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何者にもなれなかった僕たちへ ――勇者、ニートの章――  作者: 藍川ユイ


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第一章 なり損ないのニト

 ぼくの名前はユシン。シャイル王国国立英雄養成機関ダテール学院で勇者クラスに所属している。


「ユシン! すごかったわ! 今日の実技試験も一位だなんて! さすが神託の勇者候補ナンバーワンね!」


 淡いピンクの花が土の上に舞い散る屋外試験場。今年度初の実力試験を終え昼休憩に入った直後だった。


 試験場の端のベンチで汗を拭いていると、ひとりの白いローブの女子生徒がクラスメイトを押しのけ声をかけてきた。よくぼくに声をかけてくれる祈祷師クラスの子だ。


「ありがとう。でも神託の勇者は神託によって選ばれるんだから、勇者候補に順位なんてないよ。クラスメイトもみんな真剣に取り組んでいるんだし、誰が選ばれてもおかしくないからね」


 照れ笑い混じりに応えると、女の子の頬がピンクに染まる。

 日差しが穏やかな日だった。けれど、それはこの世界の一面に過ぎない。

 今、世界は魔王に脅かされている。世界は魔界と繋がり、魔王配下のアンデッド軍が世界を支配しようとしていた。


 神託の勇者は神様のお告げで特定の使命のために勇者に選ばれた者だ。世界中が魔王を倒す使命を担う神託の勇者が現れるのを今か今かと待ち望んでいる。

 ダテール学院はそんな神託の勇者を始めとする魔物と戦う冒険者を養成するための特別な冒険者学校だ。世界各地から集められた有望な少年少女が日夜厳しい訓練や実習に励んでいる。


 神託の勇者を目指す勇者クラス、癒やしや祈りをもたらす祈祷師クラス、魔術を修める魔術師クラス、剣術を極める剣士クラス。各地に冒険者学校はあるが、神託の勇者を目指す勇者クラスがあるのはダテール学院だけだ。他の学校では勇者クラスではなく騎士クラスになる。


 そして冒険者学校の学生たちは、学生であると同時に各地の魔物を倒すという使命も背負っている。

 だからぼくたちは何人かで魔物討伐に効率的なパーティーを組み学業と使命を果たすべく忙しい日々を送っていた。


 物思いにふけっていたぼくの前で、女の子が意を決したようにぱっと顔を上げる。


「でも! でもね! あたしはユシンが神託の勇者に選ばれるって思ってるよ! 実力もあるし頭も良い、性格だって良いんだもの、格が違うわ! だから、その、あたしをね、ユシンのパーティーに……っ」


 そのときだった。


「ガルルルルルル……」


 獣のような、いや、哀愁と羨望と嫉妬が入り混じった低い声がぼくの背後で聞こえた。


「ひっ……ご、ごめん、ユシン! また今度ね!」

「あ、うん。またねー」


 女の子が手を振り急ぎ足で去っていった。ぼくもひらひらと手を振り返し、振り返る。


「新作かい? それはなんのモノマネ?」

「モノマネじゃない、心の底から湧き出た怨嗟の声だ……。僕も試験で一位を取ってちやほやされたいし女の子に話しかけられたいしパーティーメンバーに入れてくれって懇願されたい……!」

「君は本当におもしろいね、ニト」


 ぎりぎりと歯を食いしばるその姿に思わず吹き出した。

 ぼくの背後にいたのは焦げ茶の髪に黒い目、煮詰めたような闇のオーラを背負った勇者クラスには珍しいタイプの闘争心剥き出しの少年、ニトだった。


 勇者クラスは圧倒的に穏やかなタイプの人間が多い。見た目も金髪碧眼がほとんど。ぼくもそのひとりだ。

 もちろん僕もまわりも向上心や正義感は強い方だと思うけれど、ニトのように感情表現が豊かで素直なタイプは珍しい。


「なにもおもしろくない。欠片もおもしろくなんかない……羨ましい、もとい恨めしい……!」


 こんなことを言っているけれど、ニトはいつもぼくが困っているとこうして助けてくれる。とても良い友人のひとり、いや、ぼくは親友だと思っている。


 ニトもぼくも地方の小さな村の出身で、首都の使者に招かれたという共通点から入学早々仲良くなり切磋琢磨してきた。これはぼくのなによりもの幸運だったと思っている。


「ニトだってすごかったよ? 今回は十位だったじゃないか。筆記試験も十一位だし、もう少しで上位半分に入れるところまできたんだ! それに勇者はまだ決まっていない。神託を受ける可能性は誰にだってあるよ!」

「知ってますー! でも実技も筆記も一位の奴にだけは言われたくないね!!」

「うーん、もしかするとそういう熱い気持ちも神託の勇者には必要なのかもしれないね」

「良いように言ってくれてありがとう! なおさら良いやつ過ぎて僕の存在が霞むけどね!」

「なにを言っているんだ。ニトは誰になにを言われようとぼくにとっては立派な勇者だ。それにたとえ神託を受けなくても各地で活躍して勇者の称号を得た卒業生だってたくさんいるよ」


 勇者クラスのみんなが目指すのはやっぱり神に選ばれた英雄、神託の勇者だ。

 けれど他にも各地で活躍した英雄もまた勇者という称号を賜ることがある。だから誰かが神託の勇者に選ばれたとしても、他の人にだって勇者になる可能性はある。

 だけどどうやらニトの心配はそこではないらしい。


「……誰ひとりとして僕とパーティーを組んでくれないのに?」

「孤高の勇者なんて最高に格好いいじゃないか!」

「孤立無援の勇者か最高だね」

「死後評価されるタイプかも?」

「ありがとう! 僕死んでるけどね!」


 けっ! と吐き捨てたニトを見てぼくは笑った。こんなになんの打算も下心もなく会話してくれるのはニトくらいだ。

 あとはみんな、甘い蜜を吸おうといくつもの計算を思考の隅に置いて会話してくる。けれどニトはただただぼくを笑わせてくれる。ぼくはただひとりの友人として接してくれる彼を大事にしたい。


「ニトは本当にいい奴だね」

「うるさい! その天然善人オーラをぼくが食い潰してやる!!」


 そう言ってぼくに飛びかかってきたニトをぼくはひらりと躱した。こんなこときっと他の人は誰ひとりとしてしてこないだろう。

 もしぼくじゃなくてニトが神託の勇者に選ばれても、ぼくは心から祝福しようと誓っていた。



 神託があった。ぼくは勇者に選ばれた。


「ほらね……だから言っただろ……」


 今にも負のオーラが爆発しそうなニトが狭い部屋の中で据わった目をしてぼくを見つめていた。

 けれど彼はこんなことを言いつつも今回もぼくを自分の寮部屋に匿ってくれていた。

 今ぼくの部屋の前には多くの生徒や卒業生が詰めかけ、パーティーメンバーに入ろうと躍起になっている。


 見かねたニトがこっそりと自分の部屋に招き入れ、ぼくを喧騒から守ってくれていた。きっとぼくの部屋では相部屋の相手が四苦八苦している頃だろう。

 なぜか縄で締め上げられているのも、ぼくに罪悪感を抱かせないためだろう。ニトは本当に優しい奴なんだ。


「絶対にちやほやさせてたまるものか……!」


 ぎりぎりとしたニトの歯ぎしり音をBGMに、ぼくはお礼を言った。お礼を言われたニトは一瞬きょとんとした後、にやぁと湿度の高い笑みを浮かべた。


「僕への恩を忘れるなよ?」

「もちろんだよ。それに、実のところパーティーメンバーはもう決まっているんだ」

「えっ誰?」

「戦士クラスのヨイ、魔術士のイヤハ、それと……祈祷師のエラだよ」

「…………え」

「ごめん。黙っていて。でもこれも神託の一部なんだ。明日正式に国王から神託の勇者一行として任命されるはずだからみんなには言うわけにいかなくて……。けれどやっぱりニトにまで黙っているなんてぼくには無理だよ」


 ニトはそれ以来ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。それもそうだ。勇者パーティーの紅一点、エラはニトの想い人だった。

 そのままニトはぽかんと口を開け、ぼくたちふたりの部屋は暗くなり、やがて朝を迎えた。ニトは縄を解くのを忘れて外出してしまったから、ぼくは自力で脱出するしかなかった。

 ぼくたちはそれ以来顔を合わせることはなかった。



 ニトは出発の日に現れなかった。ぼくはみんなの期待を背に魔王城へと旅立ったが、ニトのことだけが少し心配だった。

 道中なんやかんや多少の問題はありつつも、ぼくたちは魔王を討った。


 首都に戻り凱旋パレードが行われ、メインストリートをゆっくりと走る馬車の中からぼくは一瞬現れたニトを見逃さなかった。人づてに休学して姿を現さなくなったと聞いていたから本当に心配していたけれど、わざわざぼくの帰還を見届けに来てくれるなんて!

 喧騒の中、どこかから聞こえるはずのない歯ぎしり音が聞こえた気がした。なんだか懐かしてくつい笑みがこぼれた。

 緊張したぼくを和ませてくれるなんて、ニトは本当にいい奴なんだ。


     *


 ――僕は勇者になるはずだった。


 と、いうわけで僕の名前はニト。

 勇者のなり損ない。


 ダテール学院を休学して一年半。ユシンが旅立った頃からあれよあれよと五月雨登校になり、不登校になり、高等部二年になると正式に休学した。学校に行けば嫌でも神託の勇者の話題は耳に入る。僕はそれに耐えられなかった。


 ギリギリ在学しているものの、現在は特になにもしていない。もはや勇者志望者でもなく他のクラスや職業に転向するでもなく、ただただ惰眠をむさぼる日々に身を委ねている。


 世間では異世界からの言い伝えによりこういう人間を〈ニート〉と呼んでいるらしい。


 僕もユシンも地方の小さな村の出身で、首都の使者に招かれたという共通点から入学早々仲良くなり切磋琢磨してきた。これは僕のなによりもの不幸だったと思っている。

 眉目秀麗、頭脳明晰、勇猛果敢。

 けれど僕はユシンが才能なんてものだけで神託の勇者になり魔王討伐を果たしたわけではないことを誰よりも知っている。


 ユシンは確かに見どころのある少年だった。けれど一番ではなかった。

 ユシンはただ、誰よりも正しく努力していた。

 だから僕は「ユシンには才能があっただけだ」なんて文句に逃げる道さえ塞がれてしまった。

 僕も努力はしていた。けれどおそらくユシンほどの努力はできていなかったし、ユシンほどの成長スピードもなかった。もしかしたら人はそれを才能と呼ぶのかもしれない。いやむしろ呼んで欲しい。僕のせいではなく才能のせいだと言って逃げることを許して欲しい。


 神託の勇者を目指し努力を重ねる中で、ユシンはどんどん頭角を表し、勇者をふさわしい人格を身に着け、そのあまりの格の違いを間近で見せつけられた結果――僕だけが醜い嫉妬の権化になった。

 そしてトドメを刺したのが神託とそれによって選ばれたパーティーメンバーだった。

 僕は勇者クラスだ。ユシンが神託によって選ばれた時点で僕は魔王討伐に必要ないということはわかりきっていたが、まさかエラまで連れていかれるとは思ってもみなかった。

 そしてユシンは魔王を倒した。神託どおりに。


 ユシンは英雄になった。名実ともに勇者となった。それと同時に僕は自分が勇者になれないことを悟った。

 だから僕はそのまま勇者を目指すことをやめた。

 けれどそれしかしてこなかった僕には他になにをすれば良いのかわからなかった。なによりなにかできることがあるとも思えなかった。


 僕は大抵のことならなんでもそこそこ上手くできた。だけど、それだけだった。

 いわゆる器用貧乏だ。あれこれそれなりに形にはなるものの、これといって人に誇れるような特技も実績もなかった。

 田舎の村でなら一番になれても、首都の英雄養成機関ではそのくらいのレベルはいくらでもいた。


 そして身動きが取れないまま今に至る。

 けれど半年ほどして漫画を読むのにも飽きてきたある日、僕は居場所を手に入れた!


 文明の利器、〈インターネッツ〉である!


 魔技術の進歩によって最近急速に広まっている世界規模の情報通信網だ。

 この世界にインターネッツがあって本当によかった。休学してから暇つぶしに触れた世界中を繋ぐ魔子ましのネットワーク。その仮想空間の中で僕は居場所を見つけた。まさかこんなところにあったとは!


 お金の心配いらない。使者により招かれたダテール学院の学生はそのすべてが免除され、僅かながら生活費の補助もある。それは休学中でも継続される。

 僕はそれをいいことに日々慎ましく魔子の世界にダイブしていた。


 まさか歴史を感じさせるツタの這うレンガ造りの荘厳な寮舎の中で日々鍛錬にも勉学にも励まずのうのうと過ごすことになるとは、夢と希望と使命感だけを抱いていた六年前には欠片も思っていなかった。なお相部屋相手とはだいぶ前にトラブルを起こして今はちょうどひとり部屋だ。


 ちなみに両親はこのことを知らない。知ったらあの日と別の意味で涙を流させてしまうだろう。そう思うとどうしても本当のことを言えなかった。だからふたりは僕が首都で立派に学生をしていると思っている。


 ベッドの中で毛布にくるまったままのそのそと上半身だけ這い出すと、空中を指でタップして仮想ディスプレイを呼び出す。慣れた手つきでコミュニティサービス〈セカンドギルド〉に接続した。


 セカンドギルドはその名のように現実世界に次ぐ第二のギルドのように同じ趣味思考の仲間でつながることのできるコミュニティサービスだ。僕のネッツでの居場所は主にここだった。ここには僕のように第一のギルド、現実世界で爪弾きにされた人がたくさんいる。


 まあ僕がそういう人とばかり繋がっているだけなんだけど。僕が繋がっているのは勇者や魔術師などになり損ねた人たちだ。

 セカンドギルドのホーム画面であるタイムラインにずらっと特に意味のない投稿が並んでいる。僕は今日も今日とてなんの生産性もないそれを嬉々として眺めていた。

 そのとき、ふとひとつの投稿が目にとまった。


 ▽Kura☆友達募集中:明日は凱旋一周年!


「凱旋……あー……そうか、ユシンが帰ってきてから……もう一年も経つの……!? 嘘だろ……?」


 いつもは神託の勇者関係の話はすべて見ないようにしている。〈神託〉を始めとした関係する言葉をミュート設定にして僕のタイムラインに出てこないようにしているくらいだ。だけど今回は驚きが勝ってしまった。日々ごろごろして過ごしていた僕にとってその月日は衝撃的だった。

 その投稿に瞬く間にいいねと返信コメントがついていく。


 ▽**:俺も勇者パーティーに入りたかった。


 ▽**:実は勇者から誘いがあったけど断った。


 ▽Kura☆友達募集中:実は勇者の恋人☆


 ▽へらへら:実は勇者に追放された。


 ▽**:実は俺が勇者。


 ▽**:実は俺も勇者。


「い、いや、焦るな! 大丈夫だ。セカンドギルドは今日も通常運転だ。みんないつも通りじゃないか……!」


 ▽天才魔術師黒猫:俺たちこの一年なにしてた?


 ▽**:神託の勇者とは言わない! 小さな村の勇者でもいいから称号がほしいよおおおおお!


 ▽**:神託の勇者様はこの間新たな神託を得て隣国の竜王を倒してきたというのに俺たちときたら……。


 僕もなにか書き込もうとして、仮想キーボードの手前で指を止める。

 書き込む言葉が見つからない。

 反論する言葉が浮かばない。

 まさか、一年もの間僕はなにもしていなかったというのか……!?

 愕然としている僕の前で、またひとつ新たな文章が投稿される。


 ▽へらへら:そういえば、首都のひと気のない森に禍々しいオーラのある場所があるんだよ。ヤバい場所かもよ。勇者の称号がほしいのなら行ってみたら? まあここに部屋から出る奴がいるとは思えないけどww


 ▽**:勇者募集!


 ▽**:リアル勇者!


 ――勇者。

 僕が焦がれ、そして手の届かなかったモノ。


 ▽勇者N:僕が行く!


 気がついたときには、僕はそう返信を書き込んでいた。

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