1-3 もしかして僕、結構まともなのかもしれない
「えっえっえっ……」
あの年がら年中いろんな人にちょっかいかけにいく煽り屋が? 神託の勇者パーティーの一員でみんなの憧れのエラが? え?
「びっくりさせてごめんなさい。ですが私もびっくりしちゃいました」
そう言って目の前で困ったように微笑むエラはいつものエラで。チャットの画面にいるのもいつものへらへらで。
「えっと……なんていうか……ネッツだと随分愉快な性格になるんだね……?」
「ふふっ私、ストレスに弱いみたいでして……。ネッツでバランス取ってるんです」
ぺろっと舌を出す彼女はまるでいたずらな女神なんだけどそのいたずらが煽り屋っていうのはさすがに想定外だった。
「で、でも、ストレスってどうして……? 魔王も竜王もユシンと倒したんでしょ? それなら……」
「倒してないです」
「えっ?」
「倒してないです。魔王も竜王も」
「えっ!?」
「ユシンは倒しましたよ。でも私は倒してないんです。だって私、魔王討伐の旅の途中でパーティーから追放されたんですから」
「えっ!!」
「あははーそうですよね。ニト君休学してましたし、友達もユシンしかいなさそうでしたし、ユシンは絶対にこういうこと言いふらさないですものね」
「一体なんでそんなことに……」
「まあまあ、聞きたい気持ちはわかりますけど、まずはこっちが先じゃないですか?」
そう言ってエラはにこりと笑って僕の背後を指さした。
後ろにいたのは黒いローブを羽織ったやや長めの黒髪にどんよりした目の小柄な男の子と、ライトアーマーと大剣を身につけた青髪のポニーテールを揺らす無愛想で鋭い目つきの長身の女の子だった。
「なんとなーく聞こえてたんだけど、勇者Nとへらへらだよな? はじめまして、その……〈黒猫〉、です」
「初顔合わせだな……。アタシが〈Kura〉だ」
ふたりが名乗ったのは今日の残りの参加者名だった。
うわああ! 本当に来てくれたんだ! ネッツでの印象とは結構違うけれど、こういうのってだいたいそんなもんだよね!
感動のあまり僕は勢いのまま口を開く。
「はじめまして! 君が天才魔術師――」
「それはリアルでは言うな」
ごめん。人それぞれ触れられたくないことってあるよね。
僕はこほん、とひとつ咳払いをした。
「魔術師の〈黒猫〉と、剣士の〈Kura〉だね。来てくれてありがとう!」
僕は黒猫の手を両手でとりぶんぶんと振った。黒猫は普通に嫌そうな顔をしながらも僕に振られるがままになってくれていた。良い奴だなぁ!
「まあ、なんだ、その、たまたまだけどそっちの名前聞いちまったし……俺はトーカだ。よろしく。だから頼むからアカウント名で呼ばないでくれ」
「わかった! よろしく、トーカ!」
「アタシの名前はクラネ。名前はあまり変わらないから好きに呼んでくれて構わない」
「よろしく! クラネ!」
さすがの僕でも初対面の女の子の手を握ってぶんぶん振り回すような真似はしない。腐っても僕は勇者クラスの人間だ。紳士なんだ。
変わりに友好の証として満面の笑みを向けたがふいと顔を逸らされてしまった。笑うと歯茎が出るタイプだからかな? ごめんね、体質なんだ!
「私はエラです。彼はニト君。では、早速ですが移動しましょうか?」
エラがにこりと笑って、僕に目配せをした。さあ、最初が肝心だ! みんなと仲良くなって僕も自分のパーティーを持てたら、少しは自信がつくかもしれない!
やっぱり第一印象が肝心だよね! 笑顔笑顔!
「あ、ニト君。普通の顔で結構ですよ? 夕刻にひと気のない場所でその表情は少し犯罪者じみて見えますので。勘違いされて通報されかねません」
エラが僕ににこりと女神のような笑顔を振りまいた。
そっか! ごめんね! 笑い慣れてないんだ!
大丈夫、泣いてなんかないよ! なんて言ったって今日の僕は珍しくテンションが高いからね! 少し嬉しくて感極まっているだけさ!
それから僕たちはイラークの森……ではなく街外れにある酒場に来ていた。
街外れまでくると店内も広い。こんな場所では客も少ないんじゃないかと思ったけれど、そんな心配は一切無用で街の外に行っていたと思われる冒険者の夕食でとても賑わっていた。
石造りの堅牢な店の端で、僕たち四人は木製のテーブルを囲んでいた。僕の隣にエラ、向かいに魔術師のトーカ、そして斜め向かいに剣士のクラネが座っている。
注文はエラがテキパキとこなし、あれよあれよという間にそれぞれの前に謎の炭酸ドリンクがなみなみと注がれた木樽ジョッキが置かれていった。酒場とは言え僕たちは未成年なのでお酒はまだ早い。
「それでは勇者ニトパーティー結成を祝して……カンパーイ!」
そうだ。冒険者パーティーならこうやって一日の冒険の終わりに食事をともにすることもあるだろう。まるで本当にパーティーができたみたいだ……と感慨に浸って視界が涙ににじみかけたそのとき、エラがひとつ手をパンと叩いた。
「さて、まずは自己紹介とでもいきましょうか? はい、とりあえずニト君から!」
セカンドギルドでは毎日のように話しているとは言ってもリアルでは初対面だ。まずは友好を深めなければいけない。
これはパーティーを組むための相性確認であり決して楽しくオフ会をしたいだけではない。僕たちは勇者の称号を得るための戦略的パーティーであり久しぶりに人と集まってわいわいできることに無邪気にはしゃいでしまっているわけではない。
「こほん……それじゃあ……〈勇者N〉こと、ニトです。勇者クラス所属の十六歳で、今はその……わけあって、休学中です」
「じゃあアタシと同じようなものだな」
青髪のポニーテールの女の子が口を開く。
「アタシは〈Kura〉ことクラネ。剣士クラスに所属していた十五歳。クラスに馴染めなくて少し前に中退した。今は個人でギルドに登録して傭兵をやっている」
背も高くて大人っぽいと思ったらまさか年下だったとは。しかも思い切って中退してソロで傭兵をしているなんて……。クラネは同じようなものと言ってくれたけれど、僕にはその潔い姿は眩しく見えた。
僕がぽかんとしているとエラが訳知り顔で頷いた。
「あー、わかります。剣士クラスは陽キャやギャルの女子が多いですからね。クラネさんみたいなタイプには少し居心地が悪そうですね」
クラネとエラの話に魔術師のトーカも神妙な顔をして同意した。
「わかるわかる。剣士クラスの女子ってどこの学校もちょっと怖いよな。先生に頼まれて届け物しに教室に入ったら、『誰アンタ』『キッモ』『陰気臭いのうつりそうだから帰って〜?』てめっちゃ睨んできたもん。俺なんにもしてないのに……」
「えええ怖っ……」
悲しい。直接見たわけでもないのにその光景がありありと脳裏に浮かぶ。剣士クラスに用がなくて本当に良かった。
「そうだ。まさにうちもそんな感じでアタシの悪口を言っていたかと思えば無視したり、机にラクガキされたり教科書を破られたりしていたんだ」
「それっていじめじゃないか! なぜだろう、他人事とは思えない……うっ記憶が……」
「そうだ。だからアタシはそいつらを全員半殺しにしてしまって退学を……」
「ちょっ……僕の知るいじめられっ子とだいぶ違う!」
「いいか、世の中にはイジメられて死にたいと思う奴と殺してやると思う奴の二種類がいるんだよおおおおおおおッ!」
クラネがテーブル越しに身を乗り出し、僕の襟元を掴んで彼女の目線の高さまで持ち上げて叫ぶ。
わあ、背が高いから腕も長いんだなぁ。この距離でも届くなんてすごいなぁ!
クラネはセカンドギルドではかなり人懐っこくて誰にでも返信しているイメージがあるから意外だったけど、もしかしてその反動でセカンドギルドでは明るかったのかなぁ。
僕のくらくらする頭の中ではぼんやりとそんな思考が駆け巡っていた。
「お、落ち着け! 落ち着けよ! そ、そうだ、俺は魔術師のトーカ!」
トーカが話し始めるとクラネは一拍おいてから僕を下ろしてくれた。良かった、話のわかる狂人みたいだ!
「えーと、歳は十七歳で冒険者学院は今年卒業したんだけどさ……その、国家魔術師試験に落ちて無職なんだ……」
トーカはそう言ってフッと自虐的な笑みを浮かべた。なるほど、だからいつセカンドギルドに入ってもタイムラインにいたわけだ。トーカは僕がセカンドギルドで一番よく話していた相手だった。
「あー……魔術師の良い職って国家資格必須だもんね」
「そ。勉強は一日十四時間やってたんだぜ? 実技練習だってサボった日なんてないんだ。でも落ちたんだ……」
トーカの遠い目と薄い笑いがすべてを物語っていた。真面目だっただけにいたたまれない。
「まあまあ。国試は今年も受けられますし。私は〈へらへら〉こと祈祷師クラス十六歳のエラです」
「まさかへらへらが女の子だったなんて思わなかったよ」
正体がエラだとはもっと思わなかったけれど。
「ふふふ。そうでしょう? 女子だとわかるとしつこくダイレクトメッセージを送ってくる輩がおりますので」
「わかる。アタシのところにも毎日十件は届くぞ」
「でしょう? それが鬱陶しくて」
にこりと笑ったエラにクラネが憤怒の表情を向ける。
「鬱陶しくて……だと……?」
「あら? クラネさんはそうではありませんでしたか?」
「女子扱いされて嬉しいに決まっているだろうが!! これだから顔の良い女は!!」
あ、そういう。
クラネの握りしめ過ぎた拳からうっすらと血が滲んでいた。
わかる。わかるよ。僕もユシンに同じ感情をよく抱いていた。僕たちは仲間だ……。
「なるほど。ポジティブで素敵な考え方ですね! 私もそのくらいの寛容さがあればよかったのですが、どうにもストレスに弱いようでして」
「さっき言ってたよね。もしかしてそういうのがその……あれの原因?」
「この際ですからみなさんにお話しましょう。私は神託の勇者、ユシンのパーティーメンバーでした」
「はっ!?」
「えっ!?」
トーカとクラネが目を見開く。そりゃそうだ。そんな人がどうしてこんなところにいるんだと思うだろう。僕だって同じ気持ちだ。
「私は魔王討伐の旅の途中、ストレスから心身に不調をきたしてしまいまして……。どうにもこうにも、肝心な時にいつもおなかを壊してしまって不在がちだったんです。それで私の身を案じたユシンにパーティーを追放されました。そうでもしないと私は無理をし過ぎてしまうからと。聖女の称号は後継の祈祷師へと引き継がれ、私は称号を失いました」
「エラ……」
まさか健康問題だったとは。自分ではどうしようもないことなだけにかわいそう……。
「それでセカンドギルドで腹いせを」
「えっ」
「いえ、なんでもありません」
エラはにこりと女神の笑みを浮かべていた。
僕の動揺をよそにトーカは腕を組み神妙な顔でうんうんと頷いていた。
「いるよなー就職直後にストレスで体壊しちゃう奴。俺の友だちにもいたわ。まあかなーりもったいないけどそのくらい実力があるんだからまだいいじゃん。どこのパーティーだって職場だってほしがるだろ? 俺が持ってるの魔術師検定準二級だぜ?」
「え、ちょ、それ本当か? 一年生でも持ってる子いるよね?」
「そうだ。俺はそこから進歩していないんだ。どうだ、俺の実力が怖いか?」
「怖い……怠けていたわけじゃなくてちゃんと勉強していたっていうのがすごく怖い……」
にじり寄るトーカにじりじりと後退りする。そこでエラがまたパン、と手を叩いた。
「さ、これで全員の自己紹介が済みましたし、ちょっとした余興といきましょうか」
「余興?」
「ええ。それではこちらをご覧ください」
エラが艷やかな笑みを浮かべ、なにやらごそごそと白いローブの中からなにかを取り出し手のひらに乗せて見せた。
それはエラの手のひらにすっぽり納まるサイズの透明の球体だった。
「これは……クリスタル?」
「ニト君にはクリスタルに見えるのですね。みなさんはいかがですか?」
「いや、他になんかあんのかよ?」
「そうだな……アタシにも透明のクリスタルにしか見えない」
トーカとクラネも僕の言葉に同意する。エラは「そうですか、そうですか」と慈愛に満ちた笑みをたたえていた。
その姿は本当に女神のようで、明るい酒場の中ですら光を放っているような錯覚さえ覚える。やっぱりエラは光の勇者のパーティーにふさわしい聖女だったんだ。そんなエラがまさか僕のパーティーにきてくれるなんてなんて光栄な……。
「こちらは歪んだ思考の持ち主にしか見えない魔道具です。遠い街の骨董市で手に入れた非常に貴重な逸品なんですよ。みなさんに見せたら絶対におもしろいと思ったので持ってきました」
エラは女神の笑みをたたえたまま嬉しそうに言った。
「テメェ煽ってんのか!」
「この女……斬る……!」
「うわあああっ! やめて! やめてあげてっ!」
短杖と大剣を取り出そうとしたふたりを押し留める僕をよそに、エラは本当に嬉しそうに笑った。その姿は女神にしか見えないんだけどやっぱりこの人違うかもしれない。
「ふふふ、みなさん仲良くなれそうで嬉しいですわ。ね、ニト君?」
あれ、もしかして僕、結構まともなのかもしれない。




