北山くんには偽れない
お昼休みとなって、周囲のざわめきは一気に強くなる。
窓際一番後ろに座る南雲さん──その周囲は立ち入りが禁止されているかのように、前席の俺を除いて人が一人も見当たらない。
あからさまクラスが南雲さんを避けていることが、一目でハッキリとわかってしまう。
「な、ぐ、も、ちゃ〜ん!」
前髪を上げておでこを見せている派手めの女子が二組へ入ってくると、立ち入り禁止区域へ気にすることなく足を踏み入れる。
ニコニコと笑みを浮かべながら、躊躇うことなく南雲さんのスカートを指で摘んだ。
「さてさて、本日のおパンツは〜?」
「ちょっ、やめなっての〜! お昼でしょ〜!」
「これも一応オカズになるじゃん? 本日はこちらで白飯いっちゃいますわ〜!」
「あんたの趣味激ヤバでしょ〜!」
「あはははっ! 冗談冗談!」
太ももがチラリと見えるまでスカートは上がったが、派手めな女子はそれ以上上げることはなく、友達と談笑しながらいつもお昼を一緒にしているグループへ合流する。
俺だったら、何するんですかと声を上げちゃいそうなシチュエーション、だけど南雲さんは何も言わない。相手の顔すら見なかった。
いつものクールな表情を崩すことなく、これが日常だと言わんばかりの態度で、何事もなくカバンからお弁当箱を取り出した。
ヒーローは、いつだってそうだ。
自分のことは後回しで、他人のことばっかり考えて。
今回の件も、真っ先に俺たちのことを考えて、自分のことよりも俺たちを守るために動いて、傷ついて。
それでも俺たちに心配かけないようにと、平気な顔をし続けて。
なぁ、ヒーロー。
あんたが現状の維持を強く望んでいるのなら、俺だって西宮さんや東海林さんのように、あんたの意見を尊重しようと動いてたはずだよ。
でもさ、違うだろ?
本当は苦しいんだろ?
辛いんだろ?
悲しいんだろ?
助けてほしいんだろ?
俺は他の人とは違う。
あんたの笑顔、何回見てきたと思ってんだよ?
俺は、わかってんだよ。
あの時の笑顔が、強がって作ったものだってことくらい。
あの時の笑顔が、俺を心配させまいと無理して必死に作ったものだってことくらい。
あの笑顔の下で、涙を堪えきれなくて、震える声で助けてって呟いて、俺に向かって手を伸ばしてたことくらい、俺にはわかってんだよ……!
「……え?」
「マジ……?」
「なにしてんの……?」
「信じらんねぇ……」
俺の行動を見た周囲が、次々と小さく声を上げ始める。
俺の背中に、これでもかと視線が突き刺さる。
俺は視線や声を気にすることなく、カバンからお弁当箱を取り出して、お昼の準備を始めた。
目の前の南雲さんは、周囲とは違い特に驚く様子も見せず、下を向いたまま俺に視線を合わせることなく、許可なく机をくっつけた俺に淡々と言葉を吐き出した。
「なに? 何か用?」
「ごめん、急に。お昼は別々って約束だったのに。でも、南雲さん一人は辛そうだったからさ。今日だけは許してよ」
「……なに言ってるの? 私、辛そうにしてないけど。勝手なこと言わないで」
「あのさ、俺今日も部活行く予定なんだけど、一人じゃなにしたらいいのかわかんないから、これしてたらいいよってことあったら、教えて欲しいんだけど、いいかな?」
「言ったよね? しばらく休部にするって。私の話、聞いてなかったの?」
「聞いてたよ。聞いてたけどさ……それ、本心じゃないだろ?」
「……なに言ってんの?」
「本当は休部になんてしたくないんだろ? 行きたくて行きたくて仕方ないんだろ?」
「……」
「なんで嘘吐くんだよ? やりたいことやればいいじゃん。誰かに迷惑かけてるわけじゃないだろ? なんで我慢するのさ? 南雲さんが我慢する必要なんてどこにあるんだよ?」
「……北山くん、私今誰とも話したくないの。だから悪いけど──」
「南雲さんが心からそう思ってるなら、俺だってそうするよ。でも、違うだろ?」
「……なんで、そうやって言い切れるのよ……!」
「たかだか数ヶ月くらいでって思われるかもしれないけどさ、なんとなくわかるよ。南雲さんの考えてること。表情がクールなまま変わんなくても、今こんな顔してるなって、こんなこと思ってるんだろうなってことくらい。数ヶ月だけど、相談部の副部長として、あんたの隣に、俺はずっといたんだよ」
「……ごめんなさい。しばらく一人にして」
「一人は嫌なんだろ? 強がらなくてもいいよ」
「強がってないわよ……! これっぽっちも強がってなんか……! なんで……どうしてそばに寄ってくるのよ……!」
「君が、一人は嫌だって言ってるから」
「言ってない……! そんなこと一言も……! 私は距離置いてって言ったの……!」
「置かないよ。南雲さんはそれを望んでない。俺も、それは間違いだって思うから」
「望んでる……! 私は今、一人になりたいの……!」
「だったら目を見てはっきり言えよ。いつも南雲さんが言ってるだろ、相手の目を見てって。なんで俺の目を見てくれないんだよ? 目を見たら、嘘だってすぐバレるからだろ? なんでそんな強がってんだよ? 強がんなくても──」
「もう放っておいてよっ!!」
力強く机を叩いて、顔を俯かせたまま南雲さんは勢いよく立ち上がった。
周囲の視線が、先ほどよりも強く突き刺さる。
「おい、マジかよ……」
「勘弁してよ……」
「なにしてんだよ、あいつ……」
小さな声で、周囲が俺に不満をぶつけてくる。
「……お願い……お願いだから……! 私……あなたを傷つけたくないの……!」
目の前の少女は、顔を俯かせたまま、震える声で、小さく、小さく呟いた。
こんな状況になっても、君は俺を心配してくれる。
自分のことではなく、俺のことを。
だからこそ、俺は君に、ハッキリと伝えるよ。
俺は、北山晴臣はさ……君が支えてくれたから、君が守ってくれたから、
君と出会う前よりも、君と出会った時よりも、友達になった時よりも、
ほんのちょっぴりとだけ、強くなってるんだよ。
だからさ、南雲さん──
「心配してくれてありがとう。でも、俺は大丈夫だよ。俺さ、物心ついた時から身長高かったから毎日のように注目浴びてたし、ここ最近も南雲さんたちと一緒にいるから、特に男子たちの視線がはかいこうせんレベルで突き刺さってたから。今更こんなの、どうってことないよ。俺にとってはこんなもの、見られてるうちに入んないからさ」
君を見て、笑顔で、ハッキリと伝える。
目の前の少女は、ようやく顔を上げてくれた。
その目は、見たこともないくらい潤んでいた。
今にも涙が溢れそうだった。
大丈夫だよ。大丈夫。
俺、今は自信持って言えるよ。
君が伸ばしてくれてる手、今度こそちゃんと掴むよ。
その涙、今度はちゃんと拭ってあげるよ。
「もう無理しなくていいよ。一人で頑張んなくていいよ。俺のこと考えてくれるのは、すごく嬉しいしありがたいことだけど……今助けが必要なのは、俺じゃなくて南雲さんでしょ?」
「……」
「南雲さんは、たくさん俺を支えてくれた。今度は俺の番。俺が君を支える番だ」
「……」
「だから今は、自分のこと一番に考えて、俺に全力でもたれかかってきてよ」
「……」
「本当になにもないって思われたいんだったら、もっとなんでもないぜ感を出さなきゃ」
「……え……?」
「俺が妹に言われたこと。確かにその通りだと思った。一目でわかるような見えっ見えの嘘吐いてたら、なんだこいつって思われるだろうし、信用にも関わってくるだろうし。俺たち相談部が絶対にやっちゃいけないことだなって」
「……」
「だからさ……もう俺の前では、あんな見えっ見えの嘘、吐かないって約束してくれ」
「楽しい時は、全力で楽しいを伝えてくれ。怒りたい時は、全力で怒ってくれ。悲しい時は、全力で泣いてくれ。笑いたい時は、全力で笑ってくれ」
「君が俺を支えてくれたように、俺も君のこと支える」
「苦しいことや辛いことがあったら、無理して笑顔作んなくていい。強がって言葉吐き出さなくていい。感じた通りに、表現したいように、ぐっちゃぐちゃに顔歪めて、涙流して、声震わせて、思いっきり手ぇ伸ばして、声デカく『助けて』って、言ってこい」
「もしそんな君を見て『そんなの南雲美月じゃない』『南雲美月はこういう人だ』とか、そんなこと言ってくる奴がいたら、俺がそいつに言ってやる」
「『それは、お前の理想だろ』って。『お前の理想を押し付けんな』って」
「『今目の前を生きてる、南雲美月を見ろ!』って」
「……」
「俺は、もう二度と、君のあんな姿を見たくない。だから……」
「もう俺の前では、二度と、南雲美月を偽らないでくれ」
「……うん……!」
顔を俯かせて、小さく頷く南雲さん。
俺は南雲さんがよくしてくれるように、南雲さんの肩を優しくポンポンと叩き、南雲さんに背を向けて、スカートを摘んだ派手めの女子の元へ歩みを進めた。
「あの、すみません」
「え……? あ、あたし……?」
「はい。俺、あなたに伝えたいことがあります。あの、まず名前教えてもらえますか?」
「え……? あ、え……た、橘葵……です……」
「ありがとうございます。橘さん、お願いがあります。例の件で南雲さんのこと揶揄うの、今日で最後にしてください」
「あ、え、えっと……」
「南雲さんは、教室では表情があまり変わらないクールな女の子なんで、今なにを思っているのかとか、感情を読み取るのが非常に難しいと思います。なんで、あんなこと言われたりやられたりしても、特になんとも思ってないように見えるんですけど……本当は、すごく嫌がってるんです。今すぐにでもやめてほしいって思ってるんです。なので、もうこれ以上南雲さんを悲しませないであげてください。お願いします」
深く頭を下げる。
教室内が沈黙に包まれる。
視線はまだ突き刺さったままだ。
俺は視線を気にすることなく頭を下げ続ける。
沈黙がまだ続く。頭を下げ続ける。沈黙が、頭を、沈黙が──
「あぁぁぁもぉぉぉ! わ、わかった! わかったっての! だからさっさと頭あげて!」
教室内の空気に耐えきれなくなった橘さんが、観念して声をあげる。
橘さんの声を聞いた俺はようやく顔を上げて、また橘さんの目をまっすぐ見つめる。
「あ、あたしたちも、その……周りが言ってるからって、ちょっと調子乗りすぎたってかさ、その……南雲ちゃんが、そんな傷ついてるなんて思ってなくて……ご、ごめん……」
顔を俯かせたまま頭を軽く下げる橘さん。
彼女の行動に同調するように、グループの女子たちも頭を下げた。
「ありがとうございます」
もう一度橘さんたちに頭を下げた俺は、顔を上げて周囲を見回す。
教室中の視線が、今俺に突き刺さっている。
俺を見ていない人は、机に手をついて顔を俯かせてる南雲さんくらいだ。
まだ終わりじゃないぞ、北山晴臣。
自分に言い聞かせて、息を一つ大きく吐き出し、背筋を伸ばして、誰よりも高い位置から口を開いた。
「空気悪くして、ご飯食べづらくして申し訳ありません! あと、うちの相談部部長が数日前に皆さんを驚かせてしまって、本当に申し訳ありませんでした! 彼女も、決して皆さんを驚かしてやろうとか、空気ぶち壊してやろうとか思ってあのような行動に出たわけではありません! 軽い注意で済ましていたら、部員の西宮さんや東海林さんにも面白がってあのような相談事を持ち込むのではないかと心配になり、あのような行動をしたそうです! しかしながら、あれはやりすぎたと本人とても反省しております! 今度同じような事態が起こった際は、まずは口頭で注意するに止め、部内でこういうことがあったと皆に共有し、一人ではなく部員皆で事の解決に臨んでいこうと思います! この度は、我々相談部が皆様に多大なるご迷惑をおかけしてしまい、本当に申じっ──⁉︎」
口内で強烈な痛みが突然起こり、俺は言葉を止めた。その瞬間、口いっぱいに広がる血の味。
思っクソ舌噛んだ……。痛い……!
なんで俺、いつもいつもこう大事な場面で……?
再び教室内を沈黙が包み込む。
教室中の視線がこれでもかと突き刺さる。
改めて言葉を吐き出そうと試みるが、先ほどの言葉は全て勢いがあったからこそ吐き出せていたところがある。一度失った勢いを取り戻すのは、容易なことではない。
や、やばい、空気が重すぎる……! このままでは押し潰される……でも、こんな中途半端なところで止まるわけには……!
い、いける、いけるぞ俺……勇気を出せ……! 勇気を出して、また一歩踏み出せ……! 気合いで乗り切れ……気合いでぇぇぇ……!
「……ふ、ふふふふっ……!」
沈黙に包まれていた教室内に、突然響く笑い声──俺に突き刺さっていた視線は、全て俺の背後へ向けられる。
皆の視線に導かれるように、ゆっくり、ゆっくりと俺も背後へ視線を送る。
小さな笑い声を上げ続ける、一人の少女。
俺の瞳が彼女でいっぱいになった瞬間──
「あっははははは!」
彼女は、大きく弾けた。
「な、南雲……さん……?」
「き、北山くん……! あ、あなた、こんな大事な場面で……か、か、噛ん、で……! せ、せっかくの、勢いが、あなた……! あ、あはははは!」
大きく、大きく笑い声をあげる南雲さん。
彼女の笑い声が大きくなるにつれ、俺の羞恥心も大きく膨らんでいく。顔が熱を上げていく。
「わ、笑わないでくださいよ! お、俺が一番気にしてるんですから! いちいち触れないでもらえますか⁉︎」
俺がどれだけ大きな声を出そうと、教室中の視線は南雲さんに向かったまま。
きっとみんな、こう思ってるんだろう。
あの南雲美月が、笑ってるって。
彼女があんな大声で笑ってるなんてって。
南雲美月って、あんな感じで笑うんだって。
「あーもぉ……! やっぱ北山くんは、まだまだ北山くんってことね。ふふふっ……!」
「それ、どういう意味ですか⁉︎」
俺の問いに答えることなく、南雲さんは溢れた涙を自身で拭い俺の元へ歩みを進める。
「ありがと」
小さく、俺にだけ聞こえるように呟くと、先ほどの俺のように勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! あの時、勢いであんな行動に出てしまって、空気悪くして、本当にごめんなさい! 今後は、北山くんが言ったように口頭での注意、そして何事も一人で突っ走らず、部員たちと相談して事にあたるようにします! そして、これも北山くんが言っていたんですが、私あの件でパンツがどうとかいじられるの、本当はすごく嫌です! なんとも思ってませんけどみたいな雰囲気出して強がってましたが、めちゃくちゃ嫌です! やめてほしいです! やめてください! お願いします!」
深く、深く頭を下げる南雲さん。
皆が理想とする南雲美月は、今ここにはいない。
そのことで、周囲のざわめきは強くなっていく。
南雲さんはそのざわめきに負ける事なく顔を上げると、廊下側に集まっていた火山くんたちのグループへ恐れる事なく歩みを進めた。
「火山くん、少しお話しいいかな?」
「あ、も、もちろんです! はい!」
勢いよく立ち上がって南雲さんと向き合う火山くん。
南雲さんは火山くんの目を見つめたのち、再度頭を深く下げた。
「あの時はごめんなさい。冗談だってわかっていたのに、空気をぶち壊すようなことして」
「あ、や、お、俺たちの方こそ、すみませんでした! 俺たちも、悪ふざけがすぎたというか、ちょっと考えりゃ嫌な気持ちになるかもしれないってわかることなのに、刺激求めてとか理由つけて……本当に、すみませんでしたぁぁ!」
南雲さん同様、深く頭を下げる火山くん。
彼の行動に後押しされるように、周りにいた仲間たちも立ち上がって「すみませんでした!」と声合わせて頭を下げた。
「あの件については、これでお互い水に流すってことでいいかな?」
「そ、それはもちろん! 南雲さんがいいのであれば!」
「それじゃあ、あの件はこれにておしまい! これからは、あの時のこと気にせずに仲良くしてください。お願いします」
「あ、こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
互いに頭を下げたのち、和解の握手を交わす。
「ねぇ、お願いがあるんだけど……もしよかったら、またお昼休みのあれ、再開してくれない? あなたたちが盛り上がってる方がさ、クラスの空気も明るくなるというか」
「そ、それはいいんだけど……罰ゲームに関しては、もうやめようかなって思ってて……。あの後俺たちで話し合ったんだけど、罰として声かけられるのって、内容はどうあれ、あんまいい思いする人いないんじゃないかって思ってさ……」
「確かに、罰って言われるとちょっと嫌かもね。後、声かけるなら事前に許可もらってる人たちだけにした方がいいかも。話しかけられるの嫌な人だっているかもだし」
「ですよね……。今後、人巻き込んでなんかする時は、自分たちのことだけじゃなくて、周りのこともちゃんと考えます」
「うん。私からもお願い。あっ、私には別に声かけてもいいからね。もちろんパンツ見せろとかは嫌だけど」
「そ、それはもちろんです! 今回の件で深く反省しております!」
「うーん、そうねぇ……火山くんが言うように、罰って言われるとちょっと嫌だし……。今後私になんかしてもらうときは、一番になった人のご褒美って事にしたらどうかな?」
「……ご褒美?」
「そう、ご褒美。それだったら私も気分いいかも。一番になった人は、南雲美月ちゃんに肩揉んでもらったり、耳元で『一番おめでとう』って囁いてもらったりだとか。どう?」
「あ、や、む、むしろ、いいんすか、それ……?」
「それくらいなら、私は別に。ほっぺにチュッくらいまでなら」
「「「「……え?」」」」
火山くんたちが固まる。
もちろんその周囲も、俺も。
特にこれといって気にする様子も見せず「あっ、もちろん『私は』だからね? 誰彼構わずにチュゥしろやは、ダメだよ?」と付け加える南雲さん。
皆が気にしてる点、そこじゃないですよ……!
「え……? な、南雲さん……ま、マジで、いいんすか……⁉︎」
「あっ、待って。つい先ほど、何事も一人で突っ走らず、部員と相談して決めますと言ったばかりなので……ほっぺにチュゥに関しては、うちの副部長北山晴臣くんの許可を頂いてからにしてください」
パチンと一つウインクを決めて、俺を指差し。
親鴨についていく小鴨のように、火山くんたちの視線が南雲さんの指先に導かれる。
「……え……? え、あ、え……? お、お、俺……です、か……?」
「北山様ぁぁぁ! 我々火山グループから、お願いがございまぁぁす!」
一斉に注目を浴び、突然のフリに戸惑う俺を気にせず、火山くんが背筋を正して声を上げる。
もちろん先ほどのやり取りはしっかりと聞いていたので、この後何を言われるのかハッキリとわかっている。
俺は頭が取れるんじゃないかと思う勢いで、横に振る振る振る。
「ダメですダメです絶対にダメです! 俺は絶対に認めませんよそんなこと!」
「そこをなんとか──」
「何を言われようと絶対にダメです! 認めません!」
「北山くん、火山くんたちとの話し合いは後にして、ご飯食べない? 私お腹すいた」
パンッと一つ手を叩いて俺と火山くんの話し合いを中断させた南雲さんは、何事もなかったかのように自席へと戻っていき、手を合わせて「いただきます」と一言。
この空気の中、よくそんなスムーズにお昼ご飯に向かえるな、あなた……!
火山くんたちも南雲さんに触発され「お前らぁ! まずはとっとと飯食うぞ! 話はそっからだ!」「「「おぉ!」」」と、勢いよく昼飯をかき込み始める。
クラスの空気は先ほどまでの重さはないが、代わりに「え? 南雲さん、え?」と、戸惑いに満ち溢れており、南雲さんと火山くんたち以外はお昼ご飯どころではない。
「あっ、そうそう北山くん。この前のマホネル最新話観た?」
もぐもぐと口を動かしながら、周囲の空気を気にすることなく平然と会話を投げつけてくる南雲さん。
今はそれどころじゃないよあなた! みんなまだお昼食べられる空気じゃないの! まだ俺たちの戦い終わってないの! 戸惑いの空気作った本人が、そんな平然と……してた方が、みんな気を遣わなくていいのか? そうなのか⁉︎ そういうことなのでしょうか南雲さん⁉︎
「あっ、もしかしてまだ観てない? ネタバレしない方がいい?」
観たよ! 観たけども! マホネルの最新話と言ったら、男子大喜びのヒロイン触手回ですよ⁉︎ そんなドキドキムフフな話をこんなところでできるかぁ!
「いや、その……み、観たは観たんですけど……さすがにここで話すのは──」
どんっ。
俺たちの机に横から連結してくる、一台の机。
この話に食いつくお人は、俺の知り合いだと一人しかいない……。
「そのお話し、私も混ぜてもらっていいですか?」
垂れ気味の目と泣きぼくろが可愛らしい、触手先生がにっこり笑顔でご降臨。
手を止めて、俺以上に驚きを見せる南雲さん。
「……いいの、ももねん?」
「むしろ、私がお聞きしたいです。あなたが苦しんでいるのをわかっていながら、北山さんのように手を差し伸べず……ただただ傍観していた私と、もう一度話してくれますか?」
「もちろんよ。むしろ、あなたには感謝を伝えたい気持ちでいっぱいだよ。ありがとね、私のお願い聞いてくれて。これからもいっぱい語ろうね、ももねんっ!」
バッと勢いよく両の手を広げて、東海林さんに抱きつく南雲さん。
普段見ることのない珍しい光景に、周囲のざわつきが増していく。
「いいぞいいぞー!」
「もっとやってくださーい!」
男子たちが、歓声を上げ始める。
少しずつだけど、元の一年二組の騒がしさに戻ってきてる気がする。
けど、まだ足りない。
こんなものじゃない。
うちはもっと盛り上がってた。
まだ足りない。
もう少し──
「あれ? にしみーじゃん。そこでなにしてんの?」
廊下から突然聞こえてきた声に、教室内のざわめきがピタッと止み視線が一気に廊下に向く。
俺は二組に入ってきた女子と入れ替わるように廊下へ出ていくと、扉のすぐ横でしゃがみ込んで、とんでもなく気まずそうな顔してる西宮さんとご対面。
しばらく距離置くって言ってたくせに。
高校デビューの件といい、やっぱすごいよ西宮さんは。
とんでもない勇気をお持ちの人だ。
「南雲さん、中にいるよ」
「……でも……わ、私……」
「西宮さんなら、わかってるでしょ? むしろ今顔出さずにどっか行く方が、南雲さんは傷つくって」
「……うん」
俺の笑みに、小さく頷く。
ペチペチと少し強めに自身の頬を叩いた西宮さんは、バッグを抱え直して勢いよく立ち上がり、満開の笑みで二組の教室へ足を踏み入れた。
「づっきー! 一緒にお昼──」
「食べるぅぅー!」
大好きなご主人様が帰ってきた犬のような勢いで、西宮さんに飛びつく南雲さん。
ご主人様はもちろん勢いを止めることができず、バランスを崩し、俺を巻き込み床に倒れ込む。
「北山てめぇ、なにやってんだぁぁ!」
「今すぐにそこ変われぇぇぇ!」
「神よ! どうしてやつばかりに幸福を与えるのですか⁉︎」
「ギダヤマ、ショス! ガナラズ、ショス!」
男性陣から、これでもかと不平や不満や苦情が飛んでくる。
俺、巻き込まれて下敷きになっただけなんですけど……。誰でもいいから心配して……。
「ごめん北山くん、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です。身体はどこも痛くないけど、男子の視線がとても痛いです……」
「いつも通りね」
「いつも通りです……」
「あっ、そうだ。土田くーん。席借りてもいいー?」
「もちろん! おーけーでぇーす!」
南雲さんからの問いに、土田くんは立ち上がって両の手で頭上に大きな丸を作る。
「ありがとぉー!」
南雲さんも真似して丸を作って、西宮さんを窓際に手を引いてご案内。
まさか方角っ娘が揃ってお昼ご飯なんて。
男子たちには目の保養だな。
「北山くんも、早く一緒に食べよ」
「あっ、はい」
南雲さんに手招きされ、俺も立ち上がって窓際へと向かう。
北山晴臣くん、君は一年男子たちから可愛い可愛いと持て囃されてる女子三人と一緒にお昼を食べるんだぞ。
そんなこと入学当初の俺に言っても『頭大丈夫ですか……?』とか言われるんだろうな。
ほんと、人生ってなにが起こるかわかったもんじゃないよ。
「ひひひひ……!」
「ゲヘヘヘヘ……!」
「クウ、クウ、クウ……!」
自席に座り周囲を見回してみると、犬歯を剥き出して瞬きせずに俺から視線を外さない男子たち。
もしかして、俺のことお昼ご飯だと勘違いしてるのかな?
このままここに居続ければ、彼らからの怒りをさらに買うこととなる。一刻も早くこの場から立ち去らねばならないが……方角っ娘から離れ加護を失えば、奴らは勢いよく俺の喉元を噛みちぎろうとしてくるに違いない。
早く南雲さんたちから離れなければ、死……離れて一人になっても、死……あれ? 俺の人生、ここで詰んでませんか?
「ごちそーさんでした! 北山様! 火山昂の願いを聞いていただけないでしょうか⁉︎」
「え? あ、や、だ、ダメです! ダメですよ絶対に! き、キスというものは、その、そんな簡単にしていいものでないんです! もっとこう、お互いにお付き合いを重ねて重ねて、お互いの了承を得て、なんかそういういい感じの雰囲気になってからじゃない──」
「北山お前頭硬すぎんか⁉︎ なんだその理由! もっとこう、軽くでもいいだろ! 俺たち高校生だぞ! 高校生! 頑固親父みたいな考えしやがって! あれか⁉︎ お前はパパなのか⁉︎ 南雲さんのパパなんか⁉︎」
「違いますよ! パパなわけないでしょ! ってか、そんなこと言ったら南雲さんが──」
「ねぇパパ〜、美月この玉子焼き食べた〜い」
「悪ノリしないでください南雲さん! って、俺のお弁当箱勝手に開けないでよ! あっ、ちょっ、西宮さん! それ俺の玉子焼き! 東海林さんも、それ俺のハンバーグ! 南雲さんもやめ、って、白米いくの⁉︎ おかずじゃなくていいの⁉︎」
悪ガキ三人娘にやられ放題の俺を見て、火山くんが羨ましいぞと叫びながら笑う。
土田くんたちも豪快に笑う。
それを見た空さんたちも、空さんたちにつられて──
おかしいな? 俺の計画では、もっとスマートに事を解決するつもりだったのに、なんでこんなお祭り騒ぎになってるんだ?
でも、まぁいいか。人生、どれもこれも計画通りの成功だらけだったら、きっと退屈で飽き飽きしてしまうだろうし。
だから、たまにはこういう失敗してもいいじゃないか。
失敗をすればするほど、次の成功の輝きが、嬉しさが、増していくんだからさ。




