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失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


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第15話 あと五分の使い道

 火曜の朝、鞄から問題集を出そうとすると、昨日書いた質問の紙が教科書の間から落ちかけた。俺は机の上で押さえ、折れた角を伸ばしてから筆箱の下へ挟む。

「三原、もうそんなやったの?」

 隣からのぞき込んだ藤崎へ、紙を少しずらして見せた。

「分かんないところ、書いただけ。進んだのは、こっちの二問」

「あ、それ見たら安心した。私も、昨日、全然終わんなくて」

 彼女は自分の問題集を開いた。端についた付箋は三枚で、そのうち一つには、最後だけ合わない、と書かれている。

「最後だけなら、途中はできてるんじゃない?」

「私もそう思った。でも、間違えたとこ探すのに、解いたのと同じくらいかかる」

 それは分かる。俺も昨夜、計算の途中を一行飛ばしたせいで、どこから直せばいいか分からなくなった。

 藤崎は問題集を閉じ、付箋が鞄の内側へ引っかからないよう、教科書と一緒にしまった。俺も質問の紙をノートへ挟み直す。

「藤崎、今日、十六時で大丈夫?」

「うん。紗季も、大野くんに伝えたって」

 答えた彼女が、こちらを見て少し笑った。俺は何か変なことを言ったかと思いかけてから、昨日変えた呼び方を思い出す。

 ただの時間確認でも、口に出せば彼女へ届く。メッセージで書くより気恥ずかしかったが、今さら呼び直すほどでもなかった。

「じゃあ、放課後」

「うん。逃げないでね」

「俺が誘われた方だけど」

「私も逃げないから」

 彼女はそう言い、次の授業のノートを開いた。覚える範囲が減るわけではないのに、放課後まで気が重いまま過ごさずに済みそうだった。


 最後の授業が終わってから、俺たちはそれぞれに帰り支度や用事を済ませた。

 俺は質問の紙を持って職員室の前へ行き、授業の終わりに聞きそびれた数学の問題を先生へ確かめた。計算の形は合っていたが、問題文の条件を一つ使っていなかったらしい。教えられた箇所に線を引くと、やり直すところが分かった。

 教室へ鞄を取りに戻ったとき、藤崎は高瀬さんと問題集を広げていた。俺に気づくと、今から行く、と言って立ち上がる。

「一個、減った?」

「うん。条件、読んでなかった」

「私も、読むところに印つけとこ」

 彼女は問題集を抱え直した。俺も鞄を持ち、二人と図書室へ向かう。

 入口の時計は十五時五十八分を示していた。先に来ていた拓海が棚の横から手を上げ、声を出さずに窓寄りの机を指す。長い机の端に四人分の空きがあった。

 俺と拓海が並び、向かいに藤崎、その隣に高瀬さんが座った。ほかの席にも本を読んだり書き物をしたりしている生徒がいる。挨拶は小さな声で済ませ、鞄を椅子の下へ置いた。

「俺、今日、ここまでにする」

 拓海が範囲表へ丸をつけて見せた。やるページの枚数を欲張らず、途中で残っていた問題を先に進めるつもりらしい。

 高瀬さんはノートの上へ小さな時計を置いた。家で使っているもので、音は鳴らさないという。

「これなら、スマホ見なくて済むから」

「私、それある。時間見て、つい別のとこ開く」

 藤崎がうなずき、自分のスマホを鞄へしまった。俺も同じようにして、四人で机の上の本を開く。

 最初のうちは、誰も話さなかった。向かいで藤崎がシャーペンを動かし、少しして消しゴムへ持ち替える。拓海は教科書のページを戻り、高瀬さんは自分で書いた英文へ線を引いていた。

 俺も昨日残したところから手をつけた。最初の一問は解けたが、次で途中式が長くなり、書く場所が足りなくなる。余白へ続ける前にノートを一行空けると、向かいから小さな紙が滑ってきた。

『その四、今日は読める』

 藤崎の字だった。顔を上げると、彼女は口元を押さえている。

 俺は紙の下へ、昨日よりは、と書き、彼女のノートの端へ戻した。笑いそうになるのをこらえ、もう一度問題集を見る。

 教え合うために来たはずなのに、最初のやり取りは字の確認だった。それでも、手を止めたくなるほど難しい一行が、少しだけ書きやすくなった。


 二十分ほど進めたところで、拓海が俺のノートを指した。どこで自分と違う形になったのか知りたいらしく、二人の式を並べる。

 俺の方が合っていると思って見始めたが、最初の計算から一つ符号が違っていた。拓海の問題集へ戻ると、そちらには答えと同じ形が残っている。

「……俺の方だな」

 声を落として言うと、拓海がうなずいた。正解を確信していたというより、これで次へ進めるとほっとした顔だった。

 俺が直している間に、高瀬さんが藤崎へ何かを聞いた。二人は英語の問題集を見比べ、藤崎が授業のノートの印を指す。

 すぐに高瀬さんがうなずき、こちらからも見えるよう、小さな丸をつけた。藤崎は自分の数学へ戻ったが、俺は少し意外で顔を上げたままになっていた。

 気づいた彼女が、何、と口だけで聞く。俺が首を振ると、彼女は眉を上げてから、またペンを動かした。

 数学で質問されることが続いていたので、今日は俺が説明する時間が多いと思っていた。けれど、分からないところは俺にもあるし、彼女が先に分かるところもある。当たり前のことを、問題集を並べてから思い出した。

 少しして藤崎が、自分の付箋のついたページを開いた。俺の方へ静かに押し、途中式の一か所を指でなぞる。

 そこまでは俺にも分かった。ただ、次の行で何をしたのか、見ただけでは追えない。指を止めて彼女を見ると、藤崎は一度考え、説明しかけた。

 俺たちは同時に周りを見た。話すなら、ここでは長くなりそうだった。

「廊下、行く?」

 小声で聞くと、彼女がうなずいた。高瀬さんたちへ指で外を示し、俺はノートと筆箱、藤崎は問題集を持って席を立つ。鞄は椅子の下に残した。

 図書室の扉を閉めると、廊下の向こうから運動部の掛け声が聞こえた。室内では気にならなかった音が、急にはっきりする。

 窓際の壁を背にして、藤崎が問題集を開いた。俺は隣へ立ち、自分のノートをその下へ重ねる。

「ここ、何した?」

「この括弧、まとめたつもりだった。数字がいっぱいになったから」

「ああ。まとめるとき、こっちのも掛けないといけない」

 彼女の式を別の行へ写し、括弧を一度ほどいてみる。藤崎は俺の手元を見ていたが、すぐに自分のシャーペンを出した。

「待って。私、書いてみていい?」

「うん」

 ノートを渡すと、彼女は窓の下の広い台へ置いた。説明された形をそのまま写すのではなく、問題集の前の行から自分でたどり直している。

 横から見ているうちに、俺はつい次の数字を言いかけた。けれど、彼女がまだ考えているので、口を閉じて待った。

「……あ、こっちにも掛けるんだ。ここだけ残してた」

 彼女が一行書き終え、自分で元の式と見比べる。俺もうなずき、最初にまとめたところを指した。

「そう。そこからなら、この後もつながると思う」

「ちょっと待って。最後までやる」

 藤崎はノートを押さえ、残りの計算を続けた。髪が頬の横へ落ちると、小指で耳へ掛け、また手元へ戻る。

 近くにいるから気づく癖だった。目をそらしたら、今どこを計算しているか分からなくなる。俺はノートを見ているつもりで、彼女の手が止まるのを待った。

「合った」

 藤崎が顔を上げた。答えを見せるつもりでこちらを向いたらしく、思ったより近いところで目が合う。

「うん。今度は、合ってる」

 俺が答えると、彼女はノートへ目を戻し、息をつくように笑った。

「よかった。これ、昨日ずっと分かんなかった」

「途中、飛ばさない方が、俺も見やすかった」

「うん。三原が先に全部言わなかったのも、よかった」

 俺は言いかけたことを思い出した。気づかれていたのかと思ったが、彼女は自分の式へ丸をつけている。

「途中で言われると、うん、って聞いて、それでできた気になるんだよね。自分で書くと、ここだけ分かってなかったってなる」

「俺も、先生に聞いたやつ、帰ってもう一回やらないと、忘れそう」

「じゃあ、今日の帰ったらやること、それにしよ」

 藤崎は笑ってノートを返した。俺は受け取り、彼女が書いた途中式を自分の字と見比べる。

 いつものノートの中に、彼女の少し丸い数字が並んでいる。消す必要はないので、そこはそのまま残した。


 席へ戻ると、時計は十六時半を少し過ぎていた。拓海が問題集から顔を上げ、俺たちが座ったのを見てから、自分の紙をこちらへ寄せる。

『あと三問』

 その下へ高瀬さんが、私も、と書き足した。俺が指を二本立てると、藤崎は自分の問題集を見直し、四本出しかけた指を五本へ増やした。

 拓海が肩を揺らしたので、俺も下を向いた。ここで笑い出すと、せっかく廊下まで出た意味がなくなる。

 残りの時間は、俺も自分の問題へ戻った。時計へ目をやる回数が増えるほど、なぜか一問にかかる時間が長くなる。あと少しで終わりそうなところで、四人が同時にページをめくった。

 閉室の五分前に、俺たちは片づけを始めた。藤崎は予定の五問のうち三問まで進み、残った二問の番号を付箋へ書く。拓海も一問残っていたが、もう片づける、と問題集を閉じた。

 消しゴムのかすを片づけ、椅子を戻して外へ出ると、藤崎が小さく伸びをした。

「全部は終わんなかったけど、家より進んだ」

「俺も。漫画、持ってこなくてよかった」

 拓海の答えに、高瀬さんが、それは本当にそう、と笑った。図書室で漫画を読み始めたら、勉強のために来た意味がなくなる。

 俺はノートへ挟んだ質問の紙を見た。線を引いて消せたものと、まだそのままのものがある。

「俺、英語が残った。訳のところ」

「どこ?」

 藤崎が俺の紙を見た。番号を確かめると、自分はそこをやったと言う。

「授業のノート、印つけてある。今、見る?」

「今日は、もう帰ろう。俺も、もう一回自分で見てみる」

「そっか。分かんなかったら言って。私のも合ってるか、一緒に確認するけど」

 藤崎は問題集を鞄へしまった。俺がうなずくと、高瀬さんが、あの文は前の一文も一緒に読む方が分かるよ、と教えてくれた。

 聞ける人がいるからといって、全部その場で教わらなくてもいい。持ち帰る問題が少し軽くなった気がして、俺も紙をノートへ戻した。


 四人で昇降口へ向かう途中、拓海が次も同じように残るかと聞いた。

「俺、木曜は残れないけど、金曜なら」

 俺が答えると、彼は金曜は早く帰りたいという。高瀬さんは水曜なら大丈夫で、藤崎もその日は時間があるらしかった。

「じゃあ、明日、俺たちだけでもやるか」

 拓海が高瀬さんたちを見た。俺も誘ってくれたのだから合わせたいと思ったが、明日の夕方は家で頼まれた買い物をする予定がある。今からずらせないこともないけれど、先に済ませると言っていた。

「俺、明日は買い物あるから、やめとく。分かんないとこ、木曜に聞いてもいい?」

「いいよ。俺に分かるやつなら」

 拓海は簡単に答え、俺も、そっちの残った一問も見る、と返した。

 四人そろう日にするため、全員の予定を変えなくてもいい。次に一緒にやるときには、今日の続きから話せる。

 昇降口で靴を履き替え、学校の外へ出ると、高瀬さんが藤崎へ、明日は英語からやろう、と声を掛けた。藤崎はうなずき、数学も一つだけ先に聞きたい、と付け足す。

 そこからは、今日進んだページや帰ってからの用事の話になった。俺たちは駅前まで四人で歩き、高瀬さんと拓海がそれぞれの道へ分かれた後も、少しだけ勉強の話を続けた。

「三原、木曜、何聞きたいの?」

「今日と同じところ残ってたら、英語。もうちょっと先もやるけど」

「私、印つけとく。金曜までに、あそこ一回終わらせたいんだよね」

「俺も、そのつもり」

 藤崎は鞄の肩ひもを直し、歩きながら少し考えた。

「でも、私、金曜は放課後、紗季と用事あるんだ。夜なら空いてるけど」

「じゃあ、学校で聞けばいいか。休み時間とか」

「うん。それでも分かんなかったら、電話する?」

 彼女がこちらを見た。俺はうなずきかけて、少し遅れて聞き返す。

「電話?」

「文字で式とか文の説明するより、早いかなって。ノートの写真送って、そこ見ながら」

「ああ。確かに」

 理由は分かった。連絡先は知っているし、会話も毎日している。電話だけが特別なことでもないはずだった。

 それでも、彼女の声を家で聞くところは、すぐには想像できなかった。

「長い時間じゃなくて、十五分くらい。金曜の八時半とか、どう?」

「夜なら大丈夫。家で聞かれても平気なとこで」

「私も自分の部屋。家の用事、終わってからにする」

 藤崎はスマホを出し、金曜の予定へ書き込んだ。俺も信号待ちでカレンダーを開き、二十時半に印をつける。

「その前に、全部分かったら?」

 俺が聞くと、彼女は画面から顔を上げた。

「じゃあ、ちゃんと合ってるか、答え合わせしよ。私も聞きたいの残してると思うし」

 それなら、わざと問題を残しておく必要はなかった。俺はカレンダーへ、英語の確認、と書き、スマホをしまった。


 水曜は頼まれた買い物を済ませて帰り、夕食の後に問題集を開いた。藤崎たちは学校で進められたらしく、夜には、あの五問の残り終わった、と短い連絡が来た。

 俺も計算を一問解き直し、彼女が俺のノートへ書いた途中式を見返した。自分の計算とは別のところで一度止まるので、読み進めると、どこを確かめたかったのか分かる。

 木曜の昼、拓海へ残していた一問の話を聞き、俺も自分が迷ったところを見せた。お互いに説明を始める前、まず問題文を読むようになったのは、少しだけ進歩かもしれない。

 英語の訳は授業ノートを開けば分かるところもあった。俺が印をつけた一文を昼休みに藤崎へ見せると、彼女は昨日の続きに別の付箋を貼った。

「ここ、金曜にもう一回やろ。私も、これ、まだ説明できない」

「分かったつもりの方?」

「たぶん。今、三原に言おうとしたら、出てこなかった」

 彼女は少し悔しそうに笑い、付箋へ短く書き足した。俺も問題の番号を紙へ残す。

 金曜日の放課後、藤崎は高瀬さんと一緒に教室を出た。俺は拓海と帰り、今日は先に数学を進めてから英語へ移ると話す。彼は、自分は国語が残っていると言った。

 家へ着いて着替えると、俺は机の写真を本の上へ一度寄せた。問題集とノートを並べる場所が必要だったからだ。橋と藤崎は、透明の袋に入れたまま重なっている。

 夕食を済ませ、食器を下げてから部屋へ戻る。二十時半まで、まだ十分以上あった。質問の紙を並べ、スマホをどこへ置けば手元が空くか考えているうちに、時計を見る回数が増えた。

 二十時二十八分、藤崎からメッセージが届いた。

『準備できた。三原の方、いい?』

 俺は、いいよ、と返した。二十時半になると通話の画面へ切り替わり、いつもより大きく彼女の表示名が出る。

 受けるところを押し、スマホを耳へ当てた。

「……もしもし」

『三原? 聞こえる?』

「うん。聞こえる」

『よかった。私も聞こえてる』

 教室で聞くときより、声が近かった。周りの机や廊下の音がないので、俺に話しているのだと、当たり前のことを意識する。

 こちらが黙ると、向こうも一度黙った。それから藤崎が、小さく笑った。

『何か、変な感じするね』

「うん。学校では普通に話してるのに」

『今、ノート見えてる?』

「まだ、通話の画面。ちょっと待って」

 俺はスマホを机へ置き、家族に聞こえないくらいの音量へ下げた。送ってもらったノートの写真を開くと、指で示しても彼女には伝わらないことに気づく。

「この、真ん中の文?」

『そう。上から三つ目。私、そこの下に線引いた』

 同じところを見ていると確認できてから、ようやく説明の続きを聞けた。藤崎が自分の言葉で文を言い換え、俺も前の一文を読み直す。

 授業で印をつけたところだけ拾うより、つながりが分かった。俺がノートへ書いていると、向こうから、待つよ、と声がした。

「ごめん。今、最後のとこ書いてる」

『うん。私も、さっき言ったの忘れる前に書いとく』

 短い沈黙に、紙を動かす音が混じった。図書室では向かいにいた人が、今日は画面の向こうにいる。

 書き終わった俺が続きを言うと、彼女は、そこなら合ってると思う、と答えた。その後は、藤崎の数学の写真を送ってもらい、俺のノートと比べる。

 一度、俺が見ている問題の番号を間違えた。どうしても彼女の式と合わず、問題文を読み上げたところで、藤崎が笑い出す。

『三原、それ、一つ下。私、まだそこやってない』

「あ、本当だ。勝手に難しくしてた」

『今日は上の方からお願いします』

 俺も笑ってページを指で押さえた。目の前ならすぐ指せるところを、言葉にすると意外に迷う。それでも、彼女がどこで困っているのかは、何度か確認すれば分かった。

 十五分が近づいた頃、藤崎がようやく一問を解き終えた。答えを確かめる声が少し明るくなり、俺も自分の問題集へ印をつける。

『これ、今は分かった。明日、何も見ないで、もう一回やる』

「うん。俺も、英語の方、そうする」

 時計を見ると二十時四十五分になっていた。予定の時間だったので、俺は開いていたノートをそろえる。

「じゃあ、今日はこの辺で」

『あ、待って』

 手を止めると、向こうで紙をめくる音がした。それから、少し間を空けて彼女が言った。

『あと五分だけ、話していい?』

「まだ、問題ある?」

『ううん。勉強じゃないんだけど』

 俺は机の端のスマホを見た。通話を終えるために伸ばしかけた手を戻し、椅子へ座り直す。

「いいよ。俺も、もうちょっと」

『よかった。さっき、今日の帰りのこと、言おうと思ってたの』

 藤崎と高瀬さんは駅前の雑貨店へ寄り、高瀬さんは妹に頼まれた髪留めを選んだらしい。ところが、家で聞いた色の言い方が曖昧で、二人で違う物を手に取ったという。

『紗季は薄い紫だと思ってて、私、絶対ピンクだって言ってた。でも、妹ちゃんが送ってきた写真、青だった』

「二人とも、違ったんだ」

『そう。隣に置いてあるやつだった。似てるようで、並べたら全然違うの』

 俺は笑い、文具店で見た野菜の色の話をしかけてから、やめた。今日は別の話を聞ける方が楽しい。

 代わりに、帰宅したとき弟が玄関で自分の靴を探していた話をした。いつもと違う場所へ置いただけなのに、片方しかないと思い込んでいた。

『三原も、探すの手伝ったの?』

「うん。結局、俺の靴の横にあった。最初から」

『お兄ちゃんの方も見てなかったじゃん』

「俺も、片方ないって言われたら、遠いところ探すんだな」

 彼女がまた笑った。たいした話ではないので、写真も送らなかったし、学校で思い出さなければ、そのまま終わっていたはずの出来事だった。

 でも、今、話す相手がいた。

『私も、今日、靴じゃないけど、ペン探した。手帳に挟んだままだった』

「ペンギンの?」

『うん。出したの覚えてるのに、筆箱に戻したと思ってて』

「明日、問題集やる前に確かめないとな」

『そうする。三原も、問題の番号』

 俺は言い返せずに笑った。互いに一つずつ気をつけることが増えた頃、時計の数字が五十分へ変わる。

 今度は藤崎の方から、五分たったね、と言った。

「うん。結局、何も探してなかった話ばっかりだった」

『あったのに見つけてなかった話ね。私、楽しかったよ』

「俺も。電話してよかった」

 答えると、向こうが一度静かになった。俺が次の言葉を探す前に、彼女の声が戻ってくる。

『また、こういうのしてもいい?』

「うん。用事あるときは言うけど」

『私も。じゃあ、空いてるときに』

 毎週何曜日と決めなくても、今日みたいに聞けばよかった。俺は、またな、と言い、彼女も、うん、おやすみ、と返した。

「おやすみ、藤崎」

 通話を終えると、部屋が急に静かになった。スマホを伏せ、問題集を閉じてから、寄せてあった写真を机の空いたところへ戻す。

 今日は新しい写真を一枚も撮っていない。それでも、次に藤崎と話すときに言いたいことが、もう一つできていた。

 答えの合った問題へ印をつけるついでに、俺は質問の紙の下へ、明日もう一回、と書いた。彼女へ、ちゃんと自分でできたと話せるように、ノートを見なくても解けるか試してみるつもりだった。

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