第3章-40 割れた注射器
社宅から少し離れた場所に一軒家がいくつか並んでいた。
コウはその1つの家の前に立ち、吊り下がっている鈴を鳴らした。
心地のよい音が鳴り、ガイが中から出てきた。
「コウ様、先ほどは失礼を…。」
コウは片手を上げ、ガイの謝罪をとめた。
「何も問題はありません。
お元気なのが何よりです。」
「ありがとうございます。どうぞ中へ。」
コウと共に室内へ入った。
とても広く、部屋だけでも3つはある。
少し開いていた扉から部屋をチラリと覗く。
剣や賞状、トロフィーなどがいくつも飾ってあった。
「こちらへ。
お茶をお持ちいたします。」
リビングに通され、重厚な革のソファーに座った。
黒の木で出来たテーブルにお茶が2つ並べられる。
「ありがとうございます。いただきますね。」
「……いただきます。」
コウとほぼ同時にお茶のカップを持ち上げる。
口の中で、お茶が分解されていく。
だが、香ばしい香りが鼻を突き抜けた。
お茶を飲み干し、カップをテーブルに置く。
コウも飲み終えたのか、カップを置いていた。
「ご馳走様でした。
さあ、始めましょうか。」
コウはバッグから聴診器を取り出した。
ガイが上着を脱ぐと、ゴツゴツとした肌が見えた。
傷がいくつもある。
「……また傷が増えてますね。
この後は少し血をいただきますね。」
聴診器を当てるコウが呟いた。
ガイは何も言わずに静かに診察を受けている。
聴診器を当てている間、コウのバッグの中を覗いた。
注射器や舌圧子、メスに至るまで、医療用道具が整理整頓されぎっしりと入っている。
「心音などは問題ありませんね。
では、次は……ん?何をしているのですか?」
気がつけば、コウのバッグの中に手を伸ばしていた。
「採血なら……注射器と、ガーゼと、小さな絆創膏と……。」
必要な道具を探していると、ガイの怒号が飛んできた。
「コウ様の仕事道具に何をしている!?」
ガイの声にビクリと体が震えた。
取り出していた道具を全て床に落としてしまった。
注射器がパリンと軽い音をたてて割れた。
コウは散らばった道具を見つめながら、僕に静かに話しかけた。
「……医療道具が、分かるのですか?」
顔を下げたまま、小さく頷いた。
「医療の道具を触った事や見たことは?」
「は、初めて……。」
「そうですか。」
コウは床から目を離し、僕に手を伸ばしてきた。
咄嗟にフクの入ったバッグを引き寄せた。
「本当に……ごめんなさい!」
逃げるように、バッグを抱えてガイの社宅を出た。
「フク、ごめん。
やっぱり僕は役立たずだ。
助けてくれたコウさんに、迷惑かけちゃった。」
一直線に来た道を走っていく、途中で何人かとぶつかりそうになったが、構わず走った。
息が切れそうになった時、聞き覚えのある声が耳に響いた。
「ゼロユイ、待てよ!俺だ!止まれ!」
呼び止められ、振り返る。
そこにはサクが息を切らして立っていた。




