いつも通りの
夏の空は、どの季節よりも青が綺麗に色付いていると思う。
チラリと視線を上げたら、そのまましばらく目が離せなくなった。
本日は心地よい風が吹いていて、自転車通学がとても気持ちいい。このままどこまでも走って行きたい気持ちになる。
が、多分ここから三十分くらい漕ぎ続けてたら『なにやってんだろ』って気持ちが急に湧き上がってきて虚しくなるだろうから、俺はいつも通り校門めがけてペダルを回し続けた。
いつも通りに校門を抜け、やかましく朝練している運動部の横をいつも通り通り過ぎ、いつも通りの場所に愛車を止めて、時刻をスマホで確認。
八時十分。こちらもいつも通りだ。
いつもと変わらず一人で下駄箱へ向かい、いつもと変わらない態度で上履きを取り出し、いつもの調子でトントン階段を上がる。そしてチラッと一組を見て、いつものように二組に入ると、いつものメンバーがお出迎え……はしてくれない。
いつも通りそれぞれが、本を読んだりスマホを見たり、お話ししてたり寝ていたり、いつも通りの学校生活を──
「……あれ?」
よく見るといつも通りじゃない。
南雲さんがいない。
いつもであれば、すでに座って本を読んでいるのに。
何かあったんだろうか?
いや、あっただろ。
昨日のこと忘れたのか、俺は?
あんなことあったのに、いつも通りの顔で学校来れるわけないよな。俺だって……俺、なんでいつも通りの顔して学校来てんだ? あんなことあったのに、あんなことしたのに、よく平気な顔で学校来てるな? 入学当初の俺だったら、今日絶対に休んでるぞ。
まさかこんなところで成長を感じるとは。
「あれれ〜? いつもこの時間には可愛いきゃわわな南雲美月ちゃんがいるはずなのにぃ……北山晴臣、しょんぼりんぬ……!」
「……南雲さん、いつから俺の背後に?」
振り返ることなく、思ってもないことアフレコしてきた南雲さんに問いかけてみる。
ふふっと小さく笑みを浮かべながら、南雲さんは俺の前に姿を現して、くるりと一回転。
「さてさて、ここで問題です。私、南雲美月はいつから北山くんの背後にいたでしょうか? ブブー! 残念! 不正解です!」
「あの、まだ俺何も答えてませんけど……?」
「正解は……自転車置き場から、でしたー!」
「……それ、本気で言ってます?」
「本気本気。本気と書いてマジと読みます。私たちがアニメだったら、今ごろ北山くんの自転車置き場のシーン、下駄箱のシーン、階段登るシーンが順々に映し出されて『実はここに南雲さんは居ました!』って丸で囲まれて視聴者と答え合わせしてるところだよ。そんで視聴者が『北山くんこんな背後にピッタリくっつかれてたのに気づかなかったの⁉︎』って驚愕してる」
「いやいやいや、それは流石に嘘でしょ! 盛りすぎでしょ! そんな視聴者が驚くほどピッタリくっついてたら、流石の俺もわかりますって!」
「さてさて、南雲美月ちゃんが言っていることは、はたして嘘なのか本当なのか……まぁ、教えませんけどね」
「え⁉︎ なんで⁉︎」
「なんでって、北山くんはわかるんでしょ? たかだか数ヶ月の付き合いですけど、あなたには私の考えてることがなんとなーくわかるみたいですし」
にししし……! 小悪魔の笑みを浮かべながら俺に一歩近づいてくる南雲さん。
昨日のこと掘り返すのは反則だろ……!
恥ずかしいでしょ、俺が……!
「『相談部の副部長として、あんたの隣に、俺はずっといたんだよ』あの時の北山くん、超かっこよかったなぁ〜……!」
「やめてぇぇぇ! な、ななな南雲さん! あなた、それはダメですよ! あの時のやつを掘り返して、そんな風にするのはダメですって! お、俺、怒りますよ!」
「はーい、ごめんなさーい」
軽く舌を出して謝罪する南雲さん。
本当に心から言っているのか? 疑わしい……!
まぁでも、昨日の出来事があったから正直どうなるかと心配はしていたけど、この様子だといつも通り……。
「……な、南雲さん?」
「ん? なに?」
「あ、や、な、なにって……ここ、教室ですよ……?」
「うん。知ってる。え、なに? 北山くん、私のことバカにしてる?」
「違いますよ! バカになんかしてませんって! え、あ……い、いいんですか……?」
「ん?」
「いや、だから、その……! 教室なのに……!」
「……あぁ、そういうこと? だって、昨日見せたじゃん」
「そ、そう言われるとそうですけど……! だって、その、ずっと隠してたわけだし……!」
「正直言うと、ちょっと怖いよ。今までクールぶってたのに、今更キャラ変だし。『こんなの南雲美月じゃない〜!』って思う人、結構いると思う」
不安を口にする南雲さん。
でも、不思議と表情は晴れやかだ。
俺の目の前に立っている彼女からは、不安なんてこれっぽっちも感じない。
本当に怖いと思っているのか、疑わしく思ってしまう。
「でもさ、そんな奴が出てくるたびに、あなたはガツンと言ってくれるんでしょ?」
一歩、また距離が近づいた。
瞳いっぱいに映る君は、俺も笑ってしまうほど、眩しい笑顔を咲かせてる。
「『あんなんでも可愛いだろ!』『うちの部長を馬鹿にすんな!』ってね!」
「……どこかで似たようなセリフを聞いたことがある気が……?」
「さぁ、どこでしょうねぇ〜? あ、そうだ。後で校内放送のやり方聞いておかないと〜」
「な、なぐ、南雲、さん……! ほ、本気ですか……? 本気でやる気ですか……⁉︎」
「さぁ、どうでしょうね? 私の顔をよく見て、当ててみてください。相談部副部長の、北山晴臣くんっ!」
ニコッ、可愛らしい笑みを浮かべて、俺に背を向け自席へ歩んでいく。
やる、やるぞ。
俺は知っている、南雲美月という女を。
彼女はやると決めたことはやるお人だ。
だから、できるだけ早くこのことを伝えなければ、俺は全校生徒からブーイングを喰らうこと間違いなしだ。
南雲さん南雲さん、よく聞いてください南雲さん。
あなたに伝えたあの恥ずかしいエピソード、実は恥ずかしい話じゃないんです。
あれ実は、可愛い妹の笑顔を守った、大切な友達の笑顔を守るきっかけとなった、
気弱ヒーロー北山晴臣の……最高に、最強で、超カッコいい、素敵なお話なんです。




