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何者にもなれなかった僕たちへ ――勇者、ニートの章――  作者: 藍川ユイ


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10/11

3−2 くっ……ぼくは習慣という名の呪いで夜八時には寝てしまうんだ!

 それからまた一週間が経った。


 僕はなんとかアルバイトを続けていた。疲れ切ってしまっていて二日目から早速遅刻してしまい後輩たちの前で叱られるという失態こそあったが、失敗といえばそのくらいで、三日もすればそれなりに勘を取り戻して少しは役に立つようになってきていた。


 部屋の中で自主トレーニングだけは続けてきていて本当によかったと思った。そうじゃなければ今頃僕は毛布の中に逆戻りしていたに違いない。


 そして人に言えない義務感があるとはいえ僕のアルバイトが奇跡的に一週間も続いているということは、まだこの事件が解決していないことを意味していた。


「……僕おまんじゅう買ってこようか?」

「ありがとう……やっぱり君はぼくの親友だよ。ぼくのことをよく見ているね」


 当たり前のように僕の部屋の椅子に座ったユシンは膝に肘をつき、その手に顎を乗せ力なく微笑んだ。

 僕が率先して外に出ようとするくらいにユシンの顔には疲れが浮かんでいた。


 簡単に言うと、ユシンたちの調査にはなんの進展もなかった。


 その間も魔物とアンデッドは街に増え続け、今では首都に緊急警戒令が敷かれ、冒険職以外の外出は極力控えるように言われている。だけどそもそも街中に普通に魔物がいるような状態では用もないのに外出しようと思う人もいなくなっていた。


 商店は休業し、学校は休校。僕のような冒険者を介して物のやりとりが行われ、どうしても外出するときは冒険者が常時防衛しているメインストリートを使うか護衛をつける。


 首都防衛、物流、護衛。冒険者はいくらいても足りない状態だった。僕なんかでもひっきりなしに依頼が入る状態で、もはや悩んだり不安になったりする暇すらなくなっていた。


 ギルドの依頼確認や情報交換、休校中の講義なんかにはネッツが使われるようになった。この数週間でネッツは急速に普及した。首都はそうやってなんとかギリギリ機能を保っていた。


 近くの菓子店の戸を叩きおまんじゅうを手に入れ部屋に戻ると、ユシンは壁にもたれかかったまま眠っていた。

 僕でさえ目が回るほど忙しいんだ。ユシンはその解決の期待を一手に背負っている。その心身の疲労は凡人の僕には想像すらできない。


「それはレテル菓子店のおまんじゅうだね?」


 カッと急に目を見開いてユシンが言った。ついに匂いだけでどこのお店のおまんじゅうかわかるようになってしまったのか。相当疲れているのかもしれない。


「ありがとう、ニト。ああ、君は本当にぼくをよく見ている。今ぼくが一番食べたい店の菓子がどうしてわかったんだい……こ、これは! 店主じゃなくその息子が極稀に明け方仕事前に家業の手伝いとしてつくったおまんじゅうじゃないか! これは……間違いない、今日の五時に仕込まれたものだ。よくこの時間まで残っていてくれた……!」

「ごめん、僕にはユシンがなにを言っているのかわからない……」


 誰か早くユシンを医者か教会に連れて行って診てもらったほうがいいとちょっと本気で思った。やっぱり相当疲れているんだ。そうに違いない。

 ちなみにユシンはまだ一口も食べていない。僕には見た目だけではいつもと同じどころか他の店との違いもよくわからない。


「その……ずいぶん難航しているみたいだね」


 この頃のユシンは毎日相当な量のおまんじゅうを食していた。ユシンはストレスが増えると目に見えて食べるおまんじゅうの量が増えるタイプだ。しかし今回はそれにもかかわらず少し痩せてきたように見える。

 その元凶であるかもしれないことへの罪悪感で体中に焦燥感が広がっていく。


「うん……そうだね、正直なんの手がかりもないんだ。アンデッドの出現は明らかにこの首都、特にイラークの森を起点とした同心円状に増えている。だからイラークの森でなにかが起きているのは間違いないと思うんだけど……それ以上のことはまだなにもわかっていないんだ」


 ユシンは床を見つめながらぽつぽつと話し始めた。組み合わさった両手にはぎゅっと力がこもっていて、珍しく焦りを感じているようだった。


「えと、その……ほら、ギルドになにか情報が寄せられてたりしないかな?」

「もちろん定期的に確認はしているけど、有力な情報はないね」

「ソ、ソウデスヨネー……」


 僕程度に思いつくことなんて当然やっているだろうし、今ギルドには情報がわんさかきているはずだ。限られた職員数でその中から本当に有力な情報を選り分けるのは至難の業だ。


 エラのところにもギルドから自動返信しかきていないということは、僕たちの報告もきっと偽情報に紛れてユシンにまでは届かなかったんだろう。


「ありがとう、ニト」

「へっ?」

「ぼくが本心を打ち明けられるのは君だけだよ。パーティーメンバーや国民には神託の勇者としての責任がある。ぼくが弱音を吐けばみんなを不安にさせてしまう。だからこうして話を聞いてくれるだけで本当に助かるよ。ニトは絶対に他の誰かにぼくの話を漏らしたりしないし。ぼくもここでだけはただのユシンでいられるんだ」


 そう言って微笑む。


「絶対に話を漏らさないってもしかして僕には友達がいないからその心配がないってこと?」


 ユシンは黙って微笑みながら三個目のおまんじゅうに手を付けていた。なにか言って。


「まあ、その……僕もユシンを信頼しているよ。だから言うんだけど……えっと……実はアルバイトをしているときに、イラークの森で怪しい場所を見つけたんだけど……」

「どこだい!?」


 ユシンはおまんじゅうをまるっと飲み込み、ベッドに腰を掛ける僕の方へと身を乗り出してきた。


「うーん……ちょっと口で説明するのは難しいんだけど……」

「よし、わかった。明日連れて行ってくれないか?」

「えっ明日!? っていうか僕まだほとんどなにも説明してないのに……?」

「問題ない。ニトが怪しいと思ったのならきっとなにかがあるはずだ。連れて行ってほしい」


 ユシンは僕に向ける視線としてはかなり珍しく真剣な目をしていた。僕のちらっと話しただけの情報にこんなにも飛びつくとは思っていなかった。それほどまでに切羽詰まっているなんて……。


「ま、まあ明日はアルバイトも休みだからいいけど……」

「すまない。貴重な日に。休みなんてほとんどないんだろう?」

「い、いやいや! ユシンなんて一日も休みなんてないでしょ? 大丈夫、気にしないで! 早く解決するに越したことはないし!」


 きっとこの国の誰よりも僕が一番この事件の解決を願っているのは事実だし。本当に早く解決してほしいと毎日毎日心の底から祈ってる。


「ありがとう。それじゃあ明日の朝迎えにくるよ」


 ホッとした顔で微笑むユシンに、流れで頷きかけて止まる。


「うん……いや、違う……そうだな、夜九時にイラークの森の前でもいい?」

「夜? なにかあるのかい?」

「僕がその場所を見つけたのがそのくらいの時間なんだ。もしかしたら条件が違うと再現性がないかもしれないから……」

「なるほど……夜か……! くっ……ぼくは習慣という名の呪いで夜八時には寝てしまうんだ! そのせいで今まで見落としていたのか……!?」

「八時!? 幼児みたいな時間に寝るね!? 偉いね!?」

「夜間もパーティーメンバーが交代で調査を続けていたはずなんだけど、確かにぼくはまだ夜のイラークの森を調査していなかった……!」

「あれ、確か魔王を倒した時間って夜遅かったんじゃ……?」

「そうだ。だから僕は早く帰って寝たかったんだ……」


 嘘でしょ、この人早く寝たくて魔王倒したの? 大丈夫かな、神様選ぶ相手間違えてたんじゃないかな? 本当にこの人が倒したの?


「ありがとう、ニト。すべて君の言う通りにしよう」

「う、うん……ありがとう」


 ユシンは僕の手を取り感謝の意を示すべくブンブンと大きく振り回すと、残りのおまんじゅうを抱えて笑顔で帰っていった。



「ここなんだけど……」


 翌日の夜、僕とユシンはふたりでイラークの森の例の場所に来ていた。僕たちの他には誰もいない。ユシンのパーティーメンバーは他の場所の見回りに行っているらしい。

 けれどきっとそれはユシンのはからいだろう。最近外界に馴染み始めたばかりの僕に気を使ってくれたんだと思う。ユシンは変人だけどそういう気遣いのできる奴だった。


「……確かにまわりよりも一段瘴気が濃いな……」

「わ、わかるの!?」


 正直僕には一切わからない。だけどエラがこの場所を見つけたのもこのあたりから嫌な気配がしたからだと言っていたし、格上の冒険者ならわかるものなのか? なんなんだよもう!


 いや、でもこれで良い。とにかく今はこの事件を解決することが先決だ。これでユシンがあの穴を閉じ、僕たちの失態だとさえバレなければ万事解決! 世界に平和が戻る!


「それにしてもこの瘴気の原因は一体……」


 ユシンがブツブツと呟きながら広場の中心へと歩み出る。


「あっ……」


 ユシンはどんどんと進んでいく。どんどんと進みぽっかりと闇のように空いた穴に差し掛かる。まさか、暗さのせいでまだ気がついていないのか!


「だめだ! ユシン! そこは――!」

「え?」


 ユシンは一歩を踏み出す。その足の下には、あの闇をも飲み込むような黒い穴が空いている!


「ユシン!!」


 僕が手を伸ばすのと同時。ユシンの足が地面へと着地し、そのままユシンの体を飲み込――――。


「……え?」

「ニト? どうかしたのかい?」


 森の中にぽっかりと空いた黒い穴の上に。

 ユシンの体は、何事もなかったかのように立っていた。


「……どういうこと……?」


 何度見てもユシンは穴の上に立っている。平然と、普段となにひとつ変わらない様子で。穴に落ちていく様子も、穴を不審がる様子もない。


「あ……ユシン……その場所、なにか、変わったことは……ない……?」

「ここかい? いや……特に……。もしかしてニトは今ぼくがいるこの場所になにか危険を感じているのか?」


 僕はこくこくと無言で頷く。


「わかった。ニトが言うのならきっとここになにかがあるはずだ」


 ユシンが下を向き、地面を見つめる。その視線の先にはあの穴がある。あるはずなのに、ユシンは顔色ひとつ変えない。

 まさかこんな穴はよくあるものだとでも言うのか? いや、それにしたって穴の上に平然と立つだろうか。そもそも穴の上って立てるのか……?


 ユシンはおもむろに腰の長剣を抜き、その刀身に白い光を纏うと、それを天高く掲げてから地面へと突き刺した。ユシンの長剣はガキンッという音とともに黒い穴の表面で止まった。


「なるほど……」

「なにかわかったの!?」

「いや。わからない。ただ、確かに妙だ。光魔法を宿した僕の剣であってもまったく地面が削れていない。あまりにも変化がなさ過ぎる。なにか魔に関係する場所であることは確かだろう」

「ほ、ほら! やっぱりこの場所なんかおかしいんだよ!」

「そうだね。ありがとう、ニト。僕だけで対処することは難しいかもしれない。ユウカを呼ぼう」

「えっ、ユウカってまさか、」


 僕はその名前を聞いて戦慄した。


「ああ。覚えているかい? ユウカは僕のパーティーの祈祷師であり、僕の妹さ」


 覚えている。忘れるわけがない。ユウカちゃんは、とてもかわいくて、お兄ちゃん子で、それでいて――僕のことをこの世で一番ゴミを見るような目で見る女の子だった。

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