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何者にもなれなかった僕たちへ ――勇者、ニートの章――  作者: 藍川ユイ


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第四章 あーあーそうだよ! ぜーんぶ僕のせいさ!これでいいか!?①

 ――神託の勇者ユシンは魔の境界に干渉できない。


 それが僕の結論だった。


 ユシンたち神託の勇者パーティーではあの穴を封じることはできない。けれどあの穴は確かに魔に関係している。歪んだ思考の持ち主にしか干渉を許さないなにか。そしてあの穴の出現と同時に現れたアンデッド。


 あの穴は、やっぱり魔の境界だったんだ。


 ▽勇者N:……ということなんだけど。


 ▽へらへら:つまり、まあ、ぼくたちでどうにかするしかないってことだね。


 ▽天才魔術師黒猫:マジかよ……。勇者にどうにもできないものを俺たちがどうにかするって無理じゃね……?


 ▽Kura☆友達募集中:他に見える人いないのかなぁ〜!? っていうかどうしてアタシたちだけなんだろ!?


 ▽へらへら:さあ……ぼくも最初あの場所を見つけたときにはあんな石板は見えなかったんだよね。


 ▽天才魔術師黒猫:マジでヤバいじゃねぇか! どうすんだよ……頼むから早く新しい神託きてくれ……。


 ▽へらへら:あの穴にはぼくの祈祷術は効かなかった。まったく反応がなかったということを考えると、いくら高度な術式を編み出したとしても封じられるかどうかは怪しいだろうね。


 ▽Kura☆友達募集中:それってもしかして、アタシたち詰んじゃった……?


 ▽勇者N:とにかく、もう一度今夜あの場所に行こう。石板さえ見つければあの穴を封じることができるかもしれない……。


 ▽へらへら:そうだね。まだなにか見落としているものがあるかもしれない。今はそれに賭けるしかないね。


 そして夜、僕たちはもう一度あの場所に戻ってきた。

 僕の目の前には、確かにあの穴があった。


「見える?」


 僕が聞き、


「……見えますね」


 エラがそう答え、


「見えるよな……」


 クラネが同意し、


「俺には見えない! 絶対見えない!」


 トーカが現実逃避をしていた。


「見えてますね。わかりました」


 無慈悲なエラの言葉でそれも終わった。


「……で、石板は……やっぱりないよね」


 相変わらず石板はどこにも見当たらなかった。

 開けた広場だけに探せる場所もほとんどない。僕たちはもう一度手分けしてあちこち見て回ったけれど、やっぱり結果は変わらなかった。その間エラは一度姿を消して戻ってきていた。


 穴を中心に再び集まる。全員が青い顔をしながら絶望のような闇を見ていた。

 一段と青い顔をしたエラが口を開く。


「この穴が魔の境界だとすると、石板もただの物質ではないのでしょう。それなら私が最初にこの場所にきたときあの石板が見えなかったことにも納得がいきます。なんらかの条件が整い、私たちに石板が見え、そして開いてしまった。そしてもしかすると……石板は開けた時点で消滅したのかもしれません……」

「じゃあ、もしかして石板は探すだけ無駄かもしれないってこと……?」

「わかりませんが、その可能性も否定はできないでしょう……」

「もしそうだとしたら、そんなのどうやって閉じたらいいんだ……」

「私がもう一度やってみます。ユウカちゃんの祈祷術は干渉できないゆえ効果がなかっただけかもしれませんので」


 そう言ってエラが長杖を構える。その先に白い光が生まれる。


浄化ルストラーレ!」

解呪ディスペレーレ!」

悪魔祓い(エクソルキザーレ)!」

封印シグナトゥス!」

永遠イーオン!」

神秘アルカヌム!」


 エラの口から次々と術式名が飛び出て、まばゆいばかりの白い光が穴に吸い込まれていった。昨日見た光景とまったく同じだった。

 光が途切れ、あたりがまた暗闇に包まれた。エラが口を閉ざすとあたりは何事もなかったかのようにしんと静まり返った。


「……ごめんなさい……やっぱり私では無理のようです……」


 エラががくりと肩を落とした。それを見たトーカがおずおずと手を上げる。


「い、一応俺もやってみるか……?」


 そう言って短杖を取り出し、同じように穴に向かって魔法を放ったが、結果も同じだった。


「い、意外と物理攻撃が効いたりするんじゃないか!?」


 大剣を取り出したクラネが何度も穴に向かって斬りかかる。だけどまるで空を斬るようで特に変化はなかった。


 三人が次々と穴に攻撃を仕掛けたが、穴はただそこにぽっかりとどこまでも黒く佇んでいるだけだった。どんな攻撃を受けても歪むこともなくなることもなく、ただただどこまでも変化なくそこに存在していた。


「もしかして俺たちも見えるだけで干渉なんてできないんじゃねぇの……?」


 トーカが言う。そして三人の視線が自然と僕に集まる。


 そうなるとは思っていた。ここまでの過程はまるであの石板が開いたときの再現のようだ。エラの祈祷術も、トーカの魔法も、クラネの剣も効かなかった。それなら、この穴も――。


「じゃ、じゃあ僕も一応……」


 僕は自分の腰から長剣を抜いた。最近のアルバイトのおかげでだいぶ馴染んできていたはずの剣がやけに重たく感じた。

 剣を構え、目を閉じる。神経を集中させ自分の中の魂を剣に移していく。手の中の剣が熱を持つ。よし、大丈夫だ。できる!


「ベルム!」


 目を開け、光魔法を唱える。剣が白い光を纏う。


「はあああああああっ!」


 光を纏う剣を穴に突き立てた。あたり一帯に甲高い金属がぶつかるような鋭い音が響いた。


 ――なんだ!?


 僕の剣が穴の表面に接すると同時に、剣の光が逆流して体ごと弾き飛ばされた。衝撃が手に伝い体が痺れ、みぞおちが激しく痛む。


「そんな……」


 僕はアンデッドに襲われたあの夜から密かに毎日光魔法を練習していた。そして確かに剣は光魔法を纏っていた。そして前回よりも光は強くなっていた。

 だけどだめだった。本当はわかっていた。昨日見たユシンが剣に宿した光は今僕が宿したものよりも圧倒的に強かった。


 最初の夜は同じ展開で石板が開いた。完全に同じ展開をなぞってもこの穴はなんの変化もない。僕の……僕の力が足りないのか……?

 魔の境界を閉じる力はないのに魔の境界を開ける力はあるなんて……そんなのまるで勇者よりも魔物に近いって言ってるようなものじゃないか?


 そんな僕にこんなことをどうにかできるわけがない。第一こんなものが見える時点で魔に対抗する力なんてあるわけがないんだ。もうどうしようもないんだ。僕は勇者なんかじゃない。僕はただ、魔界に親和性があっただけなんだ。


 ユシンは世界を救った。

 なのに、僕はこれから世界を滅ぼすんだ。


 同じように勇者を目指してきたはずなのに。僕だってなりたくてこんなふうになったわけじゃないのに。


「……もう無理だよ。どうにもならない。僕たちは取り返しのつかないことをしたんだ……!」


 僕たち、は……? いや、違う。僕、が…………?


「少し冷静になれよ、ニト。クラネ、お前は自分が剣を振るったときとニトが剣を振るったとき、なにか違いがあると思わなかったか?」

「言われてみれば……ニトの剣は穴に弾かれているようだった。アタシの剣はただ硬い地面に当たったみたいに止まっただけだったのに」

「そうですね、トーカさんとクラネさんの言うとおりです。確かにニト君の剣は穴に明確に拒絶されていました。光魔法は有効なのかもしれません。光魔法はそもそも魔に対抗するために生まれたものですし」

「む、無理だ……僕は……僕にはこれ以上の力なんて……っ」


 頭を抱え取り乱す僕をよそに、トーカたちが話を進めていく。やめろ。それ以上はやめてくれ。


 光魔法が有効? 普通の人は穴に干渉すらできない。僕たちの中で光魔法を扱えるのは勇者クラスの僕だけだ。

 だけど僕が魔の境界を封印できるほどの光魔法を習得するのに一体何年かかる? だって僕は首都に来てもう六年だ。その間頑張って頑張って頑張ってこのレベルなんだ。どこまで努力したって僕が穴を封印できるほど光魔法を極められる保証もない。


 そもそも、だ。穴が反応したのが光魔法じゃなかったら? 光魔法じゃなくて、に反応しているのだとしたら?


 あの石板を開けられたのは僕だけだった。もしトーカが言うように僕以外の三人も見えるだけで干渉できないのだとしたら? 干渉できるのは僕だけなのだとしたら?


 その肝心の僕は親友が魔王や竜王を討伐するかたわら一年半引きこもって自主訓練なんて聞こえの良い気分転換をするくらいで本格的な訓練を一切してこなかったんだ。なにかしなくちゃと思いながらもあれこれ言い訳を並べてなにもしてこなかったんだ。そんなやつに世界の命運なんて背負えるわけがない!


「クソッ!! 誰だよこんなもの開けようなんて言った奴は!!」

「俺じゃねぇよ!? っていうかニトだろ!」


 呆れ顔のトーカにすかさず食ってかかる。


「いいや違うね! 僕は言ってない! ぜーったいに言ってない!!」

「『開けよう、僕たちの手で。この謎を解き明かすんだ』ってはっきり言ってたぞ!? で、お前がパカっと開けたんだろ!?」

「うるさいうるさいうるさい! 僕じゃない! 僕のせいじゃない!! 僕は悪くない!!」


 わかってる。本当は全部わかってる。僕が悪い。僕のせいだ。

 だけど体の震えが止まらない。今すぐここから逃げ出したい。すべてを忘れて部屋に閉じこもりたい。もう無理だ。もう全部終わってしまったんだ。僕の思い上がりのせいでユシンの努力もなにもかも吹き飛ばしたんだ。


 勇者になれると、一瞬でも思ってしまったんだ。


 羞恥心と罪悪感と焦燥感と絶望感が僕を責め立てる。自分がなんとか息をするためだけに、そんなちっぽけなエゴのためだけに、パーティーになってくれるかもしれなかった仲間をわけのわからない言葉で責め立てる。


「なるほどな、どうりで誰もお前とパーティーを組みたがらないわけだわ……」

「いえ、初めに開けようと言ったのも案内したのも私ですから……」

「そうだよエラだ!! 僕じゃない!!」

「落ち着け、ニト。アタシたちは別にニトのせいだと言っているんじゃない。それに今は責任の所在を言い争っている場合じゃないだろう」


 トーカには呆れられエラに罪悪感を押し付け年下のクラネにさえなだめられる始末だ。

 一番どうしようもないのは僕だということはこの場の誰よりも嫌というほどわかっていた。


 残ったのは自分自身に対する嫌悪感だけだった。

 沈黙の流れた森の中で、トーカが手を挙げた。


「あのさ、なんならもうこのこと含めて洗いざらい全部勇者に話そうぜ。もう俺たちじゃどう考えても無理だって。ニトは神託の勇者と仲良いんだろ? それなら頼み込めば俺たちのせいだってことも黙っててくれるって!!」


 魔術師らしい冷静な判断だった。きっとそれは、この場の最善手だった。


「そ、それだ! 個人的に連絡が取れるならアタシたちの名前も表には出ない! ニト、そうしよう!」

「そうですね……私もユシンに自分たちの不始末の処理を頼むのは気が引けますが、もはやそれしか……」

「――だめだ!!」


 思ったよりも大きな声だった。誰よりも僕自身が驚いていた。


「ど、どうしたんだよ? どうせこの場所のことももう知ってるんだろ? 俺たち四人で頭下げて頼めば勇者だって信じてくれるって! 必死で話せばきっと見えなくてもなにか策を考えてくれるって!」

「勇者ならアタシたちと違って強い光魔法も使えるんだろう!? 干渉するための術さえ見つかれば……」

「違う!! そういうことじゃない……!」


 必死で僕を説得しようとするトーカとクラネから目を逸らす。エラがひどく不安そうな顔をしていたのが視界の端に一瞬映っていた。


「勇者だろ!? ユシンってやつはそんなにケチなやつなのかよ!?」

「違う! 違うよ! ユシンなら必ず助けてくれる! だからだ!!」


 そうだ。ユシンなら必ず助けてくれる。たとえ自分に見えなくても真剣に話せば必ず信じてくれる。証拠なんてなくても信じてどうにかしようとしてくれる。考えなくてもわかる。ユシンはそういう奴だ。だからこそ。


「なんだよ、じゃあ一体なにが問題なんだよ!」

「僕は……ユシンにだけは助けてとは言えない……!」


 あまりに惨めでちっぽけで、だからこそ捨てられない僕の膨れ上がったプライドがどうしてもそれを許せない。


 情けない自分をユシンに晒すことがどうしようもなく怖い。今でこそこれ以上ないほど惨めなのに、ユシンに救われたら僕はもう立ち直れない。それが怖くてたまらない。


「んなこと言ってる場合かよ!! このままだとまた魔界と完全に繋がって魔王が復活するかもしれないんだぞ!? もう俺たちだけの問題じゃ……!」

「違うよそうだよわかってるよ!! 全部全部わかってるんだよ!! ただの僕のエゴだよ!」

「わかってねーよ! わかってんなら手段選んでる場合かよ! これで本当に世界が滅びたらお前のせいぞ!?」

「あーあーそうだよ! ぜーんぶ僕のせいさ! これでいいか!?」


 やめろ、やめろ、もうやめてくれ。

 もうなにも言わないでくれ。


 そう懇願しても自分の口は止まらない。両目から涙が溢れ出してどうしようもないほど惨めなのに僕は止まろうとしない。頑なに弱い自分を認めようとしない。


 そうだ全部トーカの言う通りだ。圧倒的にトーカが正しい。頭では全部わかっている。理解している。なのに僕の口から出るのは自分を守るための言葉ばかりだ。


「なんで……なんで僕じゃないんだよ!! 僕だって勇者になりたかった。なるはずだった。なれると思っていた!! みんなしてユシンユシン言いやがって!! どうしてユシンなんだよ!! 僕だって勇者だ!! なのにどうしてこんなにも違うんだよ!!」

「あのなぁ……!!」


 トーカが僕の胸ぐらに掴みかかる。


「どうしてもユシンに会いたいというなら僕を倒してから行けよ!! 僕は絶対にユシンの居場所を教えない!!」


 僕はそう啖呵を切り――トーカとクラネにボコボコにされた。


「ふ……ふたりがかりなんて卑怯だぞ!」

「「当たり前だろ! 馬鹿か!」」


 短杖を構えたトーカと大剣を構えたクラネが息ぴったりに吐き捨てた。


「あーあーあー! やめだやめ!! 僕はなーんにも知らない!! 知らないからな!!」


 僕は脱兎のごとく逃げ出した。


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