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後でやるかもは二度とやらないから、やると決めたらお早めに②


 俺の視界に映り込んだ光景は、茶色の長机とパイプ椅子、ホワイトボードに本棚らしき棚と灰色の扉付きキャビネット、掃除用具が入ってそうな背の高いロッカーに古めのソファなどなど──


「……ここって、部室?」


 中学の頃は帰宅部だったので部室には縁がなかった俺だが、そんな俺でも一目でそう思ってしまうほど、部室といえばで簡易にイメージができる室内だった。


「そう。昔は天文部が部室として使ってたんだって。数年前に廃部になっちゃったから、それ以降は使われてないみたい。だから見てこれ、埃やばい」


 机の上で右人差し指をスーと軽く動かしただけで、南雲さんの指には大量の埃が付着していた。俺に部屋の現状を知らせた後、楽しそうに笑みを浮かべて、南雲さんは机に指で『やばい』と文字を書く。


「あ、あの、南雲さん。なんで、ここに?」

「それはね……話す前に、埃っぽいから一旦出ましょ」

「う、うん」


 俺はもう一度室内を一通り見回してから、元天文部部室を後にした。南雲さんは俺に続いて出た後、近くに設置されている水道へと駆けていき、勢いよく蛇口を捻って手を洗う。


 南雲さんの言う重大発表が部室の件であることは明らかだ。

 しかしながら、あの部室が一体なんなのかはさっぱりわからない。現状使用されていない部室を俺たちが使用していいということなのだろうか? 一体なぜ? 俺と南雲さんは放課後ただ遊んでるだけ、それだけなのに使用許可が出るとは思えない。南雲さんが嘘を吐《つ》いて許可を貰ったり、無許可で鍵を持って来たりはしないと思うけど……。


「お待たせ、北山くん」

「あ、は、はい。お、おかえりなさい」

「ただいま。ごめんね、踊り場行ったり部室入ったり出たりと忙しくさせて」

「あ、や、気にしないでください。これくらいは、別になんとも」

「ちょっと前から色々と付き合わせてるからさ、嫌なこととかめんどくさいなぁって思うことあったら、遠慮なく言ってね」

「い、嫌とかめんどくさいとか、全然そんなこと思ってませんから!」

「そんなこと言っちゃうと、もっと遠慮なくなっちゃうよ〜? いいの〜?」


 にししし……! イタズラな笑みを浮かべて右人差し指で俺の胸をツンツン攻撃。


 この小悪魔め……! これ以上なにかしてみろ、大変な目にあうぞ。俺が。


「ちゃ、ちゃんと嫌なことは、その、は、ハッキリと言いますので! だから、今のところは、あ、えっと、だ、大丈夫です!」

「ありがとう、北山くん。私、やりすぎちゃうことあるかもだからさ、ハッキリと言ってもらえたら助かる。これからもよろしくね」


 ニコッと笑みを浮かべて、手持ち無沙汰の俺の右手にタッチ。南雲さんに触れられるたびに、嬉しさよりも恥ずかしさが勝《まさ》って身体の熱が上がる上がる。このままでは、オーバーヒートすること待ったなしだ。本当にハッキリと言う事ができるのだろうか、俺は?


 とにかく、このままではまたお触りされるかもしれない。さっさと本題にいって、身体の熱をこれ以上上げないようにしなければ。


「で、そ、その、南雲さん! あの、さっきの部室は、一体なんなんでしょうか……?」

「ふふっ! そんなに慌てないで、北山くん。今からちゃんと発表するから」


 パチンとウインクを決めて俺に背を向けしゃがみ込み、バッグを漁り始める南雲さん。


 なんだ今の、可愛すぎだろ。俺に触れずとも俺の熱を上げてきたよ。なんて恐ろしいお人なんだ、南雲美月……! いや、俺が単純すぎるだけか? 俺、このまま南雲さんと一緒に居続けていいのだろうか? 絶対そのうち恥ずかしさで爆発して迷惑かけそう……。


「ではでは、発表いたします! 本日の重大発表……それは……!」


 言葉を区切り、四つ折りされた紙を両の手で持って俺に差し出してくる。俺は「ど、どうも」と口にしながら、南雲さんと同じく両の手を使って丁寧に受け取った。


 特になんの変哲《へんてつ》もない、ただの白い紙。


 一体これはなんなんだ? 全く想像がつかない。中になにが書かれているというんだ?


 わけもわからぬまま丁寧に紙を広げていく。

 視界に映り込んだのは、品の良さが伝わってくる美しい字で書き記された、漢字三文字。


 俺は一つ一つ、丁寧に、ハッキリと口にした。


「……相、談……部?」

「うん! 相談部です!」


 元気で楽しげな声に導かれ、俺は紙から視線を上げた。


 目の前の南雲さんは、輝きを放っている。実際には輝いてはいないんだろうけど、俺にはハッキリとそう見える。この先のことを想像して、楽しみを抑えきれないんだろう。


 真っ直ぐ、真っ直ぐに前だけを見つめるその目には、一体どんな未来が映っているのか。ワクワクが俺にも伝染する。心臓が、大きく跳ねた。


「ま、まさか、南雲さん……!」

「そう! そのまさかです! この私、南雲美月は創っちゃいました! 部活をっ!」


 右腕を勢いよく振り上げ、人差し指を突き立てる。


 そういや部活って、創ろうと思えば創れるんだよな。でも、それを実行するには、それだけの手間なり時間なりが必要なはずだ。それを、南雲さんは……!


 やっぱりこの人は、俺の想像を遥かに超えていってしまう。それも、とんでもない勢いで。こんな勢いよく前走られたら、落ち込むこと忘れて、笑っちゃうよ。


「す、すごいですね、南雲さん……! ってか、いつ部活を創ったんですか? ここ最近は、放課後俺と一緒だったじゃないですか。部活を創る時間なんて……も、もしかして、最近の部活って、スマホ一つで簡単に創ることができる……とか?」

「今の時代、スマホ一つで色々とできちゃうからね。でも残念、うちの学校にはそんな便利機能ありませんので、今回は先生と対面で話し合って創部しました。土日に学校来て、色々と話進めてたの」

「ど、土日って、もしかして昨日一昨日の話ですか……?」

「うん! 金曜日に北山くんと遊び終わって家に帰った後『今が部活動するチャンスかもしれない!』ってふと思ってさ! 私、ずっと部活動に憧れてたから、このチャンスを逃すまいと思って!」


 いくらなんでも行動が早すぎないか……?


「ぶ、部活って、そんな短期間で創れるものなんですね」

「正確には、まだ部員は私一人だけだから、正式に部として認められてないんだけどね」

「そ、そうなんですか?」

「正式に部として認められるためには、部室の確保、顧問の確保、後は部員が最低二人必要なんだって。部室は今さっき見てもらった通り、確保しております。顧問は、掛け持ちでもいいならって担任の松坂先生が受け持ってくれることになってるよ」

「す、すごい……! 俺だったら、そんなスムーズに話は絶対に進まないよ……」

「私も、なんか思ってたよりもスムーズに物事が進んでいって、正直驚いてた。でもまぁ、私外では基本クールモードで生活してるから、こいつは成績優秀だし受け答えもちゃんとしてるし、問題起こさないだろって思われたのかもね」


 確かに、教室南雲さんを見ているとその印象は強いかもしれない。俺は無言で頷いた。


「で、そ、その、な、南雲さん。ぶ、部活の件に、話を、その、も、戻すんですけど……あの、その……そ、相談部って、なんですか?」

「名前の通り、人の悩みや困った事だったり、相談事に手を差し伸べる部活動です!」

「な、なるほど。あの、なんで相談部を、創ろうと……?」

「私も北山くんも、話すようになる前はさ、基本一人で、ずっと悩みを抱えてたわけじゃない? 私たちと同じような人って、この学校にもまだいると思うの。悩み事ってさ、私たちみたいに、たまたまの偶然の出会い、たったその一回だけでスッキリすることだってある。相談部が、その偶然の出会いのような場所になれたらいいなって」


 俺を真っ直ぐ見つめたまま、南雲さんは俺に向かって小さな一歩を踏み出した。


「これくらい小さな一歩でもいい。この小さな一歩で、今まで見えなかった道が見えるかもしれない。強く背中を押してあげて、大きな一歩を歩んでもらえるのならそれに越したことはないんだけど、それはなかなか難しいことだと思うからさ。軽く、優しく、トンって押してあげて、小さな一歩踏み出してもらって、上手くいかなかったらまた相談に来てもらって、また軽く背中押してあげて、それでも足りないようだったら、ちょっと強く押してあげたり……そんな優しい部活動を作りたいと思ったの」


 木漏れ日のような優しい笑顔、心がじんわりと暖められていく。


 あの日、俺が課題を忘れてなかったら、南雲さんが教室に残ってなかったら、残っていてもセリフを言わずにただ静かに本を読み続けていたら──小さな偶然が重なって始まった、俺たちの関係。ほんの少しでもズレが生じていたのなら、俺は今も一人で、学校が嫌で嫌で仕方なかったはず。南雲さんも、本当の自分を見せる相手がいなくて、窮屈《きゅうくつ》な学校生活を送っていたはず。


 相談部なんて居場所を、作ろうとさえ思わなかったはずだ。


 相談部は、俺と出会ったから、俺がこんな奴だったから、俺が今の俺だったから、今ここに存在しているんだ。


 この俺が、こんな俺が、彼女の踏み出した一歩に関わっている。


 こんな俺でも、力になれることがあるんだ。


「す、すごく、すごく素敵だなって、思います……!」

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」


 彼女の笑顔を見て、強く思った。

 俺なんかが烏滸《おこ》がましいと思う。でも、南雲さんは言ってくれた。


 俺なんか、なんて言わないでって。あなただから頼んでるって。


 その言葉を信じて、やる前から諦めずに、一歩踏み出して──


「ねぇ北山くん、お願いが一つあるんだけど、いいかな?」

「え? あ、は、はい。どうぞ」


 俺の返答を受け止めた南雲さんは、少し顔を俯かせると、軽く握りしめた右手を口元に持っていき、なぜかモジモジと身体を小さくくねらせ始めた。

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