エピローグ
――その後、二人はどうなったのか。
トワはユリウスを惜しみなく溺愛し、彼女もまた皮肉めいた言葉で彼をからかうように二人らしい愛を育んでいた。
ところで――ドゥレッツァ公爵の屋敷でトワが嗅いだ、あの妙なお香の匂い。
真相は、パバートが王宮内で育てていた黒薔薇を、とある研究者に託し、様々な薬剤を混ぜ込んで造らせた特別なお香だったというオチなのだが――
「トワ様。ドゥレッツァ公爵家で聞いた香りなのですが、ようやく思い出しましたの! こちらですわ!」
ユリウスはそう言いながら、新調したばかりの扇にお気に入りのローズウォーターを振りかけ、得意げにトワに差し出した。
「……お前は何を言っているんだ?」
突然のユリウスの告白に、さすがのトワも戸惑いを隠しきれない。
実は彼女には、扇にお気に入りの香りをつける癖があるのだが、偶然にもその香りが問題のお香と特徴が似てしまった。
そのせいでユリウスは、世界の真理を解明したかのように堂々と告白してきたというわけだ。
そんな彼女を前にしたトワの心境はというと――
(あの時、本当に変態王太子たちがユアマシャール家に侵入していなければ、俺の杞憂で終わっていたわけか……)
そんな事実を胸の中に吐き出し、苦笑と困惑を浮かべるしかなかったのは言うまでもなく。
ああ。そういえば、もう一つ。
例のパバートやノクスはというと。
ノクスは全ての罪を認め、黒薔薇事件やベリタス・フィユート殺害の経緯を洗いざらい供述した。
短絡的な怒りから、ユリウスへの婚約破棄宣言以前にベリタスを殺害し、彼女に成りすまして生活を送っていたという。
その後偶然、べリタスが残していたメモにより、ノクスはユリウスが婚約破棄をさせようとしていたことを知り、それを利用してトワへの復讐を虎視眈々と狙っていた。
そのため、事前に手紙と招待状を送ったりと準備を進めていたのだが――
しかし、パバートの性癖暴露などという自身の知らないアドリブが加わってしまったことにより、混乱してしまった彼はその復習を果たすことが叶わず。後日、フィユート家の従者を通しユリウスとトワの婚約発表を聞いた瞬間、言い知れぬ怒りに飲み込まれ、短絡的に黒薔薇事件を起こしてしまったという。
とはいえ、彼はパバートの短絡的な行動が計画を乱すと判断するや否や、オークションを利用して彼を切り捨てる準備を進めていた。お香への入札制限を意図的に操作することで、第三者に落札される状況を作り出したのは彼自身だったという。
だが、ノクスが予期しなかったのは、ユリウスがその隙をつき自身まで暴いてしまったこと。
彼はユリウスの動きを過小評価し、証拠の回収を怠った――それが彼の致命的なミスだった。
それを聞いたユリウスは少々不機嫌になっていたが、とはいえノクスを刺激し迂闊な判断をした自分にも責任があるとして、ユリウスは彼への情状酌量を申し立てたが、さすがにベリタス殺害まで不問にはできなかった。
何の因果か、父・アトラ・シパリオンと同じく、斬首刑が言い渡されてしまったノクス。
だが、ここで予想外の展開が訪れる。
フィユート家の従者たちが、長年に渡る彼への過酷な労働環境を訴え、それが情状酌量の余地ありと判断され、彼の刑は無期懲役に減刑されることとなった。
ああ、大切なことを忘れていた。
なぜノクスがベリタスに成り代わっていることがバレなかったのか、それには幾つかの理由がある。
一つ目は、彼自身が元々優れた演技力を持っていたこと。ただ、それでも完璧に演じきれなかった理由として、ノクス自身がパバートに媚びを売ることに生理的嫌悪感を覚えていたから。内心の嫌悪が隠しきれず、大根役者のようなぎこちない仕草となってしまったことが原因らしい。
二つ目は、ベリタスが生前にノクスをルクス・ルナエ・トゥリスにて落札したことにま起因する。ベリタスにとってノクスは“モノ”同然であり、日頃からストレスや鬱憤のはけ口として酷く当たっていた。そのため、周囲はベリタスが多少いつもと違う態度を取ったとしても、彼女の逆鱗に触れたくなかったため、深く気に留めなかった。
そして三つ目の理由として、ベリタスの家庭事情が挙げられる。両親は商人らしく、自ら各地へと赴き自分たちの目で直接商談や取引を確認しなければ気が済まない性格であり、屋敷を空けることが多かった。そのため、ベリタスの日常的な身の世話をするのは、決まった従者二人程度。
ノクスともう一人、ほとんど口を開かない老齢の侍女のみ。
その侍女もまた、年齢と視力の衰えから細かな異変に気づくことはなく、彼が多少妙な振る舞いをしても、『またお嬢様が気まぐれを起こされた』と特に気にすることはなかったのである。
こうしたいくつもの要因が重なった結果、誰にも気づかれずに済んだという。
現在もノクスは牢獄の中で、自らの罪を償うように黙々と働いているという。
一方のパバートはというと――
虚偽の記憶を植え付けたのは、ノクスの計画の一部であるトワを貶めることが起因していたらしい。自分が才あるものだと自負する彼的に、良かれと思ってやったとのこと。まあ、ノクスはそれを知らなかったというから、これは彼の独断だったのだろう。それと調査の末に明らかになったのだが、令嬢の連続失踪事件自体がユリウスの推理通り、彼女を狙うための巧妙な陽動作戦だったとか。
なんでもルクス・ルナエ・トゥリス内に設置された酒場にてヤケ酒をしていたところ、偶然声を掛けてきたノクスと意気投合。その勢いに乗じてユリウスやトワへの復讐話に乗ってしまったらしい。
本来、王太子という立場で自ら手を下すなど言語道断だが、べリタスとの婚約発表や、ユリウスとの婚約破棄宣言件も彼の独断専行で勝手に動いていただけにすぎない。つまり今回の件も、プライドを傷つけられたことにより、余計正常な判断力を失ってしまったパバートが暴走したということなのだろう。
そして、彼女一人だけを狙っては露骨に疑われるため、関係のない令嬢たちを巻き込むことで目を逸らそうとしたというのも彼女の推理通りというオチ。
結局、短絡的で愚かなプライドが彼の破滅を招いたということだ。とはいえ黒薔薇事件そのものについては不問となった為、そこまで追求はされなかったという。
しかし、彼には王国追放という厳しい処罰が下された。
国民全員が望んだ当然の結末に、残念ながら異論を挟む者など誰一人としていない。
追放された彼を待ち受けていたのは、誰もが予想した過酷な運命。きっとすぐに野垂れ死ぬだろうと囁かれていたがその真相は不明である。
◇
ある日の朝。
「トワ様、早くしないと式に遅れますわよ? ほら、もうお待たせしないでくださいませ!」
ユリウスが無邪気に笑って急かす。
「ああ……今行く」
そう返事するトワの表情だが、かつて“赤目の悪魔”と恐れられた冷徹さは影を潜め、これ以上ないほど穏やかで幸せに満ちた笑みが浮かんでいた。
二人は手を取り合うと祭壇へと向かう。ユリウスのドレスが風に揺れ、トワの瞳が彼女だけを見つめる。
鐘の音が鳴り響き、ユリウスの両親や交友のある貴族たちが見守る中、二人は永遠の誓いを立てる。
「どんな困難があろうと、お前を愛し守り続ける」
「ふふ、私も貴方を離しませんわ。どこに逃げようと、捕まえてみせますわ」
そういうユリウスに、トワは「ああ」と楽しげに笑い合うのだった。
《Fin》
読んでくださってありがとうございます。
婚約破棄? どうぞご勝手には完結となります。
公募に出して以降、手を付けず掲載しているので、かなり荒いとは思いますが、はじめて書いたテンプレ?としてネットに残しておこうという感じです。(なので塵芥名義で掲載しています)
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