本心曝け出すのって結構勇気がいること⑤
本当の私を見てほしい。
この言葉を聞いた時は、なんのことだか訳がわからなかったけど、南雲さんの言う通り一緒にゲームをしていたら、本当の私がなんのことだかよくわかった。
南雲さんは、ミニゲームで勝った時は、
「よっしゃぁぁ!」
と、大きな声で喜びを表す。負けた時は、
「あぁぁぁ! なんでぇぇ⁉︎」
と、これまた大きな声で嘆き悲しむ。
俺と同じチームになった時は、
「足を引っ張らないでね、北山くん」
と、強気な発言をし、自身が足を引っ張っている存在だとわかるや否や、
「あ、ちょっ、あぁ⁉︎ すみませんすみません! ゴミクズは私です! 私がゴミクズです! 助けて北山くん! 助けてぇぇ!」
一瞬で俺のように情けない人間に成り果てる。終盤に自分がリードしていたら、
「あらあら、こんなものかしら? もっと私を楽しませてよ。おっほっほっほ〜!」
高笑いで煽ってくるので、逆転可能なアイテムを購入してチラつかせると、
「ねぇ、北山くん。私たち、友達……いえ、親友、親友よね? あなたは親友にそんな酷いことするの? しないよね? するわけないよね? だって私たち、親友だもんね?」
笑みを浮かべて圧をかけてくる。ごめんなさいと先に謝罪してアイテムを使用すると、
「バカバカバカ! 待って待ってやめて! いやぁぁ⁉︎ やめてやめて取らないでぇぇ! 酷い北山くん! 私あなたのこと親友だと思ってたのに! 北山くんの鬼っ! 悪魔っ! アホ! バカ! バカバカバカ! 本日をもちまして、あなたとは絶交です! 親友なんてやめてやる! 絶交だ絶交だ絶交だぁぁぁぁ!」
などと喚き散らかし、ポカポカ俺の太ももを軽く叩いてきた。
教室で見ていた南雲さんは、俺たちの手の届かないところで咲き誇る一輪の花のようだった。勉強も運動もそつなくこなし、感情表現は小さくて、口数も少なく、いつも一人で本を読んでいて……。
ゲームを通じてわかった。教室にいる南雲美月は、周囲の人が作り上げ押し付けた、
理想の、南雲美月なんだなって。
♢
時計の針は午後六時を指し示し、世界はオレンジ色に輝いていた。
窓から差し込む光が味気ない階段を明るく照らしていて、額縁に入れられた一枚絵のような高貴な印象を受けてしまう。
南雲さんは、恐れることなく高貴な階段へ一歩を踏み出す。両の手を翼のように大きく広げて、一段一段を跳ねるように駆け上がっていく。
改めて教室で見ていた南雲さんと比較してみると、全然違うな。いつもは俺たちより一歩も二歩も先に進んでいる大人って印象だったけど、今は無邪気な小さい子というか……別人ですかと問いたくなる。
俺たちの教室がある二階に辿り着くと、南雲さんは顔を教室へ向けたまま駆け出した。
一組を過ぎ、俺たちの二組も過ぎ、三、四、五……夕日に照らされながら楽しげにスキップして、時折くるりと回ってみたり。重力を感じさせない滑らかな動きは、先ほど俺に見せてくれた翼が本当に生えているんじゃないかと思わせてくる。少しずつ小さくなっていく彼女は、この世界には存在しない妖精なのではないか、そんなありもしない出来事を妄想させてくる。
廊下の突き当たりまで辿り着いた南雲さんは、二組の前で立ち止まる俺に身体を向けると、両手を頭の上に持っていき、大きな丸を作り上げた。
誰も人がいなかったよってことなのかな? 丸の意味も、この後どう対応すれば良いのかもわからなかった俺は、とりあえず南雲さんの真似をして大きな丸を作った。
「改めて、今日はありがとう。北山くん」
俺の元へ駆けてきた南雲さんは、感謝の気持ちを俺に伝えると、俺からの言葉を待たずに自席へと足を進める。慣れ親しんだ相棒の元へ辿り着いた彼女は、座り慣れている椅子ではなく、机に腰を下ろした。
「お、俺の方こそ、その、ありがとうございました。南雲さんと一緒にゲームできて、すごく楽しくて、その……えっと……す、すごく楽しかったです!」
コミュニケーション不足を全面に押し出す俺に、南雲さんは軽く笑った。
「私も。すごく楽しくて、楽しかったよ」
俺と同じく二回楽しいを伝えてくれた南雲さんは、自席の後ろ、俺の机に手を伸ばし、自分の元へ軽く引いた。距離が近づいた俺の机をポンポンと手で叩いて、口に出さずに『あなたも座れば?』と伝えてくれる。気弱な俺がこの申し出を断れるわけもなく、お行儀が悪いとわかってはいるが、俺も南雲さん同様に机に腰を下ろした。
少しばかり、悪いことをしている気分だ。心臓が強く跳ね上がる。
「やっぱりパーティーゲームは、CPUとやるより人とワーワーはしゃぎながらやる方が楽しいよね」
「う、うん。俺も、そう思う」
「ねぇ、北山くんも家族以外の人とパーティーゲームしたの、今日が初めてでしょ?」
「……は、はい。その通りです……」
「ふふっ……! やっぱりね。北山くんは、普段どんなゲームするの?」
「ゲームは、その、ジャンル問わず色々とやる、かな?」
「そうなんだ。私も、こう見えて結構ゲームやるんだよね」
「な、南雲さんは、その、ど、どんなゲーム、するんですか?」
「私も、北山くんと同じでジャンル問わず色々とやるかなー。うちは両親ともにゲーム好きだから、その影響かも。小さい頃からずっと親がゲームしてるとこ見てたし」
「そ、そうなんだ」
「家帰って、やること終わったら基本ずっとゲームしてるよ。それで『あんたいつまでやってんの! 明日も学校でしょ! 早く寝なさい!』って怒られるまでがセットです。ふふっ、意外でしょ?」
「う、うん」
「私はさ、みんなが思ってるほど完璧な人間じゃないんだよね。でもさ、アニメとかドラマとかのイメージが強いのかな? 私みたいに黒髪ロングの高身長女子は『クールでなんでもできる孤高の女』って思われがちなんだよねぇ〜。ほんと、まいっちゃうよ」
足をパタパタ動かしながら、南雲さんは笑って見せた。
窓から入り込み、俺たちの間を吹き抜けていく柔らかな春の風が、とても冷たく感じた。
「私さ『イメージと違う』って言われるのが嫌だったの。自分自身を否定されてるように思えて。でもさ、その周りが持つイメージと違う自分は、みんなに好かれないんじゃないか、嫌われるんじゃないか……そう思ったら、怖くて自分を出せなくなってた。みんなが作り出す、完璧な南雲美月を演じるようになってた。まぁでも、完璧に近づけば近づくほど、嫉妬されたり妬まれたりで、結局友達できなかったけどね」
あははは、乾いた笑みを浮かべる南雲さん。
俺は何も言えず、ただ黙って南雲さんを見つめた。
周囲の人が想像する俺ならば、こんな時に気の利いた言葉を一つ二つ言って、彼女を颯爽と助けるんだろうな。
でも俺は、できた人間じゃない。南雲さんと違って、周囲の期待に応えることができなかった、情けなくて、哀れな人間なんだ。今、南雲さんにどんな言葉をかけたらいいのか、何をしたらいいのか、何一つわからない。ただ黙って見つめることしかできない。
情けない。恥ずかしい。悔しい。苦しい。
何一つとして誇れるものがない自分が。
周囲の期待に応えられない自分が。
できないと決めつけて何もしない自分が。
北山晴臣という人物に、価値はあるのだろうか?
「北山くんは、そのままでいいんだよ」
「……え?」
いつの間にか俯かせていた顔、力無く上げてみると、血色の良い南雲さんの顔が出迎えてくれた。夕日が彼女の顔に描かれた優しさを色濃く映し出していて、不安で冷たくなった心が、温まっていくのを感じた。
「北山くん、よく言われるでしょ? 『なんか思ってたのと違う』とか『お前、その見た目でそれなのかよ』とかさ」
「……うん」
「赤は熱血、青は冷静、緑は落ち着いてるとか、そういうイメージが強くあるのはわかるよ。わかるんだけどさ……その考え、無理やり押し付けないでよ、って思うよね」
「……うん」
「別にさ、赤が冷静でもいいじゃん。青が暑苦しくったっていいじゃん。緑が元気で落ち着きがなくてもさ。誰かに迷惑かけてたりとか、そういったことなら変わらなきゃいけないと思うけど、ただ見た目がそうだからって、そんな表面だけのペラッペラな理由なんだったら、そんなの無視していいよ」
「無理して周りに合わせてたら、自分の本当の色がわかんなくなって辛いだけだから」
天に顔を向ける南雲さん。途端に、風が強く吹き込んだ。
カーテンと共に南雲さんの髪が大きく揺れ、俺の視界から彼女の顔が消えていく。
見た目の印象を強く押し付けられて、そうじゃなかったらガッカリしたと言われて離れていって。その行為が、苦しくて、辛くて、悲しくて。
自分自身を何度も否定して、理想に何度も手を伸ばしてみて……でも、その理想はとても手が届くものではなくて。俺には無理だと、早々に諦めて。
南雲さんは、そんな俺とは違って、遠くで光り輝く理想へ、一歩踏み出して、駆け出して、掴み取った。
俺がやりたかったことを成し遂げた南雲さん。みんなの理想を手にした南雲さん。
彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。
風が落ち着き、俺の視界に映り込んだ南雲さんの顔は……不服そうだった。




