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何者にもなれなかった僕たちへ ――勇者、ニートの章――  作者: 藍川ユイ


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3−3 浄化されないタイプのニト君でしたか?

 ユシンが仮想ディスプレイからメッセージを飛ばしてからは早かった。あっという間に僕たちの前にひとりの少女が姿を現した。


「どうしたの、お兄ちゃん……ってええっ!?」

「あっと……久しぶり、ユウカちゃん……」

「はあ? なんであんたみたいなのがあたしの名前覚えてんの? ユウカちゃんとか気持ち悪いんだけど」


 数年ぶりにあったユウカちゃんはその綺麗な青い瞳を半眼にして僕を睨みつけていた。期待を裏切らない反応だった。


 幼さが抜けてきたことでより際立つようになった端正な顔立ちに肩の上で切り揃えられた綺麗な金髪、透き通るような碧眼、すらりとした肢体。どこからどう見ても完璧なその姿は、間違いなくユシンの妹だった。


「あ……じゃあ、久しぶり、ユウカ」

「勝手に呼び捨てにしてんじゃないわよ!」


 八方塞がりだった。


「ユウカ、そんな口の聞き方をしたらだめだろう? ニト、ごめんね。ユウカはいつまで経ってもこどもなんだから」

「ちょっとお兄ちゃ……じゃなくてユシン!」


 あ、人前ではお兄ちゃんって呼んでるの隠してるんだ。かわいいな。って思った顔をしていたらユウカちゃんに思いっきり睨まれた。


「……それで、あんたがあたしを呼んだの? こんな時間にこんな場所に呼び出して一体なんの用よ? 大した用じゃなかったらタダじゃ済まさないからね!」

「いやいや……呼んだのはユシンだし……」

「あんたのせいでこうなったのなら全部あんたのせいよ! おにい……ユシンのせいにしないで!」

「えぇぇ……」

「そう言うのなら早いところ用件を済まそう。ユウカ、今ぼくのいる場所になにか感じないか」


 ユシンが真剣な目で話し始めると、ユウカちゃんは黙ってユシンのまわりに目を配らせた。さっきまでのイライラは一切消えていた。


 さすがは神託の勇者パーティーのひとりだ。確か僕よりふたつ年下のはずなのに、仕事を始めたユウカちゃんは一瞬で思春期真っ只中の少女からプロの祈祷師に様変わりした。ユシンの話を聞いてすぐに魔界の境界に関することだと理解したんだ。


 場が一気に緊張に包まれる。


「……確かにここの瘴気は濃いわね……。ユシンのいる位置は瘴気の中心にあたりそうだけど……」

「この場所はぼくが光魔法を纏わせた剣を突き立ててもなにも起こらなかった。なにも、だ。葉ひとつ動かず、地面は削れもしなかった」

「それは変ね。ユシンに切れないものなんてないのに」

「この場所に解呪の祈祷術をかけて欲しい。特殊な魔法でなにかが隠されているのかもしれない」


 ユシンが僕の方にちらりと目を向ける。どこかぼんやりとふたりのやりとりを聞いていた僕はハッとしてこくこくと頷く。

 それを見たユウカちゃんの顔がさぁっと怒りの色に変わっていく。


「ユシン、まさかまたこんなのの言うこと真に受けたの!?」


 ユウカちゃんが僕をビシッと指差して叫ぶ。


「あんたみたいなのがユシンのまわりをうろつくからよ……! あんたがユシンをなにで脅してるかはしらないけど、これ以上ユシンに関わらないで!」

「えええっ!? 脅してないよ!」


 むしろこの人が勝手に僕の部屋の合鍵つくって入ってきてるんだよ! とはさすがに言えなかった。言ったら僕の命が危ない気がした。


「ユウカ。けれど君もこの場所に異常を感じたのは確かだろう?」

「それはそうだけど……」

「それなら、どうするべきかはわかっているよね?」


 ユシンがにこりと微笑むと、ユウカちゃんはため息をついて手に持っていた長杖を掲げた。杖の先についた宝玉が光を発し始める。


浄化ルストラーレ!」


 宝玉の先で光っていた光がユシンの足元へと寸分違わず飛んでいく。しかし光は穴に吸い込まれなにごともなかったかのように消えていく。


「地面に触れると同時に消滅したわね。それじゃあ……解呪ディスペレーレ!」


 さっきよりも一段強い光が現れ、もう一度同じ光景が繰り返される。


「それなら! 悪魔祓い(エクソルキザーレ)!!」


 さらに一段強い光でもう一度同じ光景が繰り返された。

 光が穴に吸い込まれ、あたりはまた暗闇に包まれた。風が木々の間を通り抜けるざわざわとした音が嫌に耳に響いていた。


「ど……どうなの……?」


 痺れを切らした僕が声を上げると、ユシンが口を開いた。


「見てのとおり、なにも起きなかった。それだけだよ」

「あたしの祈祷術でなにも起こらないなんて……。ねぇ、もしかしてその場所、なんの呪いも魔法もかかってないんじゃないの? この類の祈祷術は異常がなければなんの反応も起こらなくても当然じゃない」

「それはない」


 疑問の視線を向けるユウカちゃんに向かってユシンはきっぱりと言い切った。


「ユ、ユシン……! あたしにもう一度やらせて! もしここに本当に魔の境界に繋がるなにかがあるのだとしたらあたしが必ず……!」

「いや、無理だ」


 食い下がろうとするユウカちゃんにユシンはなおもきっぱりと言った。


「ユウカ、勘違いしないでほしい。ぼくはユウカの祈祷術を信頼している。だからこそ、ユウカの祈祷術でさえ効かないというのなら、なにか他のアプローチが必要なんだろう。きっとこれは祈祷術でどうにかなるものじゃないのかもしない」

「そんな……」


 ユシンが神妙な顔をして顎に指を当て考え込み、ユウカちゃんが俯いてぎゅっと杖を握りしめる。その中で僕はおずおずと声を上げた。


「えっと……ユウカちゃんはあの場所なにか変だなぁとか感じる……?」

「あの場所が魔に関係しているのだとしたらあたしの術に必ず反応するはずなのよ。でもずっとただの地面のままなんて……。でもユシンが見誤るわけがないし……」


 ――ずっとただの地面のまま。


 ということは、ユウカちゃんにもあの穴は見えていないのか。もしかしてこの穴は僕の罪悪感が見せる幻覚なのか? いや、でもあのときいた(元)パーティーメンバーには見えていたし……。もしかしてあの石板に触れたことで僕たちだけがなんらかの魔法にかけられたのか……?


 ユシンの光魔法さえ効かない穴。ユウカちゃんの祈祷術までも飲み込む穴。ふたりには触れられない穴。見えない穴。


 存在しない、穴。

 それなのにどうして僕には――。


 そこでフッと過去の一場面が頭に浮かんだ。一瞬で心臓が冷えていくのを感じた。


「…………まさか」


 僕はうわ言のように呟くと、踵を返して一目散にある場所めがけて走っていった。



 僕が向かったのはダテール学院の寮だった。


「ニト!! どうしたんだい、急に……」


 追いついてきたユシンが(正確にはだいぶ最初の頃に追いつかれていた。だてに一年半引きこもっていない。僕の体力低下は著しいようだ)怪訝な顔で僕に声をかけた。


「ちょっと、あんたここ女子寮じゃない!?」


 そうだ。僕が向かったのはダテール学院女子寮だ。僕とユシンの部屋がある男子寮とは高等部の校舎を挟んで反対側に位置している。もちろん女子寮は男子禁制だ。

 だが僕は一度門の前で息を整えると、ユウカちゃんの制止を華麗にかわし一気に女子寮の中へと突入した。


「きゃああああああああっ!」


 廊下で運悪く鉢会った女子が悲鳴を上げる。時間的に極小数しかいなかったというのに女子寮は一瞬で狂乱の宴となった。

 まるで汚物を見るような目をした女子たちの視線を無視して、僕は一目散にとある部屋を目指した。なぜ場所を知っているのかは企業秘密だ。


「エラ!!」


 激しく扉を叩く。扉はすぐに開き、中から鋭い光が飛んできて僕に直撃した。


浄化ルストラーレ!!」

「ぐふっ……」

「あら、浄化されないタイプのニト君でしたか? おかしいですね。確かに魔を感じたんですけど」

「魔を感じたとか言わないで!」


 淡桃の長い髪がふわりと可憐に揺れていた。

 扉から出てきたエラが廊下にひっくり返った僕を視認して不思議そうに言う。浄化されるタイプの僕ってつまりそれはアンデッドじゃなくて?


 ダメージを受ける心を一旦脇に置いておいて僕は立ち上がりエラに用件を伝える。


「エラ、今すぐにあのクリスタルを貸して欲しい」

「クリスタル……ああ、あれですか。いいですがどうしたのですか?」


 エラが一度部屋の中に引き返し、僕にクリスタルを手渡した。僕はそれを受け取ると振り返り、すぐ後ろで事の成り行きを見守っていたユシンとユウカちゃんにそれを見せた。

 僕の手のひらにはエラから借りた透明なクリスタルが乗っていた。


「ユシン。ユウカちゃん。正直に教えて欲しい」

「ああ」


 ユシンが頷き、ユウカちゃんも「ユシンがそう言うなら……」と渋い顔で頷いた。


「今、僕の手の上にはなにかあるか(・・・・・・・・・・・・・)?」


 ふたりの視線が僕の手のひらに集中する。

 呼吸音が激しいのは走ってきたせいだ。手が震えるのも久しぶりに全力疾走したからだ。だけどやけにうるさく聞こえる自分の鼓動の音は、僕がものすごく緊張していることを突きつけていた。


 ほんの少しの間があった。きっと本当に少しの時間だったんだろう。だけど僕はこの時間が延々と続くかのように感じていた。


 やがてユシンがゆっくりと口を開いた。


「……ごめん、ニト。ぼくにはなにかあるようには見えない」

「あたしもよ。一体これはなんの茶番なの?」


 ユシンが僕に困惑した表情を向けていて。ユウカちゃんが苛立ったように組んだ腕の上で指をとんとんと動かしていて。それらすべてがふたりが心から正直に答えていることを示していた。


「そんな……」


 僕はごくりとつばを飲んだ。

 そしてひとつの仮説を検証する。


「試しに、僕の手にユシンの手を重ねてみてくれない……?」

「こうかい?」


 ユシンはためらいなく僕の手に自分の手を重ねた(・・・・・・・・・・・・)。


 ユシンの手はエラのクリスタルを当たり前のようにすり抜けていた。


 ――こちらは歪んだ思考の持ち主にしか見えない魔道具です。


 あのときエラは確かにそう言っていた。あのときは僕たちをからかっているんだと思っていた。だけどもし、本当にこの世界にそんなものが存在するのだとしたら。そんな術が存在するのだとしたら。


 それがこのクリスタルにだけ使われていると考えるほうが無理がある。


 ユシンとユウカちゃんにはこのクリスタルは見えない。触れられない。存在しない。

 それと同じようにあの穴はふたりにとって存在しないんだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


「――そろそろ説明してくれませんか? ニト君?」

「……エラ」


 エラは真剣な表情で僕を見ていた。その声には突然乗り込んできた僕を非難する色は一切なかった。きっと僕はそれだけ怯えた表情をしていたんだろう。


「……とんでもないことになった」


 だけど僕の言葉はそこで終わった。

 遠巻きに見ていた女子たちの間から数人の警備員が現れ僕はあっという間に取り押さえられた。だから僕とエラの話はそこまでだった。あとエラはトイレに行った。


 それから僕は学院内の警備室に連れていかれ、女子寮に夜間乱入した罪でめちゃくちゃ怒られた。そしてユシンが僕の連れであったことがわかった途端僕は急に許された。解せなかった。

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