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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第16話 試験が終わったら

 土曜日の午前中、俺は昨夜の英語の問題を、ノートを閉じたまま解き直した。

 最初の一文で迷ったものの、その前の文章まで読んでみると、誰のことを指しているのか分かる。答え合わせをして丸をつけてから、スマホを手に取った。

『昨日のところ、自分でできた』

 藤崎へ送った後で、問題集の続きを開く。返事を待って画面を見続けていると、そのまま別のことを始めてしまいそうだった。

 二問ほど進めると通知が来た。

『私も。最後、計算し直したけど合った』

『じゃあ、昨日の分は終わりだな』

『うん。でも次のページが待ってる』

 机へ向かう猫のスタンプには、すでに疲れたような顔がついていた。俺は笑い、こっちもまだ残ってる、と返してスマホを伏せた。

 昨夜の電話で話した時間より、今日解き直す時間の方が短かった。説明を聞いたときには分かったつもりでも、自分だけでできるかは別だ。それでも、一つ終わったと伝えられる相手がいると、丸をつけるのが少し楽しい。

 昼前、部屋の扉が二度鳴った。弟が顔を出し、机の上を見てから聞く。

「兄ちゃん、充電器、今使ってる?」

「使ってない。けど、出かけるなら持ってくなよ」

「家で使う。昼から友達来るから」

 俺はケーブルを外し、本の脇から渡した。机に並べてあった写真は、問題集を広げるため窓側へ寄せてある。弟はそちらへ一度目をやったが、別のことを思い出したらしかった。

「そうだ。あの映画、来週行くことになった」

「配達のやつ?」

「うん。時間、友達が調べてる」

 先に見ると話していたアニメの予定が決まったらしい。俺は、試験終わってからなら感想聞く、と答えた。

「ネタバレは?」

「しなくていい。変な動物が面白かったか、その辺で」

「そこだけだと、何も言えなさそう」

 弟は笑って扉を閉めた。俺もペンを持ち直す。隣の部屋に友達が来れば多少は声もするが、それを理由に今日の予定が全部できなくなるわけではなかった。

 昼食の後は国語へ移った。苦手なところだけ続けると、終わった数より残ったページばかり目につく。先に今日やる分を紙へ書き、片方を終えたらもう片方を見ることにした。

 夕方、終わった問題の番号を消していると、拓海から短い連絡が来た。

『今日の目標終わった。漫画読んでいいと思う?』

『俺に許可取るなよ』

『じゃあ読む』

 すぐに返ってきたので、もう手に持っていたのだろう。俺も笑い、自分の残った一つを見た。読みたい本はあるが、今日はそこまで進めてからにする。

 藤崎と出かける予定のない土曜日だった。それでも、誰が今何をしているのか、少しだけ分かっていた。


 月曜日、教室へ着くと、窓際で藤崎と高瀬さんが紙を広げていた。

 試験の範囲表かと思ったが、近づくと、色のついた小さな袋が何枚も印刷されている。俺に気づいた藤崎が、机の上の紙を持ち上げた。

「三原、これ、ちょっと見て」

 駅前の市民交流館で行われる体験教室の案内だった。布の小物を作る回や、植物を使う回などが別々の日に並んでいる。

「昨日、駅のとこに貼ってあった。持って帰っていいの、置いてあったから」

「こういうの、やってるんだな」

「うん。私、この袋の回、気になる」

 藤崎が指したのは、小さな無地のトートに、布用のスタンプで模様をつける教室だった。縫うところから始めるのではなく、用意された袋へ色と形を選んで押すらしい。

 高瀬さんが紙を横から見て、持ち手の辺りを指した。

「これ、肩には掛けられなさそうだね」

「そう。水筒一本とか、本入れるくらいかな。私、サイズ見たかったんだけど、ここだと写真だけなんだよね」

 藤崎は案内の下の方まで読み、参加費の横へ指を動かした。一人八百円で、袋と道具は用意される。開かれるのは、試験が終わった後の土曜日だった。

「ちょうど試験終わってる日か」

 俺が言うと、彼女は少し笑った。

「見つけたとき、一番にそこ確認した」

「今週だったら、さすがに困るな」

「行って帰ってからやろうって思って、絶対、袋ずっと見ちゃう」

 言い方に実感があったので、俺も笑った。自分で作ったものなら、乾くまで何度も見たくなるかもしれない。

 藤崎は紙を折り直し、鞄のファイルへ戻した。行くと決めたわけではなく、試験が終わったら考えるつもりらしい。

「紗季は、その日、妹ちゃんと用事だって」

「前からの約束。別の回なら、見に行ってみてもいいけど」

 高瀬さんが答えた。藤崎は、うん、と言い、今度そっちも見よう、と返す。

 俺は自分の席へ戻り、問題集を出した。さっきの紙に載っていた模様を、少しだけ思い返す。花や丸だけでなく、窓のような四角い形もあった。

 押す位置を変えるだけで、街の看板みたいになるだろうか。

 そこまで考えてから、範囲表へ目を戻した。今は、袋の模様より先に、やることが残っている。


 昼休み、拓海が試験の日程を見て、最初の日から重い、とつぶやいた。

 試験は来週の月曜から木曜までだった。月曜に数学と英語があり、俺たちが後へ残しかけていた二科目が最初に来る。

「最終日まで数学残ってても、俺、ずっと落ち着かないと思う」

 俺が言うと、藤崎が箸を止めた。

「あ、それはある。終わってない間、ほかのやつ見てても気になる」

「じゃあ、先に終わってよかったってことにしとくか」

 拓海は紙を閉じ、弁当へ戻った。高瀬さんは最終日の科目へ印をつけている。毎日同じものをやるより、日程に合わせて順番を変えるつもりらしかった。

 俺も今夜の予定を少し直した。残った問題を全部一度にやるのではなく、数学と英語を先に確かめておく。

 藤崎が俺の紙を見て、自分も今日は数学、と言った。

「昨日、一個できたと思って、丸つけたら、問題の方の数字写し間違えてた」

「それは、解き方が合ってても合わないな」

「そう。ちゃんと別の問題解いてた」

 拓海が、お前もか、と俺を見る。金曜の電話で一つ下の問題を見ていたことは、まだ彼には話していない。俺は別のときの間違いだろうと分かっていても、つい顔を上げた。

 藤崎と目が合い、彼女が小さく口元を緩める。

「三原、数字写すとこから、気をつけよ」

「うん。番号もな」

 俺が返すと、彼女は箸を持つ手を下げて笑った。拓海には普通の注意に聞こえたようで、自分の問題集にも印をつけておくかと言っている。

 二人しか分からない話は、何か大きな秘密でなくてもいいらしかった。俺も弁当を食べながら、隣から聞こえる笑い声が収まるのを待った。


 その週の放課後は、四人がそろう日ばかりではなかった。

 火曜は俺と拓海が教室で少し確認してから帰り、水曜は藤崎が先生へ聞きたいところをまとめて職員室へ行った。高瀬さんは自分で覚えるところが残っているので、今日は家でやると言って先に帰った。

 木曜日、俺は図書室の前で藤崎に追いついた。彼女は借りたい本があるわけではなく、空いていれば一時間ほど進めるつもりだったらしい。

「俺も、今日は残る。隣、空いてたら使っていい?」

「うん。今日は、私より問題集見てね」

「いつも見てるだろ」

 返してから、少し遅れて意味が分かった。藤崎はすでに扉へ手を掛け、笑いを抑えていた。

「説明、先に全部してくれなくていいよってこと」

「……分かってる」

 分かっていなかったのが声に出た気がしたが、彼女はそれ以上言わなかった。

 空いた席を二つ見つけ、今日は並んで座った。向かいには別の生徒がいるので、ノートも筆箱も自分の場所へ収める。

 俺たちはほとんど話さず、それぞれの問題集を進めた。藤崎の手が止まると気になったが、しばらくすると自分で前のページへ戻って続きを書く。すぐ聞かなくても、分かるものはあるらしい。

 俺も時間を区切り、答えを見ずにできるかを試した。間違えたところには印をつけ、説明を読んでから、もう一度紙を変える。

 隣へ一枚ずれた紙を戻そうとして、藤崎の指と触れかけた。彼女が先に紙を押さえ、俺のノートの脇へ置く。

 ありがとう、と口だけで言うと、彼女はうなずいて自分の手元へ戻った。

 出かけたときのように、何を見ようかと相談しているわけではない。隣にいるのに、違うページを見ている。そのことが不思議なくらい落ち着いた。

 十七時前に片づけ、図書室を出た。藤崎が伸びをしかけて、抱えた本が滑りそうになり、慌てて持ち直す。

「手、二本しかなかった」

「分かってただろ、入る前から」

「勉強すると忘れるんです」

 俺は笑い、廊下の壁際で鞄へ入れるのを待った。彼女はノートを一冊ずつ収め、筆箱のファスナーを閉めた。

「今日、結構進んだ。三原は?」

「俺も。でも、同じところ、また間違えた」

「私もある。昨日の私と今日の私、同じとこで止まる」

「明日の自分に、ここ見ろって書いとくか」

 藤崎は、それいい、と笑い、範囲表の裏へ短く何かを書いた。俺も、印だけでは忘れそうなところに、何を見落としたか残すことにする。


 校門を出る頃には、日差しが少し斜めになっていた。藤崎は空を見てから、今日は真っすぐ帰るね、と言った。

「うん。俺も。帰って国語やる」

「私、夕飯まで英語。お姉ちゃんが遅いから、今日は私、お米炊く係」

「それ、忘れたら困るな」

「もうセットした。朝のうちに」

 彼女が得意そうに言い、俺も、それなら大丈夫だな、と返した。試験の予定だけで一日が埋まるわけではなく、家でやることもいつもどおりにある。

 駅へ向かう道で、市民交流館の前を通った。入口脇の掲示板には、月曜に見せてもらったのと同じ体験教室の案内が貼ってある。

 俺が目をやると、藤崎も気づいて足を緩めた。

「あ、これ。まだ貼ってある」

「さっきの袋のやつ?」

「うん。申込み、前日までだって。空いてれば、だけど」

 人の出入りを邪魔しないところへ寄り、二人で案内を見た。開催は、試験が終わる木曜の二日後。十一時から十二時までで、当日は二階の工作室へ行くらしい。

「これ、男でも普通に行っていいんだよな」

 俺が聞くと、藤崎は少し驚いた顔でこちらを見た。

「うん。ここ、誰でもって書いてある。三原も、やってみたい?」

「ちょっと。四角いの、重ねたら、窓みたいなの作れそうだなって」

 藤崎は案内へ目を戻した。写真の端にあった小さな模様を見つけると、ああ、これ、と指を近づける。

「確かに。看板みたいに並べても、かわいいかも」

「でも、見てると押す場所ずれそう」

「私も、全部同じところにする方が難しそうだと思った」

 二人で案内を見ながら、まだ使ってもいない道具の心配をした。写真ではきれいに並んでいるが、自分で押したものは、たぶん同じにはならない。

 それも少し面白そうだった。

 俺は彼女を見て、一度、掲示へ目を戻した。誘うなら今だと思ったが、彼女が試験のことで頭がいっぱいかもしれないと考える。

 けれど、今週無理に出かけたいと言っているわけではなかった。

「試験終わった後の土曜、藤崎、空いてる?」

 聞くと、彼女はすぐには答えず、スマホの予定を確かめた。

「今のところ空いてる。家の方も、一応聞くけど」

「じゃあ、これ、一緒にやってみない?」

 藤崎が顔を上げた。俺は言い直さず、彼女の返事を待つ。

「うん。行きたい」

 答えた後で、彼女はもう一度案内を見た。

「よかった。三原、一緒に来てくれたら、作ったの見せ合えるね」

「変なのになっても、見せる方?」

「もちろん。そこだけ隠されたら、気になるじゃん」

 彼女が笑い、俺も笑った。うまく作れるかどうかは分からなくても、一緒にやってみたいと言うことはできた。

 その場では申込みをせず、今夜それぞれ家の予定を確認してから、空きがあるか聞くことにした。藤崎は案内の問い合わせ先をスマホへ残し、俺も同じ箇所を確かめる。

「でも、まず来週だね」

 彼女が言った。

「うん。試験、ちゃんと終わらせてから」

「点数が何点以上だったら、とかは、なしで」

「そんな条件、つけてないぞ」

「分かってる。私も、つけたくないから」

 藤崎は照れたように笑って、スマホを鞄へ戻した。俺も予定欄へ、土曜の袋作りに小さな仮の印を入れる。

 終わった後にしたいことが、誰かに決めてもらった褒美ではなく、自分で選んだ予定になった。


 その夜、家で土曜の都合を聞くと、特に予定はないと言われた。俺は藤崎へ連絡し、彼女からも大丈夫だったと返事をもらう。

『空き、私が明日聞いてみる。二人分でいい?』

『うん。ありがとう』

『もし埋まってたら、別の回も見よ』

 その一文を読んで、俺は肩の力が少し抜けた。空いているかどうかまで用意してから誘わなくても、二人で次を考えられるらしい。

 翌金曜の昼、藤崎が、取れた、と教えてくれた。問い合わせの返事が来て、試験後の土曜十一時から、二名で受付ができたという。

「お金は、当日受付で別々に払えるって。袋も、道具も向こうにあるから、何も買わなくていい」

「分かった。八百円だよな」

「うん。服、汚したら困るのは着てこないで、って」

 俺はうなずき、カレンダーの仮の印を消して、時刻を書き直した。待ち合わせは当日十時四十分、いつもの駅前広場の時計の下。昼を食べるかは、その日の都合も見て後で相談する。

 藤崎も自分の手帳の日付欄へ書き、すぐに閉じた。中をのぞく必要はなく、言われた時刻だけで俺の予定も決まった。

 向かいで聞いていた高瀬さんが、あの袋、定規か何かと並んだ写真があればいいのに、と言った。

「大きさ、分からないよね。画面だと、横のスタンプが大きいのか、袋が小さいのか」

「そう。私、家で同じくらいの鞄あるか見ようとして、比べるものなくてやめた」

 藤崎が答えると、拓海が自分の弁当袋を持ち上げた。

「これくらいじゃないの。写真のやつ」

「それだと、持ち手、もっと長いと思う」

 高瀬さんが言い、四人で案内の写真を見直した。結局どれくらいか分からないままだが、当日見れば分かることではある。

「じゃあ、できたら見せて。私の妹、そういうの、全部自分も作りたがるから」

「うん。私がやってもできるか、先に試してくる」

 藤崎が笑う。拓海は、俺は図工の袋、線書いたら全部斜めになった、と自分の昔の話をした。

「布が動くんだよな。置いたときと、描いた後、形違ってて」

「それ、やる前に言うなよ」

 俺が返すと、彼は、机押さえてからやれってこと、と笑った。うまくできたものだけ見せるつもりはないので、その忠告も覚えておく。

 昼休みが終わる前、俺は案内の裏をもう一度見た。注意書きは少なく、最初に簡単な説明があるという。それなら、今から一人で道具の使い方を覚えなくてもよさそうだった。

 藤崎も同じところを読んでいたらしく、当日聞けばいいね、と紙を戻した。俺もうなずき、次の授業の教科書を開く。まだ使ったことのない道具を心配するより、まずは目の前の問題を終わらせたかった。

 土日は、それぞれに家で過ごした。俺は土曜の午後に短く外を歩き、帰りにパンを買ったが、知らない街まで出かけるのはやめた。写真を送るほどのことがなくても、藤崎からは、今、休憩、と猫のスタンプが一つ来た。

 返事をしてからスマホを伏せ、もう一度机へ戻る。机の端の写真は動かさず、問題集を少し右へ寄せた。

 夕食の後、母に、試験が終わったら進路の資料を取り寄せてもいいかと聞いた。前に図書室で読んだ冊子の中に、授業のことをもう少し見たい学校があったからだ。

「いいよ。学校で配ってるのとは違うの?」

「同じとこなんだけど、授業とか、通うところがもうちょっと詳しく載ってるらしい。まだ、決めたわけじゃないけど」

「見てから決めるんでしょ。お父さんにも、届いたら見せて」

 それで話は終わった。先に学校名を一つに絞ってから相談しなければいけない気がしていたが、知りたいことを知るためなら、何冊かあってもいいらしい。

 部屋へ戻り、以前書いた授業名の紙を取り出した。片方には、どういう人がそこで学ぶのか知りたいと書き足す。名前だけで面白そうだと思ったものが、自分のしたいことと同じなのかは、まだ分からない。

 試験の後に調べることとして、紙を進路のファイルへ挟んだ。今すぐ画面を開けば、いくらでも時間を使ってしまいそうだった。

 そのとき、廊下から父に声を掛けられた。母から資料の話を聞いたらしく、通う時間も見ておくといい、と言われる。

「行けない距離ではないと思う。でも、駅から先、まだ見てない」

「一回行ってみると、地図だけのときと違うからな」

「うん。休みの日、考えてみる」

 父は分かったとうなずき、洗面所の方へ行った。俺も扉を閉じ、机の横へファイルを戻す。

 知らない駅へ行くときには、どの道を歩くかをすぐ考える。それなのに、自分が通うかもしれない学校については、名前の欄を埋めることばかり気にしていた。

 行けば進路が決まるわけではないだろう。でも、入口まで歩いてみることなら、俺にもできそうだった。まずは資料を見て、見学できる日があるか確かめるつもりになった。

 日曜の夜、翌日の筆箱を確かめていると、藤崎からメッセージが届いた。

『明日、最初に問題の番号見る』

『俺は名前から書く』

『それは私も書く』

 画面を見て笑い、俺は消しゴムを筆箱へ戻した。最後に何問も増やすより、今日はここで閉じて眠ろうと思う。

『終わったら、何が一番困ったか話そう』

 俺が送ると、すぐに返事が来た。

『うん。じゃあ、教室で』

 試験を受けるのは自分一人だった。けれど、終わった後、席へ戻って話す人がいる。俺はスマホを机に置き、明日持っていく鞄を椅子へ掛けた。

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