くずを取っていて、高瀬さんは黒板消しを持って廊下へ出ていく。机を寄せたせいで、いつもの教室が広く見えた。

 藤崎の前に立てかけられた椅子が少しずれた。手を止めて自分で押さえた彼女へ、戻すなら持つよ、と声を掛ける。

「ありがと。でも、ここ拭いてからでいい? 先に戻すと届かなくなる」

「じゃあ、そっち終わったら」

「うん。三原も、自分のとこやってて」

 助けた方がいいと思っても、彼女には彼女の順番があった。俺は自分の雑巾を裏返し、残った砂を取った。しばらくして呼ばれてから、二人で机を元の場所へ戻す。

 運ぶ距離は短いので、一台ずつ持てば済んだ。俺が彼女の机を置いた後、藤崎は窓際に残った俺の椅子を運んできた。机に脚をぶつけないよう、ゆっくり下ろしてくれる。

「三原の席、窓開けると気持ちいいけど、紙飛ぶんだね」

「うん。たまに、全部押さえる手が足りなくなる」

「そのとき呼んで。私、二本ある」

「自分の紙は?」

「あ、それもあるか」

 笑った藤崎の指には、雑巾を絞った跡が少し赤く残っていた。俺も自分の手を見てから、洗いに行こうと声を掛ける。廊下の水道で並ぶと、蛇口から出た水が初めだけぬるかった。

「今日で、この廊下も夏休みか」

 藤崎が水を止めながら言った。

「廊下は、休めないんじゃない。部活の人とか来るだろ」

「そっか。じゃあ、私たちが休むだけだ」

 彼女はハンカチを取り出して、指の間まで丁寧に拭いた。俺も自分のハンカチをポケットから出す。何も借りなくても、一緒に水道から戻るだけで、今日の掃除は少し長く覚えていられそうだった。

 教室へ戻った藤崎が俺の席を見て、机、ちょっと斜めかも、と言った。自分で動かした机だったので、俺はすぐ直す。彼女は後ろから位置を見て、そこ、と教えた。

「これで、休み明け困らないね」

「また誰か使って動かすかもしれないけど」

「今、きれいならいいの」

 藤崎が笑うので、俺もそれ以上先のことは言わずにうなずいた。


 下校の前に四人で少し話した。拓海が、課題、先に何からやる、と言い、高瀬さんは提出の形が分かるものから選ぶと答える。藤崎は数学を残したくないが、初日から全部開く気はないらしい。

「まず、どこで止まりそうか見ようかな。できないの後で一気に出てくると困るし」

「俺も。一個も分かんないってなったら、連絡する」

 俺が言うと、彼女は、三原も聞いてよ、と返した。ずっと教えている人と、教わる人に分かれていないのが気楽だった。

 高瀬さんは、妹と昼を作る約束があると言って先に帰った。拓海も廊下で別の男子に声を掛けられ、駅まで一緒に行くから、と手を上げる。俺たちはそれぞれに挨拶を返し、鞄のファスナーを閉めて席を離れた。

 藤崎と昇降口を出ると、通学路の照り返しが強かった。彼女が少しだけ歩く速さを落とす。俺も並び、今日は家で冷たいものを飲みたいと言うと、私も、と笑った。

 夕涼み会の待ち合わせは、明日の十六時四十分だった。途中で一度、もう一回だけ確かめてもいいかと藤崎が聞く。

「いつもの時計の下。会場は二十時前に出る。夕飯、向こうで。合ってる?」

「合ってる。俺、水も持ってく」

「私も。あと、明日の服、ちょっと考えてる」

 彼女が言ってから俺の顔を見る。何を着るか聞いてほしいのかと思ったが、少し考えて、見せたい方なのかもしれないと気づいた。

「じゃあ、明日、楽しみにしてる」

「うん。暑すぎて変えたら、そのときは言うけど」

「変えても、見る」

 俺が答えると、彼女は一度視線を落とし、それから笑った。自分でも少し直接的に言ったと思ったが、別の説明は足さなかった。

 通学路の分かれ目で、藤崎が立ち止まった。何度もここで手を振ったのに、今日は背負った鞄が一段重く見える。次に学校で会うまでには、何日もある。

「じゃあ、また明日」

 俺から言うと、彼女も同じ言葉を返した。

「また明日。明日も会うんだね」

「うん。夏休みになったばっかだけど」

「よかった。いきなりずっと会わないの、ちょっと変な感じしそうだったから」

 俺もそうだと答えた。毎朝隣へ行く代わりに、明日は夕方の広場へ行く。彼女が決めた服を見て、俺も自分で選んだ格好で、同じ場所から一緒に歩ける。

「遅れそうなら、連絡する。待っててね」

 藤崎が言ったので、俺はうなずいた。

「うん。急がなくていい」

 学校の鞄を持つ彼女と別れ、俺は自分の道へ曲がった。今日の夜、カレンダーに新しい印をつける必要はない。もう入っている明日の予定を、一度見直すのが楽しみだった。

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