後でやるかもは二度とやらないから、やると決めたらお早めに①
月曜日の放課後、手早く支度を整えて教室を出た南雲さんから遅れること五分、談笑を楽しむクラスメイトたちに声をかけることもなく俺は教室を出た。
南雲さんから時間を空けて来てほしいとは言われてはいない。だけど、俺も南雲さんも一人で行動することが多い人間。そんな二人が急に一緒に行動を始めたら、なんだなんだと周囲から注目を浴びる可能性がある。下手したら後をついてきてとかあるかもしれない。
俺はいつもより後ろを気にしながら約束の第三校舎に辿り着き、周囲に人がいないことを再三確認し終えると、駆け足で階段を上がった。
そういや、今日は重大発表があるとかLINEで言ってたな。一体なにが発表されるのだろうか? 放課後南雲さんの重大なこと……うん、さっぱりわかんないや。
秘密の関係が行われる屋上前の踊り場には、すでに南雲さんが待機しており、壁に背を預けて黙々と本を読んでいた。
「お、お待たせしました、南雲さん」
声小さく南雲さんに来たことを伝えると、南雲さんは本から視線を外して俺に微笑む。
「北山くん、こんにちんこ」
「こ、こんにち……ん?」
この人、今卑猥な言葉を口にしなかったか? いやいや、なに言ってんだ俺は。相手はあの南雲さんだぞ。俺の聞き間違いだ。なにとんでもない聞き間違いしてんだ俺は。
「どうしたの、北山くん?」
「あ、いや……な、なんでもないです! 気にしないでください! あ、あははは!」
「そう。私はてっきり『あの南雲さんが、ちんこって……! いやいやいや、そんなのありえない! あの南雲さんだぞ! きっと俺の聞き間違いだ!』とか思ってるのかと──」
「やっぱり俺の聞き間違いじゃなかったんですね! ハッキリと言ってましたよね! な、なな南雲さん! あなた、なんでそんなことを⁉︎ しかも、なんで自白して……あっ、も、もしかして、ツッコミ待ちでした⁉︎」
「うん。このまま流されるかと思ってヒヤヒヤしてた」
「す、すみません! 気が利かない男で! で、なんで、その、ち、ちちち、ちん……だなんて口にしたんですか⁉︎」
「知りたい? 北山くんには特別に教えてあげる」
手にしていた本をパタンと閉じて、天井へ視線を向ける南雲さん。
きっと何か深い理由があるに違いない。俺は唾を飲み込んで言葉を待った。
「完璧な南雲美月を演じ続けてるとね……なんか無性に、ちんことかうんことかおっぱいとか、アホみたいなこと言いたくなるの」
「……え、あ、え? あ、そ、そうなんです……ね?」
「ちんこ」
卑猥な言葉で返事するのやめてくれ!
「まぁ、なんというか、息抜きみたいなものよ。完璧とは程遠いことをして、自分を見失わないようにしてるの」
ちんこで自分を繋ぎ止めないでくれ!
「そういうことだから、私がちんことかうんことかおっぱいとか言っても、深く考えずに軽く流してもらえると助かるわ。うんこだけに」
流せるかぁ! 可愛い子がちんことか口にしてたら、なんかモヤモヤしちゃうんだよ! スッキリできないのよ! 変な妄想しちゃったらどう責任とってくれるんだ!
「あっ、そうそう。北山くん、LINEで言ってた重大発表の件なんだけど」
今ここで⁉︎ もうちょいとだけ時間がほしい! 受け止める時間が……って、まさかちんこの件が重大発表でしたとか言わないよな? それだけは頼むからやめてくれ……!
「発表はここではなく、特別な場所で行いたいと思います! ってことで、ついて来て!」
カバンの中に本を仕舞い込んで、俺の背を軽く叩いて階段を駆け降りていく南雲さん。
よかったぁ〜。ちんこの件ではなさそうだぁ〜!
ドッと押し寄せた安心感に、先ほどまで溜まっていた不安や焦りは流されていく。
俺はスッキリした気持ちで南雲さんの背中を追いかけた。
♢
南雲さんの背中を追って階段を駆け降りていき、第三校舎一階まで辿り着くと、南雲さんは「こっちだマイケル。気ぃ抜くんじゃねぇぞ」と勝手に人の名前を改名したのち、手でついてこいと合図する。
どう対応するのが正解なのかわからない。しかし無言はよくないという回答だけはハッキリと出ている。迷った挙句「へ、へい!」とマイケルには程遠い、すぐにやられる下っ端Aみたいな返事をして後を追いかけた。一応誰もいないか辺りを確認しながら廊下を突き進むと、南雲さんは突き当たりまで来てようやく足を止めた。
「着いたよ、北山くんっ!」
先ほどのジョニー(仮名)とは程遠い、楽しみが抑えきれていない声を上げる南雲さん。
可愛い。マイケルの心は撃ち抜かれた。道半ばで倒れそうです。
「な、南雲さん、ここに何か、あるんですか?」
「それは、中に入ってからのお楽しみ! さぁさぁ、中へ中へ!」
俺の背中を軽く何度も押してくる。
近いぞ近いぞ近いって! こちとらもう一発心撃ち抜かれてるんだって! これ以上は蜂の巣になるって!
心を守るために急いで扉に手をかける。我が一年二組の教室同様、横に引くタイプの扉だとわかってはいるのだが……うんともすんともいわない。少々力を込めて強引に開けようとしても、うんともすんともいわない。
「な、南雲さん、開く気配がないのですが……」
「鍵かかってるからね」
なぜそれをわかってて開けさせた……?
「やれやれ、仕方ないね〜はる太くん。ここは僕に任せてよ」
また勝手に俺の改名を行なった南雲さんは、ポンと自身の胸を叩いた後、カバンの外ポケットを漁り始める。
「テッテレー! 秘密の鍵ぃ!」
某猫型ロボットを彷彿とさせるセルフ効果音と共に、自信満々に鍵を取り出した。
先ほどまではどのように対応すればいいのかわからなかったが、今回は迷うことはない。
「い、いや、あの、ド、ド、ドラ──」
「この鍵をここに差し込んで回せば……ご覧の通り、扉が動くようになるんだよ」
なにやってるんだ北山晴臣ぃ! ツッコミはもっとハッキリと! 堂々と! 恥ずかしがらずにやらんかい! お流しされて、恥ずかしぃぃ!
「さぁ、はる太くん! 中に……って、なんで手で顔を隠してるの?」
「いや、あの、その……た、楽しみを倍増させようかな〜と、思いまして……」
「なるほど。じゃあ、しばらくそのままにしてて。それでは中に、ごあんな〜い!」
「え? あ、ちょっ……!」
後ろから両肩を掴まれて、そのまま中へと押されていく。
何か柔らかいものが俺の背中に当たってる気がするのは気のせいでしょうか⁉︎ 気のせいではない気がします! 視覚の情報がない分、いつも以上に感覚が鋭くなっておりますので、これ以上は本当にいけません! 俺をどうする気なんだ南雲美月ぃぃ!
「それでは、北山くん! 手をどかして見てくださーい!」
ニコニコ笑顔が咲き誇っていることが見ずとも伝わってくる。
俺は指示通り手をどかし、力強く閉じていた目を、勢い任せに開いた。




