1−2 目の前にいるよ
〈勇者N〉は僕のセカンドギルド上のアカウント名だ。僕の返信は華麗にスルーされてタイムライン上を押し流されていきつつも、投稿には仲の良い何人かが返信をつけてくれた。
▽へらへら:勇者現るwwww 一緒に行ってどんな顔だったかセカンドギルドに書き込んであげるね!
▽勇者N:それは普通にやめて!
▽Kura☆友達募集中:冒険オフ会ー? アタシも参加したーい!
▽勇者N:Kuraは剣士だっけ? きてくれると助かる!
▽天才魔術師黒猫:フッ……俺が必要そうだな。行ってやろう……。
▽へらへら:全滅エンドでセカンドギルドの伝説になるんだね! 理解理解! ま、ぼくは逃げるけどw
▽勇者N:へらへら、参加する気ないだろw
▽へらへら:いやいや、行ってあげるよ? ぼくと君の仲じゃないか! それにぼくは祈祷師だからね。勇者、剣士、魔術師、祈祷師。 ほら、パーティーっぽくなってちょうどいいじゃん! なんならこのままギルドにパーティー登録してもいいし。どうせみんなリアルではパーティーなんて入れてもらえてないでしょ?
▽勇者N:そう言われると返す言葉がない……。
▽へらへら:じゃ、暫定勇者Nパーティー発足イベント楽しみにしてるよww
▽Kura:なんだかんだへらへらが一番楽しみにしてそう〜! でもアタシもみんなで本当にパーティー組めたら嬉しいなっ☆
▽天才魔術師黒猫:くっ……俺の真の力を見てもみんな仲間でいてくれるのだろうか……。
▽勇者N:黒猫もフリーてことね。それなら本当にパーティー組めそうじゃん。じゃあ詳細は個別チャットで!
仮想ディスプレイをそのままに、僕は顔をベッドにうつ伏せに倒れ込ませた。
「パーティーだって……?」
つぶやいた言葉はタイムラインに載ることもなく虚空へと消えていく。
「ふ……ふひゅっ……ふふふふふ……っ!」
自分でも気味の悪い笑い方だとは思うがこの際構わない。だって。
「つ、ついに僕にもパーティーができるんだあああああああああっ!!」
ベッドの上でじたばたと四肢がもげるほど暴れまわる。抑えきれないこの喜び。誰も見ていないのだからこのくらい許してほしい。僕も一応学生ながらに冒険者ギルドに登録はしている。しかしそれはソロでの話だ。
ユシンへの嫉妬を爆発させていた僕とパーティーを組んでくれる仲間はいなかった。いや、正確にはいたんだけれど一週間ともたないうちに解散した。(おそらくユシンと近づきたかっただけなんだと今ならわかる)
「ふへへへへへへっ!」
びちんびちんと鮮魚のように身体全体で飛び跳ねていたそのときだった。
寮部屋の扉が勢いよく開いた。
「ニトおおおおおお! ただいまああああああ!」
「うわあああああああ! 急に開けるなよ!!」
扉の先にいたのは件の神託の勇者、ユシンだった。
扉の開いた勢いで美しい金髪が優雅になびいている。どれだけの勢いで開けたらそうなるんだ。
ユシンは僕の部屋の合鍵を持っている。一応引きこもっている僕の安否確認のために寮長から承諾を得ているらしいが、僕はそんなもの承諾した覚えはない。だから気がついたらいつの間にか持っていた。怖い。
そしてそんな怖い神託の勇者様はベッドで毛布にくるまっている僕にずいと平たい箱を押し付けてきた。
「はい! おみやげの竜王まんじゅう!」
「えっ」
「どうしたの、そんな顔して……ってあああっ!」
恐ろしく整った顔が瞬時に歪む。ユシンは片手で顔を覆い、片手で箱を抱きしめながら呻くように言う。
「ご、ごめん。ぼくとしたことが……! ニトはおまんじゅうより竜王クッキーの方が良かったよね!? それとも竜王ゼリー!? でももう王城で配ってきちゃったし……。ごめん、ニトはおしゃれで今時の流行りのお菓子の方が好きだっていうのに……! ぼくがおまんじゅうを食べたいばかりにこっちを持って帰ってきてしまうなんて……! ぼくは親友失格だ!! ニト、ぼくを殴ってくれ!!」
「と、とりあえず落ち着いて?」
どうやらビチビチとベッドで跳ねていたことは気にしていないらしい。僕はホッと胸を撫で下ろした。それから平静を装ってふぅとひとつ息を吐き、もそもそと毛布から這い出てベッドに座り直す。
「さあ! ぼくはいつでもいい! 殴ってくれ!」
ユシンにも平静を装ってほしかった。
「殴らない。勇者が暴力を奨励しないで」
「君って奴は……こんな我欲に負けたぼくのことを許そうというのか……!? やはりニトとぼくじゃあ器の大きさが違う……!」
ユシンはそう言って号泣し始めた。そしてそのまま平たい箱の包装紙を剥がし、蓋を開け、中のおまんじゅうを食べ始めた。
「勇者怖い……意味わかんない……」
僕へのおみやげをなんでユシンが食べているのかわからない。これが格の違いだというのか。勇者になんてなれる気がしない。こんな変人にならないと称号はもらえないというのか。
いや、あながち間違いではないかもしれない。こんな変人じゃないと悪と対峙する恐怖に打ち勝てないのかも。
ただなんとなく察するに、もしかしたらそもそも僕へのおみやげという体で自分の食べる分を持ち帰ってきただけな気もする。
僕が呆れ返りながらユシンを眺めていると、ユシンは僕にむかっておまんじゅうをひとつ差し出しながら言った。いつの間にか涙は引っ込んでいた。
「それで、もぐもぐ……さっきパーティーがむぐっ……どうとかって聞こえた気がしたんだけど?」
え、いつから扉の前にいた?
「いや、その……まだわからないんだけどさ。もしかしたら僕もパーティーを組むことになるかもしれなくて……」
「なんだって!? それはおめでとう! もし結成が確定したら異世界から赤飯とやらを取り寄せて盛大にお祝いしないと!」
「ま、まだ決まったわけじゃないから! もしかしたら冗談かもしれないし、臨時パーティーで終わるかもしれないから……というか異世界から取り寄せるってなに?」
「だけど臨時でもパーティーを組むってことは近々なにか行動を起こすということだろう? つまり、ニトが勇者志望に復帰するってことじゃないか!」
く……さすがは神託の勇者。そこに気がつくとは。
だけど竜王を倒してきたばかりだという神託の勇者に向かって「実は冒険者オフ会に参加するんだ」とはなんとなく恥ずかしくて言えなかった。スケールが違いすぎる。
「いや、ほら、まだ確定じゃないから……」
「大丈夫、わかってるよ! むぐ! もちろん誰にも言わないさ! 君が勇気を出して打ち明けてくれたことがぼくは嬉しいんだ! もぐもぐ! それになにより君から勇者を志す気持ちがなくなっていなかったことが本当に本当に嬉しいよ! むしゃむしゃ……」
ユシンは両手で僕の手をとり、目を輝かせていた。純粋な喜びに満ちたその視線から僕は逃げるように顔を逸らした。
なぜかユシンはいつだって僕のことを応援してくれていた。裏も表も嫉妬も恨みもなく、ただただ純粋に僕の活躍を願っていた。
たぶん、僕が勇者になれなかったのは、そういうところなんだろう。
ただとりあえず口の中のおまんじゅうは早いところ飲み込んだ方が良いと思った。
やっぱり勇者は怖い。
数日後。
見上げた空は青と赤が幻想的に混じり合っている。遠くに見える白亜の王城の陰に日が沈んでいこうとしているところだった。
レンガ造りの酒場や魔道具ショップが立ち並ぶ賑やかなメインストリートを抜けた首都の外れ、イラークの森の入口に僕は立っていた。
ここが今回のセカンドギルドの冒険オフ会の待ち合わせ場所だ。僕らは互いに顔を知らない。あまり人の多い場所だと落ち合えないかもしれないし、なにより今回の調査場所はイラークの森の中だった。(あと人目につく場所が嫌だった)
そしてギルド事務所も閉まるこんな時間に集合をかけたのにも理由がある。
僕たちが現地に到着を予定しているのは夜の九時。
それは、七年前の今日、魔の境界から魔王が現れたとされる〈魔の夜〉の始まりの時間。そして一年前の今日、神託の勇者〈光の勇者ユシン〉が魔王を倒した時刻だ。
七年前の夜、この世界と魔界がつながり魔王がやってきた。それからユシンが魔王を倒すまでこの世界にはアンデッド系の魔物が闊歩していた。街に出る人は減り、昼間でもどこか薄暗い雰囲気が漂っていた。
そしてユシンが魔王を倒し、世界に光が戻った。
神託がなされた者は神から二つ名を賜る。それと同時に本来持つ力が解放されるのだという。それがユシンの場合は〈光の勇者〉だった。そして神託によってさらに力を得たユシンは二つ名の通り世界に光を取り戻したのだ。
魔王を討ったあともどこからか魔物は湧き出してくるが、魔王の直属の配下である強力なアンデッド系の魔物はすっかり姿を見せなくなった。
こうして世界に平和が訪れた。
――そんなわけで。
僕たちはエセ勇者パーティーだ。だから僕たちが集まるにはこの〈魔の夜〉しかないだろうということになった。(あと人目につく時間に外に出るのが嫌だった)
とはいえ夜になるほど力を増す魔物は多い。申し訳ないけど日夜いつの時間帯でもセカンドギルドにいる面々に夜の魔物を倒す実力があるのか若干不安になってきた。思いっきりブーメランだけど。
「まあ、でも僕も一応あのダテール学院の特待生だったわけだし!」
もはや見る影もないのは言うまでもないけど。
連動しない言葉と想いにため息をつきそうになったそのときだった。
「――ニト君?」
「ハイッ!!」
突然名前を呼ばれて裏返った音が無条件に声帯から飛び出ていた。
それに、この声は――!
振り向き、僕の目に入ったのはふわりと微笑んだ女性だった。まるで女神かと思うような整った顔。宵闇の近づく時間でさえ輝いて見える淡桃の長く綺麗な髪。体全体を白いローブに包まれているというのに隠しきれないスタイルの良さ。
「え、ええええええええええええエラっ!?」
「やっぱりニト君でしたか。久しぶりですよね? 勇者クラスとの合同授業でもしばらく顔見せていないですし、どうしたんだろうって思っていたのですよ?」
そこにいたのは神託でユシンのパーティーメンバーに選ばれた、僕のかつての片思いの相手エラだった。
「ぼ、僕のこと……覚えててくれたの……?」
僕とエラは実習で一度一緒になっただけだ。それなのに僕のことを覚えてくれているなんて……!
「もちろん覚えてます! ニト君、ユシンに歯茎剥き出しで唸ってたでしょう? ユシンにそんなことする人なんて他にいないですもの。なかなか忘れられる光景ではありません」
あ……ああ…………。僕はそんなことをしていたというのか……? いや、していたな。確かにしていた。思いっきり記憶にある。
僕は隠しきれない視線の泳ぎと滝汗を誤魔化すかのように話題を変えた。
「と、ところでエラ。こんなところでなにしてるの? あ、そうか。ユシンも帰ってきたみたいだし、エラも……」
「ああ……ユシン、帰ってきたんですね」
あからさまに声のトーンが落ちた。エラの目が据わり、表情がどんよりと暗く沈む。
あれ、僕なにかまずいこと言ったかな……。
僕がなにも返せずにいるうちに、エラはしれっと話を移した。
「そういうニト君はなにをしてるのですか?」
「え、僕? 僕は、その……ちょっと、パーティーメンバー候補と会う約束をしててさ」
正確にはただのオフ会だけど。冒険オフだし嘘ではない。はず。
僕の言葉を聞いてエラの動きがぴたりと止まる。それから少しして、宙空に仮想ディスプレイを表示させすごい勢いで指を動かしなにやら画面を操作していく。
「……もしかして、これですか?」
エラがディスプレイを指で弾き、僕に見えるようにくるりと回す。そこに映されていたのは、まぎれもなくセカンドギルドの〈へらへら〉が書いた勇者を募る投稿だった。
「えっあっいやっその…………」
どうしてバレたんだ!? 待ち合わせ場所や時間はクローズドのグループチャットで参加メンバーとしかやりとりしていないはずなのに! 休学してやっていることがセカンギルドのオフ会だなんてエラに知られたくなかったのに……!
今までに増して高速で目を泳がせる僕を尻目に、エラはにこりと笑って言った。
「〈勇者N〉君。どうも、〈へらへら〉です」
「…………え?」
「ですから、〈へらへら〉。私のセカンドギルドでのアカウント名です。私の名前とおしゃべりを掛けてみました」
女神の微笑みのような僅かに上がった口角から信じられない言葉が飛び出す。
ぽかんと口を開けていると、エラはまた高速で指を動かした。すると僕の耳にピコン、という通知音が届いた。ハッとして自分の仮想ディスプレイを開き、通知の正体を確認する。そこにあったのはクローズドチャットの通知だった。
▽へらへら:目の前にいるよww




