異性の気持ちはよくわかんないもの
ゴールデンウィーク前に出会い、ゴールデンウィーク明けから始まった南雲さんとの不思議な関係は、嬉しいことにあの後も続いていた。教室では話すどころか挨拶も交わさないのは変わらずだけども。
放課後に人気のない第三校舎の踊り場へ集まると『感情剥き出しでトランプがしてみたい』と、相変わらずの放課後南雲全開で、思わず笑ってしまった。
感情剥き出しでトランプは恥ずかしいし、南雲さんも普通にやるでもいいと逃げ道を作ってくれたので逃げ出そうとしたが『トランプ初めてやるの?』と聞きたくなるくらいキラキラした瞳で見つめられたら、俺でなくても断れる人いないと思った。
「こ、これで終わりだ! 南雲美月ぃぃ!」
恥ずかしさをグッと押し殺して言葉を強く吐き出し、大富豪で2を出して5を出してあがった瞬間、穴があったら入りたいってこういう時に使うんだなと思った。しかしながら南雲さんが、
「う、嘘だ……! こんなのありえない……! この僕が、負けるだなんて……! 嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁ!」
とか言いながら『デスゲームで負けたんですか?』と言いたくなる勢いで頭抱えて嘆き苦しみ始めたので、俺の恥ずかしさは半減されて楽しいが上回ってくれた。おかげでなんとか穴に入ることなくその場を乗り切ることができた。
次もやろうと言われたら、その時は丁重にお断りしようと心に決めている。
恥ずかしさと楽しさと嬉しさとやっぱり恥ずかしさが混ざりに混ざった放課後はあっという間に過ぎていき、休日一日目の土曜日も気づいたら終わっていて──週終わりの日曜日、俺はお昼頃から始めたベッドに寝転びゲームをするを夕方まで休みなく続けていた。
そういや、南雲さんもやること終わったら基本ゲームしてるって言ってたし、今は俺と同じくゲームをして過ごしているのだろうか? 放課後みたく一緒にゲームできたら嬉しいんだけど『これから一緒にゲームしませんか?』なんて俺が言えるわけがなく。
脳内に描かれる俺は、躊躇うことなく南雲さんにお誘いのLINEをしているというのに。
現実とのギャップにため息しか出てこない。受け身で居続けるのはよくないとわかってはいるんだけども、なかなか一歩が踏み出せない。
こんな自分も、いつかは変わることができるのかな……?
大きく息を吐き出して、顔付近に置かれているスマホに目をやると、LINEの通知音と共に画面が明るく照らされた。
自慢ではないが、LINEの友達は結構多い方だという自覚はある。入学式とかクラス替えが行われるたび、連絡先を教えて欲しいと囲まれるからだ。
しかしながら、交換後の『これからよろしくね〜』の後に俺とトークを交わす人はゼロに等しい。人に囲まれてあわあわして、受け答えもスラスラとできない理想クラッシャーを即座に発動させるので、当たり前と言えば当たり前である。
なので、画面を見ずとも誰がメッセージを送ってきたのかは、ある程度絞り込める。
基本的に妹。じゃなければ母。父の可能性はかなり低い。もしこの三人でなければ、企業のお得だよメッセージ。それでもなければ、このお方──
「南雲さんだ……!」
通知欄から差出人を明らかにした俺は、急いでゲームの電源を軽く押してスリープモードにし、上半身を起こしてスマホを手に取った。
南雲さんとLINE交換した後、皆と同じでよろしく以降何もないだろうなとか考えていたのだが、予想は嬉しいことに大きく外れ、放課後の予定の他にもちょこちょこ『今日こんなことあった』みたいなメッセージを俺に飛ばしてくれるのだ。
これが本当にもう、なんというか……幸せだ! 話したくても話しかけられない超受け身人間なので、幸せは二倍増し増し……! こんな素晴らしい機会をくださった『女の勘』には頭が上がらないよ! 足向けて寝られないよ! ありがたやありがたや……!
女の勘様を心の中で崇め讃え、いただいたものを背筋を正して丁重に確認する。
南雲美月「ねぇ、これ見て」
南雲美月「可愛くない?」
という文章と共に送られてきた画像には、デフォルメされた猫が『疲れた……』と呟いて寝転んでいるイラストが真ん中にデカデカとプリントされたTシャツを着て、全く疲れを感じさせないドヤ顔で映る南雲さん。
うっ……! 可愛い……! 疲れたシャツも可愛いし、南雲さんももちろん可愛いし、何より俺にそれを報告してくるところがとても可愛い……!
南雲美月「ちなみに、自撮り慣れてなくて失敗したやつがこちら」
目が半開きになった画像も送られてくる。
もうやめてくれ! これ以上の可愛いは過多です! これ以上は危険です! いやでも、やめないでほしい! でもこれ以上は!
両の手で顔を隠しながら、恋する乙女みたいにベッドの上で転がり始める。
ある程度転がって熱を放出し終えた俺は、背筋を正して先ほどの姿勢に戻り、呼吸を整えてからスマホを真剣な表情で見つめ直す。
失敗することはできない、大勝負。さて、なんと返信するべきなのだろうか……?
『可愛いです』と返すのが無難な選択肢であることは間違いないが、短すぎるしなんだかそっけない気がする。かといって長文を送りつければ、それはそれで気持ち悪い気がする。そこまで求めてねぇよって思われそうだ。会話を続けたいから、無難な選択肢はなるべく選びたくはないのだが、慣れないことしたって自分が苦しくなるだけだ。それに、無理して会話を続けても楽しくないはず。自然と続く会話こそが楽しいのだ。たぶん。
脳内で描かれるできる俺とはおさらばして、無難な選択肢をチョイス。
背伸びしてカッコつけたって、いつかそのうち限界が来る。それに、南雲さんは今の俺のままでいいと言ってくれているんだ。変に着飾ろうなんて思わなくてもいい。
一つ目の返信は決まった。次の半目開き南雲さんにはどう返信しようか……。しかしながら、半目開きでも南雲さんは可愛い。これが失敗だなんて、俺は信じられな──
「おにぃ、めちゃニヤニヤしてんじゃん。どったの?」
耳に突然届いた声、驚きのあまり俺は乙女のような甲高い悲鳴を部屋に響かせ、手にしていたスマホを放り投げる。
ボスッ。枕に着地を決めたスマホを大慌てで拾い上げ、ギュッと胸元で強く抱きしめて声の主へと目を向ける。
視線の先で立っているのは、中二の妹である北山風夏だ。胸元まで伸びている毛先はくるりと遊んでいて、シャツのボタンを大胆に開けて谷間を隠す気がない様子。ちょっと動けばパンツ見えるぞと注意したくなるスカート丈に、腰に巻かれたクリーム色のカーディガン。そして高身長の遺伝子をしっかり受け継いだ百七十七センチ──初見で風夏を中学生だと思う人は誰一人としておらず、近所のおじちゃんおばちゃんたちに至っては『風夏ちゃん大きくなったねぇ〜。もう二十歳だっけ?』と聞いてくるのがデフォルトだ。
「ふ、ふふふ風夏! 部屋に入ってくる時はノックしてって言ってるでしょうが!」
「したって。おにぃが返事してくれなかったんじゃん。だからあたし寝てんのかと思って」
「あ、そ、そうなの……? それは、ごめん……」
「許さん。ぎゅーってしてくれたら、許す!」
頬を軽く膨らませながら、両腕を大きく広げる。デカくなっても甘えん坊なところは相変わらずだな……。今回の件は俺に非があるし、素直に妹の要望を受け入れよう。
スマホの画面を暗くして枕に軽く投げ置き、俺は風夏の真似をするように両腕を大きく広げる。「おにぃ〜」と言いながら幼い頃と変わらぬ勢いで突撃してくるので、受け止めきれず風夏と共にベッドに倒れ込んだ。自分の成長に気づいてない大型犬か、お前は……。
「ってか風夏、なんで制服着てんの?」
「今日部活してきたから」
「今日は何してたの?」
「バスケ! 明日はバレーする予定!」
「そうですか」
楽しそうに足をパタパタさせて、俺を抱きしめる力も若干強くなる。
俺と違ってスポーツ大好きな風夏は、全運動部に体験入部するという体力お化けっぷりを発揮した後『全部やりたい!』と全米もびっくりする大胆発言を繰り出し、まさかの帰宅部を選択。その後、各それぞれの顧問や部長にしっかり許可を貰い『参加する際は顧問と部長に連絡して参加日を事前に決めておく。当日行くは絶対にしない』『参加の際は誰よりも早く行って準備する』など、その他もたくさんのルールを決めて部活動を楽しんでいるそう。お兄ちゃんにもその活発さを少しは分けてほしいものだ。
「ってかてか、おにぃさっきめちゃニヤニヤしてたけど、なにしてたの?」
「に、ニヤニヤなんてしてないって」
「してたって。あっ、わかった! あれでしょ、女の子とやり取りしてたんだ!」
「し、してないってば」
「おにぃってめちゃわかりやすいよね〜。どんな子どんな子? ねぇねぇ、どんな子?」
「そういうこと無理に聞き出そうとするのはやめなさい。風夏だって『男の子と今やり取りしてたんだろ? どんなやつだ? なぁなぁ?』とか聞かれるの嫌だろ?」
「別におにぃにだったら言ってもいいけど」
「え? いいの?」
「うん。この前、木村くんから『一緒に遊びに行かない?』って誘われたんだけど、その日おにぃと買い物行く約束してたから『その日はお兄ちゃんと買い物行く約束してるからごめんね〜』って断ったのが一番新しい男子とのやりとり」
「お前……。そういう誘いがあったのなら言いなさい。お兄ちゃんとの買い物なんて、いつでもできるんだから」
「だって、あたしがおにぃに買い物行こって誘ったのにさ、やっぱなし〜とかウザい妹じゃん! おにぃに嫌われたくない!」
「んなことで嫌いにならないって……」
「あっ、おにぃが買い物行こって誘ってくれたりしたら、予定あっても空けて行くから! 覚えといてね!」
「やめなさい。最初の約束を優先しなさい」
「だって、おにぃ全然あたしにこれしてほしいとかあれしたいとか言ってくれないんだもぉん! いっつもあたしばっか言っててさぁ。たまにはおにぃから色々なんか言われたい、誘われたいぃー!」
「あーはいはい……。じゃあ、この後一緒にゲームしてくれる?」
「するぅー! でも、なんかそういうんじゃないぃー!」
「お前はどういうのを求めてるんだよ……?」
足のパタパタを強くさせる妹に、落ち着きなさいと呟きながら頭をポンポン軽く叩く。
南雲さんといい、我が妹風夏といい……女の子って、よくわからない……。




