本心曝け出すのって結構勇気がいること⑥
「……髪の毛、口に入った」
「……へ?」
不服そうな表情になった理由をボソッと口にした南雲さんは、乱れた髪を手で優しくとかすことはなく、水浴びを終えた犬のように頭をブンブン大きく振って整えようと試みる。
バシ、バシ、南雲さんの艶めく髪が俺のシャツにぶつかり音を鳴らした。
「あっ、ごめん」
「あ、いや、全然痛くないから、気にしないでいいよ」
「ほんとに?」
「う、うん」
「よし、じゃあ食らえ。髪の毛攻撃っ!」
また頭を大きく振って長い髪をぶん回し、曇りを見せていた表情に明るさが戻っていく。
南雲さんの話が本当なのだとしたら、今の南雲さんの姿を知っているのは、学内では俺だけということになる。普段はクールな南雲さんが、俺の前でだけ無邪気な姿を見せてくれる……なんていうラブコメだ、これは? こんなの嬉しくないわけがない。
学年でトップ3に入るであろう美女が、俺の前でだけ……いかんいかんいかん、普段とギャップがありすぎて南雲さんが数倍可愛く見えてるし、俺みたいなやつと楽しそうにお話してくれるし、ラノベの世界にいるような気分だしでニヤけそうだ。でもニヤけたら変なやつだって思われる。それだけは避けたい。だから耐えろ、俺……!
「あらあら、北山くんったら。攻撃されているというのに嬉しそうな顔しちゃって。もしかして、あなた髪フェチかしら?」
全く耐えることができなかったし、あらぬ誤解を生んでしまっている。
「そんなに好きなら触ってみる? 今日遊びに付き合ってくれたお礼に、特別に触らせてあげても宜しくてよ?」
高貴な雰囲気を纏わせながら、自慢の黒髪を手で靡かせる南雲さん。
正直な話、触ってみたいとは思う。が、ここで触ってしまえば髪フェチが確定してしまうし、何よりなんか開いてはいけない扉を開いてしまいそうな気がする。
「いけぇぇ! 触れぇぇ!」「許可は出ているぞ、許可は!」「合法だ合法! 罪ではない! 罪ではないぞ!」「こんな機会、二度とは訪れないぞ! さぁ行け! やれやれ!」
脳内の小さな俺たちが、これでもかと声を上げて俺を力強く後押ししてくる。これは応援の域を超えている。無理やりだ無理やり。流されてはいけないぞ、俺よ。心を強く持て。
「いやいやいや! お、俺みたいなやつが、そんなそんな!」
「遠慮しなくてもいいのに」
悪戯な笑みを浮かべて、右人差し指で俺の頬を軽く突いてくる南雲さん。
触っても触らなくても、俺の心臓が爆発しそうになる未来は変わらなかった。
指ツンされたことにより、恥ずかしさで顔を真っ赤にして手やら頭やらをブンブン大きく振り回し始める俺。そんな俺を見て楽しそうに笑う南雲さんは「ほーらほら! 食いやがれ!」と、また髪を振り回して俺を攻撃してくる。
傍から見たら一方的にされるがままの状態。だけど、悪い気はしてない。むしろ、もっと続いてほしいとすら思っている。
可愛らしい南雲さんと関わりが持てているという理由ももちろんあるのだが、それ以上に『南雲さんは情けない俺を見ても嫌な顔もしないし離れていかない』それが、すごく心地よかった。北山晴臣という存在を、南雲さんは認めてくれている。そのままの自分でいいと言ってくれて、理想を押し付けずに、ありのままの俺と向き合ってくれてる。家族以外の誰も認めてくれなかったのに。それなのに、彼女は俺のことを──
「あ、あの、南雲、さん」
「ん? なに?」
「あの、その……き、聞きたいことが、あるんですけど……い、いいですか?」
「うん、もちろん。なになに?」
背筋を正して、俺の目を真っ直ぐ見つめてくれる。あどけなく見える南雲さんの顔、恥ずかしくて直視できず、俺は視線を下げて口を開いた。
「あ、あの、えっと……な、なんで南雲さんは、その……お、お、俺、俺なんかに、本当の南雲さんを、見せてくれたん、ですか……?」
口を小さく動かして、恐る恐る南雲さんの様子をチラリと伺う。
何も言わず、俺を見つめ続けてくれてる。まだ俺が伝えたいことがあるのをわかって待っててくれてる。呼吸を整えて、再度口を開く。
「お、俺がさ、その、他の人に、今の南雲さんを言いふらすとか、考えなかったんですか? 俺たち、まだ全然、その、ゴールデンウィーク前に話したのが、初めてだったじゃないですか。それなのに、なんというか、その……ど、どうして、俺なんかに……俺なら、大丈夫って、お、思ったん、ですか……?」
拙いながらも、南雲さんに伝えたいことは伝えられた。俺は一つ大きく息を吐き出して、南雲さんの返事を待つ。
俺の質問を受けた南雲さんは腕を組み「うーん……」と目を閉じて小さく唸る。
南雲さんが目を閉じてから十秒ほど経過しただろうか。未だに返事は返ってこない。
もしかしてだけど、なんとなくで話したのか? 自分で言うのもアレだけど、こんなやつに? 話したこともないのに? 信用できるかもわかんないのに? 頼りなくて情けないと言われている奴に? ますます南雲美月という女性がわからなくなってきたぞ……。
「……似たもの同士だった、から?」
首を傾げて、なぜか疑問形で回答してくる。
俺に問われてもわからないよ……。わからないから聞いてるのに……。
「に、似てる、かな? 俺たち……?」
「似てない? 見た目の印象押し付けられてるところ」
「そ、それは、まぁ、そうです、ね?」
「……」
「……もしかして、理由それだけですか?」
「うん。考えてみたけど、これといった理由思いつかなかった」
「……な、南雲さん」
「なに?」
「あ、あの……俺たち、高校以前にどこかで会ってたりとかは……どうでしょうか?」
「多分ないと思う。北山って名字の人と会ったの、北山くんが初めてだし。それに、あなたくらい身長高い人見たら、流石に覚えてると思う」
「で、ですよね。じゃあ、その……に、似てる境遇の人で、信用できそうだったからってこと、ですかね……?」
「……ふ、ふふふ……!」
なぜか突然笑い始める南雲さん。やめてくれ、これ以上俺を混乱させないで……!
「あ、あの、南雲さん……。俺、なんかおかしなこと、い、言ったかな……?」
「北山くんの発言に笑ってるわけじゃないの……! 他の人の前にいる時の私だったら、こんなこと絶対に言わないのになって思ったらさ……! 改めて、私って私を偽りすぎでしょって思ったら、なんかおかしくって……!」
「そ、それは、まぁその……お、俺もびっくりしてます」
「だよね……! ごめんね、びっくりさせて……! ふ、ふふふっ……!」
手で顔を隠して笑い続ける南雲さん。
改めて俺も、普段教室にいる時の南雲さんと放課後の南雲さんを頭の中で比べてみる。
挨拶したら淡々と『おはよう』と返ってきそうな教室南雲さんに対して、今の南雲さんは『おっはよ〜北山くん! 今日も一日頑張ろう!』くらいは返ってきそうだ。
あまりの豹変っぷりに、俺も小さく笑みをこぼした。
「ごめん、北山くん。私、なんで北山くんなら大丈夫だと思ったかって聞かれても、納得してもらえるような回答ができない。本当に不思議なんだけど、北山くんと目が合った時さ、最初はもちろん『やばっ』って思ったよ。でもすぐに『北山くんなら知られてもいいや』って気持ちが湧いてき……あっ、ちょっと待って」
自身で言葉を遮って、南雲さんは机からピョンと小さく跳ねて床に降り立った。
「やっぱりあった。北山くんが納得できそうな理由が」
ふふっと笑みを浮かべた南雲さんは、俺の正面に向き立つ。
優しい風が教室内に吹き込んで、南雲さんの髪を微かに踊らせる。
初めて南雲さんと話した、ゴールデンウィーク前のあの日。
あの日と同じ、放課後の教室。
同じ空間にいて、目視できていたのに、果てしなく距離を感じていたあの日──
「私が、北山くんなら大丈夫って思った理由……それは……!」
今は、手の届く場所に、彼女がいる。
「女の、勘よっ!」




