↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失恋したギャルの「彼氏としたかったこと」に、なぜか俺が付き合っています。  作者: ころもぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/65

第14話 一枚ずつ、持って帰ろう

 月曜の朝、教室へ入ると、藤崎さんが自分の椅子の下をのぞき込んでいた。片手を机につき、もう片方で何かを探している。

「落とした?」

「あ、三原。消しゴム、そっち行ってない?」

 鞄を置く前に床を見ると、俺の机の脚の陰に白い角があった。拾って渡すと、彼女は、ありがとう、と受け取り、少し欠けた端を指で払った。

「土曜のとうもろこしだったら、もっと見つけやすかったかも」

「黄色いから?」

「うん。でも、あれだったら、そもそも使わないんだった」

 彼女が自分で言い直すので、俺も笑った。制服で椅子へ座ると、ここはいつもの教室なのに、文具店のガラス越しに並んでいた小さな野菜まで思い出せる。

 藤崎さんの髪は今日は下ろされていた。川の前で風に押さえていたときと違い、肩の辺りで緩く曲がっている。俺はそこを見かけてから、鞄のファスナーへ目を戻した。

「三原、足、大丈夫だった?」

「うん。昨日、階段上がったとき、ちょっと重かったくらい」

「私も。昨日の朝、もう一回坂上ってる気分だった」

「そんなに?」

「ほんのちょっと。お姉ちゃんに、普段どれだけ歩いてないのって言われた」

 彼女は椅子に座ったまま、机の下でつま先を上げてみせた。俺も自転車や電車で移動することが多い。あの坂を毎日歩いている人には、休憩するほどでもないのかもしれなかった。

 教科書を出していると、前の席へ拓海が来た。鞄から漫画の表紙を少しだけ見せ、すぐにしまう。

「やっと読めた。八巻」

「金曜、ちゃんと受け取れたんだ」

「うん。先に弟に見つかって、貸してって言われたけど、俺が先だろって」

「九巻まで読んでた方が、待てばいいよな」

 俺が言うと、拓海はその通りだとうなずいた。内容を話しかけてから、俺がまだ読んでいないことを思い出し、途中で口を止める。

「棒のやつ、すごいことになってた。そこだけ」

「表紙の?」

「そう。読んだら分かる」

 それだけでは何も分からないが、彼が満足していたのは伝わった。藤崎さんも横で聞き、ちゃんと続きから読めてよかったね、と笑った。

 予鈴が鳴る頃には、高瀬さんも席へ戻っていた。藤崎さんがスマホをしまいながら、あとで鳥の説明する、と声を掛ける。

「やっぱり、本物だったの?」

「街灯は街灯。そこは変わってない」

 ますます分からないという顔の高瀬さんに、藤崎さんは昼にね、と答えた。俺は教科書を開き、鳥の話を昼まで覚えていられるだろうかと考えた。

 忘れても、たぶん彼女が覚えている。


 二時間目の終わりに配られた試験範囲の紙を見て、教室のあちこちから声が上がった。

 中間試験までは二週間ある。まだ時間があると思いたかったが、科目ごとに並んだページ数を見ると、今日から少しずつ進めなければ終わらなさそうだった。

「ここ、こんなにやったっけ」

 隣で藤崎さんが、数学の欄を指している。

「問題集は、前にやったところも入ってるから」

「ああ、そっちもか。授業だけより増えるんだね」

 彼女はノートの最後のページと見比べ、範囲表の端へ印をつけた。俺も自分の紙を机に置き、問題集を鞄から出す。

 解いたことのある問題でも、時間がたつと途中で迷う。平方完成のページを開いてみたら、前に自分で書いた途中式の一行が読めなかった。

「三原、そこ分かる?」

「今、俺の字が分かんない」

「え、見せて」

 藤崎さんが横からのぞき込み、しばらく考えてから顔を上げた。

「四?」

「たぶん、そう。四にしないと合わない」

「答えから字を読むんだ」

 俺も笑い、消しゴムでその数字だけ消した。人に見せるどころか、自分が後から読むためにも、もう少し丁寧に書く必要があった。

 休み時間が終わる前に、高瀬さんが範囲表を持って来た。国語の問題集でどこまで授業中にやったか確認したいらしい。俺が教科書に挟んだ紙を見せると、彼女は自分の紙と照らし合わせてうなずいた。

「ありがとう。家で見たら、ここだけ印がなかったから」

「俺も、たまたま書いてあっただけだけど」

 高瀬さんが席へ戻った後、藤崎さんが範囲表を指で押さえた。

「これ、後回しにしたとこから忘れそう」

「俺は、どこを後回しにしたか忘れそう」

「それは、先に書こう」

 彼女はそう言って、自分の紙の裏へ何かを書き始めた。俺も、字の読めなかった問題の番号を端へ残してから、次の授業の準備をした。


 昼休み、四人で弁当を広げると、藤崎さんが待っていたようにスマホを出した。

「この上に、本物の鳥もいたの」

 向かいから見せられたのは、土曜日の街灯の写真だった。高瀬さんが画面へ近づき、どこ、と首をかしげる。

「撮る前に飛んじゃった。だから、今は写ってない」

「じゃあ、三羽だったんだ」

「その数え方だとそうなるけど、二羽は違うからな」

 拓海が言うと、藤崎さんがすぐに笑った。

「大野くんが最初に鳥って言ったんじゃん」

「写真だと、ほんとにそう見えたんだよ」

 俺は箸を置き、確かに留まっていたと付け足した。高瀬さんは、じゃあ三原くんも見たんだね、と納得し、今度は橋の方へ目を移す。

「こんなに青かったんだ。前の写真より、近い」

「渡った後に撮ったから。こっちからだと、街灯、あんまり鳥じゃなくなる」

 藤崎さんが次の一枚を見せる。拓海が、急に普通の道具になった、と言うので、俺たちはまた笑った。

 公園の話になったところで、高瀬さんが自分のスマホを出した。

「私も、土曜の写真ある。外じゃないけど」

 画面には、皿へ積まれた小さなホットケーキが写っていた。手前には切ったバナナと、別の器に入ったヨーグルトがある。

「妹と作ったの?」

 俺が聞くと、彼女はうなずいた。

「最初は、きれいに丸くしようとしてたんだけど。途中から、妹が小さいのいっぱい作る方に変えた」

「これ、くっついてるのもある」

 藤崎さんが指すと、高瀬さんは、それは離そうとした跡、と答えた。

「裏返すとき、手伝ってって言われるし、結局、洗い物も増えた」

「でも、これ、食べるとき楽しそう」

「うん。そこは、よかった。次は大きさ決めてから焼く」

 片づけまで簡単な料理を探していたはずなのに、予定どおりにはいかなかったらしい。それでも彼女は、焦げなかった一枚を拡大して、これはうまくできた、と見せてくれた。

 拓海が弁当の最後の一口を食べ、範囲表を取り出した。写真から急に現実へ戻され、藤崎さんが少しだけ肩を落とす。

「それ、今見る?」

「忘れる前に。明日、放課後、問題集やろうと思ってんだけど。三原、残る?」

「明日なら、用事ない。図書室?」

「使えれば。家だと、八巻もう一回開きそうだから」

 俺は笑い、学校にいる間に進める方がよさそうだと答えた。藤崎さんが自分の範囲表を持ち上げる。

「私も、一緒にやっていい? 数学、分かんなくなったら聞きたい」

「俺も、全部は分かんないぞ」

「分かんなかったら、そこに印つける。聞くとこだけでも減らしたい」

 彼女がそう言い、高瀬さんも明日は残れると答えた。四人で問題集を持ってくることになり、時間は図書室が使えるか確かめてから決める。

「じゃあ私、帰りに聞いてくる。今日、借りた本返すから」

 高瀬さんが言った。俺も、ありがとう、と答え、範囲表の裏へ明日の予定を小さく書いた。

 机を戻す前に、藤崎さんがスマホをもう一度見た。公園で撮った緑の葉の写真が開いている。

「これ、紙にしてみようかな」

 俺が顔を上げると、彼女は画面をこちらへ向けた。

「写真。スマホの中だけじゃなくて。小さいのなら、手帳に挟めるでしょ」

「印刷するってこと?」

「うん。今まで、たまにしかやってなかったんだけど。昨日、お姉ちゃんに写真見せてたら、前に印刷したのも出てきて」

 彼女はスマホを持つ手を引き、少し考えるように葉の写真を見た。

「一枚で見るの、結構よかった。三原も、やったことある?」

「小学校の写真とかなら。自分で撮ったやつは、ほとんどない」

 カメラの中から選んでアルバムへ入れるだけで、残した気になっていた。言われてみると、俺が撮った川や橋は、いつも画面の中にしかない。

「帰り、駅前でできるから、私、寄ってく。三原、今日急いでる?」

「いや。俺も、一枚やってみたい」

 自分からそう答えると、彼女が嬉しそうにうなずいた。

「じゃあ、選んどいて。全部だと、すごい枚数になるから」

「街灯だけで何枚もあるしな」

 俺が返すと、彼女は小さく笑ってスマホをしまった。


 午後の授業でノートを取っている間、机の端に置いた範囲表が何度か目へ入った。帰ったら先に進める問題を決めておけば、写真を見始めて一晩終わることにはならないはずだった。

 最後の授業が終わると、拓海は明日持ってくる物を確認して先に教室を出た。今日は家へ早く戻る用事があるらしい。高瀬さんは図書室へ行き、俺と藤崎さんは帰り支度を済ませた。

 机に残ったプリントをファイルへ入れていると、彼女が鞄の中を確かめながら聞いた。

「一枚、決まった?」

「まだ。葉っぱのもいいし、橋のもいい」

「分かる。私も、一枚って言ったのに増えそう」

「二枚なら、そんな変わらなくない?」

「それ、一枚増やすたびに言えるやつじゃん」

 俺は確かにと思い、スマホを出しかけた手を止めた。ここで選び始めたら、教室を出るのが遅くなりそうだった。

 廊下へ出たところで、図書室から戻ってきた高瀬さんと会った。明日は静かに取り組むなら使ってよく、閉室は十七時だという。

「席は、そのとき空いてるところになるって。話すの多かったら、廊下の方でって言われた」

「うん。教え合うっていうより、まず自分で進めるか」

 俺が言うと、藤崎さんも、聞くところは先にまとめる、と答えた。十六時に図書室で合流し、十七時まで。高瀬さんから拓海にも伝えてもらうことになった。

 昇降口で高瀬さんと別れ、俺たちは駅へ向かった。歩道の木の下には、葉の影が細かく落ちている。藤崎さんが一度見上げたので、俺もつられて上を見た。

「今日も、傘?」

 俺が聞くと、彼女は笑って首を振った。

「こっちは、小さい。あと、ここで真上撮ったら、学校の前しか写んない」

「それは、それで分かりやすいけど」

「制服の日の写真だね」

 彼女はそう言いながら、スマホは出さなかった。今日は駅前へ寄るので、歩きながら少しずつ候補を絞ることにする。

 俺が橋の写真で迷っていると話すと、藤崎さんは、水がきらきらしてた方もいい、と答えた。

「でも、手すりある方、私、好きだよ。今から渡るところって感じがする」

「あれ、渡る途中だけど」

「じゃあ、まだ渡ってる途中って感じ」

 言い直して笑う彼女に、俺も笑った。見せた写真を細かく覚えてくれている。そのことが嬉しくて、橋ならどれでもいいという気分ではなくなった。

 信号で止まったとき、スマホを開いて並べてみた。青い手すりの先に水が見える一枚と、公園の下の道から撮った川の一枚。その隣には、こちらを向いた藤崎さんの写真がある。

 指を止めていると、彼女が横から画面を見た。

「私の、そこに入れたんだ」

「うん。土曜の分、まとめたから」

「桜瀬って、名前つけた?」

「つけた。場所で分けた方が分かるし」

 彼女は自分のスマホを出し、同じように写真を並べた画面を見せてきた。

「私、これ」

 アルバムの名前は、三原と桜瀬、だった。

 場所だけではなかったので、俺は返事をする前に、もう一度その文字を見た。

「……俺の名前も入ってる」

「うん。誰と行ったか、すぐ分かるじゃん」

「そっか」

 藤崎さんはそのまま、次の写真を選んでいた。俺が少し黙ったことを、変に気にしている様子もない。

 自分の名前が彼女のスマホにあることくらい、連絡先を交換したときから知っている。それなのに、出かけた日の名前として並んでいると、ただ駅名を見たときとは違った。

 信号が変わり、俺はスマホをしまった。歩き出してからも、さっきの二つの名前が頭に残っていた。


 駅前のコンビニへ入ると、写真を印刷する機械には誰も並んでいなかった。藤崎さんが先に画面を確かめ、写真を選ぶところまで操作する。

「一枚、四十円だって。これなら二枚にしよ」

「結局、増えたな」

「でも、二枚で止めるので」

 彼女はそう宣言し、保存した写真を一覧にした。俺は横で待ちながら、自分の候補を見直す。

 橋は残したい。今まで自分が撮ってきたものと同じように、気に入った風景を選べばいいはずだった。

 けれど、印刷したものを家の机で見るところを想像すると、もう一枚、見たい写真があった。

「私、これにする」

 藤崎さんが指を止めた。画面に選ばれたのは、丸く空を囲む葉と、川を見ている俺の横顔だった。

「そっちも、印刷するの?」

「うん。自分で撮ったやつ。三原、嫌?」

「嫌じゃないけど。俺が写ってるから」

「だから、これがいいんだよ」

 彼女は画面から顔を上げ、俺を見た。

「川だけじゃなくて、三原がここ見たかったんだなって、分かるから」

 そう言われると、自分の顔がうまく写っているかどうかばかり気にしていたのが、少し恥ずかしかった。

「……じゃあ、俺も一枚、人がいる方にする」

「どれ?」

 俺は自分のスマホを持ち上げた。さっきまで候補にしていた写真の隣を開く。

 川の前で、髪を耳の後ろへ寄せた彼女がこちらを向いていた。

「これ。藤崎さんの」

 言ってから、彼女へ見せたまま動かせなくなった。撮ったときにも見せた写真なのに、紙にして持ち帰りたいと言うのは、少し違う。

 藤崎さんは画面と俺を交互に見た。

「それ、選んでくれるんだ」

「うん。橋のと、これにしたい」

「……いいよ。私も、それ、気に入ってる」

 彼女は自分の画面へ目を戻した。選んだ二枚を確認する指が一度止まり、それからゆっくり次の操作へ進む。

 俺もスマホを下ろし、橋の方も同じ候補に入れた。今日は風景だけにしなくてもいい。もう一枚を選ぶとしたら、彼女が写っている方を持って帰りたかった。

 藤崎さんの二枚を先に印刷し、その後、俺の分も操作した。接続の画面を一つ戻してしまい、彼女に、そっち最初のところだよ、と教えられる。

「慣れてるように見せたかったんだけど」

「私、横で見てたじゃん。初めてのとこから」

「そうだった」

 俺が笑うと、彼女も口元を緩めた。金額を確かめてそれぞれ八十円を払い、少し待つ。

 取り出し口から出た写真は、思ったより小さかった。いつも指で広げていた橋も、その大きさで一枚に収まっている。

「白いとこ持つといいよ。指、つくから」

 藤崎さんに言われ、俺は端を持ち直した。彼女の写真を橋の上へ重ね、曲がらないように二枚そろえる。

 画面で見るときのように、すぐ次へ送ることができない。その代わり、一枚の中を眺めている時間が長くなった。

「三原、袋、いる?」

 藤崎さんが鞄のポケットから、薄い透明の袋を出した。今日のために家から数枚持ってきたらしい。

「あ、助かる。何も持ってきてなかった」

「私も、昨日、出てきた写真そのまま持ったら、角曲がりそうだったから」

 彼女から一枚受け取り、写真を重ねて入れた。俺の橋と、藤崎さん。彼女の袋には、緑の葉と俺が入っている。

 その並びを確かめてから、俺は鞄のファイルへ袋を挟んだ。進路の紙をしまっていたものと同じで、中には試験範囲もある。曲げずに持ち帰れる物があってよかった。


 店を出ると、駅前へ向かう人が増えていた。俺たちは通り道の端へ寄り、写真が無事にしまえたか鞄を確かめた。

「紙にすると、違うな」

 俺が言うと、藤崎さんもうなずく。

「ね。今日、印刷してよかった」

「帰ったら、机のとこに置いてみる」

 そう言ってから、自分がどの写真の話をしているのか、曖昧なことに気づいた。二枚あるので、間違いではない。けれど、藤崎さんがこちらを見たため、続けて何か言うべきか迷った。

「二枚とも?」

「うん。二枚とも」

 答えると、彼女は、そっか、と短く言った。その後で鞄の肩ひもを持ち直し、少しだけ笑う。

「じゃあ、顔、ちゃんと写ってる方にしてよかった」

「髪の方も、スマホにはあるけど」

「あっちは、机じゃなくていいです」

 俺も笑い、家へ向かう道を歩き出した。駅の入口を通り過ぎ、広場の端で、彼女が隣へ並び直す。

「あのさ、三原」

「うん?」

「私のこと、藤崎でいいよ」

 急に言われ、俺は足を止めそうになった。横を見ると、彼女は前を向いたまま、鞄のひもの端を指でつまんでいる。

「呼び方。私、ずっと三原って呼んでるし」

「いや、それは、別に気にしてないけど」

「うん。私も、嫌なわけじゃないんだけどね。もう、結構一緒に出かけてるじゃん」

 それはそうだった。最初に水族館へ行ったときには、教室で話すより長い時間を二人で過ごすだけでも、ずいぶん気を張っていた。

 今は、お互いの写真を一枚ずつ持って、同じ道を歩いている。

「いいの?」

「いいから言ってます」

 彼女がこちらを向いて笑った。俺は返す言葉を探し、その呼び方を頭の中で一度だけ確かめた。

「じゃあ……藤崎」

「うん」

 すぐに返事が来た。敬称を外しただけなのに、いつもと違う声が出た気がして、俺は一度口を閉じた。

 彼女は何も足さずに待っている。そのせいで、ただ呼んでみただけだと分かってしまった。

「何か、続けようとしてたわけじゃないんだけど」

「分かってる。私も、返事しただけ」

 言い合ってから、二人で笑った。彼女は少し先へ進み、振り返らずに言う。

「明日も、それでよろしく」

「急に戻ったら、変だろ」

「たぶん、一回くらい戻ると思う」

「自分でも、そんな気がする」

 俺が認めると、彼女の笑い声がまた聞こえた。慣れていないことを隠さなくてもいいので、余計な言い訳を考えずに済んだ。

 分かれ道で手を振ってから、俺は家までの道を一人で歩いた。ファイルに入れた写真は見直さず、鞄の中で折れていないかだけ、持ち直して確かめる。

 帰宅して机の本を少し寄せ、空いたところへ二枚を置いた。立てかける物がなかったので、今日は平らなまま並べておく。スマホの画面を消しても、橋も彼女もそこにいた。

 写真の横へ問題集を開くと、教室で読めなかった四が、書き直した形で残っていた。俺はその問題をもう一度解いてから、明日聞きたいところを紙へ書き出した。

 途中でスマホが鳴り、藤崎からメッセージが届いた。表示名はいつもどおりの、りおだった。

『写真、曲がらず帰れた?』

 俺は机の二枚を見て、返事を打つ。

『大丈夫。袋、ありがとう。藤崎の方は?』

 送ってから、わざわざ名前を入れたことに気づいた。消せるなら少し直したくなったが、その前に既読がつく。

『こっちも大丈夫。もう戻ってないね』

『まだ今日だから』

『じゃあ、明日も』

 猫が机へノートを置くスタンプが続いた。俺は、十六時に図書室、と返し、手を振る鳥を送った。

 スマホを横へ置いて問題集へ戻ると、余白に書く数字を、さっきより少し丁寧にした。明日、隣からのぞかれても読めるようにしておこうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。