第四章 あーあーそうだよ! ぜーんぶ僕のせいさ!これでいいか!?②
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「あっあいつ逃げたぞ!!」
泣きながら逃げているニトの背後で、トーカが叫び声を上げた。その直後、クラネが走り出そうとして、その背中がつい、と引っ張られる。
クラネが反射的に振り返り、トーカもつられて振り返った。その視線の先にいたのはさっきから黙って状況を見ていたエラだった。
「……そういやエラも勇者の居場所知ってんだよな?」
「大体の居場所はわかります。ユシンは寮ではなく妹さんと暮らしています。ただ私はしばらくユシンと個人的な連絡を取っていないので、変わっていなければ、ですが」
「そうか! エラ、今すぐアタシたちと一緒に……」
けれどクラネの言葉はエラに遮られた。
「トーカさん、クラネさん。ニト君のことは少し私に任せてもらえませんか?」
「なっ……」
「もしニト君の考えが変わらないようでしたら私たちだけでなんとかユシンと連絡を取りましょう。ですが、少しの間だけ、私に時間をください」
エラはそう言って深く頭を下げた。
トーカとクラネはなんとしても早くこの事件を解決したそうだった。早く解決して自分たちの責任に怯える日々から抜け出したかったに違いない。もちろんそれはエラもだ。それでもエラは、ニトのことを放ってはおけなかった。
ユシンに救われることが惨めなのは、自分も同じだった。
*
▽へらへら:ニト君。一週間だけ待ちます。その間にどうするか、どうしたいのか決めてください。
▽へらへら:もしもニト君がユシンに言わないと決めたのなら、私たち三人だけでユシンの元へ向かいます。ニト君のことは言いません。
▽へらへら:ユシンに助けて、と言うのは辛いでしょうね。私もそうですから。それでも、
▽へらへら:ニト君。待っています。
部屋について毛布を被ると、エラからのメッセージを受信した。
一方的に送りつけられたメッセージはそこで途絶えた。
個別チャットの画面を閉じ、なんとなしにセカンドギルドの書き込みを徘徊する。適当に指を動かした先で見つけたのはとある書き込みだった。
▽**:なあ、首都のアンデッド復活ってもしかしてこれじゃない? 首都って言っているし。
→ ▽へらへら:そういえば、首都のひと気のない森に禍々しいオーラのある場所があるんだよ。ヤバい場所かもよ。勇者の称号がほしいのなら行ってみたら? まあここに部屋から出る奴がいるとは思えないけどww
その書き込みに引用されていたのは紛れもないあのときのエラの書き込みだった。その投稿の返信欄は異様に伸びていた。おそるおそる開くと、エラの書き込みから芋づる式に引っ張ってきたであろう僕たち四人のアカウント名がズラリと並べられていた。
「えっえっえっ……そんな、なんで…………」
▽**:首都の森でオフすることになってるじゃん。なにかやらかしたのか?
▽**:とりあえずギルドの行方不明者のリスト確認しとく。
▽**:過去の書き込みからたぶん全員が冒険者学校の学生っぽいね。
▽**:あ、このKuraって子中退してるっぽいからもう学校にはいないんじゃないかな?
▽**:過去の書き込み漁ってくるかー。
「うわああああああああっ! や、やめろやめろやめろ!!」
どうしてそうなるんだよ! 僕個人を特定できるようなものはなにも書いてはいないはず。だけどもし僕自身が意図せず僕へと繋がるなにかを残してしまっていたら――?
勇者クラスからドロップアウト寸前の僕が世界を危機に陥れたのだとバレてしまう。そうなったらもう全部終わりだ! 勇者クラスに復帰することもプロの冒険者となることもパーティーをつくることも勇者になることも――なにひとつ叶わず僕は一生後ろ指を指されながら生きていくしかなくなってしまう!
慌てふためく思考に頭を抱えていると、そこにまたひとつ、書き込みが増えた。
▽**:とりあえずこのへらへらって奴が主犯ってことでOK?
「なん、で……」
どうして、どうしてこんなことに。
だけどそれは。エラ自身も、僕自身も言ったことだ。言い出したのはエラだ。きっかけをつくったのはエラだ。魔の境界を開いたのはエラだ。エラが悪い。
――――違うだろ。
僕が不用意にあの石板に触れたから。僕にあの石板が見えてしまったから。僕が森に行くなんて言ったから。僕が――勇者になれるかもしれないともう一度思ってしまったから。
もし僕が勇者だったら。本当に勇者になれていたら。この事件だってすぐに解決できていたのに。
なれるわけなんて、なかったのに。
僕は勇者じゃない。勇者にはなれなかった。ただのなり損ないだ。何者にもなれなかったんだ。
こんなことになるなら、馬鹿な夢なんて抱くべきじゃなかったんだ。こんな惨めな思いをするくらいなら、いっそのこと村で親の畑を継いでひっそりと暮らすべきだったのかもしれない。
なにかになりたいだなんて、そんな希望抱かなれければよかったんだ。
でももう、僕には帰る場所すらない。僕は両親に嘘を吐いた。ユシンに嘘を吐いた。仲間を拒絶した。
だから僕に残された道は、ただ僕のせいで滅ぼされるかもしれない世界をこの部屋から見ていることだけだ。
それから僕は、震える指でセカンドギルドのアカウントを削除した。
ここにももう、僕の居場所はなかった。
だからその夜僕がエラに返事をすることはなかった。ただ、毛布にくるまりひとりで震えることしかできなかった。
僕はまたひとりになった。
そうして、無為な時間だけが過ぎていった。
リアルにもネッツにも居場所をなくした僕の拠り所はもはや部屋の中しかなかった。けれどここも安泰とは言えない。ここはダテール学院の寮だ。扉の近くまでいくと廊下から笑い声が聞こえていた。それすらももう僕を嘲笑する声にしか聞こえなかった。
……それになにより。
「――なにか悩みがあるんじゃないかな」
「なにかって、なんだよ」
僕の部屋の椅子には当然のようにユシンが座っていた。僕はそれを毛布の隙間から一瞥し、また薄暗い毛布の中へと戻った。
僕の部屋に出入りし、僕と言葉をかわそうとする唯一の人物。それはよりによって神託の勇者ユシンだ。
カーテンが閉め切られた窓の外から微かに雨がガラスを打つ音が聞こえる。雨の日に魔物はあまり出歩かない。だからユシンは今こうしてこんな場所にいる。
「最近どうにも様子が変だ。あの夜からだろう? ぼくが気がついていないとでも思った?」
「思わないよ。ユシンなら気がつく。そして僕の身を案じる。そのくらい僕にだってわかる」
「なら話してくれないか。ぼくはニトの力になりたい。あの場所の謎がいまだに解けていないことについては本当にすまないと思っている。ニトがぼくを信頼して話してくれたのにもかかわらず、なんの進展もないなんて本当に恥ずかしい限りだ」
「……そんなことじゃない」
そんなことじゃない。ユシンはなにも悪くない。僕が解決するべきことだったのに。僕はそれすらもできずにすべてをユシンに丸投げしたんだ。事件の解決どころか、事件を解決できない責任までも僕はユシンに押し付けたんだ。
そんな僕が、どうしてユシンを頼れる。
「なんで僕なんかに構うんだよ。もう放っておいてくれ。ユシンこそ僕なんかに構ってる暇ないだろ」
ユシンはみんなに期待されてるんだから。
「簡単な話さ。ぼくの勇者は君なんだから。君の力になれるのなら、ぼくはいつだって喜んで力を貸すよ」
なにが、勇者だ。
「……そういうところだよ。ユシンのそういうところが、僕は――ッ!」
毛布の中から飛び起きて、ぐっと拳を握った。開いた口が止まった。
だけどそこから先を口にすることだけは、どうしてもできなかった。
「――……もう僕に構うな。僕なんかといればユシンの名前に傷がつくだろ」
僕はそれだけ言うとまた毛布の中に戻り、口を開かなかった。しばらくして、ユシンが部屋を出ていった気配がした。
雨音はまだ止む様子はなかった。
これで良い。僕は部屋に閉じこもる。ユシンはまたなんとかして世界を救う。前回の魔王討伐だって、なぜ魔の境界が開いたかなんて誰も知らない。大事なのは、勇者が魔王を倒した。それだけだ。
だからきっと今回だって、事件が解決すれば僕のことなんか綺麗さっぱり忘れ去られる。僕にできることはそうなるまで大人しく閉じこもっていることだけだ。余計なことはなにもせず、ただのモブとしての役割を全うすれば良い。
そうしたらいつか。僕にだってなんのためらいもなくこの部屋から出られる日が来るんだ――。
――なんてうまくいくだろうか?
どんな情報を得たところでユシンは魔の境界を解決できない。このままだと世界は滅びる。
思考の片隅で僕の意識の奥底から囁く声は一向に止む気配を知らない。
「僕はなにをやっているんだ……」
深夜零時。僕は気味が悪いほどに静まり返った森の中に立っていた。雨はまだ降っていて、土の地面はぬかるんでいる。
いくら雨が降っているとはいえ、魔物が盛んに闊歩するようになった首都ではこんな時間に出歩く人影はほとんどなかった。それが僕がここに来るのを後押ししていた。
もしかしたらユシンと鉢合わせになるかもしれないと覚悟していたが、どうやらさすがにこの時間にはいなかったらしくホッとした。
僕はおそるおそる剣を抜く。
「――ベルム」
もはや唱える必要のない光魔法の名称を小さく口にする。何度も何度も練習した。部屋にこもりきりだった頃から何度も何度も。
それでも僕の剣に宿った光はユシンの光の半分にも満たないほどの光量だった。
その剣を静かに穴に向かって突き立てる。その瞬間、激しい光が逆流し僕は地面へと弾き飛ばされていた。
「クソ……!」
剣を振るう。弾かれる。振るう。弾かれる。振るう。弾かれる――そのうちに、僕の剣から光が消えた。
みぞおちが激しく痛む。手が震える。
本当はわかってる。光魔法は勇者が扱う魔法だ。正義のために魔に立ち向かうどころか保身のためにひきこもる僕に光魔法が応えるわけがない。
光魔法を起こそうとするたびに体が引き裂かれるような痛みが走る。昔から僕は適性がなかった。だけどこんな痛みもなかった。
光魔法が僕を拒絶している。僕が光魔法を拒絶している。
僕は、もう光の中にいない。
どれだけごまかそうともこれは結局は僕が引き起こした大惨事だ。僕は勇者になんかなれなかった。むしろ勇者の足を引っ張った。世界を危機に陥れた。そんなつもりなんてなかったなんて言ったって、事実は事実。
「だからせめて、自分の手でどうにかしなきゃいけないんだ……」
もう勇者になんかなれなくたって。これで最後だとして。無理でもなんでも押し通さないと、僕はダメになってしまう。
地面に転がったまま泥だらけの全身で荒く息を吸っていた。それでも剣は手放さなかった。それだけはしたらいけないと自分の中のなにかが叫んでいた。
「もう一回だ……」
剣を支えに立ち上がろうとして、
「うわっ!!」
地についた片膝を持ち上げた瞬間、僕はバランスを崩した。泥水に顔面ダイブを決める――その寸前だった。
僕の体は宙で止まっていた。一瞬なにが起きたのか理解できなかった。そして一拍置いて視界に自分を支える手が見えたとき、僕は自分の状況を理解した。
「……ユシン…………」
倒れかけた僕の体を受け止めたのは、神託の勇者ユシンだった。
「どうしてこんなところに……」
そう言ったけれど、心のどこかでこうなるんじゃないかと少しだけ思っていた。だってユシンは勇者だから。世界の危機を救うのは、いつだって勇者だから。
ぬかるんだ泥の上でかろうじて両足を踏ん張り、雨の中顔を上げた僕は、一体どんな表情をしていたんだろう。
ユシンは迷うことなく口を開いた。
「必ず来ると思っていたんだ」
見上げたユシンは、冷たい夜の雨の中で嬉しそうに微笑んでいた。
「だってニトは、諦めるような人じゃないから」




